嬉しくない再開
「まだまだ、いけるよっ!!」
明日香はまるで戦場の将軍のごとき勇猛さで、攻め寄せる魔物たちを残さず倒していく。
その様子は、見るものに勇気を与えるような姿で、明日香の姿を見て武器を持って立ち上がろうとした人もいた。
だが、明日香にはいくら一般人が立ち上がったところで、歯が立つどころか足止めにすらならない。
だから、できるだけ大きな声で叫ぶ。
「皆は逃げなさいっ!!!」
その声に、立ち向かおうとした人間全員がびくりと立ち止まる。それは、声にまるで少女とは思えないほどの覇気を感じたからだった。
「早くっ!!!」
もう一度その声を聞き、硬直が解ける。そして、明日香の言葉通り一斉に逃げ出す。
魔物たちは逆に群れを統率するリーダーのような行動をした明日香を一斉に狙いだした。
「こっちに来てくれるのは好都合よ…!早くこっちに来て私にやられなさいっ!」
向かう敵たちは、次々と鳳焔と極零の剣の錆となっている。嵐のような斬戟は、止むことを知らず、見る見るうちに数を減らしていく。
人気が無くなっていくと同時に、魔物の数も対応するように減っていく。そして、すべての魔物を倒しつくすまで、数分とかからなかった。
「これで…全部かな?」
剣を左右に振り、鞘に収める。この動作も、明日香にとっては随分としばらく振りの様なそんな感じがした。
逃げ遅れがいないか、それを確認しようと場所を移動しようとした瞬間、ある種の殺気を感じた。
「っ!?」
とっさに身を引くが、時すでに遅し。その魔の手は、すでに明日香に伸びていて────
「捕まえたぁ!」
「ひゃあっ!?」
明日香の服を引っつかみ、脱がしかねないような勢いで飛びついてきたのは、もちろん梓だった。
その後ろから楓達もついてきていた。抱き疲れている明日香と、いつもの様に抱きついている梓を既に慣れたのか、遠目から気の毒な視線で見つめている。
「あ~すか~どっかに行かないでよ~」
「どっか……って、私は妹だけどマスコットじゃないの!」
「私にとってはマスコットなの~!」
と、不毛な会話が繰り広げられそうな予感がしたので、早めに楓が割って入る。
「えっと、いいか?」
「あ、いいよ~何?楓せんぱい」
「ん…?明日香、私に先輩なんてつけてたか?」
「なんとなく、かな…一応年上だしね?」
その後に、見た目的にはという言葉は心の中にしまっておいた。それに、楓たちはそのことを知らない。言ったところで信じてもらえるかも分からない。
「そ、そうか…まあ、先輩と言われるのも悪くないしな」
楓はうれしそうに、そう言っている。なんだか、そんな表情をされると明日香も同じく笑顔になる。
梓を引き離そうと躍起になっていると、別の気配を感じる。どこかを一瞬で見当をつけ、梓は火球を打ち込む。
「おや…もうばれましたか。やはり…知っている者だと場所まですぐに割れてしまいますか」
屋根の上からふわりと降りてくるのは、壱月だった。明日香四人は空気を一変させ、目の前の敵を見据える。
学校にいた頃とは正反対の感情の篭った視線に、壱月はくすりと笑った。それは、まるでそうなった事でようやく楽しめるようになった、と言わんばかりの笑いだった。
「優…っ!」
楓の今にも爆発しそうなところを堪えた言葉を聞いて、壱月は楽しそうに笑う。
「ああ、私は優じゃなくて、本当の名前は壱月です。覚えておいて下さいね?」
挑発的な笑いを含んだ一言に、楓が反射的に飛び出し魔法を使おうとするが、体が思うように動かない。何事かと周りを見ると、地面からガスのようなものが出ていた。それは、梓たちの付近にも吹き出ていて、同じく身体の自由を奪っていた。
これが身体の動かない原因なのだろうが、身体が動かないためガスを晴らそうにも晴らせない。ニヤニヤとした嗤いを浮かべながら近づいてくる。
「あんまり、舐めすぎない方がいいよっ!」
明日香が地面を踏み鳴らした瞬間、どういう原理か分からないが地面が放射状に砕け、ガスの通り道を塞いだ。
