Ep.410 Side.S エルヴァイナ防衛
「――せいっ!」
私は必死に愛刀を振り続けていた。
人程の大きさあるカマキリ型の魔物、ブレードマンティスの振り下ろされた右鎌をサイドステップで躱し、首目掛けて水平に斬撃を放つ。
そしてすぐさま別方向からの殺意に気付き、左足で地面を強く踏み付けて跳躍した。
そこへロシュさんの魔術が炸裂し、敵が爆ぜる。
着地するなりロシュさんと背中合わせに陣取り、私達は周囲を警戒する。
他の黎明軍所属の冒険者達も、エルヴァイナに駐留していた王国騎士達も懸命に街を守ろうと奮闘していた。
私達は味方を援護しながら魔物を迎撃することに集中する。
「――魔物が壁に張り付いたぞー!」
「いけないっ!」
騎士の一人が城壁から魔物の姿を見付けたようで、そう叫んだ。
私達は駆け出すと、壁を越えようとしていたゴブリンライダー数体を視認して、勢いを活かしながら攻撃を仕掛ける!
「行かせないわ!」
私は足に溜めた強化魔術を解放し、一気に加速してゴブリンライダーの一体に斬りかかった!
飛び込みざまに乗り手のゴブリンの首を袈裟斬り一閃し、流れる動作でブレードウルフの胴体を斬り上げにて葬り、街の壁を背に正眼に構え敵を見据える。
ロシュさんもすかさず背後に回り込み、杖を構えて次の攻撃に備えていた――その時だ。
「う、うわぁー!」
「な、なんでゴブリンがこんなに強いの!? こんなの聞いてない!」
声がする方を見ると、まだまだ駆け出しと思しき装備の冒険者パーティが前線に出てきていた……!
なんでこんな所に! 黎明軍所属の冒険者達の配置は決まっているのに! ――まさか未所属なの!?
この魔物達は皆魔王の眷属だ。普通の魔物とは比べ物にならない程の戦闘力を有している。
駆け出し冒険者が太刀打ち出来る相手ではない……!
「――ッ!」
私は咄嗟に魔力をなりふり構わず強化魔術に注ぎ込み、飛び込むように駆け出し冒険者達と魔物の間に割って入り、瞬鋭の斬撃を横薙ぎに放っていた。
――ザシュッ!
駆け出し冒険者に凶刃を振り下ろそうとしていたゴブリンと周りの数体をまとめて斬り裂き、血飛沫を撒き散らして断末魔をあげながら、黒い塵となって消えていった。
「あ、アンタ確か……勇者パーティの……!」
その声の方へ振り返り、私は救えた事への安堵を隠して敢えて険しい表情で駆け出し冒険者達を見据えた。
「この状況で何をしているの! 力を試したいなら今は辞めておきなさい! 死ぬわよッ」
「う……て、手柄を立てるチャンスだと思って……」
明らかに異常で騒然としたこの状況で、新人特有の根拠の無い自信を持つ彼らに内心怒りを覚えつつも、ぐっと堪える。
「……黎明軍には入っていないのよね? ここは今の貴方達には危険すぎるの。でももし、何かの力になりたいと思ってくれてるのなら、冒険者ギルドに戻って指示を仰ぐといいわ」
私は努めて彼らに優しく諭すように伝えた。誰一人死んで欲しくはないから。
「えと……そ、そうします……。ありがとうございました!」
すっかり萎縮していた女性の冒険者が頭を下げると、リーダー風の冒険者の腕を掴み、掴まれた冒険者は彼女に頷いた。そして神妙な面持ちで私に向き直った。
「助かったよ……ありがとう。俺達にも出来ること、探すよ」
そう言って駆け出し冒険者達は去って行った。その後ろ姿を見送りながら、私は安堵の溜息を吐く。
「サヤ……! 新手だ」
「……ええ!」
ロシュさんの言葉に反応して前を向くと、そこには大量の魔物が迫ってきていた。
私達は臨戦態勢を取り直す!
