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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.412 Side.M シュタイアの橋上で

 祖国ファーザニアが誇る、白銀の甲冑に身を包んだ精鋭兵と、黎明軍の冒険者たちがひしめく戦場。それは奈落に架かる一本の橋の上で、所狭しと命のやり取りが繰り広げられていた。


 私とフェッティ姉様は、眼前に広がる絶望的な光景に思わず息を呑む。


 そして私は前髪で隠している方の視界を開いて魔眼を起動させ、魔眼の視界で戦場を見渡していった。


 我々と向い合った橋の向こう側。その中にどす黒く嫌な気分にさせる魔力の魔物――いいえ、あれは魔族だ――がいて、大量の魔物の軍勢の中でもその存在が一際危険だと、私は瞬時に察知する。


 しかし幹部程の力は感じられない。

 あの時……亡者平原の戦場で視た魔族幹部の力は何倍にも強く、恐ろしいものだったから……。


「姉様。あの奥の魔族……アイツに注意してくださいっ」


 私は死の邂逅場となっている橋上の最前線へと駆けながら姉様に知らせる。


「ええ! 大丈夫。貴女の背中は私が守るわ!」


 そう応じた姉様の声は力強く、その背中からは自信に満ちた空気が伝わってきた。

 姉様の声に励まされ、胸の中で勇気が湧いてくる。


「私も、姉様の背中は必ず守りますっ」

「……ふふっ。頼もしいわ! ……さあ! 行くわよマルシェ!」


「……はいっ!」


 そして怒号の声がすぐ近くから聞こえ始め――。


 私達は跳躍して列をなす兵士達を飛び越えて着地すると、フェッティ姉様は剣を高らかに掲げて名乗りを上げた。


「黎明軍から、フェッティ・ゼルシアラが、勇者の一員と共に参上したわ! 勝つわよ! 皆っ!」


 私も桃髪を風に揺らしながら、気後れせずに名乗りに続く。


「勇者一行が一人、希望の黎明、マルシェ・ゼルシアラも来ましたっ! 共に祖国を守りましょうっ」


 そして盾を前にし、蒼剣リルを構えると雪と共に降り注ぐ陽光に照らされ、蒼き刀身が輝いた。


「……おい! フェッティ嬢が戻ったぞ!」

「マルシェ嬢もかっ!?」

「おおおおーっ! 亡きゼルシアラ剣大将の娘達が来てくれたぞおおお!」


「「おおおおおーーーっ!!」」


 私達の言葉に兵士達は士気を鼓舞されるように歓声を上げる!


 同時に彼らの言葉は、遠く故郷を離れていた私達にとっても大きな力をくれていた。


 そしてそれを皮切りに、一斉に敵へと襲いかかった。

 私達は白銀甲冑の兵士達と一緒に、迫り来る魔物に盾と剣で応じる!


 ……その戦い方は私がこれまで学んだゼルシアラ家の盾剣術に則っていた。


 私の家系は、この地を統べる者を代々護る盾の一族だ。

 魔物達に、本当の盾の扱いを、恐ろしさを思い知らせてやるっ!


 ――パリィ!


