強さの果てに
「その程度か?」
オルバの魔法がエルザに向かって飛ぶ。エルザは何でも無いかのようにオルバの魔法の対極となるような魔法をぶつけて消滅させる。
「…力、落ちてるんじゃないの?」
「どうだか」
オルバはふっと笑い、先ほどの数十倍もの数の黒い球が生成される。エルザも負けじとそれと同等以上の数を生み出し、相対する。
一瞬の静寂、その後に強烈な衝撃波と爆発音。真っ向からぶつかり合った光と闇の魔法弾がバチバチと音を立ててせめぎ合う。コントロールを少しでも間違えれば、それが命取りとなり致命傷となる。
そんなレベルの戦いを涼しい顔で行っている二人は傍から見れば狂人かもしくは勇猛な人間かのどちらかだと考えるだろう。
だが、エルザはそのどちらでも無く、ただ化け物と呼ばれ続けてきたせいか自らの命の価値が分からなくなっているだけだった。
今は翠のおかげで多少は生きる価値というものが見えてきた。それを今度は翠の娘である二人が与えてくれる。
(もう何も怖くない…なんてことは無いけど、それでも二人を守るためなら全力を出してもいいかな)
エルザは矢をつがえ、八本同時に放つ。魔力でできた矢は不規則な軌道を描き、作り出された魔法弾を蹂躙していく。
なす術なく、どんどんと数を減らしていく魔法弾にオルバは嬉しそうに笑い、杖を空に掲げると。
「来い。我が僕たち」
中空に突然穴が開いた。それは、間違いなくオルバが空間を歪めて開けたものだろう。その中から、三人のいずれも少女が現れる。
「どうしましたか?マスター」
一番年上だと思われる少女がオルバに寄り添いながら、艶やかな声で聞く。
「あいつを倒す。と言えばいいか?零奈」
零奈と呼ばれた少女は、恭しく一礼してオルバに跪く。それに続いて二人の少女も同じような形を取る。
怪しい教団か何かかと見紛うほどに絶対的な信頼を置いているオルバの姿は、確かに魔王と呼ばれてもおかしくはない。それほどに周りの目から見ればそれは異形だった。
「すぐに…とは、いきませんがよろしいですか?」
「問題ない。俺も出ればすぐに終わる」
その言葉に三人の少女は驚きを隠せなかったのか、少し動揺が走る。一体何がそこまで少女達を動揺させるのか、エルザには分からなかったが何かしらの対策をとっておいた方が良さそうだ。
「散れ」
オルバの一言で三方向に散る。とは言っても、相手の場所は魔力を薄く放出し、それをレーダー代わりにしているため、範囲内に入るのであれば確実に探知する事ができる。
普通ならば長時間の放出など魔力が足りなくなってしまうのだが、エルザのような超人的な魔力保有量を持っているならば可能だった。
「バラバラになったところで何も変わらないよ?」
エルザはくすっと笑ったと思うと、魔法陣が展開される。それは四人を容易く円の内側へと引き込み、エルザの魔法の餌食となる。
「吹っ飛びなさい。『天風』」
刹那、魔方陣から真上に向かって暴風が吹く。物理的な攻撃ばかりに警戒していたためか、突風に対応できず真上に吹き飛ばされる。
四人とも冷静に体勢を整えるが、すでに遅い。エルザの弓は、散り散りとなっている四人の身体の中心を捉えていた。
『烈光』
幾重にも重なった弓矢は一つになり、オルバの身体を正確に射抜こうとする。一番隙のない、オルバへと向かう。
「確かに速く、重い当たれば俺もただでは済まないだろうが────それ故、読みやすい」
歪んだ笑いがオルバの顔に浮かぶ。不味いと感じたときにはもう遅かった。
『歪曲』
エルザの一撃がまるでオルバのものの様に跳ね返ってくる。三方向からは飛ばされた少女達の迎撃が襲い掛かる。流石に、それだけの攻撃を無傷でどうにかする事は不可能だろう。
少しでもダメージを抑えるために、張れるだけの防御結界を張り巡らせる。だが、エルザが撃った烈光は防御結界など容易く貫くほどの威力を持っていることを自分は知っている。
例えそうでも、張らないよりはましという感覚で張れるだけの結界を全方向に張った。強烈な閃光の奔流と対照的に光を呑みこみかねないような禍々しい黒、そして魔法で仕留められない時の為か長剣から斧といった様々な武器が投げつけられた。爆音と衝撃波が辺りの景色を再度塗り替える。
オルバとてここまでの一斉攻撃ならば無傷で耐えられる自信はない。
