問題解決とルーカスの正体へ
白髪が多いとはいえ、王族特有の白金髪。それに、青い瞳と何度も見たことがある顔。
突然、言葉をとめたドロシーにベルダが声をかける。
「どうされたの、お母様?」
「……せ、先王?」
ポロリと落ちた言葉を愛娘が鼻で笑う。
「似ているだけではありませんの? 先王が男爵家にいるわけないもの」
そこに、ようやく追いついたワイアットが慌ててベルダの頭を押さえた。
「む、娘が、大変、失礼を、いたしました」
息も切れ切れに頭をさげたワイアットが家長としてすぐに謝罪し、ドロシーも深めの淑女の礼をする。両親の様子に半信半疑のままベルダも頭を押さえつけられたまま膝を折った。
「今は私的な訪問だ。楽にせよ」
ベルダの失態を軽く許した先王が続けて訊ねる。
「それより、彼女が魔力0で無能とは、どういうことだ?」
シルフィアは広間で魔力を可視化して、魔法を解除までした。それなのに、魔力が0とはどういうことなのか。
先王の疑問はもっともなのだが、その出来事を知らないワイアットは頭をさげたまま困惑まじりに口を開いた。
「お恥ずかしながら、長女は判定の儀で魔力0の無能と判定されておりまして」
「魔力0、だと……?」
ピクリと白金の眉があがる。
思わぬ話の流れに、このままではマズいと思ったシルフィアがソッと逃げようとして……黒い腕にしっかりと捕まった。顔をあげれば、深紅の瞳がにっこりと微笑んでいる。
「ちょっと、離し……」
小声でルーカスに囁いたところで先王の声が響いた。
「それが事実なら、判定した者を呼び出して、資格をはく奪せねばならぬな」
まさかの事態にシルフィアが慌てる。
「お待ちください。判定した方は悪くありません。あの、その頃は、その……」
無能判定をされるためにド根性で魔力を封じていたなんて言えず。
なんとか言い訳を考えていると、ルーカスが平然とした顔でドロシーへ訊ねた。
「先程の話だが、オレの爵位が男爵位であることが問題で、爵位が高ければ婚約は成立する、ということだな?」
ルーカスが無理やり話題を戻したが、先王は気にする様子なく成り行きを見守る姿勢になる。
一方で、少しでも早くこの場から離れたいワイアットはドロシーに代わって、しどろもどろに答えた。
「あ、いや……そのことについては、また後日……」
どうにか話を切り上げようと必死で、ドロシーも大人しく無言。そんな両親の様子から、ベルダも静かに頭をさげたまま。
話が進みそうにない状況に、ルーカスが先王の方を向いた。
「本名を名乗っていいか?」
「良いと言っているのに、勝手に作った男爵名を名乗っていたのは、おまえだろ。好きにするがいい」
呆れ混りの言葉にルーカスが頷く。
「と、いうことだ。これなら問題ないだろ」
説明も何もないまま一方的に完結され、まったく話が見えない。
ワイアットたちが恐る恐る顔をあげて確認する。
「あの、どういうことでしょうか?」
「問題ない、ということだ」
「いえ、その、どうして問題ないのでしょうか?」
不機嫌に眉をひそめるルーカスに、このままではいけないと判断したシルフィアが訊ねた。
「ルカに本名があるのですか? 前に聞いた名前とは違いますの?」
その質問に、苛立ち混りだった顔が嬉しそうに破顔し、深紅の瞳が蕩けそうなほど甘くなる。
「はい。私の正式な名はルーカス・ウィズ・レオノフです」
その家名にワイアットたちが喉の奥でヒッと小さな悲鳴を漏らす。
一方で、ピンときてないシルフィアは首を捻りながら、聞き覚えがある家名に記憶を辿った。
「えっと、ウィズはたしか……」
ウィズは先王の妹の家名。最初の社交界で耳にした、未婚で美男子な子息がいるという。それがルーカスのことであるなら、噂通りの外見であり社交界に姿を現したのも納得だ。
そして、レオノフといえば、誰もが知る……
「王家の家名を軽々しく名乗るなど、いくら大魔導師とはいえ不敬ですぞ!」
恐れ多い事態に顔を青くしたワイアットが注意するが、当の先王は平然としている。それは、まるで家名を名乗ったことが当然のような態度で。
