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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-6 思いの果てに
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銀の髪の魔法使い

 「何で…ダメなのよ!?」

 思わず、そう叫んでいた。今の自分たちにもできないような事、それをなぜできないのか、と激昂する。

 そもそも、普通ならばできるなんていわれることは無いのだ───死者の復活など。

 梓の態度を気にもせず、少女は軽い調子で言ってのける。

 「んっとね、まずはその娘の器になる身体が無い事」

 「その器は私が持ってるわ」

 空間を歪ませると、まるで宝石のように大切に布に包まれた、明日香のもう起きる事の無い身体があった。

 それを見て、少女は。

 「余計に、ダメ。それだけ、大切にできるなら」

 なぜ、なぜ駄目なのか。梓は必死で食い下がる。アリスが、明日香の武器がそう言ったのだ。出来ないはずが無い、そんな妄執が梓の頭を支配していた。その執着は、見ているものでさえ狂気を感じさせた。

 「どうして…?どうしてよ!!貴女の言っている魂と器は揃っているでしょう!?」

 「そう、思ってるから」

 一言呟く。だが、それだけでも今の梓以外は理解できた。

 死者が生き返る。それはありえる話ではない。だからこそ、それを許容してしまっては、確実に何かの歯車は狂ってしまう。

 だからこそ、今の梓の心境で、感情のままで、明日香を生き返らせる事はできなかった。

 「………なら、そう言うなら…っ!!」

 一瞬のうちに小太刀の状態の霧香を少女の喉に突きつける。いくらなんでも不味い、そう二人は考えたが少女は、至って平静で。

 「実力で、そうさせる?」

 「そうよ。その力があるのは、アリスが、明日香の大切なものが、教えてくれた」

 「じゃあ、仮にそうしたら貴女はどうするの?」

 その質問に、梓は一瞬訳が分からなくなった。明日香が生き返ったなら?そんな事は決まっている。

 「明日香に、謝る…のよ。何もできなくて、ごめんって」

 それは、梓の心からの本心だった。そうすることで、少しでも気が楽になりたいと思っていた、言わばただのエゴだった。

 だが、それでも明日香は許してくれると信じている。

 少女はため息を一つつくと、梓に言う。

 「やっぱり、ダメ。そのままじゃ、この娘がかわいそう」

 「どういうことよ…明日香がかわいそうって!」

 そんな答えに納得のいくわけがない梓は聞き返す。少女は恐ろしいほど冷静に、そして淡々と答えてくる。

 「生き返らせて、って願った人は願いが叶った後、その人を必要以上に守ろうとする。その意味、分かる?」

 「そんなの…大切だからに、決まってるじゃない!もう、失いたくないからに決まってるじゃない!」

 「そう、考えてるからあなた達は、皆同じ道を辿る」

 「何が、言いたいの?」

 意味が分からない、今までの会話もそうだ。会話をしている気がしていても、どこかずれている、そんな気がしていてならない。


 「貴女は、きっとその娘に逃げられる」

 何を言っているのか、よく分からなかった。逃げられる?誰が、誰から?思考がその一言に集中し、その答えを探す。

 そして、梓は霧香を少女の喉に突きたてようとした、否、突きたてた────はずだった。

 「危ない……全く、人の話をちゃんと聞いて?」

