42話 鍵音は貧乏から脱出したい
「うわ~ん、マナえもーん。そのお菓子一口ちょうだい! もうパンの耳は飽きたよ〜」
自身の召喚獣が食べているオヤツに集るマスター。その名は本屋鍵音である。しかも教室内で、他の生徒たちがいる前で、恥も外聞もなくおねだりする駄目な少女だ。
パンの耳をびよよ~んと咥えて、幼女がモキュモキュと食べているラスクを物欲しそうに潤んだ瞳で見つめるので、その哀れな様子にマナはうんうんと頷くと、ニコッと微笑む。くれるのかな? 優しい召喚獣だもんねと、鍵音は嬉しくて泣きそうになる。
「パンの耳もラスクも同じ素材です。ということは多少の味を気にしなければ同じ食べ物ということです。なので、パンの耳で我慢してください。これは私がクラスメイトからもらった大事なお菓子なので、全て私の物です」
違った。マナはお菓子を分けてくれる様子はなかった。食いしん坊なマナが食べ物を分けてくれるわけなかった。ラスクはカリカリと甘くて美味しいですと、リスみたいで可愛い。可愛いけど、それとこれは別です。
「パンの耳は甘くもないし、カリカリ食感もないんです。ラスクとパンの耳は似ているけど、まったく別の物なんですよ」
なので、号泣して机に置いてあるラスクの袋にそ~っと手を伸ばして、さりげなく食べようとするが、マナのちっこいお手々にぺしりと叩かれて、防がれてしまいます。おかしい、マナは私の忠実なる召喚獣ではないのだろうか? 鍵音はふと不安になる時がある。大悪魔マナ・フラウロスは本当に私の召喚獣なのだろうかと。マナ・フラウロスは嘘を吐く。フラウロスの特徴だ。
主に食べ物を前にした時に思います。
「1本くらい良いじゃん! 甘い物を食べたいよ〜」
「駄目です。これは水も食料もなく砂漠を一週間さまよい、ようやく見つけたオアシスに生えた椰子の木から採れたヤシの実のような貴重な物なんです。マスターといえど、渡すわけにはいきません」
「例えが長いよっ! あと、砂漠に椰子の木が生えるのは漫画の世界だけだからっ! 現実は雑草くらいだよ!」
私のお願いなのに、きっぱりと断ると、マナはまたモキュモキュとラスクを食べる。高級ラスクは一袋ごとに分けられており、香る匂いだけでも美味しいとわかり、口の中によだれが溜まり、お腹がくーっと鳴ってしまう。うぅ、マスターのお願いなのに!
「もぉ~、マナちゃん、口元にラスクの欠片がついてるよ。とってあげる」
「ううぅぅ、ぬーー!」
使い魔を召喚中とのことで、ぬいぐるみのようにちっこい幼女の口元についてるラスクの欠片を人差し指で拭うとルカさんがパクリと口にくわえて、ニコニコと微笑む。その姿は仲の良い姉妹にしか見えない。私のマナなのに!
