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勘違い王弟の末路

「そんな執着だらけの危険なヤツを執事として雇うって正気か!? さっきの言葉だって本心か分からないんだぞ!」


 王弟の手前、ずっと黙って成り行きを見守っていたが、ついに我慢できなくなったらしい。

 そんな疑問にルーカスが淡々と答える。


「事前に嘘が言えない魔法をかけた。そして、先程言った言葉は楔となり己を縛る誓約となった」


 事前に説明もなくだまし討ちのような魔法にヒュッと緊張が走る。

 だが、クレーメンスは悠然と微笑んだ。


「結構です。私が誓いを違えた時はこの命を捧げましょう」

「その言葉も誓約に含まれるからな」


 射殺さんばかりに睨む深紅の瞳を灰色の瞳が優雅に流す。


「望むところですよ」


 余裕の笑みさえ浮かべるクレーメンスにアンドレイが慌てる。


「いや、そもそも神官長の職務はどうするだ!? 執事と兼任なんてありえないだろ!」

「それに関しては神官長を辞職いたしますので問題ありません。私がいなくなれば次の者が神官長に選出されるだけですから。次の神官長へ引継ぎは、いつでもできるように書類を揃えております」


 その説明にアンドレイが盛大に肩を落とした。


「なんで、どいつもこいつも事前に重要な書類を揃えているんだよ」


 少し前にルーカスが騎士団長になるため、騎士隊長に就任するための書類を揃えていたことを思い出し、ズキズキと痛みだした頭を押さえる。


 はぁ、と海溝よりも深いため息を吐いているアンドレイを眺めながら、これ以上は時間の無駄と判断したルーカスが本の配置について夢想しているシルフィアへ声をかけた。


「では、本を魔法で転送して、私たちは屋敷へ戻りましょう」


 その声にハッとしたようにエヴァウストが前に出る。


「待て! 彼女が救国の聖女の生まれ変わりであるというなら、王城で庇護する!」


 その言葉にルーカスが嘲るように口角をあげた。


「王弟は婚約が決まった令嬢を奪うのが趣味か?」

「なっ、なんだと!?」


 予想外の物言いに顔を歪めるエヴァウストへルーカスが悠然と説明をする。


「実際にそうであろう? 表では救国の聖女の生まれ変わりを庇護だの保護だの、いくらでも取り繕えるが、裏では何と言われるか。二十も年下の婚約者が決まっている令嬢を、救国の聖女の生まれ変わりというだけで本人の同意なく王城へ監禁した。と噂をされても、おかしくないと思わないのか?」

「そのようなことはない! 私は前回のようなことを防ぐために……」

「だが、見方を変えればそのように見える。王弟が救国の聖女への未練から大魔導師の婚約者を奪った、とな」


 悪意のある見方をすればそうなる。

 民の一部は面白おかしく酒のネタにして話すかもしれない。だが、それは王族への不敬罪ともなりかねないため、そこまで大きな話にはならないはずだ。

 それが、もし王弟の威厳を落とすほどの悪評になるとすれば……


 状況を察したエヴァウストがルーカスを睨む。


「……魔導師団のカゲを使うのか」

「さあな」


 明らかにカゲを使って噂を操作する気満々なルーカスの様子にエヴァウストがクッと黙る。


 このままでは話が進まないと考えたエヴァウストは、ふわふわと亜麻色の髪を泳がせながら、ずっと本の配置を考えていたシルフィアへ声をかけた。


「救国の聖女の生まれ変わりの令嬢よ。一緒に王城へ参らぬか?」

「……王城へ!?」


 王城という単語で意識が現実に戻ったシルフィアがグルンっと勢いよく体の向きを変える。

 元々、シルフィアは貴族たちの腐の様子を観察するため王城の壁を調べ、壁になることを目標としていたが、なかなか王城へ行くことができず壁を調べることさえできていなかった。


 王城の壁を知らべることができるかもしれない期待に狐の仮面の下で翡翠の目が輝く。


 だが、王城の壁を調べて腐の観察をすることを目標にしているなど夢にも思わないエヴァウストは、シルフィアの反応から純粋に自分と一緒にいることを望んでいると、自分の都合が良い方向へ解釈した。


