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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第5章『熱砂を征く者達』
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Ep.95 謁見の間にて

「んじゃ、要件を聞こうか?」

 と、まるで世間話をするように首長のジークさんは始めた。

 

「は、はい! 僕達サリア神聖王国に向かう為に、砂上船の乗船許可を頂きたいんです」


「なるほど。失礼ですが砂上船は物資の運搬を主としているのはご存じか?」

 と、ウォードさん。

 

 そこにサヤが『はい』と声をあげると、皆の視線がサヤに集まる。

「もちろんです。そしてこうも聞きました。……国の難題を解決すれば乗船許可を貰えると」


 アル爺さん、いやここではアルマイトさんと呼ぼう。

 アルマイトさんは両腕を組みながら自身の顎髭を指で撫でると静かに言葉を紡いだ。

 

「……まあそれは間違いではないのう。しかし、我が国にとって、流通の要である砂上船はこの国の生命線に等しい。そこに部外者を乗せるということがどれほどの事かも、理解しておるのかの?」


 その時アルマイトさんの目が垣間見えた。宰相としての確かな威厳が瞳の奥に宿し、眼光鋭くサヤを見据えていた。その眼光に僕の心臓が跳ねる。


 雰囲気がまた重苦しいものに変わっていく。


「はい。貴国からの信頼を得ることが大前提であることは良く理解しております。私達は貴国にとって利益をもたらす存在であると示さなくてはならない、という事ですね?」


 物怖じせず返答するサヤの言葉に、アルマイトさんの纏う雰囲気が穏和になっていくのを感じる。そしてニカっと白い歯を見せて笑った。

 

「うむ! その通りじゃ! まずは信頼あってのものだという事が理解しておるのかを知りたかったんじゃよ!」


 眼光鋭い宰相から、いつもの調子のアルマイトさんに戻り、僕は少しほっとした。

 アルマイトさんはジークさんに目配せすると、ジークさんは頷いた。



「――君達の望みは分かった。今度は君達の旅の目的を聞かせてくれるか? それを聞いた上で、お互いの利益の話をしようぜ」

 ジークさんは机に両膝をついて少し身を乗り出しながら言った。


 

「僕達の旅の目的は魔王の討伐です」

 僕は躊躇いもなく言い放った。ジークさんの目が見開かれ、唖然とした表情になる。


「……魔王って、あの魔王?」

「はい」

「討伐って、やっつけるってこと?」

「はい」


 ジークさんはポカーンとしている。隣のウォードさんも咳払いをしながら眼鏡の位置を直す素振りをしながら、驚きを隠そうとしていた。

 事情を知っているアルマイトさんは二人の反応を見て楽しんでいる。


 まあこうなるのも無理はないよね。自分でも荒唐無稽なことを口走っている自覚はある。


 けど――



 僕はジークさんに、偽りなき決意を眼差しに宿してまっすぐ見つめた。

 本気なのだと伝えるように。


 ジークさんは戸惑っていたが、僕の目を見ると背筋を伸ばして真剣な顔で息を呑み、不敵な笑みを浮かべた。


「とんでもない冗談だと思ったが……ははっ! ……どうやらその目は本気らしいな! 君達に興味が湧いてきたぜ!」

 ジークさんは先程までの動揺を快活に笑い飛ばしてそう言った。


「だから言ったじゃろー! 面白い旅人がおるぞとな!」


「アルの見立ては正しかったようだな! よし、なら詳しく聞かせてくれよ!」



 僕達は旅の目的やその為に必要なことなど、解放の神剣の事も含めて事情を全て話した。


「――というわけで、この『解放の神剣』の本来の力を取り戻す為、できるだけ早く聖都マリスハイムに向かいたいんです」


 僕は腰に下げた剣を外し、ジークさん達に見せた。


「……おいおい、それが本当だとするなら、これは一大事なんじゃないのか」

 と、僕の剣を見つめながらジークさんは深刻な様子で呟いた。


「確かに。世界の脅威である魔王に対抗しうる力が存在するということは、我々人類にとってこれ以上ない朗報ですね……!」

 終始落ち着いていたウォードさんも、興奮気味な様子を隠し切れないようだ。


「儂は魔術をちいとばかし齧っておる身での、その剣からは微かに精霊の気配を感じるんじゃが、そこらにいる精霊とは違う何かを感じるぞい」

 アルマイトさんも顎を擦りながら剣をじっと見ている。


 その時後ろでウィニが僕の服の裾をクイクイと引っ張った。

 僕の耳元に顔を近づけてきたウィニに耳を向ける。

 小声でウィニは僕の耳元で囁いた。


「あのおじいちゃん、魔術、かなりやると思う。ししょおと同じくらい、かも」


 魔術師にしかわからない何かを感じ取ったのかな。

 アルマイトさんは魔術をちょっと齧った程度と言っていたが、どうやら大きな謙遜のようだ。


「――それともう一つ明かしていない事があります」

 と申し出たのがサヤだ。全員の視線がサヤに集まる。

 

