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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-6 思いの果てに
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最後の戦いー2

 「そう、『心情の変化』がこの問いの答えだよ」

 翠は答えを言うことができた生徒を褒めるように梓のあたまをぽんぽんと撫でる。はう…と普段なら漏らさないような小動物のような声を上げている梓に少し驚きながら、明日香は目の前のガルシアを見据える。目の前の男は優男には見えるが、その目には強い意志の光が宿っていて、少なくともちょっとやそっとのことで意見が変わるとは思えない。そういう男だと明日香は感じた。

 「とにかく、俺の最後の相手は、お前だって決めてるんだよ。だから、全力で俺を殺しに来い」

 ガルシアは、地面に突き刺していた剣を取り出したときと同じように虚空へ消し去ると。改めて、漆黒の剣を翠に突きつける。その目は覚悟を決めた者のそれだった。

 「始めようぜ…最後の戦いを!」

 刹那、暴風が吹き荒れた。何が起きているのか、かなりの経験を積んできたはずの二人ですらも見ることすら出来なかった。二人の姿を見ることが出来たその時には数百、数千と剣を合わせていた。剣を合わせるたびに衝撃波が発生し、地面が放射状に割れる。斬戟を躱すたびにその射線上にあったものが無残に切り刻まれていく。それでも、二人の周りには一切の被害が及んでいなかった。

 翠は余裕ぶった表情でガルシアの全ての斬戟をいなし、躱している。ガルシアも翠のその表情を見て、実に楽しそうに剣を振るう。

 「はっはははははは!!!!やっぱり全力でやり合えるのはお前だけだよ!!」

 「私もよ、全力で戦えたのは久しぶり!」

 そう言って、剣を振るった。同じく斬戟を剣腹で受けようとした瞬間。野生的な勘で体を捻り紙一重で回避する。回避した翠の剣閃は複数の斬戟が合わさったかのような跡がついていた。翠は驚いたような顔をしたあと、くすくすと笑って。

 「凄いね、私の『辻重ね』をかわせたのはガル君が初めてだよ!」

 どうやら、複数の斬戟を同時に放つ剣技らしい。ガルシアは先ほどの動きよりもさらに早く動いて、翠に斬りかかる。その動きは疾風よりもさらに速く、もはやその動きは線のようにしか見えなくなっていた。

 それに応じて、翠も加速し戦いは当人達にしか認識できない次元まで上り詰めていた。一秒にも満たない短い時間で数千もの剣戟の応酬を繰り広げている。数秒もせずに周辺にあった物はすべて瓦礫と化している。剣同士が打ち合う音の切れ目は無くなり、一つの長い音のようにも聞こえた。翠が剣を振っていたと思えば、次の瞬間には魔法を放ちながらガルシアの攻撃をかわしている。超人級の戦いが目の前で繰り広げられている二人は、ただ祈ることしか出来なかった。

 「これで終わりじゃないのだろう!?」

 漆黒の剣を振るいながら口元をゆがめて翠に問いかける。翠もまた心底嬉しそうなな表情でそれに答える。

 「もっちろん!まだ三割くらいだよ!!」

 翠は剣に複数の魔力を宿らせる。火、水、風、土、光、闇、の六属性纏わせて、さらに強化の魔法で威力を高め、鮮やかな七色をした剣を振りぬく。その剣風は先ほどまでのものとは比べ物にならないほどの威力だった。だが、それをガルシアは避けるわけではなく敢えて受け止めた。

 今までの戦いがまるでお遊びであったかのようなとんでもない威力の一撃を真正面から向かい合う。流石のガルシアと言えども、そのあまりの威力に押されているようで、地面にしっかりと踏み込んでいるはずなのにその地面ごと押されていた。だが、その表情は随分と楽しそうで、誰よりもこの戦いを楽しんでいるように見えた。翠も実に楽しそうにガルシアを見ている。

 ニヤリと全く同じタイミングで笑うと、二人とも立ち止まって武器を構える。

 「ったく…お前の限界が見えないんだが…っ!!」

 「それはどうかしら…?顔に出してないだけかもよ?」

 そう翠は言うがガルシアの言うとおり、本当に翠はまだまだ本気を出していない。それもガルシアは気付いているのだろうが、口にする事はなかった。なぜなら、

 「まあ、いい…長ったらしい殺り合いは性に合わねえ────だから、この一撃で終わりにしようぜ」

 剣を改めて上段に構えて向かい合った状態で荒々しく、だが静かに言う。翠もそれに呼応するように言葉は無くただ静かに剣を構えた。

 二つの破壊の暴風が向かい合い、静かにその時を待つ。いつ動くのか、と遠めに見ていた二人は息を飲んで見守っていた。体感では何時間もの時間が過ぎたと感じただろう。いつまでこの時間が続くのだろう、と考えていたその時にそれは訪れた。

