もう一度の命
「────エルザ、どう?」
明日香は高炉を眺めながら、話しかける。ごうごうと紅く燃え上がる高炉の中では二つのものが合わさり融けあい交わっている。
「もう少し、待ってて」
「一人ずつ、また戻ってきてくれる……」
明日香は祈るように、言葉を紡ぐ。その姿は敬虔な宗教徒のようにもみえ、こんな場所でなければ違う見方もされるだろう。
「明日香、ごめんね…二人を、救ってあげられなくて」
梓がポツリとそう呟く。確かに、間接的にだがあの状況に陥ってしまったのは、梓のせいだとも言えるが、それを責める事など明日香にはできない。
「お姉ちゃんのせいじゃないよ。だから、自分を責めないで」
「でも────」
「でも、じゃないの」
優しく諭すような、そんな言い方で言葉をとめられる。本来は梓のほうが年上のはずなのに、やはり明日香のほうが年上に感じてしまう。
そんな少し歪さを感じる姉妹をエルザは眺めながら、揺らめく炎を見つめている。それに、自らの感情が映りこんでいるような気がした。
「はぁ……めんどくさい…」
なぜか、自然とため息が漏れてしまう。明日香だけなら問題ないのだが、なぜか梓が一緒になると気分が重くなる。
その絡み合いが苦手なのか、梓が苦手なのか、それともその両方が苦手なのか。それはまだ自分の理解できるところではないが、やはり、苦手なものは苦手だった。
「エルザ~!!」
いきなり明日香が飛びついてくる。何事かと思い、小さく梓の方向を向くと────
「い、いいじゃない…ちょっと位…ね?お姉ちゃん何も悪いことしないから…」
見た目も言葉も完全に変質者のそれとなっていた梓がいた。
「……高炉の中に叩き込んでやろうかな…?」
思わず本音が口からこぼれる。そんな言葉に、明日香が「それは止めてあげて…?」と真面目な表情で頼み込まれたので、高炉に投げ込むのはやめておく事にした。
「それに、今入れたられいちゃんと混ざっちゃうよ」
明日香のおそらく心配ではない本当の理由を聞いて、くすっと笑ってしまう。
今の明日香にとっては、梓よりも二振りの剣のほうが大切らしい。梓の変質者さながらの動きを華麗に躱して容赦のない腹パンを叩き込む。
小柄な体から放たれる一撃とは思えないような鈍い音を立てて、梓を床に沈める。
「それじゃ、ちょっと別の部屋においてくるね」
「あ、うん…いってらっしゃい……?」
エルザは疑問符を浮かべながら、梓を運ぶ明日香に言葉を返す。
「なんだったの……?」
考えてみれば明日香は楓達に蘇生報告をしていなかったことを思い出し、楓達が待っているという部屋に行くことにした。
蘇生報告、というのもおかしな話だが、実際そうなのだからこれ以上に当てはまる言葉もない。
「ふったりともー生き返りましたよーっと」
随分と軽い言い方だが、そこにはまったく軽い内容など入っていない。その言葉に耳を疑っている二人が明日香の方を刹那とも言えるほど短い時間で振り向く。
「ちょっっっっと待て!生き返ったって本当なのか!?」
「あ、うん。ほんとだよエルザに生き返らせてもらったから」
明日香は軽く言ってのけるが、それは人類がどれだけ願っても叶うことのない不可逆なのだ。驚かれても無理はない、というより驚かれるほうが普通だ。
「で、どんな感じだった?生き返ったっていう感覚は?死んでるときは?」
なぜかテンションが上がっている花陽は明日香に矢継ぎ早に質問を投げつける。
明日香はなんとなくこういう事になりそうだったと予測していたのか、さらさらと花陽の質問に答えていく。
「えっとね…生き返った、っていうか目が覚めたって感じだったかな。で、死んでるっていうのもそういう実感はなかったよ。夢を見ずに寝てるときみたいに何も思い出せないし、ふっと頭の中に真っ黒いイメージが浮かぶような、そんな感じだったかな」