その様子に、何かを悟ったのかワイアットの顔が青くなっていく。
「まさか……」
カタカタと小刻みに震える夫にドロシーとベルダが訝しむ。
「何が、まさかなの?」
「どうしましたの、お父様?」
二人の質問に答える余裕もないのか、ルーカスを見つめたまま震え続けるワイアット。
そんな中で、事の重要性を理解していないのか、それとも、なんとも思っていないのか。まったく動揺していないシルフィアは逞しい腕の中で首を捻った。
「前に家名はウィルって言いましたよね?」
「それは男爵用にウィズとレオノフを合わせて作ったものです」
「つまり、ウィズ・レオノフが本当の家名ですの?」
「はい」
「ルカは王弟の妹である公爵家の養子、ということですか?」
「はい」
満面の笑みで頷き続けるルーカス。
その度に揺れる黒髪と、愛おしそうに見つめる赤い瞳。それは、不吉を呼ぶ忌み子と呼ばれていた外見。それが、いつの間にか消え、人々に受け入れられていた。
つまり、それだけの情報を操作できる人物が関わっているということ。
極度の緊張のためかワイアットの頭は冴えていた。次々と明かされる情報を的確に分析、処理していく。
そこに状況を理解していないベルダが声を挟んだ。
「養子、ということは公爵家とは血の繋がりはありませんのよね? でしたら、やはり私が婚約者に……」
「黙れ!」
凄まじいワイアットの怒鳴り声が響く。聞いたことがない声量に怒鳴られたベルダだけでなく、ドロシーも体を縮めた。
「おまえたちは何も言うな!」
貴族が養子を迎えるのは偽善だけではない。何かしらの目的や利益があるから。
それが、王族の場合だと、どうなるか。
国のため、もしくは国同士の取引きのため。貴族ではなく、王家が管理しなければならない血筋ということ。
嫌な汗がワイアットの背中を流れる。
妙な静けさが漂う。このまま沈黙が続きそうな雰囲気のため、シルフィアは話を戻した。
「えっと……公爵家の養子でしたら、家名はウィズだけになるのでは?」
ここでずっと黙っていた先王が口を開く。
「それは、私が後見人だからだ」
この言葉の意味に、いつもは察しが悪いドロシーとベルダからピキッと凍る音がした。先王、自らが後見人をする重要性を理解したらしい。
固まるクライネス一家に先王が口角をあげる。
「それとも、私が後見人では役不足か?」
今にもこの場から逃げ出したいワイアットは、どうにか頭を振って答えた。
「め、めめめめ、めめ、滅相もありません!」
その様子を眺めながら、テーブルに頬杖をついたルーカスがドロシーに訊ねる。
「で、婚約するのに何が問題だ?」
爽やかな風が漆黒の髪をかきあげ、眉目秀麗な顔が覗く。淑女たちが頬を赤らめて黄色い声をあげるような、絵画の一枚のように眼福な光景なのだが……
氷山で氷漬けになったように硬直する三人。
そこにタイミングを見計らいながら、ずっとガゼボの影で控えていたマギーが進み出た。
「お帰りはこちらになります」
「こ、これ以上の長居は失礼になる。帰るぞ」
ワイアットが急いでドロシーとベルダを立たせる。これ以上、大魔導師に関わってはならない。
三人は逃げるように早足で庭から出ていった。
そんな三人の後ろ姿を見送りながら、シルフィアはルーカスに訊ねた。
「先王が後見人とは、どういうことですの? それに、どうして先王の妹の養子に?」
「師匠が毒殺された後、若かった私は王が犯人だと推測して、王を暗殺しようとしました。そこで、いろいろありましたが、簡単に言うと……」
どうなれば、暗殺しようとした相手が後見人になり、その妹の養子になるのか。疑問だらけの状況だが、シルフィアは別のことで頭がいっぱいになっていた。
(暗殺といえば、寝込み! つまり、寝室! 王の寝室に忍び込むなんて、さすがルカ! そんな大胆な行動をされたら、王がするべきことは一つ!)
溢れた気持ちを口に出す。
「口説かれた、ということですね!」「密約を交わしました」
二人の声が重なった。




