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傲慢と憤怒

「──あるじどの。妾が共鳴現象について説明したじゃろう」


 頭に響くツルギの声が静かに語り掛けてくる。

 この状況を打開する方法。無敵にも思える亡霊騎士を打倒する解決策。


「それをここで──妾と、『憤怒の魔剣』で起こすんじゃよ」


 ……どうやって? 

 そう聞き返す前に、亡霊騎士の剣が迫ってきていた。

 重装甲とは思えないほどの俊足で突っ込んできた一撃を辛うじていなす。

 一撃一撃が重たくて冷や冷やする。まったく、落ち着いて考え事もできやしないのか。


「あんまり悠長に話を聞いてられないんだけど……それってすぐできるもんなのか!?」


 追撃を防御しながら叫ぶ。

 しかし俺の状況など知ったことではないとでも言うように、ツルギは落ち着いた声で答えた。


「共鳴に重要なのは同一性じゃ。ルーツや属性、歴史を同じくすること。これは七罪の魔剣たる我らは問題なくクリアできよう。ただし、今回の共鳴では単に同調するだけでなく、相手の制御権を奪い取る必要がある」

「おい、その話って長いのか!?」


 迫りくる振り下ろしを辛うじて弾きながら、俺は聞く。

 衝撃に腕がじんじんと痺れ、冷や汗が頬を伝う。

 既にいっぱいいっぱいだ。のんびりと説明を聞いている間に真っ二つにされてしまいそうだ。


「だから、これは己の意志の押し付け合いとも言えよう。あるじどのが押し付けるのは、当然、傲慢なる征服の意志。そして、相手は憤怒を押し付けんとしてくるであろう」

「なあ、その説明そろそろ終わるか!?」


 横薙ぎの一撃を身を屈めて回避する。ホッとしたのも束の間、亡霊騎士はすかさずタックルを仕掛けてきた。


「ッ!?」


 予想外の一撃だった。厚い甲冑に身を包んだ亡霊騎士の体当たりは、金属の塊に激突されるようなものだ。

 肩口の装甲に突き飛ばされ、背中から地面に倒れ込む。


「ッ……舐めんな!」


 地面についた掌に力を籠めて跳ね起きる。

 タックルを繰り出した直後の無防備な鎧に傲慢の魔剣を叩きつけると、確かな手応えがあった。


「ぐっ……!」


 亡霊騎士が怯んだタイミングで、素早く後退。辛うじて危機を脱した。


「いってえ……」


 さっきのタックルの衝撃で頭がクラクラする。

 そんな状況でも、ツルギの声はハッキリと頭に入ってきた。


「──妾に向き合え、あるじどの。魔力を流し込み、よすがを辿り、彼の者へと辿り着け」

「よく分からんねえけど、魔力を流せばいいんだな!?」


 相変わらず彼女の言っていることはよく分からない。言う通りにして何が起こるのかも不明瞭だ。

 ──けれども、どのみちこのままやっても勝てそうにない。


 意識を集中させ、傲慢の魔剣に一気に魔力を注ぎ込む。

 集中することによって、感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。

 傲慢の魔剣に自分の魔力を注ぎ込んだことで、魔剣と自分という存在が一体になっていくのが分かる。


 感覚が一層研ぎ澄まされる。

 今認識している世界は、俺と、俺以外だけだ。

 俺と、一体化した傲慢の魔剣。そして、俺の魔力を持たない外界。


 その意識の中でふと魔剣に繋がる一本の糸のような存在を感じ取れた。

 外界にあるのに、よく似た魔力をしているもの。

 細く伸びた糸は、亡霊騎士の持つ剣──憤怒の魔剣に繋がっていた。


 本能的に、俺はその糸に向かって魔力を伸ばした。

 魔力が糸の先へと伸びていき、やがて、俺の意識は憤怒の魔剣──あるいは亡霊騎士と一体となった。



 ◆



 気づけば、俺は真っ白な空間に立っていた。

 先ほどまでいた戦場の風景はどこにもない。

 ただ何も存在しない白のみが広がる世界。


「おお、あるじどの。無事に共鳴に成功したようじゃな」


 違う、何も存在しないわけではなかった。

 傍らに立つツルギが俺を見上げている。


「ここは……?」

「心象風景、とでも言えばいいかのう。共鳴現象によって励起された空間。共通意識、とも言えるか」


 随分と殺風景な場所だ。

 地平線がハッキリ見えるほどに何もない白い大地。

 現実感がない、夢の中のような空間。けれどこれは夢ではないという確信だけがある。


「ほれ、来たぞ」


 ツルギの声のした方を向くと、いつの間にかそこには甲冑が立っていた。

 亡霊騎士。共和国を滅ぼそうとする、歴史の亡霊。彼は攻撃してくるわけでもなく俺の顔をじっと見つめている。

 外の世界にいた時とは様子が違う。

 彼は静かな口調で俺に問いかけてきた。


「──お前は、何のために戦う? どんな信念を以って、命を懸ける?」


 唐突に投げかけられた問いは、重苦しほどに真剣だった。

 答えによってはすぐに殺し合いが再開されるような緊迫感。

 けれど、俺は答えに迷うことはなかった。


「信念なんて大層なものはない。でも、俺が嫌なものは否定する。俺が好きなものは、存続できるようにしたい。命を懸ける理由なんて、そんなもんだ?」


 俺は自分勝手で平凡な現代日本人だ。高尚な理想など持ち合わせてはいない。

 俺の返答に、亡霊騎士は低い声で唸った。


「……なんだそれは。釣り合わない。私の数百年の執念とはまるで釣り合わない」


 確かに、俺には大切な人を殺された記憶もなければ戦争に負けた経験もない。

 ただ。


「理由が釣り合うかがそんなに大事か? 何百年も前の話は、今生きている俺たちには関係ないだろ」

「──ならば、私がお前に負ける道理などない!」


 声を荒げた亡霊騎士は、剣を抜いて斬りかかってきた。

 いつの間にか俺の手には傲慢の魔剣が握られていた。ツルギの姿は消えている。

 反射的に剣を弾き、すかさず反撃。

 斜めに振り下ろしたカウンターが亡霊騎士の甲冑に浅く傷をつける。その結果に何よりも俺が驚く。


「なんだ……アイツ、さっきよりも力が弱くなったか?」

「共鳴状態にあるおぬしらは同じ条件で戦っておる」


 俺の疑問に答えるように、ツルギの声が脳内に響く。


「これは物質的な戦いではなく、想いと想いのぶつかり合い。であれば、あるじどのが力負けする道理はあるまいよ」

「いやでも、さっき話した感じ明らかに向こうの方が……」

「──否」


 俺の言葉を、ツルギは強い語調で否定した。


「あるじどのの『傲慢』は亡霊の『憤怒』程度に負けるものではない」

「──オオオオオ!」


 まるでツルギの言葉を否定するように、雄叫びを上げた亡霊騎士が斬りかかってくる。

 それを正面から受け止めて、鍔迫り合いの状態になる。


「その生まれ持った傲慢によって蓄積した憤怒を打ち砕いてみせよ、あるじどの」


 ツルギの声を聴きながら、俺は剣に一層力を籠めた。

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