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弟子の居ぬ間に~後編~

(騎士団長が他の方に目移りすることが許せなくて大魔導師が邪魔をするのですね! 相手に伝わらない隠れた嫉妬による行動! しかも、伝わってほしい相手にこそ伝わらない! 見ているこちらがヤキモキしてじれったくなる展開! そこから、ますます拗れていくのか、それとも大魔導師の嫉妬を知った騎士団長がどう動くのか……あぁ! ここからパンが何本でも食べられる美味しい展開の予感ですわ!)


 そんな妄想の世界へ旅立ってしまったシルフィアにティーセットを持ってきたメイド長のマギーがそっと背後から声をかける。


「お嬢様、客人を立たせたままにしてはなりません」


 その言葉に腐に染まっていた翡翠の瞳に光が戻る。

 現実に還ってきたきたシルフィアが慌てて手を差しだした。


「どうぞ、おかけになってください」

「あぁ」


 アンドレイがソファーに座ったところでシルフィアも腰をおろした。

 そして、にこやかに微笑みながらも翡翠の目を鋭くして観察をする。


(服の上からでも分かる太い腕に太い脚。体幹もしっかりしていて、剣を振ることと、馬を操る実戦に特化した身体つきですわね。やはり騎士団長ともなりますと、体の鍛え方が違いますわ。これが夜になると大魔導師を組み敷いて……いえ、逆にこれだけの筋肉を大魔導師が組み敷くという展開も……戦場では負け知らずなのに、夜のベッドの上では自分より小柄な大魔導師に好きにされるという……まぁ、どうしましょう!? どちらが攻めでも美味しい展開ですわ!)


 あわあわと己の妄想に震えているシルフィアにティーセットを並べ終えたマギーがそっと耳打ちする。


「お嬢様、お話を進めてください」

「そ、そうですね」


 慌てて頷くシルフィア。

 その一方でアンドレイは少しばかり驚いていた。


 初めて会った時もそうだったが、ここまで自分に興味を持たない女性も珍しい。


(婚約発表の時は王城であれだけ派手に魔法を使っていたが、こうしてみるとやっぱりただの大人しい美人なお嬢さんだな。しかも、俺に色目を使ってこない。だから、ルーカスは選んだのか?)


 アンドレイがそう考えるのは、騎士団長という身分からか多くの女性に迫られてきたことが原因であった。その中には、他の男と婚約しているにもかかわらず目の色を変えて迫ってくる女性までいる始末。そのため自然と女性不信になり、気が付けばこの年齢まで独り身となっていた。


(だが、これだけの美人なら婚約したいって相手はいくらでもいただろう。それなのに、このお嬢さんはどうしてルーカスを選んだんだ? いくら大魔導師で外見が良くても、あれだけ自己中心的で性格が崩壊というか死亡しているヤツと生活できないだろ)


 さりげなく紅茶がはいったカップを手にしながら琥珀の瞳がシルフィアを観察する。


(しかも、さっきは俺を前にして震えたぐらい小心なお嬢さんだ。……まさか、そこにルーカスがつけこんで!? 誰にも姿を見せたくないって宣言するほどだし、もしかして今も屋敷に監禁状態なのか!? もし脅されて婚約しているなら……虐げられている令嬢を助けぬなど、騎士道に反する!)


 腐の妄想で歓喜に震えるシルフィアの姿が何故か恐怖で震えていると勘違いしたアンドレイ。そこから、間違った方向へ解釈した上に騎士道精神に火が付いてしまった。


 そこにシルフィアが申し訳なさそうに口を開く。


「ルカは用事がありまして王城へ行っておりまして……帰りもいつになるか不明ですの」

「そうだったのか。長いこと城に姿を見せないから、体調を崩しているのかと思ったのだが」

「いえ、本人は至って元気ですわ」

「それならよかった」


 安堵したように軽く口角をあげるアンドレイの姿に亜麻色の髪がピクリと動く。


(それは、つまりルカの顔を見ていないから心配になって、ということで!? 会えない寂しさに気づいて!? そして、勇気を出して屋敷を訪れれば本人は不在! なんていう運命のいたずら!)


 そんな妄想は一切、表情に出さず、優雅に微笑んだままシルフィアが答える。


「体調には特に問題ありませんが、ルカがなぜか王城へ行くことを拒否しまして(私も一緒に行って壁を調べたいのに)困っております」


 心の声が聞こえるはずもないアンドレイが表情を動かなさないようにして頷く。


「そうなのか。それは(ずっとルーカスが屋敷にいて自由に動けないなら)困ったな」

「はい。外(王城)へ行きたいのですが、ルカが連れて行ってくれなくて」


 そう言いながら憂いを帯びたように翡翠の瞳を伏せる。外見の美しさも相まって薄幸の美女感が増す。

 その様子にアンドレイが心の中で確信を深める。


(やはり、監禁状態ということか!)


 驚愕しつつも、それを表情には出さずに提案をした。


「なら、俺と一緒に外へ行くのはどうだ? 女性一人での外出は危ないから、行きたいところがあるなら同行するぞ(屋敷にいたら自由に話せないのかもしれないし、出先で話を聞いて、監禁状態になっているのであれば騎士団で保護しよう。ルーカスが騒ぐだろうが、騎士として監禁されている淑女を放ってはおけない)」


 その言葉にシルフィアの頭が高速回転する。


(騎士団長が一緒なら王城へ行くことも!? あ、いえ。どうせなら騎士団長がいなければいけない場所へ……そうです! ぜひとも、この機会に騎士団へ! 騎士団へ行って、そこの壁も調べましょう! そして、騎士の方々のあれこれも直接この目で……)


 一瞬で答えを出すと同時に、翡翠の瞳を輝かせて叫んだ。


「騎士団へ行ってみたいです!」


 両手を胸の前で合わせ、前のめりになって訴える姿は相手が騎士団長だから忖度している、という態度ではない。心の底から行きたいと願っていることが伝わる。

 だが、予想外すぎた申し出にアンドレイは言葉に詰まっていた。


「き、騎士団、に?」

「はい! 命をかけて国を守る騎士の方々のお姿をぜひとも拝見いたしたく!」


 キラキラと純真無垢に輝く翡翠の瞳。

 実際は煩悩まみれなのだが、そのことを知らないアンドレイは自分がどこにでも一緒に行くと言った手前、断れなくなっていた。


「だ、だが、騎士団はその、男ばかりで、むさ苦しくて不快になるかもしれないが……」

「騎士の方々の普段のお姿が拝見できれば十分ですので!」


 むしろ、それが見たい、とはさすがに声には出さずに堪える。

 そんなシルフィアの熱意に負けたアンドレイが軽くため息を落とした。


「わかった。では、騎士団を案内しよう」

「ありがとうございます! あ、侍女を一人連れて行ってもかまいませんか?」

「あぁ、問題ない」

「嬉しいです! さっそく準備をしますので、少しお待ちください! サラ! サラ、すぐに外出の準備を……」


 ソファーから立ち上がったシルフィアが今にも舞い上がりそうな勢いで応接室を出ていく。その亜麻色の髪が大きく広がり、全身から喜びが溢れている。


 ほどなくしてサラの歓喜の叫びが屋敷内に響いたが、応接室の端でずっと控えていたマギーはそっと耳を閉じて何も聞いていなかったことにした。






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