ガスが消えて、自由を取り返し一斉に攻勢に入った四人を、上から疾風が襲い掛かる。すんでの所で躱し、その姿を見据えると、
「…ずいぶんとでっかい狼だこと」
「ふふ、デリオスウルフを見るのは初めてですか…?借り物なので無茶な使い方はできませんが、これくらいなら問題ないでしょう」
壱月の指示で巨狼が牙を剥き、四人に襲い掛かる。それぞれが武器を構え、迎撃をしようと動く瞬間、またあのガスが吹き出してくる。
二度同じ手は食わないとばかりに、即座に範囲外に逃れる。だが、巨狼はガスの中をお構いなしに突っ込んで、明日香達に一直線に向かって来た。
「…っ!?ガスが効いてないの!?」
その体をよく見ると、風が渦巻いていた。それがガスを無効化しているのだろう。明日香達も同じように
風を纏って応戦する。
だが、もちろんの事その力は半端なものではない。明日香が身体強化をかけてやっとの事対等と言ったところだった。
援護に回ろうとした梓たちに、数人の少女たちが立ちはだかる。
「残念だけど、邪魔させないよ」
七海と八重が三人と明日香の間に割り込み、支援を妨害する。竜巻を起こし、無理矢理引き剥がそうとするが、それほどに柔ではない。
風の流れを読んで、二人は毒針と小太刀を投げつける。梓の身体の芯を捕らえ、吸い寄せられるかのように飛んでくる。
「それじゃ、ダメだよっ」
杖となったレイラをバトンのように回して弾く。楓と花陽は竜巻で視界不良となった死角から攻め込む。
楓は自分の身長ほどもある大剣を、花陽は槍を構えて左右から同時に攻撃を仕掛ける。だが、七海たちはまるでそれを知っていたかのように弾き、躱す。
荒ぶる風の中に身を躍らせるが、そんなものを感じさせないような軽快な動きで楓達に反撃を仕掛けにいく。壊れた家を足場に、明日香のような三角飛びを行ってみせる。
変則的な小太刀の攻撃を剣の腹で受け、風の中でも正確に襲いかかる毒針は梓が行ったように槍を回転させ弾くが、戦況がいいとは言えない。
八重の使う毒針というのは名の通り、当たれば掠る事でも致命傷となる武器だ。対して、花陽の槍はリーチこそあれ、致命傷を与えることは一撃では難しい。
(攻め手がない……どうすれば…?)
考える間もなく、次々と際限なく飛んでくる毒針を必死に弾き続ける。
途切れる事のない針の嵐は次第に花陽の集中力が落ちてくる。だが、八重は淡々と毒針を投げ続け、花陽に傷を負わせる瞬間を待ち続けていた。
そして、その膠着は突然終わりを告げる。弾き続けていた毒針が隙間を縫って、花陽の身体に襲い掛かる。
お終いだ、そう自らが悟ったその瞬間、何かの干渉があったような気がした。
「────っ!」
刹那、毒針と竜巻が嘘のように消え去る。何事かと思って、周りを見てみるが全員が驚いているところを見ると、誰とも違うらしい。
何が起こったのか分からず、双方硬直していると第三の声が聞こえる。その声は、この戦場で誰よりも気だるげで、それでいて誰よりも美しい声だった。
「助けに来たよ~?」
どうして疑問系なのかは分からないが、助けに来てくれたことには間違いらしい。屋根の上からのろのろと降りてくるのを見て、全員が思ったであろう言葉は、
(何で上ったんだろう……)
「ノリよ、ノリ。あ、あと応援も呼んであげたからもうちょっと待ってて」
下りながらそう言って、地面に降り立つとほっと一息つくと、身の丈の倍はある弓を空に向かって構える。そして、魔力で作り上げた矢を引き絞り天に向かって放つ。
撃ち上がった矢は中天で弾け、無数の弓矢となる。その技は明日香達が覚えているかどうかは定かではないが、一度だけ見たことのある技だった。
「頭上注意、よ『流星群』」
散り散りとなった矢は戦っていた七海たちの頭上に土砂降りの雨のように降り注ぐ。対して、明日香達には、一本たりとも降ってくることは無かった。
だが、エルザはまだ硬い表情を保ったままでいる。あの状況下でまともに応戦できるわけがない。そう考えていたが、エルザが行ったものと同じように矢の雨が消え去る。
「久しいな、何時振りだ?」
