10 強制力
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片付けを終え扉を開くと、お茶を片手に書類に目を通すアレンと目が合った。
「終わった?」
「……。終わりましたっ」
語尾に怒りを込めそう答える。部屋はすっかり片付けられ、メイドも担夫も既に退室したようだ。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った室内にシナモンのいい香りが漂っている。
「お疲れ様」
立ち上がったアレンにエスコートされソファに腰を下ろす。大きく息を吐くと、すかさず目の前にお茶が差し出された。
「…こういうのは私の仕事なんだけど」
「たまにはいいだろ?ちょっと前までは僕の仕事だったんだし」
独特な風味のお茶に顔をしかめると、すかさずミルクが注がれた。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
(これじゃ、どっちが主人かわからない…)
復権前、ヴェルナー家の使用人と働いていたアレン。養女に迎えられた私と共に引き取られはしたものの、同じ立場でとはいかなかった彼は馬小屋の下男から始まり御者、そして従者へと短期間で上り詰め、僅か2年で私の従者へと昇格した恐るべきポテンシャルの持ち主だ。が…。
「これからはもうこんなことしなくていいから」
今は一国の王子。メイドにお茶を入れる姿なんて見られた日にゃ何を言われるかわかったもんじゃない。
「なんで?」
「王子がメイドに給仕なんて、普通にありえないから」
噂なんて火のないところにすら立つこともある。用心するに越したことはない。
「今は誰もいない。ちゃんと人払いはしてあるし、心配しなくても大丈夫」
「そういうのもよくない。人払いなんかしたら余計に怪しまれるでしょ?現地の人はともかく、同行してる人だってみんなが知ってるわけじゃないんだし、殿下が浮気してるって騒ぎになったら大問題よ」
バーナードの魔法のおかげで別人となっていることは一部の側近騎士しか知らないこと。ゴシップネタはいつの時代も油断が招くもの。アレン程用心深い人間ならそんな事言われなくてもわかってるだろうに。
「口の堅い人間だけを選んで連れてきてるから問題ないよ。それに僕が婚約者にぞっこんなのは周知の事実だろ?」
「だったら余計サナとは距離を置くべきじゃない?あんな嘘までついて…。何が慣習よ。今からでも部屋は分けるべきだと思う」
「それはダメ」
「……」
プイっと横を向くアレンに、思わずため息が漏れた。
(子供じゃないんだから…)
最近、アレンはよくこんな風に駄々をこねる。幼少期は誰よりも大人に見え、置いて行かれないように必死で背伸びして追いかけていたというのに。
(しかも言い出したら絶対折れないし。たちが悪い)
「…わかった。でも人払いとか、そういうのは今後はなし。特別扱いもなるべくしないで。みんなの前では王子とメイドの立場をわきまえる事」
「わかった」
提案した譲歩案に素直に従うアレン。つい昔の彼の小さい頃を思い出す。
「それから……」
私はアレンの目をまっすぐに見つめる。
「なにか気になることがあるなら話して。王女の事ならなおさら」
「……」
アレンの瞳がわずかに揺れた。
「言いたくなければ無理に聞く気はないけど、一人で抱え込んでもいいことないってお互い学んだでしょ?」
「何で…?」
「見てたらわかるよ。王女様と会ってからちょっと様子が変だもん。私と離れたがらないのもそのせいでしょ?」
「……普段鈍いくせに、こういう時だけ感がいいんだから…」
ぼそぼそとつぶやく。
「情報は共有した方がいいと思うんだよね。違う?」
「……」
口元を指で押さえながら考え込むアレン。やがて慎重に口を開いた。
「今気になってる事は2つある。1つは君が攻略対象者たちと遭遇し狙われる危険」
「狙われる危険…??」
え?私また命狙われるの?
「まあそれは僕の嫉妬と杞憂だから気にしなくていい。一緒にいれば対処できるから」
「はあ…」
どうやらそっちの危険ではないらしい。
「問題なのは2つ目。君が言った通り、港で彼女と別れてからなんていうか…」
アレンがチラリとこちらに目をやり言いづらそうに口ごもる。
「彼女の事が気になって仕方ない」
「……えっ?」
「好きとか嫌いとか…そういう感情じゃないんだ。ただ何となく…気になる。自分でも不思議でしょうがないんだけど…彼女の仕草が度々脳裏に浮かぶんだ」
「それってもしかしてゲームの影響…?」
「……わからない。だけど、ずっと胸の当たりがモヤモヤするっていうか…君が近くにいればそうでもないんだけど…」
「……」
「だから、ちょっと不安…なのかもしれない」
ここはアイーシャが主人公のゲームの舞台。本人にそんな気はなくてもストーリーに引き寄せられることはあるのかもしれない。
私はぎゅっとアレンの頭を抱き寄せた。
「……サナ?」
「大丈夫!!」
アレンのサラサラの金髪に顔をうずめる。
「アレンの心の強さは私がよく知ってるから!昔っから、ただの一度だって他人からの誘惑に負けたことないでしょ!!校内一の美少女だった先輩の告白だって断ってたし、剣道の試合の時だって、強い子と当たってお腹痛いって言ってても結局勝っちゃったし!」
「それは…紗奈しか好きじゃなかったし、剣道は紗奈が勝てるって応援してくれたから」
「じゃあ言い換える!私がいるから大丈夫!!」
抱き寄せた腕に力を込める。
「もしアイーシャ様の顔が浮かんだら、この顔を思い出して。きっと上書きできるはずだから!」
見下ろした顔で最大限の変顔を作る。
一瞬呆気に取られたアレンだったが、すぐにフフッと小さく笑った。
「確かに……これは忘れられないかも」
アレンの手が私の頬にのびる。そのまま肩口に顔をうずめた。
「君は…変わらないね。いつだって…欲しい時に欲しい言葉をくれるところ、ちっとも変ってない」
「でも、もしアレンが本気でアイーシャ様を好きになるようなことがあったら、その時は絶対話してね」
「そんな事絶対にありえない」
「この世に絶対なんかありえないわ。アイーシャ様は素敵な方だもの。もしかしたらがあるかもしれない」
「……ないよ。もしかしたらなんて…絶対にない」
「でも…もしアレンが彼女を好きになっても」
アレンのおでこに自分の額をコツンと当てた。
「また好きになってもらえるように努力するわ。何度でも好きになってもらえるように、振り向いてもらえるように努力するから。だから安心して!」
面食らったように固まったアレンが、クシャッと顔を歪める。
「…ああもう…ほんとに…」
顔を背け目をこする。
「とりあえず、これからの話をしよう。ゲームばかりにとらわれてもいられないから。こう見えて僕忙しいんだ」
「はいはい。わかってますよ、殿下」
話題をそらすアレンを開放すると、ワゴンのポットに手を伸ばした。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
次回更新は明日11/14(月)19時~21時の間とさせていただきます。
年末が近づいてきましたね。早く帰れることを祈ってます。




