エンドロールに添えるものは
「私の勝ちだよ、二人とも」
地面に倒れこんでいる明日香とようやく呼吸を落ちつけた梓を見て、審判のように告げる。明日香は痛む背中をさすりながら起き上がって、
「…やっぱり、私達二人じゃダメだったかー……」
分かってはいたけど、という声音で呟く。だが、周りで見ていた者たちは決してそうは思えなかった。何度か勝てるのではないかと思えるほどの場面が存在していたし、実際に翠が危なかったとも口にしている。だから、もう少し時期を見て改めて戦えば勝てるのではないだろうか、と見ていた半数以上が思っただろう。翠もそう思っていたのか、
「どうかなー、何度か危ない場面があったし、それに私もほんのちょっとだけ本気で動いちゃったし…使うつもりは無かったんだけどね」
そうフォローをする。そう言われて、多少は気が休まったのか二人は同じタイミングでふぅ…と息を吐く。アリシア達も戦いが終わって三人の周りに集まってくる。と言っても翠にかけられる言葉の大半が勝手にどこかへ行ってしまった文句の数々だったが。
「大丈夫、おねえちゃん?」
「大丈夫よ…皆も心配してくれてありがと」
二人にかけられる言葉は対称的に心配の声ばかりだった。二人は心配ないと笑っていると、
「明日香ー、貴女の一緒に着いていきたいってお願いはダメだけど…たまに二人の所に顔を出すくらいはするわ。約束する」
翠が二人にそう真面目な表情で言った。明日香が本当に?と不安げに声を発すると、翠は薄い胸を叩きながら、
「お母さんに任せなさい♪それに…私は子供たちとの約束を破る事なんてしないわよ」
ぽんぽんと頭を撫でながらそう言う。すると、周りからは私達との約束はどうでもいいの!?なんて言葉が飛び交う。それには苦笑を交えて、適当な言い訳を考えて誤魔化しているようにも見えた。それが、二人にはおかしく見えて思わず笑ってしまう。それに釣られるように笑いの波が伝播していった。
「私達はもう行くわね、この娘達をちゃんと元の世界に送っていくから、お別れの挨拶くらいしておいたら?────でも、リゼ達は着いてこなくてもいいのよ?」
「私は翠に助けられたので、いつまでも着いていきますよ。どうせ、居場所なんてここ以外に何処にも無いんですし」
「翠には約束を守ってもらわないといけない……だから、着いてく。拒否権なんて、無い」
「私はどっちでもいいですけど…翠さんの方が危なっかしいですから着いていきますね」
「私は頼まれればあの娘達の所にも行くけどねーこっちの方が楽できそう?」
何とも十人十色な答えだった。何とか引きはがそうにもリゼリアが糸を使って翠が離れないように束縛しているのか、ふくれっつらで二人の方を見ていた。
「二人ともー!お母さんを助けてー!!」
「ね、ねぇ…明日香…初めてはやっぱり景色がいい所の方がいいかな!?」
「ちょっ…お姉ちゃん、鼻息荒いから!………お姉ちゃんと一緒なら…どこでも、いいよ?あ、でも初めてで外は嫌だよ!?」
どうやら二人は梓のお願いの件で話を進めているようで、翠の事は完全にスルーされていた。
「残念ですねー二人はこの後の事で込み入っているようですよー?」
リゼリアの言葉は棒読みで、驚くほど感情が籠っていなかった。アリシア達もしょうがないねーと便乗するかのように棒読みで翠を連行していってしまった。翠の悲痛な叫びだけが広場に響いて、段々と遠のいていった。
「お別れ、だってさ」
明日香が振り向くと、柚姫や鏡華がそこに立っていた。翠の言ったように別れのあいさつの時間をくれたのだろう。ぱんぱんとスカートの土埃を払って立つと、静かに口を開く。
「皆は…こんな私達と一緒で良かった?」