 刹那より速く、その一太刀においては光の速ささえも凌駕していたのだろう。剣を振るう二人でさえ互いのその剣を見ることが出来なかったのかもしれない。二人は居合い抜きをした後の侍のように互いに背を向けたまま動かなかった。


 そして、長い静寂の後ガルシアが倒れた。

  「はっ……はははっ…やっぱり、あんたには勝てないか」

 地面に仰向けに転がるガルシアの体には大きな傷ができていた。血が地面に染み出しているが、その表情は晴れ晴れしいものだった。

 翠は、剣を鞘に収めるとゆっくりとガルシアの元へと近づいていった。ガルシアは翠の姿を見上げて、くつくつと笑っている。

 「私の、勝ち…だね」

 「……だな。さあ、止めを刺してくれ」

 抵抗をやめ、翠のとどめの一撃を待っている。翠は、初めて少し複雑な表情を見せた。止めを刺すことを躊躇っているようなそんな顔だった。

 「何、迷ってるんだよ…早く、終わらせてくれ」

 「…うん、分かってる………分かってる、よ」

 虚空から新たに取り出したのは普通の武器の店にでも売っているようなシンプルなデザインの剣だった。実際、その剣には特に何かの効果がある訳でもない本当の意味でのただの剣だった。それを両手で握り、ガルシアの体の上で剣を構える。だが、ガルシアが望んだ最期はいつになっても訪れなかった。翠のその剣は震えていた。

 「何だよ…なんで、そんな顔すんだよ……」

 翠の表情は今にも泣きそうで、まるで人殺しなんて一度もしたことが無いとでも言うようなそんな表情をしていた。その瞳は涙に潤んでいて、今にも泣き出してしまいそうだった。しっかりと握り締めていた剣はカタカタと震え、とても先ほどまで超人並みの戦闘を行っていたとは思えない。

 ガルシアは見るに堪えないのか、翠の持っていた剣の刀身をぐっと掴む。震えていた剣腹はたちまち動きを止め、そのがっしりとした掌からは赤いものがつう、と垂れる。

 「待っててやってるんだよ…だから、早く終わらせてくれ」

 「や…やだ、よ……私は、終わらせたくない!!」

 翠は、その言葉に初めて強い語気で返した。それに多少なりともガルシアも驚いた。だが、その言葉に言葉で返すようなことはしなかった。ただ、ニヤリと笑ってその剣を自らの心臓に突き刺したのだ。

 翠の手にずぶりと肉を貫く感覚が、命を摘み取る感覚が、まとわりつく。あれほどの戦いを繰り広げたガルシアでさえ、心臓を貫かれてしまえばあっけなくその命を落とすのだろう。

 「結局…俺が、俺自身が…終わらせるのか…過程は、どうあれ、な…」

 自嘲気味に話すが、言葉を発するたびに血を吐いている。もう長くは無いのだろう。翠はまだ剣をガルシアの体に突き刺したあの感覚に怯えているのか、ガルシアの言葉など耳に届いていないようだった。

 「ね、ねえ…お姉ちゃん、どうするの…?」

 二人の戦いが終わり、その後のやり取りを見ている明日香は少し不安げに梓に聞いている。

 「どうするのって…あの二人のやりとりに私達が入れる隙間なんて無いよ」

 「じゃあ、待ってるの…?全部が、終わるまで」

 「うん。もちろん、お母さんを何処かへ行かせるつもりは無いけどね」

 梓はそう言ってくすっと笑ってから、明日香にそっと口づけをする。明日香は全く調子の変わらない梓に微苦笑をもらしたが、だが、それで明日香はいつものような調子を取り戻せた。


 「ま、そろそろ…だろう、な……」

 顔色が随分と悪くなった、ガルシアは冷静にそう分析した。翠はようやく落ち着いたのか、地面に座り込んでいた。剣は地面に突き刺さっていて、涙で潤んだ目をごしごしと拭っている。

 「本当に、終わり…なんだね」

 「なん…だよ、終わらせたく…なかった、のか?」

 「ううん…違う…違うの…でも────」

 「俺の考えが…変わった、からか…?」

 残された時間も少ないはずなのに、翠に問いただす。それに、少し間をおいてこくりと頷く。それを聞いてやはり、と言った表情をした。翠は若干赤く腫らした瞳で残された時間も少ないガルシアを見つめて、