――するとそこに、黎明軍所属の小隊が合流し、各々武器を構えながら私達に告げる。
「サヤ・イナリ剣少尉! ここは俺達が受け持つ! 遊撃として、他の所を助けてやってくれ!」
「……! お願い! ここは頼みます!」
私は彼らの登場に驚きつつ、快諾すると彼等に一礼する。
「おうっ! でやぁー!」
小隊長は声を張り上げると、隊と共に魔物の群れへ向かって走り始め、私はその背中に武運を祈りつつも踵を返すのだった。
それからしばらく、私とロシュさんは戦地を駆け抜け、劣勢となっている所に助太刀する遊撃行動に徹していた。
目まぐるしく変わる戦況の戦場で、私達は息を切らして奔走し続けていた。
体力も限界に近く魔力もかなり減ってしまっている。でも休む暇なんてないわ。苦戦している人達の元へ早く駆けつけなきゃ。魔物を街の中へは入れさせない……!
だというのに私は今足を止めて息を整えようと膝立ちになり体を休めている……。
エルヴァイナを守るサリア神聖王国騎士達も、黎明軍の冒険者達も、この街を拠点に活動する一般の冒険者も、今はこの有事に一致団結し、魔物達と戦っている。
私は全世界の冒険者に、勇者クサビの属するパーティ希望の黎明のメンバーと認知されている、勇者パーティなんだ。
ここには人々に希望をもたらす存在の勇者は……クサビはいない。
だから……代わりに私が皆の希望にならなきゃいけないの。その私がここでバテているわけにはいかないの!
「……はあ……はあ……っ!」
ロシュさんも息は絶え絶えになりながら、私を支え続けてくれている。
彼は既に魔力の大半を消費している。でもロシュさんはそれを隠して必死に戦っているんだ。ポーチに携帯していた彼の魔力ポーションの小瓶は既に空だった。
……流石にこれ以上の継戦は、魔力枯渇による気絶を招きかねないわ。
……でも。
私は息も整わないうちに、刀を支えにしながら立ち上がる。
「サヤ。これ以上は。一度戻って補給すべきだと思う……」
「……ロシュさんは戻っていて。私は……まだ……っ」
ロシュさんの心配する表情に、少し心を痛めながらも私は前を向く。
「――勇者パーティの一人が無理を押しているところなど、士気が下がってしまうというものだぞ?」
「っ!?」
街の方から聞こえた声に振り向くと……。
「ドゥーガさん……」
そこには、冒険者ギルドエルヴァイナ支部のギルドマスターである、ドゥーガ・アルトレイが他の冒険者を引き連れて立っていた。
中には見覚えのある人もいる。確かこの街を拠点に長く活動しているベテラン冒険者さん達だ。
この街を守るために、黎明軍には参加しないことを選んだのだろう。そういう人達も必要なのだ。
「待たせてすまなかった。我々もこれよりは防衛に加わる。今のうちに君達は休むのだ」
白髪混じりの髪が風に揺れる。腰には年季の入った剣が一本携えられている。
その眼光は鋭く、彼が今まで培ってきた経験と強さを体現しているように見えて……なんだか、私の不安が幾分か和らいだ。
「現役を退いた身ではあるが、まだまだ勘は鈍ってはいないさ。この街は我々が守るのだ。だから街で補給を受けるといい。これは先輩からのアドバイスだよ」
ドゥーガさんは口角を上げると同時に皺を深くした。
「……わかりました! 一度街へ戻ります。ドゥーガさんも、皆さんもお気をつけて!」
「うむ。では行くぞ! エルヴァイナの精強なつわもの達よ」
「ははっ! この前肩が痛いとか言ってなかったか?! マスター?」
「こら少しは格好付けさせろ! ……行くぞ」
茶化しに明るく返したドゥーガさんが、スッと表情を抑えると瞬時に気配が変化した。その眼光はひしめき合う魔物達の方へ鋭く向けられている。
「「「……おうッ!」」」
冒険者達は威勢よく応じて、魔物の軍勢に向けて駆け出して行った。
「サヤ。今のうちに」
ロシュさんは私に顔を向けて言う。
「……ええ!」
私は小さく頷いて、彼の言葉を肯定すると共に、再び街へ戻ろうと走り出すのだった。




