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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-6 思いの果てに
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意思と命

 廊下を一人で歩くエルザの頭の中では色々な事が浮かんでは消えていた。

 それは、明日香たちのことであったり、昔の仲間『極光の歌姫シンセサイズローレライ』の事だったりと、纏まりがないが、最終的に思考の行き着いた先は。

 「意思のある武器…ね」

 自らが作り出した意思の持つ武器、それはもちろん他の武器とは違い意思を持っている。ということは、考えを伝えることができ、それは感情を持つということにつながる。

 元々は、そう作るはずではなかった。それは、よくある偶然の産物というものだった。それが、想像以上の力とそして、意思を持っていた。

 「ほんと…作るつもりじゃなかったのに」

 エルザはため息をつきながら、もう開けるはずはないと思っていた扉を開いた。中からは油の匂いが漂ってくる。いわば鍛冶場だった。

 明日香から渡された剣の欠片を金床に置く。そして、使われなくなって久しい素材置き場から最高品質のものを選び出す。

 「めんどくさいけど、明日香ちゃんのためだもの」

 金床に鉱石を乱雑に置いたあと、白く輝くハンマーを持ってくる。

 次に高炉に火をつけて、その中に入れ、あとから緋焔の欠片を入れて火力をあげる。すると、欠片を飲み込むように溶けた鉱石が剣の欠片を取り込む。

 「聖白鋼オリハルコンをベースにして作ったほうが硬度も魔法への親和性も上がるしいいよね」

 風の魔法をふいご代わりにして、二つをあわせていく。

 「あの娘達は、私が初めて作った武器だから」

 エルザの独り言が高炉の音にかき消されていく。それは、言葉をかき消す代わりに、過去のことを思い出させる。

 (いつだったか、言ってたな────)


 ───人を生き返らせることができるのは、神様か化け物だけ───


 人が干渉できない領域、それは生死の領域だと翠が言っていた。

 だが、エルザは生死、という部分には反論した。

 死、というものは人によって左右できる。それは、エルザ自身が証明したものでもあった。自らの作り出した意思のある武器『インテリジェンスウェポン』が証明してしまった、といったほうが正しい。

 初めて作り出したインテリジェンスウェポンの名前は、今でも覚えていた。

 「天砲ミストルティン…ミスト、だったわね」

 自らがつけた愛称、だがそれは一度でも他人の手に渡ってしまえばその名前で呼ばれることはない。

 武器を使うものに、武器の愛称などは必要ない。ただ、相手を殲滅し、蹂躙できれば武器としての意味を持つからだ。

 元々は自らが作った物の声が、聞こえるといった能力だったのだが、いつしか他の人間にも聞こえるようになったのだ。武器の声はとても正確で、戦況を理解し使い手がいかに自分を使えば最大の効力が得られるか、それが武器には直感的に理解できた。その時のエルザは、今のような気だるさを正面に出しながら行動するような人間ではなかった。

 それが知れてから、エルザは一躍有名人となり『魔道鍛冶師ブラックスミス』の名前を与えられ、元いた世界で軍部の製作部でかなり上の部分にまで上り詰めることができた。しかし、それも長くは続かなかった。

