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一件落着?

 チャペス侯爵が連行される様子を見送ったアンドレイが宰相へ視線を移した。これだけの騒ぎにも無反応。指一つ動かない姿は人形そのもの。魔法が解除されるまでの修道女と同じ状況だった。


「こちらは……」

「宰相は私が預かろう」


 先王からの思わぬ申し出に悩んでいたアンドレイが躊躇う。


「ですが……」

「心身操作の魔法が跳ね返っておるのだろう? ならば、何を聞いても返事がなければ、審議もできぬ。軍で処罰するのも難しいであろうから、こちらで対処する」


 その提案にシルフィアの妄想が炸裂する。


(動けない宰相に何を!? 何をなさるおつもりで!?!?!? い、いえ、そのような破廉恥なことは、なさらない……はず! そうですわ! ずっと激務で時間に追われていたお二人に、ようやく訪れた安らぎの時間ですもの! お二人でゆっくりと隠れ家で生活されるのでしょう! そうです! 決して動けない宰相にあんな服やこんな下着を着せて愛でるわけではない……はずです! ですが、それは、それで動けない相手を自分色に染め上げるのも、また……)


 心の中でうっとりとしているシルフィアを放置して先王が衛兵に命じて宰相を移動させる。


 連行されていく後ろ姿を見ながら王弟がポツリと呟いた。


「なぜ宰相は聖女に毒を……」


 誰よりも王に仕え、身を砕いて国に尽くしてきた宰相が、国を救った存在である聖女を毒殺した理由がわからない。


 その答えを求め、王弟が父である先王に青い瞳をむける。自分よりずっと宰相との付き合いが長い父なら、その理由を知っているはず。

 そう考えたのだが、先王は逃げるように顔をそらし、己の影へ視線をむけた。その黒い影がゆらりと揺れて人が現れる。


(あら、この方は先程の……)


 短めの鳶色の髪に、特徴的な細い目の男。ついさっき、広間に駆け込んできた魔導師たちの中にいた一人で、ルーカスと軽い会話をしていた。

 その男が片膝をついて先王へ報告する。


「失礼いたします。ベルダ嬢が見つかりました。怪我もなく、意識もしっかりしているそうです」

「どこにいた?」


 先王の問いに男が鳶色の頭をさげたまま答える。


「チャペス侯爵の屋敷の近くにある倉庫で監禁されていたそうです」

「そうか。引き続き、騎士団とともに状況を詳しく捜査せよ」

「御意」


 報告を終えた男は立ち上がると、ルーカスに手を差し出した。


「これ、返すよ」


 そこにあるのは掌サイズの小さな鳥カゴ。しかもカゴの中には、鳥ではなくプカプカと浮かぶ小さな鳥の羽根が一枚あるのみ。


「何だ、これ?」


 アンドレイの質問にルーカスが鳥カゴを受け取りながら説明する。


「探索用の魔導具だ。探したい者の親族が使えば魔力を辿って、この羽根が導く」

「あぁ、それで見つけたのか……って、そんな便利な道具があるなら先に言え」

「これは、まだ試作段階で、使った後の反動もかなりある」


 ルーカスの言葉に細い目の男が頷く。


「これを使用したクライネス伯爵はベルダ嬢を発見後、魔力不足で昏倒したそうだ。ベルダ嬢より体の状態は悪いかもしれない」


 その状況を想像したアンドレイが呆れたようにルーカスへ言った。


「昏倒って……そうなるって分かってて貸したな?」

「さあな」


 目を合わせないルーカスにアンドレイが慣れた様子で肩を落として魔導師の男に言った。


「こんなのが大魔導師だと大変だな」


 その言葉に細い目がにっこりと弧を描く。


「騎士団ほどではないかな」


 嫌味ではなく同情のつもりだったのに、思わぬ返事に赤い髪が不機嫌に逆立つ。


「どういうこ……」

「では、失礼します」


 男が先王へ頭をさげて再び影へ溶け込んだ。


「逃げられた。おい、騎士団ほどではないって、どういうことだ?」

「さあな」


 完全に顔を背けているルーカスにアンドレイが詰め寄る。

 その一方で、シルフィアは表情に出さないまま、いろいろ考えていた。


(あの魔導師の方は詠唱なしで影渡りの魔法を使っていましたから……ルカのように体に魔法陣を描きこんでいるのでしょうか? そうだとしたら、魔法師団でも上位の実力者かもしれません。魔導師団は王直属の組織ですから、あまり内部事情に詳しくないのですが……あの方は先王の影を使って移動しているようですし、先王専属の連絡係か……もしかして、先王を影から守る先王専属の魔導師でしょうか? ハッ!)


 翡翠の瞳が大きくなるが、顔に力を入れて無表情を保つ。

 その裏では思考が琴線に触れ、歓喜に震えていた。


(どのような状況でも一言、名を呼べば現れる影の護衛! なんということでしょう!? 先王と魔導師という身分差にくわえて、光と影という決して表には出せない立場! 二人を裂く二重の障害! それを乗り越えた愛! なんて、尊い……尊すぎますわ! ですが、そうなると宰相の立場が……もしかして、まさかの三角関係!? 先王と宰相の関係を見守ってきたからこそ、二人の関係を知り尽くし、影から支え……そこから我慢できず、三角関係に!? 三角関係は好みではなかったのですが、場合によっては……)


 悶々と悩むシルフィア。その感情は顔には出ていないが、亜麻色の毛先がうねうねと複雑に動いている。


 そんなシルフィアはさておき、アンドレイが広間を見渡しながら呟いた。


「さて、片付けが大変だな」


 絢爛豪華だった広間は見るも無残に。汚れ一つなかった壁はヒビが入りまくり、一部は崩れ落ちている。装飾品は元の形が分からないほど粉砕され、まるで室内で竜巻が起きたかのような惨状。


 そこにルーカスがシルフィアの肩を抱き寄せながら言った。


「オレは帰る」

「はぁ!? 片付けはともかく報告書とか、やることあるだろ!」


 吠えるアンドレイを無視して、深紅の瞳が王弟に移る。


「言われた通り、婚約発表をした。今日はこれでいいだろ?」


 白金髪が諦めたように揺れ、肩が落ちる。


「仕方ない。だが、報告書を忘れるな」


 華麗にその言葉を無視したルーカスがシルフィアへ視線を落とす。


「では、帰りましょう」


 漆黒の髪が爽やかに揺れ、甘く蕩けそうな顔と声で微笑む。


 冷淡、不愛想、無人情、無礼、失礼などの言葉が並ぶ、ルーカスの普段の言動からは想像もできない表情。


 王弟が絶句しながら目を丸くし、一方のアンドレイはぞわぞわと震える体を両手で抱きしめて歯を食いしばり、他の護衛の騎士や兵はどんな強敵や魔獣を相手にした時よりも顔を引きつらせて卒倒しそうになる。

 その様子を先王が目尻のシワを深めて眺めるという混沌とした状況。


 そんな異様な雰囲気の中で、シルフィアは荒れ果てた広間を眺めながら考えた。


(王城の壁を調べたかったのですが、ここにいては片付けの邪魔になりますね。それに、一つ分かったことがありますし)


 壊れた壁の隙間から漏れている魔力の流れを横目で確認しつつ、亜麻色の髪をサラリとなびかせて、優雅に膝を折り頭をさげた。


「みなさま、ごきげんよう」


 そのままルーカスに悠然とエスコートされて広間を去る。

 その後ろ姿を王弟が静かに見つめていた。




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