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次なる場所は

 ルーカスの屋敷へと戻る馬車の中。


「まったく! お嬢様に対して失礼極まりない言動の数々! あれで騎士団長なんて信じられません!」


 馬車に揺られながらプリプリと可愛らしく怒るサラと、その様子を反対側で微笑ましそうに見守るシルフィア。

 結局、アンドレイとサラの言い争いは平行線のまま結論を出すことなく、うやむやなまま帰宅の途へ。


 怒り続けているサラを横目に、シルフィアがふとルーカスへ訊ねた。


「そういえば、どうしてルカは騎士団長になろうとしましたの?」


 その問いに、隣に座るルーカスがフッと顔を窓の外へむける。そのまま逃げるように流れる景色を眺めていたが、ジッと見つめてくる翡翠の瞳の気配を感じて、ぼそぼそと話し始めた。


「師匠が貸してくださった本が、その、騎士の話でしたので……騎士がお好きなら、自分も騎士になろうと……」


 最後の方はゴニョゴニョと口ごもりながら黒髪で顔を隠した。

 まったく意味が分からず首を捻るシルフィア。

 だが、この説明だけでピンときたサラが素早く補足した。


「お嬢様は騎士がお好きなわけではなく、気高い騎士道精神に惹かれております。騎士ではなく、その崇高な志がお好きなのです」


 その説明に不機嫌顔が通常のルーカスが目に見えて明るくなる。

 キラキラと深紅の瞳を輝かせて視線をシルフィアへ戻した。


「つまり、騎士ではなく崇高な志を持つ者であるなら……」

「それ以前に、騎士であろうと、大魔導師であろうと、ルカはルカでしょう?」


 その言葉にルーカスから笑みが溢れる。


「それは、つまり自分は自分のままで良いと!」

「はい」


 シルフィアのお墨付きを得たルーカスがグッと握り拳を作る。


(さすが、師匠! 肩書などには惑わされず、自分自身を見てくれていたとは! ならば、あとは師匠好みの騎士道精神とやらを身につけて……)


 決意を新たにしているルーカスの袖で輝くカフスを見たシルフィアが手を伸ばした。


「あとは屋敷に戻るだけですし、そのカフスは今のうちに外しておきましょう(このまま回収すれば、王城の壁を調べに行くための計画が大きく進みますわ!)」


 心の声と期待は表情に出さず、淡々と袖口で揺れる銀色の鎖に触れる。

 だが、そこでルーカスが待ったをかけた。


「あ、その前に」


 そう言うと黒い手が懐から小さな箱を取り出して、蓋を開けた。

 フワフワな布が敷かれた立派なカフスケース。


「外したカフスはこの中に入れてください」


 ルーカスからの予想外の申し出にシルフィアが言葉に詰まりながら訊ねる。


「え? カフスケースなら私の部屋にあるものを使えば……」

「このケースは防火、防水、対魔、など、あらゆる攻撃や衝撃に耐えられる素材で作成しました。この中にあれば、決して傷つけることも紛失することもありません。ですので、この中で保存したいと思います」


 王城の魔導師団に顔を出した時にその場にある素材を失敬して魔法を組み込んで作り上げた即席のカフスケース。

 短時間で作り上げた物だが、売りに出せば屋敷一軒分ぐらいの値が付く超高級な特別品。だが、その価値や貴重性に気づく者はおらず、そのまま話が進んで行く。


 どうしてもカフスを回収したいシルフィアは焦る心を抑えながら、何とか交渉を続ける。


「ただのカフス(本当はルカの魔力を気づかれずに吸い取る魔道具)ですし、そこまでしなくても……それに、このカフスは頑丈にできていますから、そこまでのケースも必要ありませんよ?」

「それは分かっております。ですが、師匠からの贈り物は大事に保管したいのです」


 そう言って後光が差すほどの純粋無垢な笑みが溢れる。

 眉目秀麗な美男子の笑顔なため、普通なら眼福と評価するところ。だが、鉄仮面、表情筋が死んでる美丈夫、不機嫌顔がデフォ、と呼ばれる大魔導師を知っている者からすれば不気味に感じる表情。変な物を食べたか、魔法で頭がイカれたか、天変地異の前触れと恐れ戦き、裸足で逃げ出すだろう。


 しかし、そんなことは知らないシルフィアはカフスがそんなに欲しかったのかと、いろいろ諦めの境地に至った。


「わかりました……」


 亜麻色の髪をしょぼんと垂らしながらも無表情を維持したまま、シルフィアが外したカフスをケースの中へ入れる。


(今度はこのカフスから魔力を回収する方法を考えないといけませんね。もう一つ同じカフスを作って、それとすり替えましょうか……少し時間がかかりますが、それが確実かもしれません)


