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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-6 思いの果てに
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再開と別れ

 「………なんで、こうなったんだろうね」

 二つの場所で、同じ言葉が発せられる。

 一つは少女が向かいの少女に向けて────二人の見た目は身長や幼さを抜けば随分と似ているものだった。

 ────まるで、姉妹のように。

 もう一つは二人の少女とブロンドの少女が向かい合って、


 こちらの世界に呼ばれてから、どこか懐かしい魔力を感じた。それが、気になってしまい黒髪の少女、雪那はそれを見つけるために走る。

 勿論、呼ばれた本来の目的である敵の打倒もきちんと頭に入っている。だが、それでもその魔力が気になった。

 無秩序に程近い町を跋扈する魔物たちを槍で振り払い、切り裂きながら壊れた街中を走り抜ける。魔物の波はとどまる事を知らず、どうやってここまでの数の魔物を呼び出すことができるのか逆に問い詰めたいほどだった。

 「倒してもきりがない…本体、というか呼び出している当人を倒さないとこれは止まらなさそうね」

 ふっと軽く息を吐き出すと、刹那の内にその姿は見えなくなる。街道の中ほどにいたと思ったときには既に抜けていた。

 神速ともいえるその速度を、どこからか覗き見ているものがいた。その視線は殺意と憎しみに満ち満ちていた。その視線に雪那が気づかない訳もなく、先ほどから追いかけてきていることも気付いていた。そして、それが懐かしい魔力であったことも。

 確信に変えるため、雪那はできるだけ障害物の少ない場所を探した。

 だが、それには及ばないようで目的の人物のほうから姿を現してきた。


 黒い長髪、黒の瞳、雪那に似ているが少し幼さが残っていた。それは、もう見ることができないと思っていた雪那の妹、陽菜の姿だった。

 近寄ろうとしても、雰囲気が違いすぎた。その眼に昔のような感情は見えず、殺意と憎しみが支配しているように見える。

 「陽菜…?」

 恐る恐る話しかけるが、向こうからの反応はない。ただ、敵意のみが返ってくるだけだった。

 「死んでよ、あんたなんか姉じゃない」

 ただ一言そういうと、距離を一瞬で距離を詰め、袈裟懸けに振り下ろす。

 それを、紙一重のところで躱すが、切り傷が服の上を走る。雪那は陽菜の方を見直して、

 「何で、なんで!?私は、陽菜を守るために────」

 「うるさい!あんたなんか姉じゃないのよ!」

 反応は変わらない。更に早くなった一太刀をできるだけひきつけて躱す。それも無理があるのか、切り傷は別の場所に更に深く付けられる。

 「っ…陽菜っ」

 「うるさい!話しかけないで!」

 複数の斬戟が襲い掛かる。流石に全てをぎりぎりで躱す事は厳しいのか大人しく距離をとり、斬戟を躱そうとしたが、違和感があった。

 なぜか避けられるという核心がない。それが陽菜の能力なのかは分からないが、直感的に不味いとは感じた。だからこそ、通常の避け方の倍は距離をとって確実に当たらない距離にいるはずだった。だった、はずなのに、

 「ぐ、ぅ…っ!?」

 斬られる、というよりは殴られるという感覚が腹部を襲った。

 「どうして…?信じてたのに、私は…私は…っ!!」

 その言葉には何か別の感情が篭っている様にも見えた。振り払うように振るう斬戟はでたらめな軌道の筈なのに、雪那の身体には攻撃が当たる。

 雪那はそれを防ごうとするが、防ぐことはできない。

 当たり前と言ってしまえば当たり前だった。その攻撃は防げない、なぜならそもそも当たっていないものを防ぐなんて芸当は不可能なのだ。

 「くっ…何よ、これ…」

 雪那は謎の攻撃を受けつつも後方へと下がって、その対策を練ろうとするが陽菜はそんな事をさせないとばかりに肉薄する。

 その動きはまるで雪那の映し身のようで、全くと言っていいほど同じ動き方だった。

 自らのその動きを見て、陽菜はそれを嫌悪する。それは自らの動きが雪奈と同じものをしていたからだった。なんだかんだと言っても結局姉の動きの模倣だった、そういう事実がどうしても許せない。

