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乾杯

 カロンの奪還を果たした後、俺たちは速やかに獣王国参謀であるルピナへの報告に向かった。

 報告を受けたルピナは速やかに戦士を派遣し、カロンの防御を固めた。

 城塞都市は一度内部を取り戻してしまえば護りが固い。

 ルピナ率いる戦士たちは、一夜にしてカロンの護りを完璧なものにした。


 この守りなら、再び都市が落ちることはあるまい、とルピナは誇らしげに言っていた。

 


 一通りの対応が終わった後、ルピナは俺たち4人を呼び出した。


「まさかこんなにも早く奪還してくれるとはな。ありがとう。獣王国を代表して、礼を言おう」

 

 丁寧に頭を下げるルピナ。誠意を感じる謝意に、ソフィアがにこやかに答える。


 「いえいえ、民のために戦うのは当然のことです」

 「ハッハー! 見たか気取り屋狼風情が! もっと地面に額を擦り付けて媚びへつらった声で感謝しろ!」


 俺はやかましいシュカの口を手で塞いだ。

 モゴモゴと何か言いたげなシュカ。

 ルピナはその様子をじっと見つめていたが、最終的には彼女に付き合っていては話が進まないと判断したのかソフィアの方に向き直った。


 「お陰で民衆の士気も随分と上がった。今までずっと芳しくない報告ばかりだったからな。獣王国の戦士たちもお前たちに負けまいと奮い立っている。……外部の勢力が入るというのは、大きな刺激になるものだな。獣王国ではあまり体感できなかったことだ」


 しみじみと呟くルピナ。

 シュカも言っていたが、獣王国は随分と閉鎖的な環境だったようだ。

 

 「同胞で群れてるだけじゃ分からないことは多いよ。今回の件に限らずね」


 冷静さを取り戻したシュカが平坦な口調で言い放つ。

 俺は彼女の口を塞いでいた手を離して成り行きを見つめる。

 

 ルピナは何も言い返さずにシュカの言葉の続きを待った。


「戦士は確かに獣王国で最も優れた能力を持っている。でも、戦いはそんな単純じゃない。今回、民衆の士気を高めたのが誰だったのか考えれば分かることだよ」

「……そうだな。外部の勇者がカロンを奪還したことは、戦士たちの間にも大きな衝撃を与えている」


 ルピナはシュカを肯定する。

 その様子にシュカは一瞬だけ意外そうな顔を見せた。


 「あの。他国の状況はあまり存じ上げませんが、私たちが次に考えるべきは『どうやって魔王フランチェスコを倒すのか?』ではないでしょうか」


 シリアスな雰囲気を出し始めた二人に対して、ソフィアがふんわりと声を投げかける。

 ハッとした顔でこちらを向いたルピナが咳払いをする。

 

 「たしかにな。私としたことが、犬っころが嚙みついてきたせいで本来の目的を忘れるところだった」

 「なっ……図星を突かれて耳をヘタッて倒してたじゃないか! その言い草はなんだ!?」

 「私が駄犬の言葉に影響されることなどない。獣王国に新しい風が吹いていることは、私も以前から感じていたことだ」

 「うわっ、嘘ついた! へえ、狼って二枚舌なんだ! 初めて知った!」

 

 あれ、また喧嘩しはじめたな……。

 先ほどまでの真面目な雰囲気から一転してギスギスし始める二人。

 なんとか話の流れを戻そうととしていたソフィアはその展開に苦笑いするばかりだった。

 

 

 ◇

 

 

 「――なんだ、つまり俺たちの仕事はしばらくなしってことか?」


 王都レオロスを歩きながら、隣のヒビキに問いかける。

 彼女はジトッとした目を向けてくる。

 

 「お前、ルピナの話を聞いてなかったのか?」

 「いや、ヒビキが聞いて説明してくれるかなって」

 「ハァ……。分かったよ。馬鹿のキョウの為に説明してやる」

 

