15話 マナは巨人討伐をする
ヘカトンケイルヘイズは『光翼』の力にて大ダメージは負ったが致命傷とまでは行かなかった。元々巨人系統の魔物は馬鹿みたいに耐久力があるのだ。
『ソウルイーター? ソウルイーターデハナイ? タオセル? タタカエル?』
苦しみながらも、戦いを挑もうとするヘカトンケイルヘイズが叫ぶ。その叫び声は鍵音には意味ある言葉とは思えず、恐るべき咆哮にしか聞こえなかった。なので鍵音は手を握りしめて、マナの勝利を祈るのみだ。なんかとってもヒロインっぽいな。
どうやら弱くなったマナを倒せると思った模様。さっきまでは逃げようとする様子だったのになめられたものだ。このマナ・フラウロスを内包する魔力が弱体化しているだけで、倒せると考えたらしい。
『吸魔の魔眼』をガンガン使ってきていたので、ワンチャン魔力を吸収できると考えていた模様。ソウルアバターの中でも最硬と呼ばれているセキュリティのマナ・フラウロスに効くわけないのにな。
肌を焼かれたヘカトンケイルヘイズが、それでも手を緩めることなく攻撃してくるのを躱しながら、マナは内心で苦笑していた。
(フラウロスの特性を必死になって思い出して、捻り倒して出した命令だもんなぁ。召喚獣の立場としては命令に従うしかない。もう少しひねり効かせた頭の良い命令だったらかっこよかったんだけどね)
マナへと振り下ろされるヘカトンケイルヘイズの拳は岩のようなものだ。その一撃は低レベルとはいえ魔法処理されて硬度を鉄よりも硬くしている床をやすやすと貫き砕く。さらには4本の腕全てを使っての連撃。ドカンドカンと景気の良い音と、破片や粉塵が発生し、広い受付ロビーを覆っていく。
通常の人間ならば、気づいたときにはミンチだ。ヘカトンケイルヘイズの攻撃を視認できる者でも、4本の腕での連撃を前にしては恐怖に震えて逃げ出すか、遠距離攻撃に切り替えるに違いない。それだけの威力と速度を持っているのだ。
だが、高々使い捨ての偵察兵がソウルアバターを倒せると思ってもらっては困る。高速思考にて、敵の拳の軌道を見切り、足に魔力を集中させると踏み込む際に爆発的な威力を解き放ち、俺は拳が命中する寸前で回避する。
当たりそうで当たらない。当たれば倒せると欲を持ったヘカトンケイルヘイズは攻撃をやめることはなかった。さっきまでは逃げようとしている様子だったのに。
(こいつの様子を見ると、このビルに捕獲されたフリをして侵入しクラッキングして情報を収集していたんだろう。ソウルアバターの匂いを感じ取って、慌てて逃げ出したってところか。隠蔽魔法を使うのが遅すぎたか、鼻の効くやつ)
爆発するように床に大穴が空き、粉塵と破片が空中に撒かれるが、マナは平然とした様子で、致命傷となる拳を躱しながら状況を推察していた。本来ならヘカトンケイルヘイズは実験で殺されたとしても、ここに居座るつもりだったのだろう。どうせ殺される前に魂だけ逃げる目算だったに違いない。姑息だが使い捨ての中でも上位の魔物ではある。だが魂を喰うソウルアバターにはそんな方法は通用しない。
(しかし、クラッキングをするとは……この魔物の上官がどこにいるか興味が湧くね。少しは俺の栄養になりそうな奴だ。さて、こいつはこいつで倒すとするか。忠実なる召喚獣マナ・フラウロスだからな。反撃といこう!)
