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違う種族

「キョウ、さっきは随分とカッコつけてたな」


 女の子と別れてしばらく立つと、ヒビキがポツリと言った。

 その声音は少し低くて、なんだか機嫌が悪いように見える。


 「え、そうか?」

 「ほら、任せろとかなんとか……いや、まあいいけど。お前がそういう奴だっていうのは知ってたし」


 何やら煮え切らない態度のヒビキに真意を聞いたが、結局何が言いたいのかよく分からなかった。

 こっちに来てから、こいつはたまにこういう態度を取る。


「まあまあヒビキさん。今に始まったことではありませんから」

 

 何やら訳知り顔のソフィアが場を納める。

 彼女は話題を今俺たちがいる場所へと移した。


「それにしてもここ、一国の王の住まいにしては随分と質素な造りですね」

 「そうか? 俺から見れば豪華だけど。やたら高かったし」


 獣王が住んでいるのは、平屋ばかりのレオロスにおいて唯一縦に伸びる建物だった。

 5階建てのそれは、王城というよりむしろ塔のようだ。


 「建造物は大きいですが、装飾などは少なく、内部にいる人も少ないようです。私としては、貴族の住む場所に見えませんね」


 貴族出身、現在は王族の血を持つソフィアが語る。

 まあ、たしかに殺風景な場所ではある。がらんとした廊下、飾り気のない壁面。

 綺麗というか、物が少ないというか。


 「今代の獣王、ガゼルシャフトは特に無駄なことを嫌ってるからね。芸術とかさっぱりだろうし。高価な壺とか置いても価値が分からないから意味ないと思うよ」


 シュカのぶっきらぼうな物言いは、獣王に対する嫌悪を感じさせるものだった。彼女がそういう風に他人のことを言うのは珍しい。

 

 「なんだ、面識あったのか?」

 「直接の面識はないよ。でもボクも元国民としてそれなりに彼の事は知っている。……一言で言えば、傲慢な奴だよ」

「傲慢、ねえ」

 

 自分の強さを疑わないとか、弱者を見下しているとか、そういうことだろうか。

 俺の腰からぶら下がっている『傲慢の魔剣』を少し意識する。

 

 シュカはそれっきり不機嫌そうに口を閉ざしてしまったので、結局王様については何も分からなかった。

 まあ、会って話せばいいだけか。


 最上階の一番奥にある部屋の扉を開けると、そこに獣王はいる。

 俺たちをあっさり中に通した門番はそう言っていた。

 

 最上階の一番奥の部屋の前にはすぐに到着したが、警備のひとりも立っていないので場所を間違えたかと思った。

 本当にこの国で一番偉い人がいる場所なのだろうか。

 

 疑問は、部屋の中に入るとすぐに解消した。

 

 扉を開けて中に入ると、一際大きな椅子に座った大きな男の姿が見えた。


「――ようこそ、勇者一行。俺はお前たちを歓迎しない」

 

 一目見て、俺は彼こそが獣王だと確信する。

 獣人の中でもとりわけ獣の要素の強い男だった。

 

 顔面の周囲に、立派なたてがみが生えていてる。

 ちょうど、サバンナの王者たるライオンを思わせる風貌だ。

 

 大きな瞳孔がこちらをじろりとねめつける。それだけでこの場から立ち去りたくなるようなプレッシャーを感じる。

 

 獣王ガゼルシャフトは、相対しているだけで冷や汗をかくような殺気を振りまいていた。

 そんな中でも涼しい顔をしたソフィアが一歩前に出る。

 

 「お初にお目にかかります、獣王陛下。私はソフィア。王国の第一王女です」

 「知らんな。俺は今くだらない政治ごっこをする時間がない。国に帰れ」

 

 丁寧に挨拶をしたソフィアが少し眉をひそめる。

 俺はソフィアに代わって言葉を続けた。

 

 「獣王様。俺たちは政治ごっこしに来たわけじゃない。勇者として、魔王を倒すために来た」

 「……なんだと?」

 

 獣王の殺気がさらに圧力を増した。


 「我が国の戦士たちは強い。あのような醜い魔王に負ける道理がない。お前たちの助けなど不要。獣人は己の手で未来を掴み取れる」

 「……ッ!」


 反射的に言い返しそうになった。

 

 俺が会った獣人の女の子は、戦いへの不安を覚えていた。

 明日の食事がなくなるかもしれない。隣人が明日死ぬかもしれない。祖国が蹂躙されるかもしれない。

 

 コイツは、王のくせにそんなことが全然分かっていない。

 

 思わず手に力が籠る。

 激情のままに言葉を叩き付けようと口を開いた時、 ヒビキが俺の肩にそっと手をやった。

 その感覚に、俺は幾分か冷静さを取り戻して口をつぐんだ。

 

