13 過去の記憶
「それで…?近々そのイケメン男のギルドを訪ねる約束をしたと?」
「そう」
アレンの着付けを手伝いながら、今日の出来事を子細なく報告する。
「小さい商人ギルドの長って言ってた。うまくすれば他にも取引ができる商材があるかもしれない」
今夜の装いは、ジャハラードの国王が用意してくれた民族衣装。白の詰襟のトーブに黒地に金のつた模様が縫い取られた緩やかなベシュト纏ったアレンは異国の王子さながらで思わず見惚れる。ベシュト同様、金の刺繍が入った薄手の黒いシュマッグをかぶせ、宝石の散りばめられたイガールをのせると、その達成感は半端ない。
(…おお!異国の王子姿も押せる!)
「名前は?」
「そうなんだよね。うっかり聞くの忘れちゃって」
貰った根付だけで果たして会ってもらえるのか、多少の不安もある。
「見た目は派手な人だったけど、物腰の柔らかい人だったよ。とにかく声がいいの。低音ボイスっていうの?大人って感じでとにかく背が高くて…あ、でもこの国の人ではなさそうだったな」
「……」
「時間がある時にお伺いするって言ったけど早い方がいいと思うんだよね。できれば明日行ってきたいんだけどいいかな?」
明日の予定は午前中の会議の後、会食をはさんで午後は水路の視察に行くと聞いている。という事は私は夜までフリーのはず。それなのに……、
「だめ」
ため息と一緒にアレンが不機嫌そうに言い放つ。
「なんで?明日は一日公務でしょ?私やることないよね?」
「でもだめ。許可しない」
「なんでよ」
理由もなく駄目だと言われても納得なんてできるわけがない。
「名前も素性もわからない男のところに行く恋人を、快く送り出せるほど僕は心の広い人間じゃない」
「騙されそうなとこを助けてもらったしいい人だったよ。それにお米!こんなチャンス滅多にないのに!!」
「お米だったら僕が話をつけてあげる。いくらでも食べさせてあげるからとにかくだめ」
「えーっ!!」
不満の雄たけびにアレンが両耳を塞ぐ。
「明日は午前中は待機。午後は僕と一緒に水路の視察。いいね?」
「視察…」
「いつも思うけど君は危機感がなさすぎる。大体ちょっと出かけただけでなんでそういう危険人物と出会ってくるんだか…って聞いてる?」
「私も一緒に行っていいの?」
イライラと首飾りを首に巻き付けていたアレンが手を止める。
「……なんで?行きたかったの?」
「だって、ジャハラードの水路ってすごいんでしょ?折角なら見てみたかったんだよね。でもついてく理由もないし。それに…滞在中はずっと別行動だろうなって思ってたから、一緒にいられる時間が増えるならそれはそれで嬉しいかなって…」
「……っ」
私の言葉にアレンが石像のように固まる。そして両手で顔を覆った。
「どうしたの?」
「君のそういうとこ…反則だよ。急にデレるのやめて……っ」
デレたか…私?
何が刺さったのかはわからないけど、とりあえずアレンの機嫌は直ったようだ。
そこに控えめなノックが響き迎えの従者がやってきた。
「あ、ほらお迎えが来たよ。早くして」
今度は機嫌よく鼻歌交じりに用意された腕輪を自らはめる。
「それじゃ行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ、殿下」
深々と頭を下げアレンを見送る。
一人になり、誰もいないのをいいことにどさりとソファに寝転ぶと静かに目を閉じた。
(今日もいろいろあったなぁ。ちょっとだけ寝ちゃお…)
気が抜けたのかはたまた船旅の疲れが出たのか、いつの間にか私は夢の世界へと引き込まれていった。
◆
◆
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「うっざ…っ!マジむかつく!」
イライラしたように私を睨みつける一人の少女。
「そんなの気にしてるのあんただけだから!今時のラインの交換とか普通でしょ!!なにいい子ぶってんの?!」
「それは当人同士の場合でしょ?他人の連絡先なんて勝手に教えられない。どうしても知りたいなら直接康介に聞けばいいでしょ?」
「それが出来ないからあんたに聞いてるんでしょ?!空気読めよ!!」
「話にならない。とにかく無理。私ラインやってないし」
「なに?あんた友達いないの?…ウケるんだけど」
「面白いこと言ってないけど」
「……っ!!」
ガンッ、と机を蹴り飛ばし彼女が教室を出ていく。はずみで落ちたノートと筆記用具を拾うとはぁと小さく息を吐いた。
入学以来、彼女とは事あるごとにぶつかっている。入学式の当日から教師に反抗的な態度をとっていたのを他人事として眺めていたことが既に懐かしい。偶然同じクラスになったとはいえ、早々に目をつけられた私への当たりは日を追うごとに強くなる。
