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死した鎧騎士

 共和国北部防衛戦は、比較的優勢な状況を保っていた。

 ノクス平原で戦った時のように、倒しても倒してもゾンビたちがすぐに押し寄せてくることがない。


 おそらくゾンビを復活させる能力にも地理的な制約があるのだろう。ツルギはそんな風に分析していた。

 たしかに、ノクス平原は異常な土地だった。

 一日中晴れない濃霧。その場にいるだけでも体が震え出す不気味な雰囲気。


 あの場所を離れた事で、敵の魔道具の効果が弱まっているのだろう。


 ここでなら、勝てるかもしれない。

 そんな希望を胸に、俺は最後方に控えていた亡霊騎士の元へと辿り着いた。

 相手までの距離は10m程。奴は余裕の態度で俺の出方をじっと見つめていた。

 迂闊に踏み込めない威圧感に、なかなか踏み込めない。


「どうした。せっかく一人で突っ込んできたのに、来ないのか?」


 躊躇っている間にも、最奥に控える亡霊騎士の周囲には次々とゾンビが出現していた。

 地面がボコボコと動き出し、地中からゾンビが這い出てくる。

 もう少し時間が経てば、死者の軍勢は最初と同じ数に戻ってしまうだろう。


『あるじどの。やはり大元を断たねば勝利はないぞ』

「そうは言うけどなあ……あの数じゃあ……!」


 無策に突っ込めばすぐに囲まれて袋叩きにされるだろう。

 でも、本丸の目の前で魔力を消費するのは……。

 いや、ダメだ。

 やっぱりさっきみたいに重力魔法で一気に畳み掛けるしかないな。


「『ひれ伏せ』」


 剣に魔力を籠めて、重力魔法を発動する。亡霊騎士の周囲に控えるゾンビたちがバタバタとその場に倒れ込む。

 しかし、中心に聳え立つ甲冑は微動だにしなかった。

 重力魔法は亡霊騎士にもかかっているはずだが、倒れない。ソウルドミネーターの時と同じ。強力な存在相手には、重力魔法は足止め程度の効果しかないのだろう。

 彼は配下が倒されているにもかかわらず、余裕ある声で話しかけてくる。


「貴様、帝国の者ではないだろう。大人しく逃げればよかったものを。どうして私に歯向かう?」

「生憎、この国にはそれなりに世話になったもんでな……!」


 周囲の敵は排除した。後はこの亡霊騎士を斬り捨てるだけだ。

 そう分かっているのに、なかなか踏み込めない。

 彼の醸し出す重圧が、その立ち姿が、容易に斬り込むことを躊躇わせる。


「そうか。では、軽薄な餓鬼よ。貴様も帝国に連なる者として処分しよう」

「抜かせ、耄碌ジジイ。国の名前もロクに覚えられねえくせにッ!」


 アイツが動く前にカタをつける……! 

 勇者としての身体能力をフルに活かして、地面を蹴って飛び出す。

 同時に、重力魔法によって自分にかかる重力を軽減する。これもまた、Sランクの重力魔法を使えるようになった恩恵だ。

 軽くなった体を大きなストライドで動かし、弾丸のように一気に亡霊騎士に接近する。


 イケる、届く! 

 確信と共に剣を振り下ろす。


 しかし、仁王立ちしていた亡霊騎士の動きは俺の予想よりずっと早かった。

 腰より大きな剣を抜き放ち、防御の為に横に構える。『傲慢の魔剣』と激突し、火花が散った。


「ッ……!」


 最高速度で突っ込んだにもかかわらず、 押し切れない。

 鍔迫り合いの体勢で拮抗状態に陥る。馬鹿みたいな膂力だ。力比べでは勝てそうにない。


「ッ……耄碌してるわりに力は強いとか、手に負えないな……!」


 一旦後ろに下がり、息を整える。

 剣を交えて、確信できた。

 あれは魔王だ。今まで倒してきた魔王と同じ、禍々しい空気が伝わってくる。

 俺の勇者としての力が、それを嗅ぎつけた。


 思考を整理していると、魔剣の中にいるツルギの声が聞こえてきた。


「あるじどの。妾の予想通りじゃった。奴の持つ剣。あれは──」


 ツルギの声が真剣味を帯びている。それはいつも飄々としている彼女らしくない声音だった。


「『憤怒の魔剣』。妾と同じ、七罪の魔剣が一振りじゃ」



 ◆



 七罪の魔剣。800年前の刀鍛冶ムラマサによって作られた七振り。

 その痕跡は歴史の転換点に度々記録されている。

 その意思を継ぎ、王殺しにもっとも力を発揮する剣。

 たとえば、俺の目の前にいる『魔王』のような存在を相手にした時に、その真価を発揮する。


 相手が持っているのは、まさしくその一振りである、と『傲慢の魔剣』たるツルギは言う。


「それを魔王が持ってるってのは話が違くないか?」


 亡霊騎士は魔王としての力と魔王殺しの力の両方を持っていることになる。

 例えるなら邪龍が龍殺しの大剣を持っているようなものだ。

 強大な存在を打ち倒すための道具を、強大な存在側が持っている。それは、なんというか反則だろ。


「なんだ、もう終わりか?」


 俺がツルギから与えられた情報を整理していると、今度は亡霊騎士の方から動き始めた。

 甲冑の重さを感じさせない足取りで接近してきて、『憤怒の魔剣』を横に振りぬく。

 こちらも『傲慢の魔剣』を振って応戦するが、パワーでは明らかにこちらが不利だった。

 剣がぶつかり合った瞬間に凄まじい衝撃を受け、大きくのけぞる。


「──フッ」

「うおっ……あぶねえ!」


 追撃の胴体への一撃を、バックステップで辛うじて避ける。

 その後も次々と追撃が襲い掛かってくる。なんとか捌きながら後退。

 苛烈な攻撃は、とても反撃の隙を見いだせない。


 そうしている間にも、倒されたゾンビたちが次々と復活している。

 奴らは亡霊騎士を中心に復活地点が設定されているらしく、地面から這い上がってきてすぐに俺へと襲い掛かってくる。

 その度に重力魔法で倒しているが、これではジリ貧だ。


「ツルギ、あいつ強くないか!? 他の魔王もここまでじゃなかった気がするんだけど!」

「当然じゃ。あの騎士は完全に『憤怒の魔剣』に魂を明け渡しておる。アレはもはやアンデッドでも魔王でもない、唯一無二の存在じゃよ」


 つまり、俺もツルギと契約していたらああなってたってわけか。

 甲冑の奥の瞳は凶悪に光り、全身に纏うオーラは吐き気がするほど禍々しい。


「……あれ、本当に勝てるのか?」


 思わず弱音を吐く。


「──あるじどの。妾が共鳴現象について説明したことを覚えているかのう」


 頭に響いたツルギの声は、あくまで冷静だった。それを聞いて俺も幾分か冷静さを取り戻す。


「それをここで──妾と、『憤怒の魔剣』で起こすんじゃよ」

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