 ヒビキは俺の代わりに一歩前に出て口を開いた。


 「――陛下。戦力はいくらあってもいい。そうではないですか?」

「何?」

 

 獣王がヒビキをじっと見る。

 ヒビキは落ち着いた口調で先を続けた。

 

「一流の戦士とて、無限の体力を持つわけではない。戦えば疲弊する。怪我をすれば療養する必要がある。であれば、戦闘要員は多い方がいい」

「……」 


 獣王はヒビキの言葉を否定できないようだった。黙って言葉の続きを待っている。

 

「ボクたちは一介の冒険者として魔王軍と戦う。あなたの傘下に入ることはないが、多少の協力はしましょう。そして、もし好機があれば魔王を討つ。……まさか、優秀な戦士がボクたちに遅れを取る、なんてことはないでしょう?」

「……フッ」

 

 ヒビキの挑発とでも言うべき言葉に、獣王はにやりと笑った。


 「なるほど、確かにその通りだ。俺たちを助けるのではなく、勝手に戦う、か。――気に入った。それなら共同戦線といこうじゃないか」


 なんだ、急に機嫌が良くなったな。

 獣王の変化に俺が目を丸くしている間にも、ヒビキはどんどんと会話を進めていく。


 「この国の軍と情報の共有がしたい。ボクたちには勇者として授かったスキルがあるから、君たちとはまた違う情報を提供できるはずだ」

 「いいだろう。後ほど参謀に話をつけよう。この国の強者には珍しい柔軟な思考を持つ者だ。こちらの得になるなら拒むことはないだろう」

 「助かる。食料品については、金を出せば供給してもらえるか?」

 「商人と直接やり取りするなら俺に止める権利もない。寝床も食料も好きに買え。ただ、今この国では食料が不足気味だ。量や質には期待するな」

 「承知の上だ。……それでは、獣王国はボクたちが勝手に魔王討伐を目指すのであれば止めるつもりはなく、協力関係にあるってことでいいんだな?」

 「そう認識して構わない。……ただ、一つだけ事前に伝えておくべきことがある」


 テンポよく会話を続けていた獣王が表情を固くして言葉を紡ぐ。


 「万が一、お前たちが魔王討伐を為したとしても英雄扱いなど期待するな。俺はこの国の王として、獣王国の手によって魔王を討伐しなければならない」

「なるほどな。理解した」

 

 えっ、魔王を倒してもケモ耳少女にチヤホヤしてもらえないってこと? 

 嫌だ! 俺は可愛い女の子のケモ耳をモフモフしたい!

 

 しかし、話し合いをする獣王もヒビキも真剣な表情だったので、そんなことを言いだすわけにもいかなかった。

 くそ、見返りのない戦いって考えるとあんまりやる気でないな……。

 

 それからもヒビキは何回か確認を繰り返した。

 

 最初の頑な態度からは一転して、獣王は比較的温厚に会話に応じていた。

 うーん、ヒビキはどうやってあの獣王の態度を軟化させたのだろうか……後で聞いてみよう。

 

 一通り話した後、ヒビキは挨拶をしてその場を去った。

 すっかり話についていけなくなった俺は、途中から何もしゃべれなかった。

 相変わらず、ヒビキは頭を使う交渉とかが得意なようだ。




 

 獣王との面会が終わった後、俺たちは紹介された宿へと向かって歩いていた。

 

 「なあヒビキ。獣王はなんで途中から優しくなったんだ? もしかしてヒビキに惚れたのか?」

 「ほ、ほれっ……そんなわけないだろ。最初は勇者だからって警戒されてたんだ」


 疑問をぶつけると、ヒビキは眼鏡をくいと上げて説明してくれた。

 

「これまで得た情報から察するに獣王の行動基準は強者としての誇りだ。獣王国における強さ至上主義は有名だからな。獣王たるもの、決して舐められることは許されない。ボクたちが助けてやる、なんて言っても絶対に肯定できないんだ」 

「なんだそれ、めんどくさいな」


 素直じゃない、なんてレベルじゃないだろ。命が懸っている状況でもそんなこと考えるなんて。

 

「ボクたちと獣人の価値観は違うってことだろ。強さを信奉する獣人にとって強者であることは何より優先するべきことなんだよ。時に、生きることよりな」

 「そ、そんなこと――」

 「ヒビキの言う通りだね」


 俺は反射的に否定しようとしたが、横からシュカが肯定の声を上げた。


「キョウ君は獣人を同じ人間だと思いすぎ。この国にいればなんとなく分かってくると思うよ。……ってことで、ボクがこの国を案内してあげようか!」


 ふん、と胸を張ったシュカが、勢い良く宣言した。


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