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反撃

 しばらく暴れまわっているにもかかわらず、終極獣の動きはまったく衰える様子がなかった。

 しかし、対する戦士たちもまた未だに戦意は衰える様子はない。

 何度吹き飛ばされようと、何度地面に倒れようと、再び立ち上がり終極獣を止めるべく立ち上がる。

 それはきっと、彼らの矜持の表れだ。

 ここで倒さなければ、獣王国は滅亡する。

 こんな馬鹿げた力を持った怪物を国内で暴れまわらせるわけにはいかない。

 

 家族を守るため、民を守るため、国を守るため、彼らは体に鞭打って立ち上がる。


 しかし終極獣は、そんな彼らの矜持を嘲笑う。

 おそらく、魔王フランチェスコにとってこの国は実験対象に過ぎなかったのだ。

 哄笑しながら戦士たちを蹴散らす彼は、楽し気に自らの新しい肉体の分析をしていた。

 

 「ハハッ! この調子なら人間の国も効率よく滅ぼせるな! ああ、やはりこの肉体こそ究極。これこそが生命の至るべき極致! 知性の辿り着く最高到達点だ!」


 終極獣は数々の反撃を受けながらも少しずつ荒野を前に進んでいた。

 その歩みは精鋭たる戦士たちにすら止められない。

 向かう先にはこの国の王都レオロスが存在する。

 あそこまで辿り着かれた時、この国は終わるのだろう。

 

 「――『それは断罪の刃にして天よりも下されし罰』」


 荒野に堂々たる詠唱が響く。

 それと同時に戦士たちが終極獣が離れていった。事前の打ち合わせ通りだ。

 

 俺たちも何も考えていなかったわけではない。

 直線に進んでいく終極獣の進路を予測するのは簡単だった。

 先回りするため、シュカにはヒビキをお姫様抱っこして走ってもらった。

 『やめろ! この態勢は……その、恥ずかしい……!』などと言っていたヒビキだったが、シュカは気にせず彼女を運んだ。

 

 辿り着いた先にてヒビキは大規模魔法の詠唱を開始。

 そして終極獣が視界に入った時、彼女の魔法はついに完成した。

 

 「『――其は天よりの裁きなり。雷光よ来たれ――ジャッジメントストーム!』」

 

 終極獣を中心とした一帯に稲妻が走る。

 Sランクのスキルを持ったヒビキの全力の一撃。

 人間の肉程度なら容易く焼き尽くしてしまうような強烈な電撃だ。

 耳を劈く轟音が響き渡り、電撃に晒された終極獣の体がチカチカと点滅して見える。

 

 雷光が止み、肉の焼けた強烈な匂いが立ち込める。

 魔法の中心にいた終極獣は――電撃が止んだ瞬間に走り出した。

 

 「ッ……ヒビキ!」


 あいつの狙いは今の魔法を放ったヒビキだ。

 俺はヒビキを守るため終極獣の前に立つ。

 

 ヒビキの前に割って入った時には、終極獣は既に拳を振り上げていた。

 

 「フンッ……!」

 「クッ……」


 なんとか剣を合わせて、拳を受け止める。

 その瞬間、俺の体は後ろに吹き飛ばされた。

 近くにあった木に背中をぶつけ、激痛が走る。

 

 「キョウ!」

 

 俺が一撃受けている間に、戦士たちが再び終極獣を取り囲み攻撃を始める。

 どうやらヒビキが殺されるような事態は避けられたようだ。

 俺はそれに安心しつつも、再び立ち上がる。


 「いてて……どうしたもんかな」


 未だに終極獣を止める方法は分からない。いくら楽天家と言われる俺と言えど不安になってくるというものだ。

 俺の独り言に応えるように、頭の中に声が響いてくる。今までずっと沈黙していた傲慢の魔剣だった。


 「――ワシに魂を寄越せ。あの程度、完全な力を取り戻せれば捻り潰してくれる」

 

 その提案を聞いた時に真っ先に思い出したのはソフィアの忠告だ。


 魔剣はいずれ持ち主の魂を食らいその身を滅ぼす。

 傲慢の魔剣は、俺の魂を貰うことに執着しているようだった。

 ……たしかに、このままでは打つ手なしであるのもまた事実だ。でも、言いなりってのは気に入らないな。

 

「俺の魂を全部くれってのは無理だな。俺にはまだやるべきことがある。ただ、お前の力は必要だ。ってわけで――へそ曲げてねえで大人しく俺に使われろ、傲慢の魔剣」

「――カカッ! その傲慢な物言い、嫌いではない。まあ、魂を差し出さぬのならお前自身があの醜悪な獣を殺す事だな」


 俺が他人の言うことにホイホイ従うと思うなよ。

 あえて突き放した言葉を使うと、傲慢の魔剣は嬉しそうに笑った。

 

 傲慢の魔剣の柄に手をかけて、鞘から抜く。

 相変わらず、その刃は不気味な程の真っ暗だ。

 抜いた瞬間に自分の体のうちに力が溢れ出すのが分かった。

 

「……よし、行くか!」


 体の力が溢れる同時に、俺の中には一つの考えが浮かんだ。

 ひょっとしたらこの状況を打開できる方法。

 戦術と呼べるほど大層なものではない。これは単なる信頼であり丸投げだ。


 おそらく、傲慢の魔剣があるとは言え俺一人ではあの終極獣を倒す事はできない。

 けれど、彼女と一緒なら。


 「おい、シュカ」

 「あ、キョウ君無事だったんだ! ……どうしたの?」

 

 シュカが怪訝な顔でこちらを見つめてくる。その理由は分からなかったが、今の俺にとっては大した問題ではなかった。


 「なあ、お前ならあれを倒せるよな」

 「な、何言って……」


 突然の言葉にシュカはひどく動揺しているようだ。

 俺は構わず言葉を続ける。

 今の彼女には、多少強引な言葉が必要だ。

 

 「力だけの相手なんてお前の武術の格好の餌食だろ。俺も力を貸す。だから、あいつを倒せ」

 「ど、どうしたのキョウ君……顔が怖いよ……?」


 少し怯えたような様子を見せるシュカだが、その頬はわずかに赤い。

 それは、何かを期待している表情にも見えた。


 「それで、お前はこの国の英雄になるんだ」


 シュカの瞳の奥が、キラリと光った気がした。

 

 「悔しかったんだろ、生まれだけで馬鹿にされて。強くなりたかったんだろ。見返したかったんだろ、馬鹿にしてきた奴らを。今がその時だ」

 「そんな簡単に――」

 「できる」

 

 今の俺には確信できる。

 お前ならできる。

 その想いを籠めてシュカの瞳をじっと見つめると、やがて彼女はゆっくりと頷いた。

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