「ちょっと…紗奈大丈夫?一条ってちょっとヤバいやつらしいからあんまり関わらない方がいいよ」
小学校が同じで通学班で共に通った美玖。皆が関わり合いにならないように見て見ぬふりをする中、彼女だけが唯一声をかけてくれる。
「突っかかってくるのはあっちだから、どうしようもない」
「そうだけど…。ほんとにやばいんだってっ。小学生の時クラスメイトを自殺未遂に追い込んだとか、大学生の友達と一晩中遊んでたりとかそんな噂ばっかだよ?変に逆なでしない方がいいよ」
「ありがとね。でも、私のせいで康介に迷惑かけるわけにもいかないから」
放課後。
「紗奈」
日直の仕事を終え荷物をまとめていると、聞きなれた声が私を呼んだ。幼馴染の康介だ。
「部活終わったの?」
肩に担がれた大きな荷物と愛用の竹刀袋。剣道部の装備は相も変わらず重そうだ。
「うん。もう帰れる?一緒に帰ろ?」
「いいよ。ちょっと待って」
夕暮れの通学路を並んで歩く。
「これから道場?」
「うん」
入学して一カ月、帰宅部の私と違い毎日朝夕の部活動と週3日の道場通いをこなす康介。新しい環境で疲れもたまるだろうに彼からネガティブな発言は一切聞いたことがない。
「部活どう?」
「楽しいよ。先輩たちもみんなよくしてくれる。紗奈は?部活入らないの?」
「迷ってるうちにタイミング逃しちゃって…」
園芸部があったら入部しようかとも思ったけど、残念ながらわが校にはなかった。他の部もいくつか見学には行ったけど、いまいちピンとくるものがなく現在に至る。
「剣道部入らない?」
「えー、無理だよ」
「部員じゃなくてマネージャー。紗奈が入ってくれたら俺、もっと頑張れる」
中学に入って呼称が「僕」から「俺」に変わった。そんな小さな変化になんだか胸がくすぐったい。
「背、伸びたね」
並んで立つと、これまで見下ろしていた目線が真横にある。
「毎日牛乳飲んでるから」
「何それ。私も飲んでるよ」
「じゃあ、もっと飲む。早く紗奈の事追い越したい」
「えー。じゃあ私も飲む。康介には負けないよ」
くすくすと笑う私を康介が真顔で見つめる。
「どうした?」
「…最近、なんか元気ない?」
康介の勘の良さに一瞬ドキリとする。
「そんなことないけど、ちょっと疲れてるのかな。新しいクラス知らない人ばっかだし」
「俺も。紗奈と教室遠いの結構しんどい」
学校の統廃合の関係で学区が新しく振り分けられ、私たちの小学校からは数名しかこの中学に通っていない。しかも昨年の台風の影響で1階部分の教室が使えず、1年生の2クラスが別棟の特別教室を割り当てられることになった。康介のクラスもそのうちの一つだ。
「確かに遠いよね。ごめんね、部活で疲れてるのに。明日からは無理して迎えに来なくても大丈夫だよ」
「そういう意味じゃない」
立ち止まった康介につられて私も立ち止まる。
「康介?」
「……なんでもない」
急に勢いをつけて歩き出す康介の後を小走りで追いかける。
「ちょっ…どうしたの?!早いよ…っ」
「……」
康介が立ち止まり、私を待つ。追いつくと歩調を合わせ並んで歩く。
「どうした?トイレ?」
「…違う。ごめん」
「いや、いいけど。あ、ねぇ。クラスどう?」
自分の事を棚に上げて…とは思うけど、これまで面倒を見てきた身としては近況は知っておきたい。
「特に…。でも…女子がうるさい」
「うるさい?」
「うるさい。チラチラ見たりこそこそしゃべったりするのがうっとおしい」
「あー…」
昔から顔立ちがかわいらしくよく女子に弄られていた康介は同世代の女子が苦手だったりする。中学に入り長めだった髪をバッサリ切ってからはその印象ががらりと変わり、女子の視線を一気に集めるようになった。
「女子は苦手。俺は紗奈だけいればいい」
「またそんなこと言って。もうあんたの事弄ってくる女子なんていないよ」
「わかってる。紗奈に庇ってもらわなくてもいいように頑張ってるから」
「そうだね。確かに成果出てる。かっこいいよ、最近の康介」
「ほんと?」
「うん。もう私の助けなんて必要ないくらい頑張ってる。泣かないし」
「…泣かないよ、もう。でも紗奈は必要。紗奈のおにぎり食べないとHPが一気に減る」
「ははっ!そっかぁ。じゃあ後でまた、道場におにぎり差し入れに行くよ」
「うん。待ってる」
こんな他愛のない会話が楽しかったと思えるほど、これからの私の学校生活は急激に変化していく。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
今作は前世との絡みが重要だったりします。
今作からだとちょっと?な内容かもですので、よろしければ前作も併せてお楽しみいただければ幸いです。
次回更新は明日11/20(日)19時頃を予定しています。よろしくお願いします。