 「自分が…ガル君が、この答えじゃダメだって…分かったなら、何で死ぬ必要があるの…?」

 「必要…か、結局は俺自身の…けじめだ…それ以外の、何物でもない…」

 「けじめで…死ぬ必要なんて…」

 「あるんだよ…俺は道を間違えたんだ。それこそ…取り返しのつかない、ほどにな…」

 「でも…でも…っ!!」

 「うるせえ、な…俺が、決めたことだ…ぐだ、ぐだ…言うな…っ!」

 そう悪態をついた後に、血の塊を咳き込むと同時に吐き出している。心のどこかで思っていた、もしかしたら死なないんじゃないか、と言う幻想が徐々に打ち消されていく。

 いやだ、嫌だと否定していても、時の流れは無慈悲だ。例え、翠が回復魔法をかけようとしたところで間違いなくそれを拒むだろう。どうしようもなく、今の翠は無力なのだ。

 「お別れ…しない、方法はないの?」

 「あるわけ…ねぇ、だろ…バカか」

 嘲笑うかのようなその声も今となっては弱弱しい。いよいよ、その時が来たのだろう。ガルシアは満足そうな表情を浮かべていたが、翠の表情は変わらず浮かないままだ。

 「んだよ…まだ、いじけてんのか?」

 「……違うよ、納得してないだけ」

 「あんま、変わってねえじゃねえか…」

 「うるさい、あんまり喋ると死期が早まるよ」

 翠はあえて突き放すように言ってやると、上等だ、と言わんばかりに笑っていた。だが、その笑い声も咳とともに薄れていった。

 翠は、横にすとんと腰を落とすと。

 「ねえ…ガル君が、初めての人だったんだよ?」

 「はっ……なんだ?お前とヤった覚えなんて────」

 「違うよ!私が初めて認めることができた人って意味っ!」

 とん、と軽く傷口を叩いたつもりだったのだが、想像以上の苦しみ方をしてびくりとしたが、それは演技のようですぐに悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。

 「もう…死んじゃえ…」

 照れ隠しの罵倒だったが、状況が状況だっただけにあまり冗談のようには思えなかったのが翠のそれは必死の照れ隠しだったのだろう。

 ガルシアもそれを理解していたのか、ニヤリと不敵に笑うと。

 「…ま、俺も同じようなもんさ…あんたが…俺が初めて会えた、俺が強いと思える人間だったよ」

 そう言った後に笑おうとしていたが、もうそれすらも満足にできない程に体力を消耗していた。翠は、もう喋らなくてもいい、と目で訴えていたが同じようにガルシアも視線でそれを拒否した。

 しばらくの間どちらもが言葉を発さない時間が過ぎた。そして、

 「そろそろ…お別れだ」

 唐突にそう切り出した。それは、まるで別れ話の様にも聞こえた。今度の翠はそう言われても、随分と落ち着いているように感じる。

 「もう、俺の居るべき場所は無くなった───いや、初めから、無かったのかもな」

 最後の最後までその自嘲気味の態度を崩さない様子を見て、誰に言う訳でもなく静かに言葉を紡ぐ。

 「例え、どんな人間であろうと生きている限り何処かに居場所はあるんだよ。光の当たる場所、当たらない場所…人に認められる場所、認められない場所…だから、自分の居場所が無かったなんていうのは嘘。───そう言ってる人は、そう思いたいだけなんだから」

 そうでしょう?と投げかけると、また笑い声が聞こえた。

 「ははっ…そうかもな、それか俺が居場所を自覚してなかったかだ…」

 「今となってはどっちだって変わらないものね」

 と、酷く悲しげな笑みを浮かべた。そして、地面に刺さっていた剣を引き抜くと、

 「最後は…私なんでしょう?」

 今度は呆れたような笑み。それに応えるようにガルシアも笑う。

 「ああ…最後まで悪いな」

 「別に、話してたら冷静になれたもの」

 改めて剣を体に向けて構えた。どちらの表情も、悲しさの色は伺えずまるで何かを達成したあとの様な晴れ晴れしい表情(かお)をしていた。


 最強の二人、と言われたうちの一人は今、ここで最後を迎える。もう一人の最強の手によって。


 ────さよなら、貴方に出会えなければわたしは……


 思いは声に出さず、ただ一心にその剣を振り下ろした。

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