 「くそっ…何で…何でっ!?」

 陽菜は無造作に剣を振る。雪那は躱しても無駄だと悟り、攻勢に出た。

 剣を槍で受け止め、自らの顔をできるだけ陽菜に近づける。

 「どうして、そんなに私を嫌うの?」

 精一杯の一言を陽菜にぶつける。

 「私は…誰も信じないの!誰だって…例え、自分だってもう信じない!」

 ようやく帰ってきた陽菜の言葉は、痛々しいほど必死でその表情は直視するには、辛すぎるものだった。

 だが、雪那はその言葉から逃げる訳にはいかない。

 「それは、私のせい…なの?」

 雪那の一言に、陽菜は固まる。それは、さまざまな感情が入り混じって言葉には言い表せないような表情となっていた。

 「………本気で、言ってるの?」

 歯を食いしばって、その返答を返す陽菜は怒りに満ちていた。力任せに雪那の槍を弾こうとするが弾くタイミングに上手く引かれ上手く弾くことができない。

 「そうだよ、分からないから…理由をちゃんと聞くまで…離さない……っ!」

 「分からない…っ!?」

 あきれ果てたようなそんな声が陽菜の口からこぼれる。なぜ分からないのか、といった感じだったが陽菜はそれに違和感を感じた。

 自分の知っている雪那の性格ならば、あんな出来事忘れるはずがない。

 ならば、何故理由を聞いてくる?

