Ep.86 命尽きるまで
「――ごッ……!」
僕は声にならない声が漏れ、衝撃でなぎ倒されて砂の地面に転倒した……!
かなりの速度からの尻尾の薙ぎ払いだ。肋骨は全滅し内蔵も損傷していてもおかしくないくらいの直撃だった。
――やられた……! 今のくらい方は無事では済まないだろう。
「――――クサビ!!」
サヤの悲痛な叫びが木霊する。
すぐに駆け寄りたいサヤは、前回の失態を思い出してぐっと堪えている。
ウィニは集中していて動けない状況では、コイツをなんとかしないうちに僕の治療はできないのだ。
……くそっ
痛みを感じない。僕の感覚が先に死んでしまったのか……。
――僕はこんなところで死ぬのか。
師匠に認められた矢先、この辺りに生息するなんでもない奴の手に掛かって死ぬのか……。
皆、すまない……――――
……あれ?
痛覚が死んだ今、すぐに訪れるであろう死の眠りが、いつまで経ってもやってこない。
むしろ意識がはっきりしている。
……僕の体が動く――
僕は立ち上がって、剣を構える。
デザートロックリザードを引き付けていたサヤは、それを見ると信じられないと言わんばかりの顔をしていた。
それはそうだ。誰がどう見ても僕の当たり方は最悪の事態を想像させるに十分過ぎるほどの直撃だったのだから。
僕が立っていられるのは、僕の中に眠る奇跡の力が、命が燃え尽きるまでの間の僅かな力を発揮したのかもしれない。
……ならば急がねばならない。この命が燃え尽きる前に!!
僕はデザートロックリザードを一点に見据えて駆け出した!
そしてサヤと魔物の間に割って入り、魔物の頭に斬撃を打ち込んで注意を僕に向けさせた。
「クサビ!? 大丈夫なの……?」
「…………――」
いつ切れるともわからない僕の命。言葉を発すること体力すらも無駄にはできない。
僕は無言でデザートロックリザードを引き付け続けた。
「――準備できた! ゴロゴロしてきたところを狙う!」
ウィニの杖から青色の光が発している。魔術の準備ができたようだ。
僕とサヤはデザートロックリザードから飛び退き距離を置く。
そこへ転がってくるデザートロックリザード。
その岩の塊となった体が僕に肉薄する瞬間――
「そぉい」
ウィニが僕の目の前に土で作った斜面を出現させた。
反り返るようになっているその斜面を抵抗もなく転がり抜けていく。
岩玉となったデザートロックリザードがその斜面を通って僕の遥か頭上を宙に舞い、やがて勢いを失って真っ逆さまに落下してきた。
「……どろどろになれー」
そこへウィニが杖を振って、続けて魔術を発動させる。
デザートロックリザードの落下地点に水の渦が現れ、それはやがて砂と混じって泥となった。
――――ドボーンッ
落下してきたデザートロックリザードは、仰向けの状態で身動きができずにもがいている! ウィニはこの状況を作りたかったのだ。
「今よッ! クサビ!」
サヤは僕の名を呼びながら駆け出して跳躍した。そして刃を下に向け、両手で持って上段に持ち上げている。
僕も残り僅かな命を燃やしてデザートロックリザードに駆け出した!
「やあああああ!」
「おおおおおぉ!」
僕とサヤは同時にデザートロックリザードの腹に刃を突き立てた。
けたたましい断末魔をあげたデザートロックリザードは、その後力なく事切れた。
――終わった。
この命、なんとか保ってくれた。
サヤとウィニが駆け寄ってきて、心配そうな表情を浮かべている。
……まだ時間があるのか。それなら僕は――
「……二人とも、ごめんね」
「クサビ……」
「…………」
命が燃え尽きる前に、二人に感謝を伝えなくては。
そして、サヤに僕の思いの丈を……
いや、これから死にゆく者からの愛の言葉なんて、きっと生ける者にとっては呪いになる。
この想いは、死出の土産としよう……。それでいいんだ……。
僕は晴れやかな気持ちで二人に笑顔を向ける。
「僕はここまでみたいだ。ウィニ、ここまで一緒に旅してくれて、ありがとう……」
「くさびん?」
ウィニは不思議そうな顔をしている。無理もないよね。生きてるのが不思議なくらいなんだから。でもそれももうすぐ終わりだ。
「サヤ……。サヤが居てくれて本当によかった。どうか、幸せに生きてくれ」
「何を言ってるの……?」
ああ……これでいい。
死ぬ前の最期の言葉を告げることができたんだから。
ただ、使命を果たせなかったのは悔しいな……。
あの世に着いたら、父さんと母さんや村の皆に謝ろう……。
僕は目を閉じる。
命を燃やして動き続けるこの体も、もうすぐ命は完全に尽き、魂が旅立つ時が来る。
でも不思議と穏やかな気持ちだ。大切な仲間に見送られて逝けるんだ。僕の命の淵はこれでいいんだ。
さあ、僕はもう満足だ。連れて行ってくれ――
――あれ?
いつまで経っても意識が薄れるどころか、はっきりしたまま何も変化が訪れない。
どういうことなんだ。
僕は改めて脇腹の傷を確認してみる。きっと骨は折れ、内臓はぐちゃぐちゃな状態になっているに違いない――
――なんともなかった。
「…………クサビ、大丈夫? 最初はヒヤっとしたけど、下に絆結びの衣着といてよかったわね!」
と、あんまり心配してないサヤが笑顔で言う。
「くさびん、変なこと言ってる。頭でも打った?」
そう言ってウィニが僕の頭を撫ででくる。
「………………」
僕は穴があったら入りたい気分になり、フードを深く被って両手で顔を覆ってしゃがみこむのであった。
ちなみに、『僕の中に眠る奇跡の力』なんてものはこれっぽっちも存在しなかったのは言うまでもない。




