11話 大混乱のハンターギルド
ハンターギルド内は大混乱となっていた。なぜならば厳重に保管されていたはずの研究用の魔物たちが一斉に檻を破って飛び出してきたからだ。
「なぜ、封印結界が破壊されたのだ? 魔物たちが外に出ることを防ぐのだ! ここは都心だぞ? 外に逃げられたらどれほどの被害が出るかわからないぞ!」
研究員を叱咤して、室長は忙しなくデスクの端末を操作していた。先程から魔法回路を使用して、このビル全体を管理しているシステムにログインをしようとしているが━━━。
『パスワードが違います。規定回数のパスワード入力を誤ったため、このアカウントはロックされました』
としか、表示されていない。システムの不正アクセス防止が働いたのだ。
「くそっ、くそっ! セキュリティのために5回パスワード入力を誤ったらロックされる仕様が仇となるとは! 君っ、君のアカウントはどうだ?」
「だ、駄目です。こちらも規定回数を誤ったっと表示されてログイン不可能となっています」
誰も彼も同じ返答であった。間違えていないのに、規定回数を誤ったと表示されてログインできない。
そして、封印結界は不具合を起こしたらしく、檻は放電しており、機能していない。
部屋には緊急事態を示す赤いランプと、けたたましいアラームが鳴り響いている。
「バグだ……システムにバグがあったんだ。だから魔導システムを電子回路に組み込むのは反対だったんだ。魔法使いに結界保持を任せていれば良かったのに電子化の方がコストがかからないなどと上が強引に進めるから……」
室長は前面の強化ガラスを叩く魔物たちを見て、力なく呟く。研究のため、捕獲檻の隣に研究室は存在していた。魔物たちは己が皮膚の硬度を調べるため切り刻まれたり、素材として生きながら解剖されるなど、魔物から見たら非道な研究を受けていた。その恨みを晴らすためだろうか、血のように爛々と赤く瞳を光らせて、強化ガラスを砕こうと攻撃してきていた。
ピシリピシリと強化ガラスにヒビが入り、段々とそのヒビは蜘蛛の巣のように広がっていく。
「Aランクの魔物の攻撃も防げるんじゃなかったか? はは、こいつらはBランク以下だぞ。リベートのために不正をしやがって……やはり基準に達していなかったじゃないか」
逃げようとする部下たちがドアに殺到する。押し合いへし合いと、倒れた者を踏みつけて、押し退けようと殴りかかる。必死な形相でもはや同僚を邪魔な障害物としか思っていない酷い有様だった。
「無駄だ………。もう逃げても遅い。こいつらの足は私たちよりも速い」
ガシャンと強化ガラスが砕けて、肉を砕く音と、人々の悲鳴が研究室に響き渡るのであった。
◇
ハンターギルドの地下では隔壁が降りていく。魔物たちの脱獄に対して、システムと切り離されているローカルで動作する非常用スイッチを職員が押したのだ。
厚さ1メートルの金属製の隔壁がゆっくりと降りていき、重量のある重々しい音を立てて閉まる。厚さ1メートルなど冗談のような厚さであり、物理攻撃ならば戦艦の大砲すらも防ぐだろう防御力を持っている。
しかし、この金属製の隔壁が相手をするのは世界の理を崩す魔法の使い手でもある魔物たちだ。爪の一撃でも物理法則を超える魔法の力を持っており、たとえダイヤモンドの硬度を持っていても、理外の力の前には分厚い発泡スチロールも同然であった。
ミシリミシリと金属が歪む音がして、凹みができていくと隔壁を剣のように長く鋭い爪が貫く。
大金をかけた隔壁は結局この隔壁を設置した企業だけが儲かり、現実では時間稼ぎにもならなかった。
だが、既に隔壁の前にはハンターたちが待ち受けていた。剣や槍に弓や杖と前時代的な古い武器を持っているが、その全ては魔法が付与されており、ハンターたちに力を与える。
ハンターギルドにいた数十名のハンターが緊急依頼を受けて集まっている。その中には鍵音を虐めていた稲美たちパーティーの姿もあった。
「よいか、皆の者! ここが外へと続く防衛線だ。ここを破られれば都内に魔物は逃げ出して、無辜の民に被害が出るであろう。絶対に死守しなくてはならぬ!」
朱色の騎士槍を持ち、騎士鎧を着込み、先頭に立つ壮年の男が武士のような古めかしい物言いで、周りのハンターを叱咤する。
「しかし安心せよ! この私がいる。そなたらは私の後ろで残敵を討伐し、小遣い稼ぎをするだけだ。命をかける必要などござらん! ━━━このようにっ!」
「ぐるおっ!」
咆哮をあげて、牙を剥き黒い巨大な犬が隔壁を食い破る。男は隔壁を破って侵入してきたヘルハウンドを放電する騎士槍で貫く。ヘルハウンドはぽっかりと身体に穴を開けられて、さらには後ろにいた他の魔物たちも円状に貫かれてあっさりと倒されるのであった。
「見よっ! この通り、鎧袖一触よ! ここの魔物の最高ランクはBランクと聞いておる。私の相手でないっ!」
騎士槍についた血を振り落とし、男は強面の顔にて頼もしさを見せる。その様子を見て、周囲のハンターたちは意気軒昂に沸き立つ。
