表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-6 思いの果てに
64/77

運命を変えて

 エルザとアリスは、廊下を歩き続けると奥にひとつの部屋を見つける。

 そこには、祭壇がぽつんと一つおいてあるだけだった。

 「そこに置いてくれる?」

 エルザに従って、明日香の体を上にそっと乗せる。エルザは、黒い杖を取り出す。その姿、歴戦の魔法使いのものだった。

 祭壇に魔力が集まっていく。魔法の詠唱は一切存在しない、最早それが魔法なのかもわからないが、アリスにはなんとなく特別な、何かを極めて全てを捨てた人間のみが使えるような、そんな魔法のような気がした。

 「ほんとに、ますたーは生き返るの?」

 「大丈夫よ。私を信じて」

 マルモの口から、詩のように言葉が流れる。その言葉は一つ一つが意味を持ち、明日香を生き返らせるように働きかける。

 詩は終わることなく続き、その長さは数十分にも及んだ。それは、蘇生魔法ならばそういうものと考えるべきなのか、それとも人、一人を蘇生させるために使う時間がたったのそれだけで良いのか、と考えるべきなのか。

 アリスはそんな小難しいことを考えるよりも、目の前の明日香が、自らのマスターが蘇ることを心待ちにした。


 「っ!?」

 ベッドから、梓が飛び起きる。自分が寝かされていた場所を見て、その後に楓、陽菜の姿を見つける。

 だが、肝心の二人がいない。

 「…アリスと、あいつは?」

 「どこかに行ってしまった。私たちには待ってるように、と」

 なぜ追いかけなかった?という視線を飛ばすと、楓はだからなんだ、といわんばかりの態度で答える。

 「私たちには、あの少女について行けるほどの実力が無い」

 「だから何?それが言い訳になると思ってるの?」

 陽菜はため息をつきながら、その様子を見守っている。言い争いなんて、放置していれば勝手に収まる。それが、関係の近いものならば、尚更だ。

 しばらくの間、言い争っていると梓はベッドから飛び降り、部屋の扉に手をかける。

 「もういいわ、あんた達と言い争っている暇は無いの私は明日香を───」

 自分まで数に入れられる随分な言われようだった。そう言って、扉を開こうとしたが開ける直前で、その手を止める。

 それは、もちろん気が変わったなどではなく。

 「魔法障壁…しかも、ご丁寧に八重張りまでしてる…やってくれるじゃない」

 にやりと口を歪めると、魔法を詠唱する。流石に、被害がこちらにまで来る魔法は、自らにも危険が及ぶため使わないはずだが、と考えながらその様子をハラハラしながら見ていた。

 「別に、わざわざ結界を解いて出る必要なんて無いのよ『次元歪曲ディメンジョンゲート』」

 魔法を使うと、梓の目の前の空間が歪む。そして、その先には扉の向こうが見えていた。

 梓は一人で行ってしまう。二人だけになってしまった部屋で陽菜は楓に問いかける。

 「本当に、止めなくても良かったの?」

 「止めて聞くようなやつなら、あんなに必死にならないだろう?」

 その言葉は、正論で何も言い返せなかった。

 その後は特に何か話すわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていった。梓はあの少女の下へたどり着いたのか、それだけは唯一気になった。


 そんな時、エルザは未だに魔法を使っていた。表情は余裕そうに見えるが、それでも長時間の詠唱には辛いものがあるだろう。

 魔力の光が明滅を幾度と無く繰り返し、その光が明日香の身体を包んでいる。しばらくアリスは何も言わずじっとその様子を見つめていると、急に詠唱を中断して、こちらを向く。

