新たなるTSっ娘
「うーん、あの夢の続きは見れないのか……?」
俺はベッドに寝転がった後もさっきの本をペラペラとめくっていた。昔の文字で書かれているらしく、内容はまったく分からない。
突然白昼夢のような光景が見えたのはあの時だけだった。まるであれが幻だったかのようだ。
自分でも信じられなかったので、ヒビキたちにも話していない。
「なあ『傲慢の魔剣』。何か言えよー。お前最近ずっとだんまりじゃねえかよお」
ベッドの傍らに立てかけた剣に呼びかける。
しかしいつもの如く返答はない──かと思われた。
「──ようやくこの時が来たのう」
聞き覚えのない声が、すぐそばから聞こえてきた。
慌てて声の聞こえて方を見る。
そこには、小さな女の子がいた。
身長130cmほどの背丈。幼いながらも整った顔立ちは、将来美人になることが予想できる。
しかし、その身に纏う雰囲気は明らかに普通の少女とは違う。童子にあるような無垢さはまったく感じられない。邪悪な気配、という表現が一番適しているかもしれない。
こちらを見据える瞳は、まるで虫かごの中の昆虫を見ているかのようだった。
「──だ、だれえええ!?」
突然そばに人が現れたら驚く。
そんな俺のリアクションを見た彼女は、腰に手を当ててカラカラと笑った。
「くっくっく! 良いリアクションじゃ、あるじ」
笑顔になると、最初の冷たい印象が幾ばくか薄れた。心底面白そうな様子。しかしその瞳の奥は未だに笑っていないように見えた。
「だれ、と問われたのなら、あるじにも分かりやすいように答えねばあるまいな。妾はおぬしらの言う傲慢の魔剣。名をツルギ。刀匠ムラマサに生み出された七罪の魔剣が一振りじゃ」
「……」
最初は、彼女の言葉を飲み込むことができなかった。
頭の中で何回か復唱して、ようやく理解が追い付く。
目の前の女の子が、あの悪魔のような囁きをした傲慢の魔剣。
にわかには信じがたいという感情と同時に、納得できる、という感情もまた浮かんでくる。
彼女の纏う邪悪な雰囲気。それはまさしく悪魔と呼ぶに相応しいものだったからだ。
「まあ、部分的にと言えどせっかく封印を解いてくれたからの。侍従らしく、褒美を与えてやろうかとな」
そう言って『傲慢の魔剣』はニヤリと笑った。
「ほれ、青いおぬし好みの若い女子の体じゃ。どうじゃ、気に入ったか?」
「まあ、それは間違いないんだが……」
彼女は腰をくねらせてパチッとウインクをしてみせた。
美少女の体が好みかと言われれば、それはそうだ。多少若くても可。
けれど、何か違和感がある。ヒビキやシュカと向き合っている時と同じような感覚だ。
悪い予感に従って、俺は問いかけを口にする。
「なあお前。そのムラマサといた頃はどんな姿だったんだ?」
「フム。まあ、若い男の姿だったかのう」
「……」
や、やっぱりTSっ娘じゃねえか!!!
悪い予感が的中したことを悟った俺は心の中で絶叫した。
俺の考えを読み取ったらしい『傲慢の魔剣』が嫌な笑顔を浮かべる。
「ほれ、どうした。こういうのが好きなんじゃろ、あるじ?」
「分かってて言ってるだろ!? TSっ娘は対象外! 俺のハーレムの対象外だ!」
「ほう……しかし最近は、あの幼馴染や犬耳娘、聖女モドキの一挙手一投足に動揺している様子。元が男だろうと案外いいかも、などと思っているのでは?」
「……」
思わぬところを突かれた俺は黙り込む。
やがて出てきた言葉は、自分で思っていたよりずっと弱弱しいものだった。
「別に、そんなことねえし」
「くくっ。青い青い」
幼子の姿で「青い」などという彼女の様子はひどく堂に入っている。
そういえば、こいつの正体が『傲慢の魔剣』だと言うなら年齢的には500歳を優に超えているのか。
「まあ、そのあたりはこれからじっくりと認めさせればいいだけのことか。よろしく頼むぞ、あるじどの?」
「……え、お前もしかしてその姿のままいるつもりなのか?」
「ああ」
なんだかとんでもないことになったな。そう思った俺は天井を仰いだ。
◆
「――誰だその女!?」
ヒビキの叫びによって、俺は自分の嫌な予感が的中したことを悟った。
「誰と言われると困るんだが……」
なんと説明したらいいものか……。
俺のそんな困惑を見て、ソフィアがわなわなと震える。
「そ、そんな……キョウさんが名前も知らない女性と一夜を共にするような爛れた男性に……」
「は? ……いや違う違う!」
とんでもない誤解をされているようだったので慌てて否定する。
しかし、そんな俺の様子を見たシュカが横から口を出してきた。
「あ、キョウ君ひどいなー。いつからそんな悪人になっちゃったの?」
「シュカお前、分かってて揶揄ってるだろ!?」
コイツは絶対面白がっているだけだ。
そう思って言い返すが、シュカはカラカラと笑うだけで何もしてくれそうにない。
「あるじ。ここは妾からハッキリと説明した方が良いかと思うが、どうじゃ?」
「おお、そうだそうだ! 本人から説明してくれ!」
渡りに船とばかりに彼女に任せる。すると彼女は、意地の悪そうな笑顔を浮かべて言い放った。
「妾はツルギ。ここにいるあるじの所有物であり、人間風に言うなら奴隷じゃ」
「──よ、余計に紛らわしいことになることを言うなあああ!?」
爆弾発言を放り込んできた『傲慢の魔剣』──ツルギに対して、俺は絶叫した。