 少女はいつの間にか、目の前から姿を消し、自らの背後に立っていた。魔法を使ったのなら、その発生の瞬間に魔力が流れる、のだが、今の移動には全く魔力を感じなかった。

 そんな事ができる魔法など聞いたことが、否、一つだけそういう理論で説明がつく魔法が存在する。

 「時間、操作……」

 「正解、それでも私と戦う?」

 無謀すぎる。時間を操る事ができる人間と戦って勝つ事など、不可能に近い。本当に勝ちにいくならば、同等の力でもなければ対等に戦う事さえできない。

 だが、梓はそれでも。

 「…やってやる」

 覚悟を決めていた。例え、勝機が絶望的でも絶対に勝てないなんて事は存在しない。

 だから、死ぬ覚悟で梓は目の前の少女に戦いを挑む。

 もう、明日香に会えなくなったとしても、それは自らに課せられた罰なのだろう。

 「明日香を生き返らせて、見せる……それが、その代償が私の命だとしても!!」


 そこからは、少女の方が場所を変えようと提案してきた。

 提案を呑み、場所を移動するために魔法を使おうとすると、少女が一瞬だけ魔力を使う様子を見せた。

 ただそれだけで、自分たちは全く別の場所へと跳んでいた。それには、もう驚く事は無く、静かに杖を構える。

 少女は身の丈の倍もある大弓を取り出すと、五本の矢を同時に引き絞り最後の確認をする。

 「ほんとに、いいんだね?」

 「いいって、言ってるでしょ!」

 そう言って、魔法を少女に打ち込む。仕方ない、といた表情だったが少女は後ろへ飛び、同時に矢を放つ。

 その矢は一本一本が違う色を帯び、梓を追尾する。

 それを即席の氷の壁で防ごうとするが、一瞬で溶かされ、砕かれる。紙一重の所で躱し、魔法を撃とうとするが絶妙な時間差の攻撃に刹那的なチャンスすらも与えられない。

 「くそ…タイミングが」

 防戦一方の状況を楓達はただ眺めることしかできない。

 この戦いは、本人が一人でやる、と言っていたのだ。邪魔をする事も、加勢する事もできない。だが、二人の力量の差は戦えば戦うほど明らかになっていく。

 実力、経験、他の要素でさえ、梓が勝っているとは言いがたい。下克上や大物喰いジャイアントキリングはあくまでも綿密な計画の下に実行される。だからこそ、それは成功させることができる。

 だが、今の状況はただ無謀に正面から強大な力を持つ相手に、単身突撃しているだけだ。それだけでは、一生かかっても倒す事などできない。

 (分かってる…あいつに、勝てない事くらい)

 梓は頭の中では理解していた。だが、それでも納得のできない事はある。だからこそ、あの少女に立ち向かったのだ。

 「逃げてるだけじゃ、勝てないよ?」

 少女は余裕の表情で言ってくる。癪だが、間違ってはいない。

 「あんたに、言われる筋合いはないっ!」

 杖で飛んでくる矢をはじき返して魔法を打ち込む。なんてことの無い火炎魔法だが、それで良い。少しだけでも相手が自分の攻撃に対応すれば、そこにチャンスができる。

 少女は危なげなく、火球を弓を振ってかき消す。

 その刹那ともいえる、視界の塞がれた一瞬に梓は霧香を少女めがけて投擲する。

 「『解除デザイア霧香』!!」

 目の前にまで接近した霧香に、流石に焦りを覚えたのか表情が変わる。

 「今…っ!」

 霧香が素早く回り込み、少女を捕らえる。梓は、杖を再度構え、最大威力の魔法を詠唱をはじめる。

 『呼ぶは冥府の紅蓮、叶うは燎原なる紅焔、見るは天焦がす獄炎『奈落の獄炎アビスブレイズ』』

 黒い炎が霧香もろとも少女を焼き尽くす。霧香は自分が犠牲になる事を承知していた。もちろん、梓も最初は認めなかったが、ここまでの実力差があってしまっては、そんな優しいことを言っている場合ではない。