「そうなんだ…ありがと。参考になった」
花陽は高速でペンを取り出して、ノートに書くと満足したように離れていった。楓は花陽の後に近づいてきて、明日香の目の前にずい、と立つと。
ぱん、と平手打ちを受ける。
「あぇ…?」
突然のことで何をされたかわからずに妙な声をあげてしまう。じんじんと後を引く痛みが頬に残る中、楓の叱責を受ける。
「何をやっているんだ!!命は誰でも等しくひとつなんだぞ!?」
「でも、あのままだと────」
「でもではない!!」
明日香が言った言葉がそのまま返される。明日香は反射的に体を震わせ、強張らせる。
だが、次に来たものは平手打ちではなく、優しい抱擁だった。
「ふぇ…あ…?」
「………馬鹿もの。命を賭してまで守りたいものがある事には何もいわない。だが、本当に命を賭けて、守りきって、命を落としたとき───守られた者は本当の意味でありがたいと思うか考えたことがあるか?」
「本当の意味……?」
楓の言葉の意味を、抱きしめられながら考える。本当の意味でのありがたさを、しばらく考えて不安げに口にする。
「守ってもらっても、死んじゃったら、いや……」
その言葉は、自らの行動の果てにあった答えだ。仮に、自分ではない誰かがあの状況に陥り、自分が梓の側に立ったとしたら…?そう考えての回答だった。
「そうだ。守ってもらっても、守ってくれた人が命を失ってしまっては、その人にとって守られた命の価値が揺らいでしまう。究極的には、守り守られる命、なんてものは両者が生きていることが前提なんだ」
楓に言われて、明日香はその頭で考えた事が間違ってはいなかったと思い、少しだけほっとする。
「でも…ほんとに、死んじゃったらどうしたらいいの…?」
明日香は、つい気になって聞いてみた。
すると、楓は弾けたような笑顔でこういった。
「そんな時は無い、そう考えるのが一番いい」
なんとも前向きな答えだったが、楓らしいと思ってしまいくすっと笑いをこぼす。梓も目を覚ましたようで「明日香…」とキョンシーのような動きで明日香を探していた。
もう一度あの状態に腹パンを打ち込んだらどうなるのか少し気になったが、さすがに追い打ちをかけるような真似はさすがにかわいそうだと思ったのか、明日香は思うだけに留まった。
復活して、瞳に意思の光が戻り、先ほどのリプレイのごとく明日香を襲おうとした瞬間。
『きんきゅーけいほーですよー』
随分と気の抜けた緊急だな、なんて思っているとこの城のような建物に結界が張られていくのが感じられる。
気は抜けていても必要なことは抜かりなくやるあたり、エルザだと思っていると。
『明日香ちゃんはこっち、っていうかさっきの工房まできてー』
エルザに変わらない気の抜けた声でそう言われた。おそらくは緋焔たちの事だろうと、三人に軽く手を振って工房へと走り出す。
先ほどまでは、何の変哲もないただの廊下だったが、今は魔法がかけられ廊下でさえも強固になっているようだった。
「早く行ったほうがよさそうっぽいね…」
走り出したその時、大きく大地が揺れる。不意のことに、思わずバランスを崩しそうになるが、うまく体勢を立て直し、全力で走る。
あの揺れは普通のものではないはずだ。外で何が起きているのかは、ここからではわからない分余計に急き立てられた。
「エル、ザ…っ!?」
部屋に入った瞬間、吐き気を催すほどの頭痛に襲われた。あまりの痛みに思わず、膝をつく。明日香がきたことに気づいたのか、エルザが駆け寄ってくる。
明日香とは対照的でエルザは軽い足取りで近づいてきた。そして、なぜこんな風になっているのかを説明してくれた。