攻撃の中心点から閃光と漆黒が晴れていく。どれだけ良くても、傷は負っているだろうと踏んでいたオルバだったが、その予想は覆された。
「なん…だと…っ!?」
あろう事か、エルザには傷一つ無かった。どうやら本人も予想外の事だったようできょとんとした表情で宙に浮いている。という事は、こうなるようになった原因を作り出した者がどこかにいる筈だった。
それを探そうと魔力を広げようとしたが、瞬間その必要はなくなった。
「帰ったら魔道書十冊で許してあげる」
聞こえてきたのは、エルザにとっては随分と懐かしい声だった。その声の元へと振り向くと。
「早く倒すよ、マスター」
そこには同じ髪の色をもった魔法使いの少女、マルモがいた。その表情は何処か嬉しげで、杖を構える。対して、オルバは怒りの籠った視線でマルモを睨みつけた。
「小娘…生きていたのか?」
「爺さんに心配されるほど柔じゃないわ」
マルモは挑発的にオルバへ言い返す。昔、何かあったのエルザを差し置いて随分と険悪な雰囲気を出している。
二人の世界に入られているような感じがしたエルザはなんだか負けた気分になったので、
「えい」
とりあえずマルモを杖で叩いてみた。すると、勿論だが面倒くさそうな視線が飛んでくる。もう何回かぽこぽこと叩いていると、
「………怒っていいですか?」
「あ、止めて氷漬けは止めて。真面目にやばいから」
エルザは叩く手を止めて、必死にマルモからの攻撃を止めようとしている。なら最初からやるなと言われそうだが、エルザは割と面倒くさい性格をしているので仕方ない。
次は無いと言わんばかりの警告の篭った視線にエルザは縮こまる。これではどちらがマスターか分かったものではないが、これもエルザの持ち味という事なのだろう。
オルバは呆れた表情で、二人の方向を見ている。こんな状態の二人を攻撃して倒したところで何の面白みも無い。それにそういう物をみるのもまた一興だと考えていた。
「待たせたわね」
エルザではなく、マルモがオルバに向かって言う。
「ふん、待たせた中にも入らんわ」
刹那、剣閃がエルザの喉笛を切り裂こうと通り過ぎる。紙一重の所で躱しカウンタの一撃を加えようと、矢を番える。マルモもそれと同時に魔法の詠唱を始める。
「死んで…っ!」
疾風と共にそんな小さな声が横切る。戻ってくる軌道に合わせて氷の壁を作り出す。魔力を込めた超硬度の氷の壁だったのだが、いともたやすく突破され、もう一度エルザの喉元を狙う。
次は紙一重で躱そうとすれば、確実に読まれて致命傷を与えられかねない。かといって大きく避けようとすれば、隙を作ることになってしまう。だから、エルザは敢えて前に出た。
その行動に、一瞬だけ動揺したのか動きが鈍くなる。それを見逃さなかったエルザは魔法を一瞬で詠唱して、地面を壊し、相手の足場を不安定にさせた。
「っ……」
疾風はオルバの元に戻り、少女の形となる。そして、魔法によって抉られた地面が線引きをしている状況となった。
五対二になったとはいえ、不利な状況は変わっていない。二人は杖と弓を構える。
「ちょっとだけ、本気出す」
エルザはマルモに見せたことがないような真面目な表情でそう呟いた。
「三十秒、任せていい?」
「三十秒と言わず五分くらい持たせてあげる」
マルモはエルザのその言葉に自信満々にそう答える。エルザはくすっと笑うと、黒い杖を呼び出す。その黒はオルバの杖のような拒絶する黒とは違い、優しく包んでくれるようなそんな黒だった。
魔方陣がエルザの足元から張り巡らされる。それは先ほど使った天風のものよりも更に大きく、この町を覆ってしまうのではないかと思わせるくらい大きなもの魔方陣で、中心ではエルザが集中している。
「させない…っ!」
大地を蹴って一息の間に距離を詰める。
だが―――
「ちょっと、遅いかな」
エルザは既に魔法をつくり上げていた。魔方陣がいっそう輝きを増して、その魔法は発動した。
『魔力開放陣』
魔法が発動したという事をオルバ達には感知出来なかったが、マルモには魔法を使う前と使った後の明確すぎる差が分かった。
魔力の量が自分でも分かるほどに違ったのだ。恐らく、倍近くまで魔力の総量が増えている。それがエルザの魔法を力なのだろう。
「さあ、一気に行くわよ?」
今のエルザの楽しそうな表情は、かつてのマルモでさえも見たことがなかった。それが何から生み出されるものなのか、マルモは純粋に気になったが、今は状況的にも聞いている場合ではない。
