11 港町と懐かしの食べもの
「それで、今後の予定は?」
妙にすっきりとした顔で書類を見つめるアレンにお茶のお代わりを入れる。
「夜の晩餐までは特に予定なし。でも見ての通り書類も山積みだし補佐官との打ち合わせもあるから、のんびりできる時間はないかな」
王子らしからぬ仕草でうーんと伸びをして頬杖をつき、指先でトントンと書類をたたく。
「私にできる事ある?」
「今は特に…。退屈だったら出かけてきてもいいよ?街を見たいんじゃない?」
「え…いいの?」
さっきの流れだと、離れるのはちょっと心配だったりする。
「うん。要は気の持ちようだって思えたし君を拘束したいわけじゃないから。ずっと離れ離れってわけでもないしね。さっきみたいに時々充電させてもらえたらそれで充分乗り切れそう」
「充電……」
一瞬、ケーブルで繋がった二人を思い浮かべる。
「違うから」
「わ、わかってるわよ」
慌ててその映像を消し去った。
「ほんとは一緒に行きたいんだけど。僕も街には興味があるし」
「自由時間とかないの?」
「多分無理。公務以外も人と会ったり準備があったりで分刻みなんだ」
「そうだよね。ごめんね私ばっかり」
「いや、いいよ。でも出掛けるにあたって、一つだけ約束して」
「なに?」
「絶対魔力は使わない事」
「うん、わかった」
「それから」
「それから?」
「一人で危ない所に行かない事、余計なことに首を突っ込まない事。知らない人にはついていかない事。食べ物をもらっても不用意に口に入れない事。それから」
(一つじゃない)
「不用意に笑顔を見せない事。だれかれ構わず優しくしない事。特に男は絶対ダメ!」
「……」
心配性もここまでくるとまるでお父さんのよう。
「護衛を何人かつけよう。あと馬車も。それから…」
「ありがとう!!」
ここまでされたらとてもじゃないけど街歩きは楽しめない。
「でも護衛も馬車もいらない!!私、メイドだから!!」
「……」
ジト目で見つめるアレンを残し、私はようやく一人、街へと繰り出した。
〇◆〇◆〇
「わぁ……っ!すごい!!」
活気のある港町は、首都のお膝元という事もありかなりの賑わいを見せていた。水揚げされたばかりの鮮魚を扱う市に、交易品を扱う出店、出来立ての総菜を扱う屋台。様々な業種の商人たちが声を張り上げ客を呼び込む。
(ロクシエーヌの王都でもこんなのお祭りの時ぐらい!テンション上がるなぁ!!)
こんな時、私がするべき事はただ一つ。
「娘さん!!取れたてのパイナの実だよ!甘くておいしいよ!一つどうだい!」
「そんなもんよりこっちの方がいいに決まってる!ココの実のジュースだよ!!暑い時はこれが一番さ!喉渇いただろ?飲んできなよ!お嬢さん!!」
「バカか!彼女をよく見てみろ!どう見たって腹が減ってる顔だろ!そんな時は鳥の串焼きに限るぜ!あんたかわいいから、特別に2本で銀貨一枚!!!お買い得だよ!!」
ほんの数歩進んだだけでこれだけの客引きからお声がかかる。あっという間に私の両手はふさがった。
「それにしてもやたら高いなぁ。ジャハラードの物価が高いのか、それとも観光地価格だからなのか………うーん。んっ!これ…おいしいっ!!」
ロクシエーヌではお目にかかったことのない懐かしい果物にじんわりと浸る。
(このパイナの実ってパイナップルだぁ。甘い…っ!懐かしい…っ」
よく見れば商台の上にはマンゴーやバナナ、冬瓜のような形のスイカなど見覚えのある果物たちがたくさん並んでいる。
(ああぁ、これ全部持って帰りたい!!)