ニヤッと笑うと、得意の魔法を使う。さっきは4属性とかなんとか計測されていたが、あれは嘘だ。マナ・フラウロスの真骨頂は『情報魔法』にある。
『情報変更:手刀』
『情報魔法』により、マナの白魚のような可愛らしいお手々の概念が書き換わる。本来の人間のお手々が刀へと変更されたのだ。
どういうことかというと━━━。
「てい」
轟音を立てて通り過ぎる拳を躱しざまにペチリと掌でその腕を叩く。本来なら叩かれた後に紅葉のような掌の跡が残ればいいほうだ。
が、ヘカトンケイルヘイズの腕は掌の形にぽっかりと切り裂かれた。まるでくりぬかれたかのように肉が綺麗に抉られて、地面へと落ちていく。通常ならばあり得ない事象。
世界の理を塗り替えた結果だ。掌ではあるが、その一撃は剃刀よりも鋭い切れ味を持った刀を受けたのである。
今やマナの手刀は文字通り『刀』になっていた。これがマナ・フラウロスの『情報魔法』の基礎。簡単な理なら塗り替えることができる能力だ。この力は自身の力を変えられる。炎に氷の概念を。土に雷の概念を。全ての理を変えられる。あんまり複雑な魔法や機械とかは無理だけどね。
手刀程度なら楽々だ。今やマナの腕はどこを触っても、鋭い切れ味の刀に斬られることとなる。お触り禁止ってやつ。
さらにピッと指先を揃えて手刀の形にすると、指先から魔力を実体化させて伸ばしていく。この魔力も腕の一部と認識されているので、全て刀の切れ味を持っている。
ぶっちゃけ地味。例えて言えば、他のソウルアバターたちはエンジンと大口径の大砲を作って火力をとにかく上げているが、マナはコンパクトなエンジンと小型の大砲を作り、それを最大限に効果を発揮するように高性能のコンピューターを作るようなものだ。
そのため、他のソウルアバターたちよりも火力は数段低い。だが、やれることは他のソウルアバターたちよりも遥かに多いし、多彩な戦闘をすることができる。
ヘカトンケイルヘイズはあと少しで当たると空っぽの脳味噌で考えているのだろう。魔法による欺瞞やスキルによる武技などを『魔眼涙』を生み出す以外に持っていないヘカトンケイルヘイズは諦めることを知らず、攻撃が完全に見切られていることにも気づかずに激しく攻撃を繰り返す。その攻撃を回避しつつ、マナは手刀をいれていき、その身体を切り刻んでいく。
「ま、マナ、頑張って!」
傍目から見たら、ヘカトンケイルヘイズの攻撃をギリギリで回避してカウンターをいれるマナの姿は激闘に見えるのだろう。
実際は当たることはないので、まったくピンチではないけど。
━━━でも、問題はある。
骨にまで辿り着く手刀の一撃。肉を切り裂く感触があり、深手を与えた確信がある。だが、骨まで辿り着いたが今のマナのパワーでは砕くまではいかなかった。
(ちっ、いつもならベルゼブブを叩くみたいに簡単に倒せるのに、今のパワーだと駄目か)
横殴りに迫る怪腕を跳躍して飛び越えながら、独楽のように回転して、ヘカトンケイルヘイズに連撃を入れていく。ヘカトンケイルヘイズの肉体に幾筋もの亀裂が入り、大量の血が噴き出して雨のようにマナを濡らす。
普通ならばそれだけ血を流せば、失血死するだろうが、ヘカトンケイルヘイズは魔物であり、常識は通じない。皮膚は焼けただれて、身体中を切られても、なおも攻撃を繰り出してくる。しかも、徐々に皮膚は回復していき、切った跡も塞がっていく有様だ。低レベルの再生能力を持っているのである。
(『光翼』使わなけりゃ良かった。本来なら光翼に使った分の魔力を使って必殺の一撃を使う予定だったからなぁ)
鍵音の命令により、ここは頼れる可愛い召喚獣アピールだねと使ったマナである。そのせいで魔力は空っぽだ。最低限の強化しかできていない。
ヘカトンケイルヘイズの終わりのない攻撃を躱しつつ、後方をちらりと見る。そこには鍵音と兵士らしき職員、そして群衆がいた。
未だに逃げずに板を掲げて、興奮気味になにやら撮影のようなことをしている。まるで映画でも観ているかのような人たちだ。
(最初は魔物を倒すべく、少しでも手伝おうとする人たちだと思ったが………これがフィクション映画とかで見る野次馬ってやつか。御伽噺だとばかり思っていたけど、他の世界にはいるんだな。あんなクズたちが。やっぱりこの世界は人間モドキが多い)
俺の世界なら笑って魔物に喰われるだろう。敵を抑えることができたと。人間とはそういうものなのだ。人の足を引っ張るものはいない。即ち、彼らは人類の定義から外れている存在だ。俺たちの世界なら、即刻処分しておくイレギュラーたちだ。
(助ける価値は無いと思うのに……これからもこの世界を知らなければいけないな。だが、それは後回しだ。とりあえず、今放てる一撃を食らわすか!)
