屁理屈こねるより
一夜を経て、改めてソフィアたちと顔を合わせる。
昨日は険悪なムードで別れたので、少々気まずそうだ。
「キョウさん、ツルギさんとは話し合いができましたか?」
少し強張った顔の彼女に、俺は笑って答える。
「ああ! その結果、今日は一緒に美味しいものを食べることにした!」
「…………えっ?」
訳が分からない、という風にソフィアがポカンとした顔をする。珍しい顔だ。
同じく険しい顔をしていたヒビキも似たようリアクションだ。一方で、シュカは楽しそうに問いかけてきた。
「いいじゃん! どこ行くどこ行く? ここに来てからソフィアとヒビキがずっと図書館だったから、全然探検できてなかったんだよね!」
「おう! まずはこの、洒落た感じのレストランに行くだろ?」
俺は初日に行った観光案内書でもらった観光地図を見せる。
プランは俺が勝手に決めた。
とりあえず色々なものを雑多に見れるコースにしたつもりだ。
シュカはそれを聞いて楽しそうに相槌を打つ。
しばらくその様子を遠巻きに眺めていたソフィアが、やがて諦めたように溜息をついて話に入ってきた。
「いいですね。それならこちらはどうですか?」
話が一層盛り上がり、プランがあっという間に改善されて組みあがっていく。
そんな風にワイワイとやっている俺たちを、ツルギは無言でじっと見つめていた。
◆
最初に訪れることにしたのは、みんなが特に興味を持ったガラス工房だった。
食べ物もいいが、それにはちょっと時間が早い。
リブリア共和国には長い歴史があるだけに受け継がれてきた伝統も沢山ある。
長い歴史を持つのは大図書館だけでない。
絵画や彫刻、食事に至るまで、洗練された技術が継承され続けている。
その中の一つが、ガラス細工だった。
教会に飾られるようなステンドグラスから、高級な食器までその用途は多岐にわたる。
今回訪れたガラス工房はそんな伝統を受け継いできた場所だ。
そして、その技術の一部を観光客にも体験させてくれるらしい。
「ガラス細工はスピードが命です。一度冷えてしまえば、その作品は二度と改善することができません!」
インストラクターである女性工房師が熱弁する。
俺たち四人は炉の前に立って説明を受けていた。
「ただし、焦って作品に触れるようなことは決してしないように。炉の中は千度以上の熱があります。火傷では済みませんからね」
俺たちは真剣な顔で頷いた。
それを確認した工房師が先を続ける。
「それでは、さっそく初めていきましょう!」
まず最初に、炉の中からガラスを巻き取る。
そして、赤熱するガラスの形を素早く整える。
このあたりは工房の人がかなり手伝ってくれた。
そして、竿を通じて息を吹き込みガラスを膨らませていく。
赤熱するガラスが膨らんでいく様は見ていてかなり面白いものだった。
そして、開口部などの形の調整を工房師の助けを受けながら進めていく。
最初にデザインのイメージを伝えているので、作りたかったものにみるみる近づいていくのが分かる。
そして最後に、ガラスを竿から外す。
後は徐冷炉に入れて数時間待つのみだ。
完成品は後でまたここに来て受け取ればいいだろう。
みんなで完成品を眺めてあれこれ言うお楽しみは一旦お預けだ。
「──よし、それじゃあ次行くぞ!」
ガラス細工を堪能した俺はさっそくそう宣言する。
「も、もう次に行くのか? 休憩とか……」
「ない! 今日は街を満喫するって決めたからな!」
やや疲れた様子を見せるヒビキの背中をグイグイと押して、次に向かう。
ガラス細工体験を終えれば、ちょうど昼時になっていた。
大通りを歩いて、目当ての飯屋へと向かって行く。
事前に聞いていた通り、この地域では海鮮を用いた料理が主流のようだ。領内に内海がある関係上、そういった食文化が形成されたらしい。
通りを歩いているだけでもそれが分かる。魚の風味を生かしたスープやパスタ。パエリア。それらの生み出す独特な匂いが鼻を刺激する。