 俯いたままカフスケースを見つめていると、ルーカスが意を決したように声をかけた。


「それで、あの、カフスの礼というわけではないのですが……その、ずっと屋敷にいてお暇でしたら、行きたい場所を教えてください。そこへ行けるように手配いたしますので」


 その提案に翡翠の瞳がキラッと輝く。


「でしたら、王城へ……」

「王城以外の場所で」


 重なったルーカスの声にちびシルフィアたちが脳内で叫ぶ。


『『『『そこが一番、行きたい場所ですのよぉぉぉぉお!!!!!!!』』』』


 両手を振って不満を全身で表すちびシルフィアたち。

 だが、その中の一人が冷静に言った。


『ですが、これはチャンスですわ』

『チャンス、ですの?』


 冷静なちびシルフィアが頷く。


『そうですわ。王城の壁を調べることはひとまず置いておきまして、他に調べたい壁がありましたでしょう?』

『騎士団の壁は調べましたけど』

『もう一つ、ありませんでした?』


 その問いにちびシルフィアたちがハッとした顔になる。


『あそこですわね!』


 残りのちびシルフィアが一斉に同意する。


『それは最高ですわ!』

『最近、読みました本の舞台へ!』

『ぜひとも参りましょう!』


 脳内で意見が一致したところで顔をあげたシルフィアがルーカスへ言った。


「神殿へ行きたいです」

「え?」


 まったくの予想外の場所にルーカスが固まる。

 王都にある神殿と言えば、広大な土地に歴代の聖女の墓があり、神官長が滞在する神殿の総本部。身分や財産に関係なく参拝する人々を受け入れ、特に貴族は我が子の魔力測定の儀がある時には必ず足を運ぶ。

 ただ、現在の神殿は聖女の生まれ変わりを探している疑惑があり、シルフィアを近づけたくない。だが、願いは叶えたい。

 表情には出さず、うんうんと悩むルーカス。


 しかし、そんな状況を知らないシルフィアはワクワクと期待に胸を膨らませていた。


(騎士とは違う神官たちの恋愛事情。静かな生活の中に垣間見える熱い感情。神へ身も心も捧げる場でありながら、滾る情欲を我慢できず葛藤しながらも、背徳心とともに快楽へと溺れていく。ぜひとも、その光景をこの目に映したい……そして、神殿の壁も分析したいですわ)


 無表情のまま亜麻色の髪の毛先がルンルンと小躍りする。その隣では、無表情のまま険しい空気を漂わせるルーカス。そして、反対側ではすべてを察しながらも微笑みを浮かべたまま黙っているサラ。


 三種三様の混沌(カオス)な空気が馬車の中に流れる。


 沈黙の時間が続いたが、痺れを切らしたシルフィアがなかなか結論を出せないルーカスを下から覗き込むように迫った。


「ダメ、ですか?」


 おねだりをするようにコテンと首を傾げ、亜麻色の髪がサラリと黒い腕にかかる。


(し、師匠がオレに甘えっ……!?)


 シルフィアとしては返事が遅いので急かしただけなのだが、ルーカスからすれば甘えられているような仕草であり、初めてのことに血が一気にのぼった。

 にやけそうになる口元に力を入れ、黒い手袋で顔を隠したルーカスは目を逸らしながら言った。


「……わ、わかりました。スケジュールを調整しますので、一緒に行きましょう」

「ありがとう、ルカ」


 狭い馬車の中でシルフィアがギュッと体を寄せる。

 その柔らかな感触に黒い手袋の下にある顔が真っ赤になり、プルプルと小さく震えた。


「どうかしました? 馬車酔いしました?」

「い、いえ。自分のことは気にしないでください」


 左手をあげてシルフィアを遠ざけるだけで精一杯のルーカス。

 自分からグイグイ行くのは慣れているが、シルフィアから予想外に近づかれるのは思いの他、衝撃が強かったらしい。自然と窓側へと逃げていく。


「調子が悪いのでしたら、治療魔法をかけますよ?」

「いえ、本当に大丈夫ですので」


 無意識にルーカスを追い詰めていくシルフィア。

 何も知らずに見れば婚約者がグイグイと大魔導師に迫る仲の良い光景。だが、実際は婚約者である令嬢は恋愛感情が一切なく、大魔導師の一方的な馬鹿デカ片想い矢印が向いているのみ、という絶賛すれ違い中。


 そんな二人をサラは屋敷に到着するまで空気のように存在を消したまま生温かい目で見守った。





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