何処からか聞こえる老人の声、だがその言葉にはあらゆる者を畏怖させるような調子があった。赤い目から放たれるその眼光はエルザを真っ直ぐと見据えている。
「さあ、そんなの忘れたわ『魔王』さん?」
「ふん、愉しみたいものだ『機巧の魔女』いや、今は『藍染の魔女』か?」
「どちらでも、あなたがお好きなようにっ」
エルザは矢を八本同時に放つ。そのどれもが男の心臓を目掛けて飛び立ったが、男のほうはつまらなさそうに欠伸をして、羽織っている黒い外套から更に黒く、昏い色をしていた。
「…つまらんな」
そう言って、杖を一振りすると先ほどと同じように矢が消え去る。だが、エルザの攻撃はそれで終わらず、続けざまに多色の矢を放つ。それに対抗するように、男は漆黒の斬戟を作り出しそれを打ち落とす。それを数秒の間に数十回もの数繰り返す。
楓や七海達にはその戦いがあまりにもハイレベルで目では追いつくことができなかった。
梓はかろうじて追いつくことができたが、だからと言って割り込むなんて事はできるはずが無い。あの二人の魔法の発動速度は梓のそれとは一線を画すほど速かった。何か特殊な発動方法なのだろうが、それを真似できるほどのは技量は持ち合わせていない。
食い入るように見つめていると、明日香が泣きそうな声で助けを呼んでいるのが、聞こえた。
数十メートルも先にいる者の声がこの喧騒の中聞こえるのか、それは最早梓クオリティとしか呼べないものだった。
一瞬で明日香の元までたどり着くと、巨狼を打ち倒し壱月と向かい合っている姿があった。明日香の横にまで動くと、
「なんだか、向こうが騒々しいですね…マスターは大丈夫でしょうか……」
明日香たちのことなど気にも留めずに、まるで乙女のような熱っぽい視線を送っている壱月に二人はため息をついてしまう。
「よそ見なんかしてていいの?」
明日香は壱月に進言してやりながらも同時のタイミングで踏み込み、鳳焔の灼熱の斬戟を繰り出す。剣での範囲よりも長い火炎の斬戟で壱月を一閃する。
「…余所見、しない……」
褐色の風が炎を切り裂く。壱月は軽い調子で炎を切り裂いた褐色の肌と栗色の髪した少女にまるで友達のように話しかける。
「余所見はしてませんよ?余所見は、ね。それより、妹達はがんばってますか?アリナ」
「それなりに、やってくれてる。今は、仕事中……」
了解です、と壱月は一言返すとアリナは来たときの様に風のように去っていく。
常に警戒していた明日香に壱月を、嘲るように笑う。
「ずっと警戒してて、気を張り詰めすぎなんじゃないですか?」
「うっさい、敵の目の前でリラックスしろっていうの?」
明日香がもっともなことを言うと、梓もそれに同調してうんうんと頷くが、
「お姉ちゃんは何もしてないんだから黙ってて」
にべも無くそう言われて、大人しく黙った。
再び張り詰めた空気に戻ったと思った時、またしても空気を壊すような存在が魔物の群れを統率して、現れる。
「ど、どいて下さい~っ!!」
魔物の波でサーフィンをするが如く、先頭で魔物の動きを操っている。道を埋め尽くす魔物の群れを避けろという中々に挑戦的なものだったが、避けなければもちろんこちらの身が持たないだろう。
しかも対空態勢も完備なのか、上空には飛行できるタイプの魔物がうようよといた。
「どけって言われても退きようがないんだけど…?」
「じゃあ何体か狩っちゃって構わないです~!」
引き連れている人間の言葉とは思えなかったが、明日香たちは言葉通り空中の魔物を一閃の元に斬り捨て、空けた隙間から屋根の上に避難する。
そこから見る魔物の群れは、圧巻の一言だった。まるで異世界に存在するという同人誌即売会なるもののようにも見えた。
「す、すみませんでした~!」
その声は波と共に遠ざかって行き、数秒もすれば姿も見えなくなった。
何だったのかと考えてみる前に、周りを見まわすと。
「壱月がいない…?」
壱月の姿が何処にもなかった。鞘に鳳焔を戻すと、辺りを見回す。
「あ、お姉ちゃんもいない……まあ、いっか。まずは、壱月を探さないと」