「おぉ、さすがはAランク上位!」
「雷電の騎士と言われるだけあるな」
「すこし厨二病くさい話し方だけど」
「さすがは雷魔法の名家、厩戸太郎!」
皆が褒めちぎるのは、魔物を狩る専門職であるハンターの中でも上澄みの実力者である厩戸太郎。最硬の耐久力を持つアダマンチウムを使用した騎士槍と全身鎧を身に着けて、高位の雷の魔法を使いこなす凄腕だ。
その上、彼が雷電の騎士と言われる二つ名を持つのはもう一つ理由がある。
「太郎さん、まだまだ魔物が出て来ます!」
ハンターたちが砕けた隔壁を指差す。指差した先、砕けた隔壁の隙間からぞろぞろと魔物が出てきている。ヘルハウンドたちのような動物系ではなく、巨大な蟹や毒々しい蛙に歩く木や牙の生えた花、スライムなどの足の遅い魔物たちである。
しかしヘルハウンドたちの数は10匹にも満たなかったが、今度の魔物たちの数は100匹を上回る。
「足が遅い奴らがやってきたか。しかし、どれだけの魔物をハンターギルドは捕獲していたのだ。都内にこれだけの魔物を捕獲しておるとは危機管理はどうなっているのだ? それにしても数が多い………ならばっ!」
太郎は騎士槍を構えて、自らの身体に魔力を流していく。その身体が放電し、眩しいほどの光に包まれていくと、その身体が変わっていく。
『化身ケンタウロス』
光が収まった後に立つのは、下半身を馬に変えた太郎の姿であった。全身鎧も馬となった下半身に合わせて変形しており、床を鳴らす蹄の音が重々しい。雷電の騎士こと厩戸太郎の必殺のスキル、ケンタウロスへと変化する切り札だ。
「この厩戸太郎に敵は無しっ! 皆よ、我が力をその目に刻めっ!」
騎士槍を掲げて、戦場の視線を一身に集める英雄のように叫ぶと、迫る魔物たちへと構えをとる。
『ライトニングチャージ』
騎士槍に雷を纏わせると、太郎は駆け出す。馬の下半身は伊達ではなく、人を遥かに超える速度で疾走すると、魔物たちの只中へと突撃した。その突撃は一本の矢のようであり、敵へと瞬時に接敵する。
「ぐげ!?」
「ゲロッ」
放電する騎士槍が本来は硬いはずの巨大蟹の甲羅をガラスのように砕き、毒々しい蛙を風船を割るように破裂させる。歩く木や花が触手を伸ばし捕らえようとするが、太郎は素早くジグザグに動いて躱していき、その速度についていけずに、敵の触手は全て空を切っていく。
その速さは強化されたハンターの視力を以てしても視認が難しく、まさしく稲妻のようなスピードであった。
「生き残りをそなたらは片付けよ!」
圧倒的な速さを持ち、次々と魔物たちを倒していく太郎であるが、倒しきった魔物は少なく、傷ついた魔物たちは多い。敵の数が多いため、行動を阻害することを優先したのだ。
「おおっ! 討ち漏らしは任せてくれっ!」
「うひょ~、Bランクの魔物たちもいるぜ! ランクの高い魔物を倒せるなんてチャンスだ!」
「壊れた装備の買い直しもできるわっ! ふふっ、あの口裂け女に目にもの見せてやるわっ」
ハンターたちは本来は倒せないはずのランクの高い魔物たちを倒せることに興奮して、その稼ぎを夢想して、下卑た笑みで傷ついた魔物たちへとハイエナのように群がり倒していく。
太郎の攻撃力と、数だけは多いハンターたちの活躍で、魔物たちはみるみるうちに数を減らしていき、ハンターたちの勝利は確実かと思われた。
「へっ、これだけ楽に稼げる狩りもないぜ。俺たちは奥に行くぞ!」
だが、大体の魔物たちを倒して慢心したハンターたちの数人がもっと稼ぎをと奥へと進んでいき━━━。
「ぎゃあああー!」
ぐちゃりと肉が潰れる音と、断末魔の悲鳴が響く。
「む? なんだ?」
敵を倒していた太郎は悲鳴を聞いて顔を顰めて、周囲のハンターたちも予想外の悲鳴に驚き顔を見合わせて困惑する。
だが、その理由はすぐに分かった。
ズンと床が震えて、奥からゆっくりと巨人が姿を現す。その姿を見て、太郎は口元を緩めると嗤う。
「なるほど、ヘカトンケイルまで捕獲していたのか。どうやらハンターギルドは常軌を逸したようだな」
人の姿を持つ巨人。青銅色の肌を持ち、筋肉で覆われた4本の腕を持ち、顔には四つの目を持つ魔物だ。10メートルはある背丈を持ち、その怪力は人間などあっさりと潰せる力を持つ。ダンジョンでも稀にしか見ないヘカトンケイルと呼ばれるBランク上位の強力な魔物である。
「ふっ、ハンターギルドの危機に、ヘカトンケイルという強力な魔物。このドラドラの状態であれば、私がSランクに推薦されるのに充分な功績となるであろうよ」
しかし、大部分のハンターを死へと誘う化け物も、太郎にとっては余裕の相手であった。ハンターの中でもほんの一握りの強者であるAランクハンターにとっては功績を稼ぐ獲物でしかない。
だからこそ、気づかなかった。ヘカトンケイルの様子が変なことに。
その顔に恐怖が浮かんでいることに。
『ニゲナクテハ……ニオウ、ニオウ……』
その呟きが。
『ソウルイーターガクル』
内包する魔力が膨れ上がっていることに。