「……クサビは、勇者の血族の末裔らしいのです。花の都ボリージャにおわす花の精霊様からも勇者と同じ雰囲気を感じると言われていました」


 そういうとジークさんら三人はそれぞれに驚いた顔を見せて僕を見た。

 

「ふむ。こちらの少年が勇者の子孫であるなら、神剣を持っていてもおかしくはない……ですか。失われてしまった伝承を解き明かす為、聖都の書庫を目指していると。……なるほど」


 ウォードさんが思案しながらぶつぶつ呟いている。

 そして考えが整理できたのか、ウォードさんはジークさんに向き直った。


「ジーク、この少年達の話、私は信じてみてもいいと判断します」

「おっと、儂は最初から信じておるぞ! 想像してたよりも面白いことになっておるしのう!」


 側近二人の支持を受けたジークさんは考え込む素振りすら見せずに大きく頷いた。


「いいぜ! 君達の話を信用しよう。それに、あの魔王に対抗するなんて面白そうじゃねえか!」

 ジークさんは高らかに笑い、その声は部屋中に響き渡る。


「――というわけで、君達に一つ依頼を頼もうじゃないか。それを達成できたなら、砂上船の乗船許可を与えよう! どうだ?」


 僕、サヤ、ウィニは互いに顔を見合わせる。それぞれの表情に喜びの感情が浮かんでいた。

 ジークさんの提案は願ってもないことだ。その問いに僕達は元気よく返事をするのだった。



「んじゃ依頼については後日改めて話そうぜ。その時は使いの者を送るからそれまで待っていてくれ」

「わかりました!」



 

 他の謁見の予定があるとの事で、僕達は部屋を後にした。


 邸の出口の門を通ると、後ろから僕達を呼ぶ声がして振り返った。


「待たれよ! お客人よ」

 振り向くと、威厳を漂わせながらやってきた宰相然としたアルマイトさんだ。どうやら人前ではこちらの姿でいるようだ。

 

 でもしょっちゅうボロが出るためか皆アル爺さんとしての本性はわかっているようで、窓口にいるおじさんもニコニコしながらこちらを眺めていた。


 そうとは知らずの宰相アルマイトは言葉を投げかける。


「言い忘れておった。そなた達はこの国の大事なお客人じゃ。今後何かあれば自由にこの邸に参られるがよい。首長ジーク・ディルヴァインが許可すると言伝かっておる」


 そう言うと、宰相アルマイトは僕に近づき、小さな声で『顔ぱすじゃ! やったの!』と、お茶目なアル爺さんが囁いた。


 そのあとすぐに雰囲気を戻して窓口にいるおじさん達に威厳ある声を張り上げた。

「よいな! お前達! こちらのお客人のお顔をよくよく覚えておくのじゃぞ!」

「「「はっ!」」」


 窓口からおじさんと守衛の人達の気合の入った返事が返ってくる。僕はこの待遇に恐縮してしまいそうになり、丁寧に会釈をして気持ちを伝えた。


「では、使いの者を待つがよい」

 と、宰相アルマイト。


「んじゃ、また風呂で会おうぞ」

 と、アル爺さんのこちらにだけ見えるように破顔して、白い歯を見せる。


「ありがとうございます! では失礼致します」

 僕達も宰相アルマイトの意図を壊さないように振る舞い、邸を後にした。



 今日は朝から緊張したり驚いたりで忙しい日だ。

 だが着実に目的に近づいている感じがする。


 ジークさん達が信じてくれてよかった。きっと目的への前進の要素に、その部分はかなり大きな影響をもたらしていると思う。


 あとはどんな依頼を頼まれるのかわからない。

 その準備だけはしっかりしておこうと、今日の空いた時間を過ごすのだった。


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