 だから、武器に言い聞かされる。というのもおかしな話だが、梓は霧香を足止めに使い、最大威力の魔法で焼き払った。

 一発で森林を焼けた森に変えられるほどの威力の魔法を凝縮して打ち込んだのだ、無傷では済むはずが無い────そう考えていた。

 「───確かに、こんなの普通の魔法使いじゃ耐えれないね」

 黒い炎が真ん中から裂け、少女が現れる。無傷、ではあったが着ていた服が少しばかり焦げていた。

 だが、それだけだ。他に、特に変化と言う変化は見られない。

 「あれだけ……なの……」

 自然と力が抜けて崩れ落ちる。少女は音も無く近づくと、耳元で魔法を囁く。

 『フレイスリープ』

 梓の意識が途切れる。見えたのは、明日香が悲しそうに笑う幻影だった。


 「どうする?あなたたちも、私と戦う?」

 楓と花陽に聞くが、もちろん二人がかりでも無理だと分かった。

 丁重に断ると、知ってたと言わんばかりの表情でやっぱり?と答えてきた。その表情は戦闘前の眠そうな表情になっていて、銀の髪と群青の瞳がゆらゆらと揺れていた。

 「じゃあ、待っててもらって、いい?」

 「待つ、というのは?」

 「ここじゃないよ、ちゃんと戻ってもらうから安心して」

 とたんに空間が歪み、元いた場所に戻ってくる。そこには、ベッドの上に明日香の体とそれを守るように眠っているアリスがいた。

 「おきてー昼ですよー」

 ゆらゆらと自分の身体ごと揺らす。それはまるで、自分も一緒に起こしているようにも見え、かなり不思議な光景だった。

 アリスはキョンシーのようにむくりと起き上がると、目を擦って辺りを見回す。

 見えた景色で変わっていたのは、梓が楓に担がれている事だった。何があったなど聞く必要も無いだろう。

 「ついてきて、アリス」

 待ってて、とはこういうことだったのだろう。二人は梓をベッドの上に許可を取ってから寝かせておく。

 アリスは明日香を抱えて少女についていく。しばらく廊下を歩くと、少女がぽつりぽつりと呟く。

 「歌姫ローレライが解散したときに3つの決まり事、というか約束があったのよ。一つは何があっても、人を殺してはいけない。あたり前に見えるけど、私達みたいに化け物とかに近い存在になっちゃうと、力加減を少し間違えるだけでも大惨事になるの」

 分かるよね?と振り返って同意を求める。アリスは、ただ黙って頷く。少女は、前を向き話を続ける。その言葉は何故か懺悔のようにも聞こえた。

 「二つ目は、必要以上に私たちの力を使わないし、見せない事。これは、当たり前だよね。悪用、されるかはわかんないけど、見せないほうがいいに決まってるしね」

 「でも…貴女は、見せてる」

 アリスが呟くと、少女は苦笑いをして何とも言えない表情で話してくる。

 「あ、うん…そだね…でも、ごく一部の人だけなんだよ?差別してるみたいって言われるけど、理由だってあるし、それも分かってくれてるし」

 それは、苦し紛れの言い訳にも聞こえたが、今は気にしないでおこうと考えていた。

 咳払いと共に、言葉が続く。

 「最後はね…単純に、みーちゃんの親心、なのかな…私たちは明日香ちゃん達がどうしても危ないときは助けに、または助ける事ができるって言うのだからね」

 「じゃあ……!!」

 アリスの表情がそれを聞いて一気に明るくなる。少女は、釣られてくすっと笑顔を見せる。

 「いいよ、助けてあげる。梓ちゃんも、立派になってるし……何よりも、アリスの事が大きいんだよ?」

 いきなり自分のことを言われて驚く。銀の髪と群青の瞳の少女───エルザント・ノーブルスはアリスを見つめて口を開いた。

 「元々は、私の作った剣。それは、あなたもわかるでしょう?」

 頷く。作り主が分かるのは武器としては当たり前の事だ。

 「それでも、感情というものはただ作るだけじゃダメなの。貴女は特にそうだった、性能としては一級品だったけど、感情がほとんど存在しなかった。だから、その感情を創り出してくれた明日香ちゃんには感謝してるんだよ?」

 知らなかった。いや、単純に覚えていなかったのか、それは分からない。だが、初めて明日香とであったときよりも、色々な気持ちが表に出るようになったのは確かだ。

 エルザはそうだったのか、という顔をしているアリスを覗き込んで、笑いかける。

 「だから、明日香ちゃんは私が、『藍染の魔女アクロア』として、そしてみーちゃんの友達として、責任を持って生き返らせる」

 その声には、眠さなど一切感じられない、強さがあった。

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