こんな私達、という言葉にどれだけの意味が込められているのか、柚姫達に正確に伝わったかは分からない。だが、少なくとも悪い意味で解釈した者は一人としていなかった。その証拠に、明日香達にかけられる言葉は、
「私達は、明日香達について行ったから、自分たちのやるべき事がやれた。それに、二人とも会えてよかったと私は思ってる」
「私達は二人にただついてきただけだからな。二人の願いが叶ったのなら、私達はそれで満足だ」
そう口々に言ってくれる。そっか、と嬉しそうに微笑むと。
「私も、一緒に過ごせて、良かった」
梓は一言だけ、楽しかったわ。とだけ言ってどこかへ飛んで行ってしまった。照れ隠しのつもりなのだろうが、今の明日香達にはそれがすぐに分かった。全員がくすっと笑うと、明日香が小さく。
「ばいばい…皆、また会えるよね?」
そう言うと、全員は頷く。すると、まるで見ていたかのように翠が引きずられた状態でやってくる。翠は柚姫達の周りを囲うように魔法陣を作り出す。念を押すように翠が眼で聞いてくるが、ふるふると首を振る。
「そっか、それじゃ皆行くよ」
そう言った次の瞬間にはまるで初めからそこにいなかったかのように、姿は消えていた。明日香は、ぺたりと地面に膝をつける。梓がタイミングを見計らって、ふわりと降りてくる。そして、優しく頭を撫でて抱きしめる。
「さ、行こうか。私達の未来を、作りにいこう?」
「明日香ー!」
「何ーお姉ちゃん?私かなちゃんのご飯作らないとなんだけど」
あれから、数年が経ち明日香達は本拠地の異世界空間に小さな家を一つ建ててそこに暮らしていた。そして、明日香の腕の中には小さな銀髪の少女がすうすうと規則正しい寝息を立てて眠っている。
「それは私が作っておくから大丈夫ー」
「ほんとに…?お姉ちゃんの作る料理繊細さが足りないから…で、私に何の用なの?」
「あ、そうそう。明日香確か楓達と連絡取りあってたよね?」
「ん?うん、あの時の学校の学園長になったって言ってたよ」
明日香達が何気なく会話を交わしていると、少女の小さな瞳がゆっくりと開く。そして次の瞬間、大きな声で泣き声を上げる。一瞬だけ慌てた後、ゆっくりと前後に揺らしてやるとふたたび眠りに就いた。
起こさないように慎重にベッドに寝かせてから梓が料理を作っている現場に向かう。怪しい予感がしたが案の定、
「……なんで、丸ごと牛を焼いてるのかな?」
「…え?だって、いっぱい食べて大きくなってもらわないとだし…」
「だからってなんでそうなるの!?赤ちゃんなんだよ!?」
明日香迫真の突っ込みに梓が小さくなって押し黙ってしまう。だが、流石に赤子のご飯に牛一頭は厳しいを通り越して呆れてしまう。大きく一つため息をついた後、明日香は包丁で牛を切り取る。串刺しになっていた牛はみるみるうちに解体され、複数の皿に綺麗に部位ごとに並んだ。
おー、と手を叩いて感心している梓にもう一度呆れながら、
「全く…おねえちゃん変なところで大雑把なんだから…」
そう言って、笑った後。
「おねえちゃんと私は一心同体みたいなもの、何でしょ?」
「あ…う、うんそうだね…」
いきなりのそんな言葉に同様を隠しきれない梓が、挙動不審気味にそう答えると、
「だから、おねえちゃんの苦手な事は私が、私が出来ないことをおねえちゃんがしてくれればいいの」
そう言って、明日香は梓の唇にそっと自分のそれを重ねる。ビクッと少しだけ身体を震わせたあとそっと、だが情熱的に行為を続けた。
明日香達は願いを叶えた、着いてきたもの達もその形はどうあれ望みを叶えた、彼女達は幸せになれたのだろうか。望みを叶えるという事が幸せに直結するとは限らない、叶えた後にどう過ごすか、それが幸せになる鍵になる筈だ。
「おねえちゃん!ちょっと出かけてくるから、かなちゃんのお世話お願い!」
「はいはい、お姉ちゃんにまかせなさいー!」
彼女達のように。