「そうだね、さっさと片付けなきゃねマスター」
マルモは二つの意味を込めてそう言って、魔法の詠唱を始める。エルザの魔法のお陰なのか、総量だけではなく詠唱時間まで短縮して魔法を撃つことができた。
数倍の威力となった紅蓮の焔は周りのものを我が物顔で直線状にある物体を無慈悲に溶かしてゆく。
威力の高まったそれを正面から受ける事は困難だと判断したのか、直撃の寸前に炎で身を隠すように躱す。
だが、その程度で身を隠せているとは思っている訳ではないだろう。避けたところに迎撃の雷を落とす。オルバはそれを読んでカウンターの黒球で打ち消した。
「だと思ったよ。なんだかんだ言っても、戦い方は素直だからね」
エルザはそれすらも読んで、矢を放つ。矢、というよりは最早レーザーといった方が当てはまっているほどの速さだった。
「これでどう?」
光の速度で撃たれたそれはオルバの身体を間違いなく捉える。うめき声を上げ、顔を歪めるオルバは演技をしているようには見えなかった。
「やって…くれる」
怒りの篭ったその言葉はエルザの一撃が効果的であった事を如実に表していた。漆黒の球体は不規則に動き回り、エルザたちに襲い掛かる。
それに加えて、三人が不規則な追撃を加えて回避タイミングを少しずつずらして攻撃を仕掛けてきた。
だが、相手の主力に致命打を負わせた以上、今の相手の攻撃は取るに足らないものだ。杖を攻撃のタイミングにあわせて振りぬく。
勿論、普通はそんな使い方はしないが近接戦のスキルは最低限必要となってくる以上、これくらいはできなければいけない。
魔力を乗せた杖の殴打でオルバの球体を弾き飛ばし、それを襲い掛かる少女達に返す。綺麗なまでにクリーンヒットとなったそれは、壁の向こうにまでその身体を吹き飛ばした。
「チェックメイト…で、いいのかしら?」
二人は、倒れたオルバの身体に近寄ってエルザは問いただすようにそう言う。オルバも諦めたように、エルザの言葉に同調する。
「ゲホッ…ああ、そうだな…だが────俺が、何もしないと思うか?」
狂気を含んだその笑いに、二人は本能的に危険を感じて後ずさる。だが、その動くこともままならない身体で、何をするのかという感情は内心の何処かにあった。
それも次の瞬間には、消え去ることになった。
『知識譲渡』
オルバの身体から一条の光が天に走る。そして、それは複数の光の糸となってあたりに降り注ぐ。
その時には気付くことはなかったが、それはオルバが駒として扱っていた者のいる場所だった。
「それじゃ…終わりで、いいかな?」
エルザは弓を構えると、矢を引き絞る。
「じゃ、さよなら」
矢をエルザは表情なく矢を放つ。それはオルバの顔を射抜き、顔の無くなった身体は力を失い地面に倒れる。
とうに朽ち果てていたはずの身体はほとんど血を流すことなく、乾いた屍のようになっていた。エルザは完全に消滅させるため、オルバの屍の真下から火柱が上がる。それは、無慈悲に朽ちた身体を焼き尽くし、灰すらも残さず消し去る。
屍はこれで、完全に消滅したそう安心した刹那、どんという重い音と共に光の柱が天に上っていった。
「何…あれ」
マルモは意識せず、言葉が口から漏れた。ただの人間にはそれが何の変哲もない光の柱に見えるかもしれない。そもそもそれが普通の光景なのかはこの世界の住人が決めることなのだが、
だが、二人には、いや二人以外にもあの光柱が危険なものと分かった人間はいるだろう。少なくとも明日香たちは直感的に分かっているはずだ。
「わかんないけど…やばそうなのは確かね………ロリっ娘二人と戦ってるあの娘達は大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ?」
エルザのふと湧いた疑問にマルモは適当極まりない返答をする。
「いいの?そんなんで……」
流石に投げやり過ぎではないかと苦笑したが、マルモは大丈夫。ともう一度言って、光柱を見据える。
あそこに向かおうとしているのか、魔力をふわりと漂わせていた。
「そこは大丈夫だよ。あの娘が向かってるし」
「あの娘……?」
マルモには誰の事なのかぴんと来なかったが、エルザがそう言う以上は信用に足る人物なのだろう。
エルザも柱のほうを眺めながら、ポツリと呟く。
「誰も、変わっていないんだね。私達は」