ギリギリと歯軋りをしてルカを睨む成り上がり主人公予定の本屋鍵音。その姿は悲しいかな、まったくのモブにしか見えない。
「鍵音ちゃんもたくさんお菓子もらってるんじゃないかな? それを食べれば良いと思うんだけど、貰ったお菓子はどうしたの?」
「さささ、最近のお菓子は小袋に一つずつ分けられていて、貰ってもほんの少しにしかならないんです。休み時間におしゃべりをしていたら、なくなっちゃいました」
鍵音はしょんぼりとしてルカの疑問に答えるが、真実は少し違う。クラスメイトたちとのおしゃべりで、『わたわたわた』と『あのあのあの』としか聞こえない鍵音語で話し、微妙な空気にしてしまうので、後は『このお菓子美味しいね』と黙々とお菓子を食べるだけの存在となっているからだ。飲み会でおしゃべりが苦手なおっさんが気まずくて、この店の料理は美味いなと呟いて、料理を黙々と食べて、影の存在となる現象と同じである。
そのため、ただでさえ少ないお菓子を食べ尽くすので、お昼ご飯は常にパンの耳である。コミュ障の弱点を思い切り見せる鍵音であった。
ちなみに、このAクラスの人たち。鍵音を普通に歓迎してくれるので、『口裂け女』と呼ばれた自分を知らないのかと疑問に思っていたが、本当に知らないことが分かっている。天上のクラスは最低クラスなどの噂など、そもそも聞いてもいなかったのだ。例えて言うと、貴族が平民の生活など気にしないのと同義だ。
なので後々噂を耳にしても、現在の鍵音は無能でも、顔に傷があるわけでもない。今はCランク相当の魔力と学年1位の頭の良さ、そして美少女だ。なので、ふ~んで終わり気に留めていなかった。その点で鍵音は幸運であったといえよう。
その結果が、とある男子である。
「あ~あ~、この私としたことが、マスタードーナツで24個入りがセール中とあったので、ついついお得感から買ってしまったが、考えてみれば、ドーナツは苦手であったなー。捨てるのはもったいないし、誰か食べてくれないものか。誰でも良いのだがなー?」
そして、腹ペコでひもじい思いをしている鍵音とは別に、後ろでは物部さんがドーナツのはいった紙箱を片手にクラスを、餌を探す野良犬のようにうろうろしていた。誰にでもあげると呟いているのに、砥部さんが手を伸ばすとぺしりと叩いて、あげることはない。
「うむ、新発売か。なになにホイップクリームを大量に入れて、コズバのチョコレートで表面を包みました? 一つ1000円とは、ドーナツにしてはなかなか良い値段をするな。美味そうだが、私は甘い物が苦手だからなぁ。誰か食べてくれる者はいないか? あ~あ~、腹ペコ娘などに譲ってもいいなぁ」
なんだろう。嫌がらせだろうか。先日は命を助けてもらったけど、記憶と寿命を喪ったので、お礼を言うことはできない。なので顔を知っているだけの縁でしかなく、コミュ障の鍵音は声を掛けるとの選択がそもそも存在しない。
そして、コミュ障の鍵音は周囲の様子を見ない。見るのは机であるので、クラスメイトたちが、物部のヘタレな様子を見て呆れている様子にも気づかなかった。ちなみに、昨日はたこ焼きのファミリーパックを教室に持ってきて、その前は特上寿司の入った寿司桶を持ってうろうろしていた。渡すことのできなかった食べ物はあとでスタッフが食べました。
というわけで、ルカにお菓子をせがむマナと、せっせとお菓子をマナに貢ぐルカ、腹ペコで他人の様子も見ない鍵音のために、物部守屋は明日もなにか買ってくるだろう。
「Aクラスの生徒たち全員に特別徴集がかかった。全員出動準備をせよ!」
最近の昼休みに見慣れた光景。ある意味平和なひとときだったが、それは乱暴に開かれて入ってきた先生の言葉で終わるのであった。
◇
「あのあのあの。あの、あのあの?」
「うん、特別徴集はアカデミーでも、Aクラスだけに存在する義務なの。私たちの戦力はそこら辺のハンターよりも遥かに高いから、国の危機と思われる事態だと、徴兵されるんだよ。といっても、後方でハンターや軍の支援を行うくらいなんだけどね。ほら、Aクラスと言ってもAランクはほんの数人、他の人たちは総合点でAクラスにいるから、必ずしも強いわけじゃないし」