 「アリス、あなたが守っている魂、渡してもらって良いかしら?」

 アリスは頷いて、自分の内側に力を込める。すると、内側から光となった魂がアリスの身体から、離れていく。

 それは、エルザに導かれ明日香の、自らの身体へと戻ってゆく。それは、本来ならば自然の摂理に、そして万物の摂理に反している。

 だが、世界を救えるほどの実力を持った実力者はそれすらも覆す。

 光が入り込み、数秒の間、時間が止まったようなそんな感覚に襲われた。アリスはただ祈り、それが通じてくれるのを待つ。

 「────けほっ、けほっ……ここ、どこ…?」

 小さな咳が、静寂を破る。

 それは、待ち望んでいた声だった。

 その声を聞くために、その顔がもう一度笑うところが見たくて、ここまでやってきた。


 「あ…おはよ、ありす」


 「ますたぁ……よかった…っ!!」

 アリスは自らが武器であることなど忘れて、泣きじゃくった。それでも、今日くらいは泣いていいと、そう思った。

 「ま、いいか…私は、もう寝よっかな?することしたし」

 エルザは、明日香がアリスの頭を撫でているところを眺めながら、ほっと一息つき部屋をそっと出て行こうとした。

 だが、その前に一つ部屋の外に出ていて、かつ聞き耳を立てているどこかの姉を脅かしてやらないとならない。

 「ん…どこか、行くの?」

 明日香がエルザに聞く。その表情はどこか不安そうだった。目の前にアリスがいても、やはり一番大切な人がいないと不安になってしまうのだろう。

 「ちょっと貴女のおねえちゃんを脅かそうと思ってね♪」

 その顔には悪戯っ娘の笑みが浮かんでいた。明日香もそれにあやかりくすっと笑う。それは、先ほどまで息絶えていたとは、思えないほどの明るい笑みだった。

 「わかった。私も、協力するよ♪もちろん、アリスもね~」

 よしよし、と撫でられているアリスは嬉しそうな表情で膝枕をされている。

 「それじゃ、始めよっか」

 そうだね、と明日香は笑う。確かに、ここまで愛らしいと確かに守りたくなる気持ちも分かってしまうような気もした。

 「防音つけてるから聞き耳しても聞こえないわよ?」

 エルザの声に、梓が飛び退いて距離をとる。流石に、あんな事の後だ、警戒しないわけにもいかない。

 それに、楓や陽菜に見張っていろと言っていたのだ。既に、何かしらの対応を取られていても不思議ではない。

 「明日香を…どこにやったの!?」

 梓が今にも激昂しそうな勢いで詰め寄ってくる。エルザは、当たり前のことをしたというような表情で梓に言う。

 「ん?別に、あの娘の身体をきちんと天に還してあげるだけよ?」

 その言葉に、梓は怒れる獣のごとく、その牙を剝く。

 「やっぱり…あなたは許さない!!」

 レイラを呼び出し、魔法弾をすかさず打ち込む。だが、そんなものはエルザにとってはただの遊びも同然だ。

 狭い通路の中とは思えないような綺麗な躱しかたで魔法弾を躱す。すると、後ろにあった扉が『不運にも』壊れてしまう。

 その中は、先ほどいた祭壇の部屋で、そこには初めてエルザが明日香を見たときのように布にくるまれた姿の明日香がいた。

 「明日香っ!!」

 もちろん、明日香が生き返っていることを梓は知らない。

 エルザは梓の動きを止めるように魔法を撃つ。それに、歯噛みしているとエルザが。

 「別れの挨拶くらいはしても良いよ?」

 そんな事を悪魔のような笑みで言う。

 「どういう────」

 理由を問いただそうとした時にはもう遅かった。

 「こういう事♪」

 明日香の身体が燃え上がり、次の瞬間には骨すらも残っていなかった。


 「────え?」

 あまりの出来事に、梓は言葉を失う。目の前が黒く染まっていく。

 梓は思わず、駆け出してしまっていた。エルザの横を通り過ぎても、何もしてこなかった。

 それは、自らの役目が終わったからなのか、そんなのは今の梓にはどうでもいいことだった。明日香は、どうなってしまったのか。

 それだけが今の自分にとって一番大切なことだ。

 「明日香…あす、か…どこ?どこなの?」

 それは、親のいない子供のようにも見えた。エルザは内心で少しやりすぎたかな?とは思いながらも、明日香を待っていると、後ろから小さく叩いてウインクしている明日香がいた。