 これまでの焦りを消し、青い瞳を細めて余裕の笑みを浮かべ、穏やかに話しかける。


「そうだ。貴女が救国の聖女の生まれ変わりであると知らず失礼をした。本来であれば私の婚約者であり、王城で暮らすべきであったのに、迎えが遅くなり悪かった」


 その言葉にルーカスの眉がピクリと動いたが、その下でシルフィアが不思議そうに首を傾げた。


「どうして、私が王弟(あなた)の婚約者になるのですか?」


 思わぬ返しにエヴァウストが少し慌てながらも早口で説明をする。


「いや、その……前世では私の婚約者であっただろう? 守ることができず、あのような結果になってしまったが、現世では守り抜く。だから……」


 その話に翡翠の瞳がますますキョトンとなりエヴァウストの言葉を遮った。


「どうやってですか?」

「は?」


 シルフィアの質問の意味が分からず、エヴァウストが戸惑う。

 そこに狐の仮面に隠れて表情が見えない顔とともに、抑揚のない声が淡々と訊ねた。


「隠しているだけで私より強い魔力をお持ちなのですか? それとも、私より剣技が優れているのですか? 私を守るということは、私と同等か私より強いということですよね?」


 救国の聖女より強い魔力を持つ人間などいないし、剣技についてはそこそこ自信があったが、王都にいる精鋭の騎士を読書の片手間に沈めた光景を見た後では剣技が優れているなんて嘘でも口にできない。


「い、いや、それは……」


 言葉に詰まるエヴァウストに狐の仮面の下からの純粋な眼差しが刺さる。


「では、どうやって私を守るのですか? まさか、守ると言って騎士や兵など他人任せにしないですよね? それなら、あなたが守っているとは言えませんから」


 正論をぶつけられ言葉が出ない。

 それどころか自分が支えなければ、と思い込んでいた儚い聖女象がガラガラと音を立て崩れていく。いや、目の前にいるシルフィア(本人)が金属ハンマーを持ってガンガンと壊していく幻影が見える。


(これが……救国の聖女の本当の姿……)


 ショックを受けながらも、何とか頭を切り替えようとエヴァウストは額を押さえた。


(だが、生まれ変わりが事実であるなら……前世の記憶があるなら!)


 端正な外見と、王族という権力。この二つにより、エヴァウストには数多くの令嬢から婚約の申し込みがあった。だが、それはすべて断ってきた。

 ひとえに救国の聖女への想いを断ち切れなかったから。


(婚約をしていた救国の聖女も私と同じ気持ちなはずだ!)


 そう思い込んでいるエヴァウストはある意味、意地になっていた。そして、王弟である自分の気持ちを無下にする者などいないと思い込んでいた。


 バッと足を踏み出すと片膝を地面に付き、シルフィアを見上げる姿勢になる。

 王族特有の白金髪を風になびかせながら右手を差し出して言った。


「救国の聖女の生まれ変わりよ。どうか、再び私の婚約者となり、すべてをやり直してほしい。この空白の二十年を二人の愛で埋めよう」


 突然のプロポーズに騎士たちが固まり、ルーカスからは不穏が空気が噴き出し、その気配に庭にいた小動物たちが一斉に逃げ出す。

 だが、シルフィアは少しも動揺した様子なく淡々と答えた。


「それは面倒なので嫌です」


 悩む素振りもない即答に青い目が愕然と見開く。

 そこにとどめの一言が落ちた。


「そもそも、前世と今は関係ありませんよね?」


 言外に赤の他人ですよね? という意味を感じ取ったエヴァウストがそのまま固まる。


 王弟のプロポーズ失敗劇に気まずい空気が流れ、誰も何も言えず動けず。そして、当の本人は目を丸くしたまま魂が抜け抜け殻となった。


 そんな状況に騎士団長であるアンドレイが慌てて声を出す。


「ひ、ひとまず、この場は解散だ! 神官長には聖女の生まれ変わりがいるという情報を隠匿したという罪があるため、処分が決まるまでは大魔導師預かりとする。救国の聖女の生まれ変わりについては緘口令を敷く。この場で見聞きしたことは一切、他言無用である。いいな!」

「ハッ!」

「王弟をお連れしろ! 負傷者を運べ!」


 意識のある騎士たちが素早くエヴァウストを担いで動き出す。


 その様子にアンドレイはため息を吐きながら視線を移した。


 先にいるのは、狐の仮面で顔を隠して表情が見えない少女。そして、その小さな体に腕をまわし、密着している大魔導師。その深紅の瞳が静かに睨み続けている。


「まったく、そういうことだったのか」


 アンドレイの言葉にルーカスが不機嫌は声で返す。


「だから何だ?」

「いや、納得しただけだ。婚約者を連れて、さっさと屋敷に帰れ」


 肩をすくめてそれだけ言うと背をむけて歩き出した。


 その様子にいつものシルフィアなら、短い言葉で通じる仲! いえ、余計な言葉はいらない仲ということですね! なんて尊い! と脳内で腐の花を咲かせるのだが、なぜか浮かばず。


 ぼんやりと二人のやりとりを眺めていた。



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