「ああ…いきなり入っちゃうから…さっきの放送聞こえたでしょ?だから、急ぎで仕上げようとしてこの部屋だけ時間を早めているのよ」
「早めてる…って、そんなに簡単にできるの?」
「全然。魔力もかなり消費するし、いろんな物がすぐに古くなるし、あんまり良いものはないよ?」
エルザはため息をつきながらそう言った後に、
「────でも、こういう時には、役立つ」
そう言って、二本の剣を明日香に手渡す。それは、この異世界を冒険するようになりはじめてから、ずっとそのともにあった。
「れいちゃん…えーちゃん……」
「パワーアップまでやっておいたから、呼んであげて二人を」
明日香はエルザから強化された二人の新たな銘前を聞く。その銘を明日香はもう二度と呼ばないことがないように、祈り唱える。
「おかえり…!『解除鳳焔、極零』!」
二つの剣は光を放つと、徐々に人の姿を取り始める。
そして、初めて二人とであったときと同じ、薄手の和服を着た紅と蒼の髪の少女が静かに両の瞳を開く。
「……ただいま、お嬢様」
極零の瞳から大粒の雫が零れ落ちる。鳳焔も同じ気持ちなのだろう、涙こそ見せなくとも少しだけ肩が震えていた。
「二人とも、早速だけど力を貸してもらっていい?」
明日香が二人に頼むと、間髪いれずにはい!という返事が返ってきた。
二人を剣に戻すと、工房の扉を勢いよく開け放すと外へと駆け出していった。エルザは駆け出した明日香の後ろ姿を見つめながら。
「ほんと、みーちゃんそっくり」
外に出てみると、景色は全く違うものに変わっていた。
明日香自身はこの前の景色を見ていなかったが、明らかに何かの襲撃に合ったことは間違いない。
「どういう事…なの?」
それに、悲鳴がところどころで上がり、その周辺では魔物の鳴き声が上がっている。
とにかく、そちらの方角へと神速の速さで走り抜ける。
「いやあああ!!!?」
女性の悲鳴が聞こえ、そこにまるで競輪選手のような動きで直行する。
一瞬、魔物の姿が見えた。巨大な鷲のような姿だったが、今の明日香の前では敵ではない。崩れかけの建物を足場に三角飛び。
そして、相手の頭上にまで一瞬で飛び上がる。明日香は相手の真上で鳳焔を抜くと、その刀身が緋色に輝いている事がわかった。
「切り裂け…っ!『閃風』!」
剣閃が閃くと、劫火が奔り鷲型の魔物を灼きつくす。その今までとは段違いに跳ね上がった性能に明日香だけではなく、鳳焔となった緋焔自身も驚いていた。
「す、すごいね…これが、えーちゃんの新しい力なの……?」
『み、みたいです…』
こんな力が強化された闢零にもあると考えると、明日香は内心うきうきだった。
明日香はスーパーヒーロー気分で、街中を駆け巡る。
「どんどん来なさい!私はここにいるわよっ!!」
「明日香ぁ~~~~~っっっっっ!!!!!」
町と襲われている人間なんて眼中にないかの様に梓が、明日香を探しに町中を駆け回る。
そのついでに、襲ってくる魔物たちを殲滅していく。やられる側として考えると堪ったものではないが、梓という少女はそういうものなのだ。
その暴走列車さながらの動きについて行っている楓達はやはりというか想像通りというか、走り抜ける人々全員に、苦笑している少女二人と暴走している少女、という記憶を植え付けた。
「ふふ……見つけましたよ…」
梓たちが屋根の上など目もくれず爆走している時、不適に笑っている女性の姿が見えた。
その姿は、過去にも見たことのある姿────壱月優、真の名を十都香壱月だった。
「死んでしまったあの娘達の仇討ち…というわけではありませんが、任務の内ですので死んでもらいます。今回はマスターだっているのですから」