 「ねぇ…あすかぁ…お願い、だから……もう、えっちな事もお願いしないから…」

 「ほんとに?お姉ちゃん」

 聞きなれた、それでいて待ち焦がれた声。振り向こうにも、なぜか振り向けない。それが、緊張からなのか、それとも罪悪感からなのかは分からない。

 迷っていると、ふわりと体重がかかる。決して大きいとはいえない慎ましやかな胸の奥には確かに、鼓動が響いていた。

 「おはよう、それと…ごめんね、お姉ちゃん」

 「明日香……おかえりっ!」

 その声は、喜びに満ちていた。


 「えっ!?お姉ちゃん気付いてたの!?」

 「そーだよ。聞こえてたもん」

 「聞こえてたっていうか、まあ…聞いた」

 「結界張ってあったんでしょ?」

 明日香の疑問は最もだが、そんな事よりも気になる事があった。

 「…それより、分かっててあの演技したの?」

 そうだよ?と梓は軽く言ってのけた。それにしては、迫真の演技だったが、よくよく考えてみれば死んでいる人間に対してかける言葉ではなかった、と思った。

 エルザはどうやら気づいていたようで、知っていた上でその芝居に付き合っていたようだった。

 一人置いて行かれたような、そんな扱いを受けていた明日香は頬を膨らませて二人に抗議していたりしている。

 その様子だけ見れば微笑ましいが、三人のうち二人が殺し合い、もう一人は死人だったなど誰も考えないだろう。

 「いいの?そんな簡単に私を信用して」

 エルザが、呆れた表情で梓に話しかける。一方、梓は明日香を抱きしめ頬ずりしている。アリスをそっちのけにしているからか、むっとした表情で二人の姿を見つめていた。

 「明日香を生き返らせてくれたから。それで、十分」

 その言葉に嘘偽りは一切なかった。それが、今までの梓の全てだったからだ。

 だからこそ、生き返らせてくれたエルザには、もう敵意は持っていない。それどころか感謝の念を抱いている。

 「軽いって言われない?」

 エルザが梓に聞く。

 「そんな事無い…はずよ?────明日香以外は」

 最後の言葉までドヤ顔で言われてしまっては世話がない。エルザは苦笑を返して話を切った。

 「ますたー、ちょっといい?」

 アリスに話しかけられ、振り向くとアリスの手に、何か小さな物が握られていた。

 それは、明日香も見覚えのあるもので、

 「それ…ひーちゃんと、れいちゃんの…」

 「そう、欠片。最後までますたーを守ってくれてた」

 アリスからそれを受け取ると、ギュッと握りしめ祈る。

 「ありがとね…二人とも」

 「ん?どうかした明日香ちゃん?」

 エルザが明日香を気にして、声をかける。

 事情を話すと、エルザは。

 「それなら、直せるよ?あの修行場においてた武器って基本私が作ったものだし」

 「そ、そうなの!?」

 「うん。一時は魔道鍛冶職人ブラックスミスもやってたし」

 ふーん、と梓は無関心そうに呟きながらも気になっているようだった。エルザは気付きながらもスルーして、明日香との話を続ける。

 「だから、直すついでに強化もできるけど…やっとく?」

 「強化って、記憶がなくなったりとかはしない?」

 不安そうな明日香の声に、エルザは大丈夫とぽんと肩をたたく。

 明日香が、上目遣いで聞いてくるのは、正直反則級に可愛かった。その威力はエルザにとっても例外ではなく、その可愛らしさにやられているようだった。

 「任せて、私がすごいのはわかってるでしょ?」

 それは、わかっているつもりだ、と内心思いこくりと頷く。

 「だから安心して」

 エルザの言葉を信じて、明日香は二人の欠片を手渡す。

 「お願い…しますっ!」

 「任せなさい♪」

 すれ違い際に「こんなに働くの久しぶり……」と、不安な一言を言い残して廊下を歩いていった。

 「お姉ちゃん、今からどうしよっか?」

 梓は、どうしようかなどと考える間もなく、明日香に飛びつく。

 今まで、身体が動かなかったからか、それに対応できなくなっていた。

 「今まで取れなかった明日香分の補給~!!」

 廊下のど真ん中で倒れこむ二人に、アリスが小さくつぶやく。

 「…これが、羞恥プレイ?」

 「ま、そうかもね」

 そうかもねじゃない!と怒る明日香を、梓は楽しそうに眺めている。

 先ほど言ったとおりの今までの分を取り返しているのかもしれないと、そう思うと離そうにも、離すことができなかった。

 それを作った原因としては離す事ができなかったし、何よりも自分も離れたくなかったから。

 (少しくらいだったら…いいよね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