「素晴らしいです、ルカさん。もう完全に鍵音語をマスターしましたね。鍵音語検定1級と言えるでしょう」
「ふむ、あらゆる言語を学ぶ意欲のあるこの物部守屋に、鍵音語の参考書を売ってくれても良いんだぞ?」
特別徴集とか、危険極まりない指示を受けて、鍵音は輸送トラック内でガタゴトと揺られていた。手持ちの装備で整えて、あれよあれよと運ばれたので、理解不能なので、ルカさんに尋ねたのだ。
ルカさんはしっかりと答えてくれて、マナが感心したとパチパチ拍手をして褒め称える。なぜか同じトラックに同乗した物部さんが、冗談を言うけど、私の言葉は日本語だもん。
軍用トラックに乗ったのは初めてで緊張してしまう。鉄製の椅子は硬く、トラックの屋根を覆うカバーは少し埃臭い。このトラックに乗っているのは、鍵音とマナ、ルカさんと物部守屋と木部さんと砥部さんだ。12人乗りの歩兵輸送用トラックになのにたった6人しか乗っていないので少し寂しいし、緊張でお腹も痛くなる。他のクラスメイトたちは別のトラックに乗っている。
「こここここ、後方支援ですか。それなら安心ですね」
「うん。訓練とかで徴集されるとも聞いてる。これ食べる?」
「ありえりあり、えりあごとうございます。ととと砥部さんっ」
眠そうな目で女の子がチョコレートをくれるので、ペコペコと頭を下げて貰う。ゔぁ、お昼ご飯はパンの耳だけだったから嬉しい。
「墨で良い。どうせ後方支援は荷物を運んだり交通整理。緊張しなくても良い」
「へぇ~、そうなんですね」
なんだか同じ陰キャの匂いがする子なので、少し安心して会話をする。同じ陰キャだと落ち着いて話せますね。突然Aクラスは徴兵されるとか言うから驚いたけど、どうやら建前程度で、危険なことはないらしい。魔物との戦闘はまだまだ未熟な私では役に立たないです。でも身体強化はだいぶ慣れてきたので、荷物を運ぶことはできるはず。力仕事で頑張ります。
最近、南千住ダンジョンで魔物がポップしなくなったとか、最新式の魔道鎧を開発した研究員がなぜか再現できなくなったとか、ドーナツの箱にリスと子狐が入っていたとか、物部守屋が走行中、延々と話しているのを聞き流しながら、移動すること数時間。エアーブレーキが効いてぷしゅ~と空気の抜ける音が聞こえると、トラックが停止する。
「どうやら目的地に到着したようですね」
「うん、少しお尻痛いです」
幼女マナがてってこと歩いてトラックから降りるので、鍵音も降りる。降りた途端に、緑の溢れる匂いが鼻をくすぐり、清浄な空気が肺に入る。
「ここは草加ダンジョンですか?」
「そうみたい。すぐに戻って来ることになるなんて思わなかったよぉ。マジ不思議」
周りを見ると、ついこの間訪れた場所だった。ほんの数週間前だから忘れるわけがない。森林の中にポッカリと空いた土地に天幕がいくつも張られており、トラックや戦車が駐車していて、武装した軍人やハンターたちが大勢集まっていた。
「ふむ、どうやら草加ダンジョンになにか起こったようだぞ?」
「え? えぅぅぅ!?」
物部守屋の言葉に釣られて、森林へと視線を移し言葉を失う。なぜならば立ち並ぶ木々の奥に巨大な大樹が生えていたからだ。巨大どころではない辺りを覆うかのような広く広がる枝葉、山のような幹に、内包する膨大な魔力。そして、桜のような花びらが雪のように周囲に舞っていた。
「なに、なんですかあれ? 肉でできた大樹です?」
さらに目につくのが、その大樹がピンク色の肉塊だからだ。遠くからでも見えるくらい巨大な幾つもの根っこがまるで土地を耕すかのように地面から出てきては潜り込んでいる。その姿はサンドワームのようだった。
「あんなのを相手にするとは大変ですね……。及ばずながら頑張りますっ!」
正直言うと、こんな危険そうなダンジョンには一歩も入りたくない。生徒で良かったです。
「これから名前を挙げるものたちは最前線で調査するように!」
「え!?」
教師の嫌な台詞に鍵音は青褪めて……。
予想通り鍵音は名前を呼ばれた。
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