「なんか匂いだけでワクワクしてきた! お腹空いたなー。ねえ、例のところ行く前にその辺で何か買っていかない?」
シュカが尻尾をブンブンさせながら指を刺したのは、肉の串焼きを売る出店だった。
何人かの観光客がそこで買った肉を歩きながら食べているのが目に入る。
「シュカ、お前そうやってまたメインディッシュに辿り着く頃には『お腹いっぱい~』とか言い出すんだろ。小さい子どもじゃないんだから、我慢しろ」
「ええー! 今日こそはいける気がするのに!」
お前の「今日こそはいける」はまったく信用できないわ。
子供じみた駄々をこねるシュカを無理やり引き連れて、目当てのレストランへ。
レストランは小洒落た雰囲気の建物だった。
石造りの外壁は真っ白。そこに大きなガラスが取り付けられている。
飲食店というよりは美術館みたいな雰囲気だ。
五人全員が席につくと、すぐに料理が提供された。
まずは前菜のサラダ。ドレッシングによるしっかりとした味付けと、そこに添えられた生ハム。
食感から野菜の新鮮さが伝わってきて、とても美味しい。
「美味いなこれ……」
「うん……日本にいた頃と遜色ないというか……この世界に来てからは一番かもしれない」
日本で食べていた料理の味は様々な科学研究や遺伝子改良による改良の結果だ。
科学がさほど発展していないこの世界でここまでの味を出せるのはすごい。
そんな感想をヒビキと共有していると、サラダを一瞬で食いつくしたシュカが騒ぎ出した。
「いや、これも美味しいんだけどさあ! お肉が早く食べたいんだけど! お、に、く!」
「うるさ……」
風情もなにもない奴である。
そんなシュカの駄々に呼応するかのように、次の料理が運ばれてきた。
メインはペスカトーレと呼ばれる魚介パスタだった。
パスタの上にはかなりサイズの大きい貝類やエビなど。
「にく……まあこれでもいいか! いただきます!」
開き直ったシュカがフォークで麺を絡め取り、一気に頬張る。
「んん~」
何やら嬉しそうな反応をしているシュカを見て、俺たちもさっそく料理を口に運んだ。
口に入れた瞬間に、パスタに染み込んだ魚介の独特な風味が伝わってくる。
それは雑味、生臭さの取り除かれた、今までに味わったことがないほどの極上の味わいだった。
「うおお、これすごい! 美味い!」
「これはすごい……王城の料理人でも魚介をここまで上手く調理はできなかったです」
一国のお姫様をやっていたソフィアの舌をも唸らせる料理。
なるほど、評判になるだけのことはあるようだ。
俺はふと横に目をやってツルギに目を向ける。
彼女は存外柔らかい表情をしているように見えた。
「どうだ? 美味い料理を食うってのもやりたいこととしていいんじゃないか?」
「……まあ、美味であることは認める」
何故か難しい顔をしたツルギは小さな口を開いてパスタを口に押し込む。
「えー、辛気臭い。美味しいなら美味しいって言えばいいのに!」
カラカラと笑うシュカがズビッとフォークをツルギに向ける。おい、行儀悪いぞ。
「シュ、シュカさん、その、変に刺激しない方が……」
そのやり取りを見ていたソフィアがやんわりと窘める。
しかしシュカはあまり気にする様子もなくカラカラと笑うだけだ。
「えー、でも本当に辛気臭かったし」
相変わらずの口の悪さというかデリカシーのなさだったが、ツルギが気分を害した様子はなかった。
彼女は眼前のパスタに夢中で、それどころではないらしい。
先日ソフィアを睨みつけていた時とは別人かのように目をキラキラとさせてパスタを頬張っている。
「うんうん、屁理屈こねるよりも美味しいもの食べる方が楽しいもんね。分かる」
したり顔で頷くシュカは、自らもフォークを握ってパスタを口にし始めた。
「……」
ソフィアは、しばらくの間パスタを食べるツルギの様子をじっと見つめたままだった。