 武器から自分になら遠方からの会話も可能らしく、時々作った武器と会話をしていたがとある夜、その中で。

 『マスターいいですか…?』

 「どうしたの?」

 あの時、話しかけてきたのはミストだった。その声は迷いと苦悩に満ちていて、

 『私たちはマスターの国を守るために作られたんですよね?』

 「そうだよ、その為に作ったんだから」

 自信を持ってエルザは言ったが、ミストの苦悩が晴れるようなことはなく、逆にそれを深めた様にも思えた。

 『じゃあ、私たちは何で───他国を倒すために使われているんですか?』

 初めて聞いた。軍部からは国防に当たらせていると聞いたのに、だ。そもそも、エルザの武器を使わせる条件は、国防のためのみとしていたのだ。

 初めはそうだったはずなのに、いつ、そして何故…いや、何故の理由など見当がつく。

 「なんで…!?私宛の報告にはそんな事書かれていないのに…!」

 『マスターにばれないようにするためでしょう。反対していたのはマスターだけですから』

 それで、ミストが続けて話す。

 『お願いです、マスター私を、私たちを壊してください』

 「え…!?」

 そう言われて、絶句する。自らの作った武器を自らで壊せというのか。

 『もう、嫌なんです……!私が使われるたびに、たくさんの人が傷つく。守るためじゃなくて、壊すために使われて、痛い、死にたくない、嫌だ、って言う声が頭から離れないんです』

 ミストの声は、涙に濡れていた。たとえ、銃であろうと意思があれば、悲しみも怒りも、そして無力感だって抱く。

 「でも…」

 『もう、聞きたくないんです…それに、もうマスターの望みと私たちのいる意味が違ってきているから』

 確かに、聞いている限りエルザの望む、国防の為という目的からはすでに逸脱している。それに、武器の望みをかなえるのも職人としての役目のひとつだ。

 「……本当に、いいの?」

 『お願いします。これ以上、血を見たくないんです……おかしいですよね、武器なのに』

 あの時のミストの自嘲的な笑いは今でも覚えている。

 そして、エルザは決めた。

 「わかった。すぐ、壊してあげる」

 武器の望みが一番だ。あの時のエルザはそう考え、杖をとった。

 「みんな、ごめんね『強制破砕リジェクト』」

 魔力の光とともに、自らの作った武器がすべて壊れるのを感じ取る。先ほどの魔法は、武器を強奪され、使用されかねない状況のときに使う魔法だったが、まさかこんな形で使うとは思いもよらなかった。