4本の腕が再び襲いかかってくる。左右から挟み込むように横薙ぎに2本の腕が迫り、左上からの拳撃。俺が逃げる方向に攻撃するべく右腕が振り上げたまま待機している。
「まいります」
マナは床を爆発させて、猛禽が飛翔するように跳躍する。横薙ぎの両腕が空を切り、左上の腕へと体を傾けるとチョンと足をつけると踏み台にして、さらに飛翔する。残った右上の腕がさながら隕石のように拳を振り下ろしてくるのを、体をひねり、落下してくる拳に手を添えるとまるで綿毛のようにふわりと飛び越えて、その腕を床にしてヘカトンケイルヘイズの頭目掛けて駆け抜ける。
驚愕するヘカトンケイルヘイズへと腕をクロスすると、呼気を放ち残った魔力を込めて全力でマナは腕を振り抜いた。
『クロススラッシュ』
その一撃はヘカトンケイルヘイズの首へと十字に亀裂を入れた。首からは噴水のように血が噴き出して、たしかに深手を与えた感触が返ってきたが━━━。
「むっ、やはりこの程度では浅いですか。くっ!」
仰け反るヘカトンケイルヘイズはその場でたたらを踏んで倒れそうになるがギリギリで耐えた。巨人族の恐るべき耐久力だ。しかもそのまま体当たりをしてきた。
トラックよりも強力な体当たりをマナは食らってしまい吹き飛ばされる。だが、体を回転させると床へと足をつけて、床をこすりながらもなんとか耐える。擦った床が摩擦熱で煙を上げて焦げ跡が残っていた。
『ウォォ! オデカテル! ソウルイーターカテル』
遂にダメージを与えたとヘカトンケイルヘイズはゴリラのように胸を激しく叩き、ドラムして喜ぶ。
「たしかに結構なダメージを負ってしまいました。そして、貴方は再生をしている。このままでは負けるでしょう」
その様子を見ても焦ることなく、冷徹なる視線を向けて、マナは淡々と語る。
「ですが、私にはまだ切り札があるのですよ。忘れましたか?」
人類が魔物たちへの反攻作戦を開始できた力。それは魂となったこと、そして敵の魂を喰らうこと。
最後にたとえ死んでも、魔物を倒すべく戦う崇高な意志だ。
『死せし魂よ』
俺は転がっていた金属塊にそっと手を添える。魔物に殺された無念の想いを宿した戦士の魂がこの金属塊に残っているのを感じ取っていたのだ。
『無念なる戦士よ』
金属塊が光っていき、その中に眠る戦士の魂を呼び出す。
『人類のため、その魂を燃やし給え。魔物を倒すべく一片のかけらも残さずに』
戦えない者は魔物を倒すべく最後の力を使うのだ。
『情報創造:魂回路展開』
マナの魔力がピコグラムの魔導回路を作っていく。傍目から見たら、ピコグラムの回路の塊は光の柱にしか見えない。その回路を金属塊が溶けて覆っていく。変わっていく金属塊に植物が絡み合う美しき意匠が刻まれていき━━。
『魂武器化:雷鳴の槍』
そして柄に死せし戦士の魂が煌めく宝石となって嵌め込まれると、莫大なエネルギーを秘めた放電する騎士槍となるのであった。
その吹き荒れるエネルギーは周囲へと突風となって広がっていく。
「な、はにえれぇ? こんな力があれのー?」
「途轍もないエネルギーです。これが大悪魔の真の力!?」
鍵音たちが突風に吹き飛ばされないように耐えながら、驚愕の叫びをあげる。その姿を横目で見ながら、突風にてバタバタと浮き上がる長髪をかきあげながら、マナは雷鳴の槍をヘカトンケイルヘイズに向ける。
これこそ魂の最後の力。ソウルアバターが作られても、なおも不利だった人類が考えた切り札。
その魂をエネルギーと変えて魔物を倒す必殺の武器だ。その力は通常の力の数十倍となる。もはや転生も不可能となり、この世から消滅するが、魔物を討伐するのに後悔する者は人類にはいない。この人の魂も満足だろう。
『アアォォォ、ニ、ニゲナケレバ』
久しぶりに使う魂武器に、ヘカトンケイルヘイズもその恐ろしさを思い出したのだろう。くるりと踵を返すと慌てて逃げ出そうとする。
「もう遅い。戦士の最後の一撃を受けよ」
『神雷衝』
騎士槍からの光が膨れ上がり辺りを照らし、マナは神速の一撃を繰り出した。全てを純白の光で覆い尽くし、雷を纏った一撃はヘカトンケイルヘイズを貫いた。なんの手応えも無く、光はヘカトンケイルヘイズを足だけ残して消滅させて、ビルにぽっかりと大穴を開ける。残った足も倒れる前に灰へと変わって崩れるのであった。
魂宝石が砕け散り、魂回路が焼けて跡形もなく消える。そこにはただの美しき騎士槍だけが残り、マナはぶんと騎士槍を一振りすると鍵音へと向き直る。
「魔物の駆逐を完了しました、マスター」
あまりの強大な力に凍ったような表情の鍵音へと返り血で染まり、大穴から吹いてくる風に髪をなびかせながら、ニコリと微笑むのであった。その微笑みは酷く美しかった。




