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9 嘘つき王子とメイドの立場

「殿下にご滞在頂く『翡翠の間』でございます。ご要望通り、専属侍女様のお部屋も続き部屋となっております」

「ありがとう」


案内されたのは、宮殿に隣接した別棟の貴賓室だった。

マーブル模様が美しい大理石の床に、窓から入る光を反射しキラキラと輝く漆喰塗りの白壁。華美にならぬようすっきりとまとめられた調度品の各所にふんだんにあしらわれているのはとろみのある深緑色の石。おそらくかなり上質な翡翠だろう。


(なるほど、だから翡翠の間か。納得…)


床材の大理石と合わせて察するに、ジャハラードは鉱山資源の採掘がかなり盛んな国なのかもしれない。


「あの…本当によろしいのでしょうか?」


案内役を任された現地の女性使用人(カーディマ)が遠慮がちに申し出る。なぜか終始ご機嫌のアレンの様子に眉をひそめつつ、うっとりと頬を赤らめるという何とも複雑な表情を浮かべている。


「今からでも別室にお部屋をご用意することはできますが…」


ちらりと私に視線を投げる。


(まあ、普通はそう思うよね)


彼女が言いたいのは「婚約者のいる王族がこんなに堂々と侍女との同室を指示して大丈夫なのか」という事。つまり、「あらぬ噂が広まる可能性がありますよ~。大丈夫ですか?」という心配を遠回しに伝えてくれているのだ。当人である私でさえそう思うのだから、良識ある人間ならば最もな懸念だろう。


(いい人だなぁ、この人。しかも勇気がある)


一歩間違えば罰を与えられてもおかしくない進言。普通なら見て見ぬふりをする場面にも関わらず、きちんと言葉を選んで伝えられる聡明な女性のようだ。


それなのに


「部屋はこのままで問題ない。我が王室では、選抜で選ばれた有能な使用人は男女問わず、常に主と寝食を共にするというしきたりがあるんだ。おかしな慣習だと()()()()思うのだけど、そういう決まりだからね。気遣いには感謝する」

「いえ…っ、私こそ出過ぎたことを申しました。どうぞお許しください」



「……」



息をするように嘘を吐く。いつからアレンはこんな子になってしまったんだろう。


「そういうわけだから、彼女の荷物もまとめてここに運んでもらえるかな?」

「はい。承知いたしました」


彼女の合図で、現地の男性使用人(カーデム)が続々と荷を運び入れる。浅黒い肌の屈強な男たちの手にかかれば、重厚な木製の衣装箱も軽々と肩に乗る。


(それにしても…多いな)


途切れず続く担夫(たんぷ)の行列と、徐々に床を埋め尽くす大量の荷物。同行したメイド数人が整理に励むも、次々に積み重ねられていく衣装箱の数に片づけが追いつかない。


(おっと。ぼーっとしてる場合じゃなかった。私も手伝わないと)


持っていた手持ちのバックを抱えなおすと与えられた自室に向かう。中身は船から持ち出したお仕着せが3着とエプロンが3枚、それに下着とタイツが数枚ほど。洗って着まわせば問題なくひと月を過ごせる適量だ。


主室とは比べるまでもないが、一人部屋としては十分な広さの一室。シンプルな内装の室内に天蓋付きの大きなベッドと木製のハンガーラック、小さな文机には翡翠のテーブルランプと筆記用具と装備は完璧。引き出し付きのドレッサーまで完備されまさに至れり尽くせりだ。


とりあえず荷物を置き、主室に戻る。応援で呼ばれた現地の女性使用人(カーディマ)も加わり、いつのまにかかなりの人数がひしめき合っている。邪魔にならないように壁伝いに進み、隅に置かれた茶器のワゴンへとたどり着く。


「それは彼女の部屋に。あとこれとこれ、これもだ。この辺も全部まとめてそっちに運んでくれ」


アレンが声を張り、なぜか自ら指示を出す。


(ん…?彼女の部屋…?私?)


顔を上げ、担夫の行方を目で追う。肩に衣装箱を担いだ彼らの行方は隣室、つまり私の部屋だ。


「え…?ちょっと………?」


慌てて駆け寄るも、筋肉メンズが邪魔をして中に入ることができない。ようやく嵐が去り恐る恐る覗いた室内はあっという間にとんでもない惨状となっていた。


「なによ…これ」


足の踏み場がないほど床を埋め尽くす衣装箱。すっきりと片付いていた室内は一瞬にしてまるで倉庫の様相を呈す。

呆然と立ちつくす私の視界に、わずかに蓋の開いた衣装箱が留まった。そこから覗くふんわりと柔らかそうな素材に、嫌な予感が頭をよぎる。


(まさか…)


大きく開けた箱の中身は案の定、それはそれは美しい夜会用のドレスだった。

闇色の柔らかなシフォンの生地にいくつもの小粒の宝石が縫い留められたエンパイアラインのドレス。誰がどう見てもアレンの服ではない。

片っ端から開けたどの箱も、およそ中身は同じような女性物の装い。毎日着まわしてもとても全部は着られないであろう大量の服飾品の山にげんなりした気持ちが顔に出る。


全ての蓋を閉じ、しばし沈黙。


やがて大きく息を吸い込み、なけなしの筋肉を総動員して床を占拠している衣装箱を壁際に追いやる。それらを全てを一気に縦に積み上げ、詰めていた息を思い切り吐きだした。


最後に、自身のバッグから取り出したお仕着せを手早くハンガーラックにかけ、何事もなかったかのようにアレンの待つ主室へと向かった。




本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

次回更新は11/13(日)19時頃予定です。

よろしくお願いします。

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