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異邦世界の黄昏  作者: ユモア
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第9話 異邦の俺と俺

 冒険者ギルドの片隅で他のパーティーメンバーの姿を探すが、未だ誰の姿も見てはいない。


 早朝の冒険者ギルドは、人の出入りが激しい。依頼を頼む人、依頼を受ける冒険者、依頼を斡旋するギルドの職員。こうして改めて見ると、俺のいた地球と少し似ているのかもしれない。


 誰もが、自分の役目を持ち、利益の為、自分の夢の為、それぞれの理由で役割を全うしている。


 

「……」


 地球にいた頃の俺の役割は、弟、その物だった。


 俺には、双子の弟がいた。

 弟は、頭が良く、運動も得意な文武両道の天才気質な奴だった。全て平凡な俺なんかでは、嫉妬する事すら烏滸がましい程に弟は優秀だったのだ。

 両親や祖父母に至るまで、全員が弟の将来を期待した。そして、俺も、弟は自分とは全く別の人生を歩んで行くのだと確信していた。


 そんなある日、両親と弟だけで買い物に出かけた帰り道、麻薬の副作用で暴走した車の事故に巻き込まれて、両親は重症、弟は意識不明となった。


 両親と弟は生死の境を何日も彷徨い、両親は助かった。


 だが、弟は息を引き取った。


 事前に医師から可能性のある話を何度も聞いて覚悟をしていた俺とは違い、両親の動揺は凄まじかった。


 両親は、自分達が助かり、息子を守れなかった事を後悔し、病院では毎日泣いていた。着替えを取りに行った時の両親の傷心した表情は忘れられない。


 弟が亡くなって数ヶ月が経過し、俺が高校生となったある日。母親が、俺を弟の名前で呼んだ。


 俺も父も驚いた。

 父は、母を叱りつけた。

 

 息子は死んだ。今目の前にいるのは、別の息子だ、と。


 俺は、悲しくなかった。

 ただ、自分という存在が両親の中で如何に小さく、弟の存在が太陽の様に輝き大きかった事を理解出来た。


 それからの俺にとって、自分を殺して生きる事が日常となった。


 あまり笑わなかった俺は、両親の前では笑う様にした。毎日、勉強もせず部屋に閉じ籠ってゲームばかりしていたが、弟の使っていたノートや参考書を使い必死に勉強を始めた。

 他にも、右利きだった弟に合わせて、利き腕を変えた。引き篭もりがちだった休日は、弟の様に家族と過ごし、高校を卒業した後の進路も両親と相談して、弟の希望していた大学を目指す事にした。


 津雲優李という自分を殺し続け、弟を演じ続けた。

 自分を殺す事に努力した。見た目も、中身も、性格も……親から何も期待されていない俺にとって、それだけが両親を、弟を失ってしまった後悔と悲しみから救える方法だと思っていた。


 だけど、俺の精神や心は、そんな嘘を吐き続ける役目に耐えられなくなっていた。

 

 弟が生きている頃の俺の記憶は、両親から貰える僅かな愛に満足して、寂しいなどの気持ちの全てを外の世界に望んでいた。

 多くの友人達との出会い。初めての体験と未だ知らない体験を友人達と語り合う、俺にとっての青い記憶。

 だが、弟が死んでからの記憶はモノクロで、息苦しさを感じる記憶ばかりだ。


 自分が救われるためではなく、悲しむ両親を救う為の方法を賢明に考え、その為に、今まで繋いで来た繋がりを全て断ち切る痛みに苦しんでいる自分の姿ばかりが思い浮かぶ。


 誰もいない部屋で泣き叫び、本当の自分が空白になっていく様な忘却感を日々感じていた。それでも、仮初のじぶんを演じた最低な三文役者にも最後の時がやって来た。


 俺の最後の記憶は、弟の墓の前に立ち、「…ごめん……ごめん……」と何度も謝っている姿だった。



 俺は弱かった。

 嘘を吐き続ける覚悟もなければ、自分を貫く勇気もありはしなかった。だから、何も守れなかった。


 失う事を恐れるばかりで、失敗から逃げるばかりだった。


 この異邦の地に来ても、変わらなかった。


 失敗を怖れ、失う事を怖れ、人と親しくなる事を心の何処かで恐怖していた。


 

 この異邦の地で生きる残る為に、俺は変わる必要があるのかもしれない。


 あの時、目覚める時の声ははっきりと告げていた。


ーーーー汝は、罪人。


ーーーーその罪は、永劫に汝を縛り付けるであろう。


ーーーー夢夢忘れるな。これは、汝への罰であり、試練であり………救いなのだ…ツクモユーリ。



「罰であり、試練であり、救い」


 その言葉の示す意味は、はっきりとは分からない。


 でも、今のままではいけない事は分かった。


 誰かの代わりではなく、俺が俺自身として世界と向き合い、生きなければいけないんだ。



 決意は固まった。

 このまま悩み続けるのは、本来の自分ではない。


 本来の俺は、長くグチグチ考えるのは苦手な奴だった筈だ。それが、弟の様に聡明な人間になろうとして、可笑しな癖として定着してしまったのかもしれない。


 すると、扉を開けて入ってくるパーティーメンバーを見つける。あちらも俺を見つけた様で、ハルユキは手を振っていた。

 俺も手を振りかえし、パーティーメンバーの元に向かった。

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