第7話 異邦の依頼達成
動けないゴブリンが怯えているのが分かった。俺達と変わらない、死から逃れたいという純粋な感情だ。
手が震える。
命を奪う、という、たったそれだけの事が俺は怖くてしょうがなかった。
怖い?違う。
俺はただ、罪悪感から逃げたいだけなんだ。
「大丈夫か?」
「はい」
震える右手を左手で押さえ付ける。そして、振り下ろした。
「っ!!」
皮膚を破り、肉を断ち、血が流れ出す。ナイフを抜き取り、再び、振り下ろす。
熱い程に熱を持った血液や急速に熱を失って行く筋肉。そして、命が消えて行く光景が目に焼き付いて、手から命を奪った実感が伝わって来た。
「魔石は取れるか?」
ムツは優しい言葉は一度もかけてくれる事はなかった。
だが、それが俺にとってはありがたかった。
今の俺に、慰めや肯定の言葉は必要ない。事実を事実として受け入れて、前に進むしかないからだ。
「……はい」
心臓にナイフを突き刺し、掌に乗る小石程の大きさの魔石を取り出した。
俺は、流れた汗を袖で拭い立ち上がる。そして、ムツと並んで歩き出した。
「……大した奴だ」
小声のムツの呟きは良く聞こえなかった。それでも、ムツの俺を認めてくれている優しさだけが嬉しかった。
リューザスとハルユキの元に戻ると、リューザスの足の傷は既に治癒されていた。
毒の危険性も考えたが、既に〝解毒〟の奇跡も施したとの事だ。
つまり、ハルユキは〝治癒〟と〝解毒〟の2つの奇跡を使える事になる。
殆どの駆け出し神官達は、〝治癒〟などの基礎的な奇跡を一つ使えれば良いとされている。そして、杖を使った間合いを取る戦闘術も使える事から、駆け出し神官の中では頭1つ抜けた才能を持っているようだ。
ムツも正確な射撃と本番に物怖じしない精神力を持っており、これ程頼りになる狩人はなかなか出会えないだろう。それに、狩人は使役という技能を持っており、様々な制限はあるが、魔物を配下にする事も出来る。
だが、ムツは未だに配下を持っていない。
「こっちの討伐部位である魔石は取っておいた」
「逃げたゴブリンの魔石も取って来ました」
一度の討伐で4体のゴブリンを討伐出来たのは、結果としては最高だ。
だが、4人の表情は晴れない。
「すまない。俺が、もっと早く気付くべきだった」
「違うよ。僕が油断しなければ……」
「2人とも、そこまで。反省会は街に戻ってからにしましょう」
俺の言葉に、2人は黙って頷く。
その後、売れそうな物がないか確認したが、特になかった。ゴブリンの持っていた剣も、欠けていたりした為、価値はなさそうだった。
当然、ゴブリン手製の木製の弓矢に価値はない。
帰り道の途中もパーティーの目であるムツを先頭にして、油断せず街へと戻った。
街へと戻った後は、直ぐにゴブリンの討伐依頼の達成報告と魔石を換金した。今回のゴブリン討伐の達成報酬は、大銅貨10枚と少なかったが、魔石は傷がなかった事で銀貨2枚で売る事が出来た。
この国の硬貨は、銅貨→大銅貨→銀貨→大銀貨→金貨→白金貨と10枚ずつで次の貨幣と同じ価値になる。
依頼の達成報酬は、依頼よって差がある。そして、魔石の値段は流通量によって値段の上下がある。今の所は、高くもなければ低くもないらしい。
その後、俺達は酒場へと向かい1番安い硬いパンと日替わりスープのセットを頼んだ。
運ばれて来たのは、一見フランスパンの様な形をしているが、その数倍は硬い食感のパンだった。獣人のリューザスは、バリバリと音を立てて食べているが、人間の俺達は薄塩味のスープに付けて無理矢理喉に押し込む事で咀嚼する。
味は、旨くもなければ、食べられない程に不味い訳でもなかった。
だが、顎が疲れる。
それでも、リューザスは兎も角、ハルユキも次々とスープに浸した硬いパンを食べて行く。
「良くそんなに食べれるね」
「お腹減ってるし、明日からもっと頑張らなきゃいけないしね」
すると、ハルユキがパンを食べる手を止める。
「今日は、僕の所為でリューザスさんに怪我を負わせてしまいました。でも、次からは油断しません。足も引っ張りません。だから、パーティーから追い出さないで下さい!」
酒場のテーブルに頭をぶつける勢いで、頭を下げたハルユキ。
これは、流石に俺が何かを言える立場にはない。
「ハルユキ。今日の戦い……見事だった」
リューザスは、断言した。
「神官ながら、ゴブリン1体の足止め。更に、奇跡の腕前も充分な実力を持っていた」
「あ、ありがとうございます!」
「明日からもよろしく頼む」
ムツやリューザスの言葉を受けて、ハルユキは目に涙を溜める。
そんな俺達の会話は、酒場特有の賑やかな声に阻まれて誰も聞いているものはいない。
「それにしても、ユーリ君はやっぱり凄かったね!」
「え?」
「異邦より来たばかりで、3種類の魔術を使える者など滅多にいない。誇るべき事だ」
「……いや」
「謙遜するな。事実だ」
3人に褒められるのは、悪い気分じゃない。
でも、喉の奥に引っかかった様な違和感を感じる。
「注文だ!エールと果実酒を頼む!」
突然のリューザスの注文に、俺達は驚く。
「安心しろ。追加の酒代は俺が出そう。パーティー結成の祝いだ」
今まで見せていなかったリューザスの上機嫌な表情に、俺達も止める事は出来ず、運ばれて来る酒を口にした。
初めて飲む酒の味は、苦味が強かったように感じる。