 翌朝、エルザの武器がすべて破壊されているのが軍に伝わり、理由を問いただされた。

 だが、その質問に答えることなくエルザは表舞台から姿を消した。そして、最も働かない傭兵としてその名前を聞くまでは、誰も居場所を知らないくらいに。

 「私は、何のために作っていたのか…ってその時位から考えたかな…?」

 頭の中の思考と独り言を同一化させながら、炉の中の剣を見ていると扉が開き、こつこつと固い床を叩くローファーの音が聞こえる。

 「見ても、いいかな」

 明日香が横から話しかけてくる。エルザは、こくりと肯定する。

 ちょこんと横に座ると、人形のような可愛らしい容姿がより鮮明に見ることができる。その小さな口を開き、聞いてくる。

 「昔の、私のお母さんと一緒にいたときの話、聞けるかな?」

 「いいよ、どうせ…見つかっちゃったしね。何でも聞いていいよ、って言う前に私の話を聞いてもらっていい?」

 エルザの質問に明日香はうん、と頷く。

 「それじゃ、まず質問。神様以外に人、というか全ての生物を生き返らせることができる者がいたとしたら、それはなんて呼べばいいと思う?」

 「そうだね…天使、か賢者……かな?」

 迷いながら選んだ言葉に、エルザはなるほどといった表情で、言葉を返す。

 「そんな呼び方だったら、私たちももう少しは歓迎されたのかもね……」

 「…?じゃあ、なんて呼ばれてたの?」

 明日香が不思議に思い、聞いてみる。そして、興味本位で聞いたことに、すぐに後悔した。


 「化け物、よ」


 「ど、どうして…?だって、人を生き返らせれるんだよ!?」

 明日香が納得のいく説明を求める。確かに理不尽だとは思うだろう。

 だが、それには理に適ってしまう説明があった。

 「人間は、自分たちと違うものを区別や、差別したがるの。私たちはもちろん普通に当てはまるわけがないでしょ?」

 確かにその通りだ、だから虐め等が生まれる。

 だからといって、「化け物」という呼称はいくらなんでも問題だと思った。

 だが、心のどこかでは、それを妥当と思う自分もいる。確かに、エルザは自分たちと比べても比較できるかわからない位に強い。

 だからこそ、その強さが「化け物」という呼び方にしたのかもしれない。

 「それでも、ひどいよ……」

 「ひどくたって、そういうものなのよ。人間っていうのはね」

 その言いようは、まるで達観しているようなそんな言い方だった。自分はまるで、人間ではないような、そんな言い方をした。

 「いいの?エルザは人間として見られなくても、化け物として見られていても」

 明日香の必死さのこもった質問に、エルザはいつものけだるさが混じった声で答える。

 「いいの、それに神様って言われるより、化け物っていわれたほうが気が楽だしね」

 「どう、いう事?」

 エルザの言葉が理解できなかった明日香はその理由を聞く。

 「神様ってどういうものか、わかる?」

 「え…?えっと、ほかの人たちの願いをかなえる存在…?」

 「正確には、他人の願いを無償で叶え、そして生死を操れる存在ってところね」

 それは、ほとんどエルザにに当てはまっていた。神、その条件に当てはまってしまうエルザだからこそ言える台詞だろう。

 「そして、絶対に人間の前には現れない存在」

 その一言は、エルザが言いたいことを凝縮したような重みを持っていた。いや、実際に一言にまとめたのかもしれない。

 「そんな存在が目の前にいたら、どうする?」

 「多分、願いを………あっ」

 自分で言って、答えに気づいた。

 神が目の前にいれば、願いを叶えてもらおうとするだろう。人というのは神が目の前にいないから、存在しないものだと心の奥底で気づいているから、謙虚で、そして理性的でいられるのだ。

 そして、一度でもその願いが叶えば、あとは理性を失った獣と何一つ変わらない。願いを叶えて貰おうと、人間は醜くなる。

 「でも、神じゃなくてそれが化け物なら話は変わってくるでしょ?」

 エルザがそういう。確かに、神ではなく化け物なら願いをかなえる必要もなければ、望みどおりに願いを叶えてやる必要もない。

 「だから、化け物なの?」

 「それだけじゃないけど…単純に神様って呼ばれるのが嫌だっただけよ、皆ね」

 「皆って、私のお母さんも?」

 明日香の疑問にエルザは炉の中の火を調整しながら答える。まだまだ、鉱石と緋焔は交わることなく溶けている。

 「そうだね、一番嫌ってたのが翠だったかな」

 そうなんだ…と驚いている明日香をかわいく思いながら、続けて口を開く。

 「だから、私たちのギルドはどうしてもの時でも極力殺さないし、人を生かせる道を選ぶ、って決まりがあったの。私たちは、神なんかじゃない、人間だって思い込むためにね」

 「人間だよ、皆。私も、エルザも、お母さんだって」

 明日香の言葉は、エルザの心に染み渡る。その言葉は、聞きたくても聞くことのできなかった言葉だった。

 「ううん、私たちは化け物でいいよ。もう、慣れちゃったしね」

 その言ったとき、エルザの頭にぺちりとチョップが振り下ろされた。そんな事をされて、何事かと振り向くと、大粒の雫をぽろぽろと落とす明日香の姿があった。

 「そんな事、言わないでよ…!慣れちゃったなんて、言わないでよ…!」

 「で、でもね────」

 「でもじゃない!そんな事言わない!」

 明日香が泣きながら、エルザに言い返す。どうしたものか、と困っていると扉が勢いよく開き、梓が飛び込んでくる。

 「明日香!大丈夫!?」

 「……なんだか、ぐだってきたなぁ………」

 エルザは明日香に大丈夫?本当に?としつこく質問している梓を見ながら苦笑した。

 だが、そんな様子を見て安心している自分もいた。人間と言ってくれた少女は、どこに向かうのか、そしてその少女を、少しでも守ってやろうとそう思えた。

 それは、翠の娘としてではなく、一人の少女の友として。勝手な思い込みかもしれないがそれでも、構わない。力になると、そう決めたから。

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