Ep.400 Side.C 巨邪を屠る者達
サイクロプスと対峙する前線の大盾の部隊が列を成して背後のグラドの街を庇い、魔物の攻撃を防いでいた。
我らは途中の魔物を蹴散らしつつサイクロプスの側面へと回り込み、フィンドルの隊はサイクロプス背面から、攻め時を合わせて突貫を開始した!
我は上空へと上昇し、騎槍隊に群がる魔物共を蹴散らすことを注力する。彼らの被害を最小限にし、サイクロプスに効果的な打撃を与える為だ。
「――グランドダッシャー」
我は砂の海に杖を向けると、騎槍隊の側面に巨大な土の棘が連々と地面より生まれ出し、魔物が押し寄せる波を呑み込み串刺しにし、後続する魔物の侵攻を妨げる。
一時的な妨害にしかならんが、彼らが攻めるまでの時間を稼ぐには十分だ。
魔物の群れを突き進むフィンドル隊への援護までは間に合わぬが故、チラとかの隊を見やるが、流石元々士気高く精強な騎槍隊、苦も無く魔物を蹴散らしている様子が見て取れた。
周囲に群がる魔物に際立った強敵が居ないのが幸いしたか。
グラドの兵達の戦いぶりは、我の加勢すら必要なかったのではないかと思わせる程、サイクロプスへ肉薄する姿は勇猛果敢だ。
頼もしい味方が此処にも居たのだと、我は思わず口角を上げながら感嘆し、ジークらの元へと飛翔する。
その時既にジーク隊、フィンドル隊が同時にサイクロプスに突撃を敢行せんとするところだった。
城壁の倍程もあろう体長の、重厚な鎧を身に纏ったサイクロプスが壁のように騎槍隊の前に聳え立つ。だが兵の誰一人一切の怯みなく、その巨大な魔物へ一心に突き進んでいく!
――ジークはサイクロプスを見据え、魔術を纏い豪炎を上げる槍を構え、サルカに装着していた鞍に足を掛け、跳躍の足掛かりとしているのが分かった。
「お前ら! このデカブツを立てなくしてやれッ!」
「「「応ッ!!!」」」
ジークは気勢をあげながらサイクロプスへ向けて高く跳びかかっていった!
「ハァー! ――ハァッ!!」
サルカの突撃の勢いを乗せた跳躍は凄まじい速度でサイクロプスの眼前に迫り、ジークはすれ違いざまに、赤き軌跡と共にヤツの単眼を一閃する横薙ぎを放ち、ヤツの肩に着地。直ぐ様その場を跳躍にて離脱し、隊の先頭を疾駆する相棒のサルカの元へと見事着地してみせた。
そして同時に追従していた兵達がサイクロプスの左足を通過すると同時に、槍で足鎧の隙間目掛け痛烈な一撃を加えていく!
フィンドル隊はサイクロプスの股下を通過しつつ右足を同じように槍で血穴を穿っていった。
一瞬にしてサイクロプスの視界と動きを封じる鮮やかと言わざるを得ない連携に、我も目を見張る。
――今しがたジークが見せた突撃には、以前何処かで耳にした事があった。砂漠の国随一と評されるサルカ騎槍隊には、サンドワームなどの大型の魔物に対抗する為に編み出された、対巨獣戦法があると。
地上のサルカから高く跳び敵に痛打を与えた後、何事も無かったかのようにサルカの元へ戻って、再び砂を駆ける。
人とサルカ、一人と一頭の絆を結び共に砂を駆けるは槍の兵。その深い絆があればこそ、人は槍を携えて天高く跳躍し、サルカは主を感じ取り、降りてくる主を迎える事が出来るのだ、と。
それが今、我が目に焼き付けられている光景なのだ。
そしてそれが出来るのは、ジークだけではない――。
「倒れるぞー! 巻き込まれるな!」
大盾兵の誰ぞかが叫び、グラド防衛隊が防御の態勢を整えつつ後退していく。
サイクロプスはバランスを崩し、膝をつくようにして倒れ込んだ。
「トドメといきましょうやァー! ――ぜぇぃッ!」
そこへフィンドル達はすかさずサイクロプスの背に向かって跳躍し、高高度からの落下と体重全てを乗せた槍を見舞う。サルカ騎槍隊の精鋭全てがその戦法をやってのけるその様は、まるで空から降り注ぐ流星のようであった。
サイクロプスの巨体を穿つ無数の槍は、サイクロプス本体の衝撃を吸収する鎧ごと深々と貫いていく。
大量の血飛沫が舞い上がり、サイクロプスは悲鳴を上げながら砂の地面へと這い蹲る。
……まだ息がある。だがこの輩にトドメを刺す手柄に、我が手を出すのは無粋。
我は精々、他の者の援護をするとしよう。
我は再度低空で飛翔を開始し、フィンドル隊の背後を取っていた魔物を蹴散らして回った。
――――グオオオオオオオッ……!!