 もったいぶったヒビキが説明してくれる。

 予想以上にカロンを奪還できたことから、獣王国は戦略を見直しているらしい。どうやら俺たちの仕事、つまり魔王軍との戦いは一時休戦のようだ。

 

 カロン奪還を果たした俺たちには多額の報酬金が与えられ、さらに獣王国でもトップクラスの宿が与えられることになった。

 ちょっとした英雄扱いと言ってもいいだろう。

 事実、民衆の間では俺たちはちょっとしたヒーロー扱いだ。


 

「おお、勇者様! ちょうどいいところに来た! 一杯飲まないか? 奢るぞ!」


 ヒビキの説明を聞いていると、唐突に声をかけられる。

 

 見れば、昼間から酒を飲みすっかり顔を赤くしたオッサンたちがこちらを向いていた。

 酒場のテラスで酒を飲む彼らは職場の集まりだろうか。既にだいぶ出来上がっている模様だ。

 

 「いや、俺たち未成年なので酒はちょっと……」

 「そんな固いこと言わずによ! どうだ、一杯?」


 赤ら顔の獣人がニコニコ笑いながら勧めてくる。

 隣のヒビキがちょっと顔をしかめた。

 多分、日本だったらアルハラとか言われる行為だ。

 

 どうやら、この国では未成年が飲酒することにあまり忌避感がないようだ。

 周囲の人間も男を咎める様子もない。

 

 王国ではそういうことはなかったので、この世界の常識というよりむしろ獣王国の国柄なのかもしれない。

 と言っても、オッサンに悪意は感じられない。ただ一緒に楽しみたいという善意しかないように見られる。

 

 「酒は無理だけど、上手い料理をいっぱい食わせてくれるってなら大歓迎だぜ!」

 「おう、もちろんだ!」

 

 てっきり「飲め飲め」と無理やり勧められるかと思ったが、男は上機嫌な様子で俺を席に手招いた。

 そういうことなら、と俺は席につく。隣にいるヒビキも渋々といった様子で席につく。

 

 「それじゃあ、獣王国の新しい風に敬意を表して、乾杯!」

 「「乾杯!」」


 周りにいるオッサンたちもすっかり顔を赤くしている。

 

 「いやあ、お前らが戦果を挙げてから本当に街の雰囲気が明るくなったからなあ。俺たちが昼間から酒を飲んでても嫌な顔されないってわけよ。こりゃあ、酒の一杯でも奢らないとなと思ってな!」

 「え? 俺たちとオッサンが酒を飲むのは関係ないだろ」


 あまり実感の湧かない話だったので聞き返す。

 

「そんなことはねえ! 戦争に負けてると物流は滞るし物価は上昇する。市民の生活だって質素になっていくもんだ。俺たちも新しい家を建てるどころじゃなかったからな。そんな中仕事もせずに酒なんて飲んでたら冷水でもぶっかけられちまう」


 オッサン曰く、ちょっと前までここの空気は随分と暗く、飲み会なんて雰囲気じゃなかったそうだ。


「カロンは交通の要所って話だったからな。合成獣の侵攻で滞っていた物流が正常に戻ったんじゃないか?」


 ヒビキの推測を、赤ら顔のオッサンはあまり聞いていないようだった。

 勝手に話を進める。

 

「だから! あんたらは俺たちの英雄って訳だ。分かったか? 分かったらどんどん食え、全部奢ってやる!」


 ドンッ、俺の前に叩きつけられたのは、美味しそうな香りのする揚げ物の山だった。


「おお、美味そう!」


 タダ飯と聞いて、俄然食欲が湧いてきた。

 俺は素手で揚げ物を掴んで勢い良く頬張る。美味い。

 

 そんな風に俺が食べ物に夢中になっていると、オッサンはそれを見て満足気に酒を飲んでいた。

 

 「……キョウ。僕たちがこの国にもたらした影響は意外と大きかったのかもしれないな」


 

 嬉しそうに呟いて、ヒビキは俺の目の前にある揚げ物に手を伸ばした。


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