距離を考えたらあきらめざるを得ないが、国の友人たちにもぜひとも食べさせたいと悔しさがこみ上げる。
(種とか苗とか売ってないのかな。ああでも気候的に厳しいか…。じゃあ、せめてドライフルーツとか)
それらしい店を探すべく、きょろきょろと辺りを見回していると、視界の端にちょいちょいと私に向かって手招きをするおじさんの姿が映った。反射的に「私?」と自身を指さすと、うんうんと人のよさそうな笑顔で頷く。ぱっと見悪い人には見えないが、一応用心しながら近づく。
「こんにちは、旅のお嬢さん。何か買っていかないかい?」
使い古した絨毯に、棒と布で作った急ごしらえの日除けだけの小さな露店。売っているのは麻袋に詰められた小芋と麦のような穀物、貝殻のアクセサリーにこぶし大の白い石、そして桶に盛られた何やら怪しい白い粉……。
「なにか…」
全く興味を引かれないラインナップに、即座に断る口実を探すが思うように浮かばない。
(じゃがいもや麦は今買ってもどうしようもないし、アクセサリーも特に興味はないんだよね。あとは石に白い粉……?うーん、怪しすぎる……)
とりあえず白い石を手に取る。人工的に削られた歪な球状の白い石。白く粉のようなものが残る表面に、触れた指先がわずかに白くなる。
「あれ?」
何となく素材に心当たりがあるような気がして、店主に確認する。
「もしかしてこれって…石灰石ですか?」
質問に、店主が首をかしげる。
「さあ、名前なんて知らんよ。でも白くてきれいな石だろ?私の集落で採れる石なんだ。ひとつどうだい?」
「ひとつ……」
私はその石を手のひらで転がす。
「これをどうするの?この辺では何に使うの?」
「そうだなぁ。………部屋に飾るといいことがある……かもしれない」
「……」
店主が愛想のいい笑顔でそう答える。彼はどうやら、この石の価値を知らないらしい。
「これ、たくさん採れるの?」
「採れるなんてもんじゃないさ。村にはこれよりもっと大きいのがゴロゴロ転がってる。大理石の採掘で山を掘るとこっちの方が多く出てくるんだが、使い道がないからたまる一方で困ってる」
「え…?使い道がない…?」
現世で石灰石と言えば様々な用途に使われる宝の石だ。製鋼や土木はもちろん、農業や食品製造にも使われその用途は計り知れない。それが使い道がないとは……。
(なんてもったいない…っ!)
「じゃ、もしかしてそっちの白い粉って、その石を粉にしたものだったりするの?!」
私は若干興奮気味に隣の怪しい粉を指さす。
「いいや。これはコメコ」
「コメコ…?」
聞き馴染みのない単語に首をかしげる。
「コメコっ…て何?」
おじさんは驚いたような顔で私を見た後、ちょっとだけ小バカにしたように鼻を鳴らした。
「コメコは赤ん坊の離乳食や、細工物の接着に使ったりする。…そんな事も知らないのか?」
「コメコ……」
コメコ……こめこ……こめ粉……米…粉……?
(あっ)
「コメコって……っ?!もしかして米粉…っお米の粉ってこと?!!」
「さっきからそう言ってる。見かけによらず頭悪いな」
かかかっ、と大きく口を開けて楽しそうに笑う店主にいささか殺意を覚える。が、そんな事が気にならないほど、今の私は興奮している。
「ねえ!!お米…っお米が取れるのっ?!」
「うがっ!……と、とれ……っ」
店主の肩を強く握りしめ強引に揺さぶる。男は苦し気にうめきながらなんとか声を出す。
「どっち?!」
「とれ…る」
米……。
それは夢の食材。
前世では当たり前のように口にできていた日本人の主食。どんな料理をも引き立ててくれるばかりか、主役としても十分務めをはたせる唯一無二の存在。私の中ではイモの次に大好きな食べ物。
米。それが、この世界にもある……。
(神様……っっっ!私をこの国に導いてくれてありがとうございます!!今まであんまり信じてなくてほんとにごめんなさい……っ)
「収穫量は大したことないけどな。なにせ作ってるのはオレの村だけだから。なんだ?欲しいのか?」
「欲しい!!何なら粉にする前の状態のものが欲しい!」
「それならこの粉と種もみ一握り、粉にする前のコメ一袋で銀貨20枚でどうだい?」
「買った!!!」
瞬発力に物を言わせ、即答する。
「だめだよ」
突然割り込んだ謎の美声。
反射的に振り返った私の目に飛び込んできたのは、見知らぬ異国の男性だった。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
次回更新は11/18(金)19時~21時頃を予定しております。
よろしくお願いします。