程なく、我の背後ではサイクロプスの断末魔が響き渡り、その巨体は黒き塵へと霧散していった。
あの有様で、砂漠の強兵達に掛かれば一溜りもあるまい。
……ふふ。救援するなどと、我の烏滸がましさは苦笑ものだよ。
と、我は独りごつ。
「趨勢は決したぞい! 皆の者、残敵を掃討するのじゃ!」
「「「――おおおおおーーーーっ!!!」」」
アル爺と呼ばれていた老人の声が響くのと同時に、グラドを守る全ての兵が雄叫びを上げる。
程なくして、残敵を掃討した我らだったが……。
「こっちは片付いた! 西門へ急げ!」
ジークの号令に兵達は素早く移動を開始した。
そうだ。我が到着した時点でグラドは魔物に囲まれていたのだ。東西の門の内の一つの戦が終結したに過ぎない。
西門方面では未だ戦闘は続いている。
東門……つまり我らが守備していた門より敵の勢いは弱いようだが、それでも数は多いはずだ。
我はジークに伴って城壁を抜け、街の中へ。
そこへ二人の人物が接触してきた。
白いローブでやや小柄な白髪の老人と、眼鏡を掛けた青髪の青年だ。
「ウォード! アル爺! こちらは黎明軍のチギリ・ヤブサメ魔大将だ! 俺らの危機に駆け付けてくれたんだぜ!」
慌ただしい雰囲気の中、急ぎ足で西門へ向かいつつジークが二人に声をかける。
「様子は見えておりました。軍務担当ウォード・ローディル剣大将と申します。この度の救援に感謝を」
「……お初にお目に掛かる、『奔放の魔術師』殿。儂は宰相アルマイト・レンデ魔大将じゃ。――ま、気軽にアル爺と呼んでくだされ!」
厳格な雰囲気から一転、飄々とした態度に切り替わるこの老人の名には覚えがある。
アルマイト・レンデ……。世界に轟く高名な魔術師の一人だ。なるほど先程の魔術の威力に合点がいった。
ますます頼もしいというものだ。
「お会いできて光栄だよ、ウォード殿、そして『白賢のアルマイト』殿。……いや、アル爺」
「かっかっか! お主も中々おもしろい奴じゃな! 気に入ったぞい!」
アル爺は我の呼称を聞いて快活に呵々と笑う。
中々愉快な性格をしている。
「談笑している場合じゃないだろ? 俺らも西門へ急ぐぞ!」
ジークは苦笑を浮かべて言う。
「なぁに心配いらんて。あちらを守るも屈強なツワモノ揃いよ! 回復支援にミリィ隊も行かせておる!」
「ええ。前線ではリト剣少尉率いる第一歩兵部隊も展開しています。そう易々とは抜かれはしないでしょう」
「……っ! そうか!」
アル爺とウォードの言葉にジークは安堵したように表情を緩めるのだった。