 雪那を知っているからこそ、気付いた綻びに陽菜は疑問を感じた。

 歪んだ歯車が戻るのはもうすぐそこだった。


 体勢は変わらないまま、二人は会話を始める。おかしな光景には変わりないが、少なくともつい先ほどよりは険悪な雰囲気は少なくなったような気がする。

 「どういう事なのか…説明して」

 「本当に、知らないの…?」

 陽菜はますます疑念を強める。

 「あの時、何があったのか…それくらい覚えているでしょう?」

 「忘れるわけ、無いでしょあんな事」

 雪那は辛酸を舐めたかのような顔でそういう。陽菜も言った側ではあってもその表情は厳しい。

 「で、あの後私を捨て駒にしたんでしょ?」

 陽菜の吐いて捨てるような言葉に雪那は咄嗟に反論する。

 「そんな訳ない!私は、私は…陽菜を守るために、自分の身体を売ったんだから……っ」

 今でもあの時の事が夢に出てくるときがある。その度に身体が震え、拒絶反応のようにえずいてしまう。

 そんな姿を見て、誰が嘘だと思えるだろう。陽菜もそれを聞いて違和感が確信に変わった。

 「本当、ですか…それ」

 「嘘、ついてるように見えるの?陽菜」

 もちろん、見えるわけがなかった。そんな辛い顔で嘘がつけるほど雪那の心は強くないことは誰よりも自分が知っている。

 「わかってる…わかってるよ…そんな事くらいわかるよっ!!」

 やけになったかのように、陽菜は叫ぶ。その手から剣が零れ落ちてかしゃりと音を立てた。

 それが本当なら、今までの事はなんだったのか。ここまで、復讐の為につけてきた力はどうなってしまうのか、自分でもわからなくなった。

 「なら…今まで、私のやってきた事って…なに?」

 全てが虚構だったとわかり、陽菜は何が正しいのかわからなくなり自暴自棄になる。

 そんな今にも壊れてしまいそうな、陽菜の体を雪那は支える。

 「今までの事は、忘れた方がいい…なんて、綺麗事は言わないよ。でも、もし許してくれるなら…もう一度、一緒に暮したいな」

 雪那は願う。それが今までで一番の我侭だったかもしれない。

 違う道を歩み続けた二人が、また同じ場所で過ごせるなんて雪那自身思っていない。それでも叶うなら、と雪那は願った。

 陽菜の表情は変わらない。いや、変えられないのかも知れない。

 自分の大切なものを引き裂かれて、復讐のために生きて、それが嘘だとわかり頭も心もぐちゃぐちゃになった。

 「ダメ…かな」

 「…………本当に、いいの?」

 陽菜は小さな声で雪那に答える。雪那は、震えている陽菜の身体をそっと抱いてやる。

 すると、身体を陽菜も身体を預けてきた。

 「許して…くれるの?」

 声の震えている陽菜の顔をじっと見つめて、雪那は優しく言う。

 「いいよ。許してあげる………もう、理由もなくなったんでしょ?」

 顔をうずめながらこくりと頷く。

 「ごめん、なさい……ごめん、なさい…っ!」

 くしゃくしゃになった顔で謝っている陽菜を、ただそっと抱いている。

 泣き止むまで、過去の事を全てを洗い流すまで。


 「……もう、落ち着いた。ありがとう────お姉ちゃん」

 陽菜の雰囲気は先ほどまでと正反対と言って良いほどに変わっていた。刺々しい雰囲気は消えて、嘘のように穏やかな雰囲気を出していた。

 「別に、いいよ。私はお姉ちゃんだからね♪」

 雪那も得意げに笑って、陽菜の言葉に返す。

 それはまるで、奪われたあの日の続きのようだった。だが、そこにいるべきもう一人はもうそこにはいない。

 二人は、分かっていながらもやはり気になってしまっていた。ここにはもういない、もう一人の姉の事を。

 「よう、随分といい雰囲気になってるじゃねえか?」

 二人だけの時間を、男の声が切り裂く。

 陽菜にとってその声は聞き覚えのあるものだった。今となっては、全てを狂わせた張本人となるのだろうか。

 「ガルシア……っ!!」

 「どうした?お前の仇なんだろう?殺さないのか?」

 その声は笑っているようにも聞き取れた。それは今の状況を見透かしていたかのようにも聞こえ、陽菜は怒りがふつふつと込み上げてくる。

 「あんたが…あんたが、仕組んだの!?全部、あの時から仕組んでたって言うのっ!?」

 ガルシアは何も言わず、ただ意地の悪い笑みを浮かべているだけだった。

 落ちていた剣を拾い上げると、空にいるガルシアに向ける。

 陽菜は剣を粒子となり姿を変え、自分の顔の倍ほどの頭の大きさもあるハンマーへと変化した。

 くるくると重さを感じさせないような回し方をして、一気に跳躍する。そのまま、勢いをつけたままそれを大上段から振り下ろす。

 ガルシアはそれを躱すとも、何もせず攻撃をその身で受けるということもしなかった。ただ、単純にそれを受け止めたのだ。

 「その程度、俺が受けられないと思ってたのか?」

 にやりと笑った顔に、陽菜は苛つきを覚える。力を込めて体に押し込むように、じわじわと食い込ませる。

 徐々にその表情は硬くなっていき、無理だと悟ったのかぱっとハンマーから手を離し、躱す。

 陽菜は躱させる事が目的だったのか、くすりと笑う。

 刹那、ガルシアの体が裂けるかのように裂傷が走った。それは、雪那のときにも起こった陽菜の能力だった。

 未だに全容がつかめないその能力が気になったが、今は聞いている場合ではなさそうな状況となっていた。

 「あ~ったく、やってくれるぜ……それは宣戦布告でいいんだよな?」

 「ええ。もうあなた達に用はない」

 陽菜の言葉にガルシアは剣を抜いた。黒い刀身のその剣は光を吸い込むような禍々しい黒をしていた。

それを見ても、陽菜はもう逃げなかった。

 それは、雪那に自分はもう大丈夫だと思ってもらうため、そして────

 「もう、お姉ちゃんに辛い思いはさせないから……!」

 その言葉は、陽菜の今の本心だった。今までの事を許す、と言われてもやはり自分自身ではそう思えないのだ。

 だから、今ここで過去の全ての因縁を断ち切る必要があった。たとえ、あそこにいる親友と別れたとしても。

 一人で戦おう。そう心に誓ったその時。

 「陽菜、一人であいつと戦うの?」

 雪那が隣に立った。陽菜は、雪那に離れて欲しいと言おうとしたが、

 「どっちなの?」

 そう、有無を言わせない口調で聞いてきた。

 「……一緒に、戦ってお姉ちゃん」

 雪那は満足げにこくりと頷いて、槍をガルシアに構えた。

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