 熊型の魔物『フリーズベア』の巨躯から繰り出された鋭爪を、盾の中心に合わせるように構え接触する瞬間、一瞬だけ魔力を流す。


 その刹那盾の中心に僅かな閃光が瞬くと、熊の巨腕が跳ね返されるようにして空高く舞い上がり、フリーズベアはバランスを崩して奈落に落ちていく……。


 私とフェッティ姉様は足並みを揃えて前へ前へと突き進みながら、パリィのみで敵を弾き飛ばし奈落へ突き落としていった。


 狭い橋の上の戦線を、次々と私達が突破していくのを見て兵士達は奮起していた。


 そして私達は橋の中央付近にまで押し寄せていた敵の群れを少しずつ後退させていく事に成功した。


 ――味方が続く。私達は壁のようにひしめく魔物達に正面から立ち向かい続けた。



 しかし……。

 このまま行けば橋から押し出せる! ――そう思っていたその時だった。


「き、気をつけろ! 奈落の底から魔物が飛び出してきたぞ!」

「っ!? こ、これは!」


 闇の底から勢いよく飛び出してきたのは、黒い羽根を持つ小型の魔物だった。コウモリのような外見だが、羽根には禍々しい棘がびっしりと生えている……。


 ――いつか、魔物を記した図鑑で目にしたのを思い出す。あれは『ブラッドソーン』という魔物だ。


 素早く飛び回り相手に接近し、両羽根の夥しい棘で串刺しにする。そしてそこから滴る血を啜る魔物……!


 奴に組み付かれ、その両の羽根で抱かれようものならばそれは処刑具アイアンメイデンそのもので、付いた忌み名は『飛翔処刑具』……。


 それが覆い尽くさんばかりに闇の中から飛び出し、瞬く間に私達の周囲を埋め尽くす。


 そしてその脅威が一斉に橋の味方達の側面から襲いかかってきた!


「皆っ! 気をつけて――くっ!」


 フェッティ姉様が警告を発するも、最前線の魔物からの攻撃を受け止める為に手一杯だった。

 横に並ぶ私も同じく、前方の大きな魔物の攻撃をいなすのに精一杯だった!


 全面に集中出来れば私達は負けない。……しかし側面、しかも挟撃状態となった今、私達はその包囲から逃れる術を持っていなかったのだ……!


「ぎゃぁぁあ!」


 背後から兵士達の絶叫が聞こえる……。

 突然現れた飛翔処刑具の群れに恐れた者から葬られる……っ!


 ……どうすれば……。この状況を打開するにはどうすればっ……!


「いけませんッ! ――フェンリル! 橋上の彼らを守るのです!」

「わかっておる! 暫し離れるぞリリィベル!」


 ――ウィンセス大統領の声が聞こえる。


 次の瞬間、狼の遠吠えと共に白銀の毛並みの狼の精霊が宙を舞い戦場に躍り出た。

 そしてフェンリルは氷属性の魔術を、ブラッドソーンに叩き込む……!


 氷雪の嵐が戦場を巻き込み、飛翔する処刑者たちを凍りつかせ、奴らに氷の刑を執行していく我らが祖国の守護精霊……。


 それを城門前で陣を張るウィンセス大統領の魔術部隊からの援護が突き刺さり、コウモリは黒き塵へと消えていく。


 あわや恐慌状態になりかけた橋上の味方達は、僅かばかりに出来た間隙に息を吹き返し、各々の武器を構えて応戦を開始する事ができた。


 だけど、眼前の地上の魔物達の攻勢が強まり、私と姉様の勢いは止まってしまった。


「マルシェ! まだ魔力は保つわね!? ここで踏ん張るの! 側面の敵は仲間が防いでくれると信じてっ!」


 姉様が盾を瞬かせ、鋭い斬撃を繰り出しながら叫ぶ。


 ……こんな時にあっても、姉様は私に微笑み掛けてくれた。まるで私の中の不安に気付いているかのように。


 ……私はまだまだ未熟だ。武芸も精神も。――でも!


 ……そうだ。私は絶望しちゃいけないんだ。

 何故なら私は勇者の一員だから。勇者は絶望を見せないのだから……っ!


 心の中で自分自身を奮起させ、己を鼓舞する。隣で戦う姉様のこと、シュタイアに暮らす母上や爺や、マリエッタ達使用人の皆のこと……。


 守りたい顔を思い浮かべながら、剣を、盾を強く握りしめる!


「――はい姉様っ! ……さあ来いっ! ここから先は通さないっ」


 私は目の前に迫る魔物を睨みつける。


 熊に、蟷螂に餓鬼に、おまけにコウモリと、よくもその醜悪な姿をこの美しいシュタイアの地に踏み入れてくれたものだと、私は腹の底から怒りが沸いてくる。


 その怒りのまま私は盾を掲げて、蒼剣の切っ先を魔物に突き出し続けたのだった。

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