尋問と奇襲
「ねぇ、貴女達は何のために私たちを襲ったの?」
マルモが檻に近づいて、二人に話しかける。だが、当然のように二人は口を一文字に引き結んだまま開かない。
「…まあ、そっちがその気なら、こっちだって手がないわけじゃ無いんだけどね」
「……手荒な真似はしないんじゃないの?」
マルモの言葉の揚げ足を取るように、七海が口を開く。
「誰が手荒な真似をするって言ったの?」
マルモの言葉にアリシアが苦笑いを返す。その表情は二人が気の毒だと思っているようにも取れ、七海たちの感情の波を揺さぶった。
「…どういう、事…?」
「死人に口なし…でも、情報は持ってるのよ?」
そう不敵な笑いと共に言う。その言葉からすると確実に自分たちは手荒とまではいかなくとも、かなり危険なものを受けることになるのだろう。体を強張らせると、マルモは想像通りの反応と思ったのか、可笑しそうに笑い、
「別に、痛みを伴うものじゃないわ」
そう言って、七海の頭に手を乗せる。びくりと身体を震わせるが、言葉通り痛みは無くマルモはその手をすぐに頭から離す。
「へぇ……暗殺姉妹、ねえ…」
何故、それを知っているのか二人は顔に出さず驚く。あの一瞬で何をされたのか、二人には見当もつかないが情報を盗まれたのは確かだ。だが、抵抗しようにもこの檻の中から自分たちが手を出そうものなら何をされるかわからない。状況的には捕虜、なのだろうが自分たちに価値があるのか、それが分からない。
それほどの価値が自分たちにあるのか、初めてこんな状況に陥った二人にはそれが理解できなかった。
「……私たちを、どうする気?」
「どうして欲しい?」
七海の言葉にからかうようにマルモが返す。
「…私たちから、情報はもう手に入れたんでしょう?なら、生かす価値はないんじゃないの?」
「……それは、殺してくれって事?」
マルモの言葉が刺々しくなる。自分は間違った事を言っていないはずだ。そう思っていると、
「……そんなに死にたければ、勝手に死になさい。私は、望んで死のうとする人間が大嫌いだから」
そう言って、廊下の向こう側に現れた扉に入る。アリシアはマルモについて行くように扉に駆け込む。残ったのは、凜と二人の三人だけだ。
「貴女の選択は確かに間違ってないです。でも、ここじゃそれは間違いです」
凜は独り言のように呟いた。実際に独り言だったのかもしれない、そのまま続けて。
「世界は一つじゃない。私達みたいなはぐれ者ばかりのまとめてくれた、あの人は、リーダーは新しい世界を見せてくれた。でも、それは優しい世界じゃない。凄惨な戦争が行われた後の世界、雨が降らないため水を巡って血が流れ続けていた世界」
凜は一回区切る。また、息を吸って続きを二人になのか、それとも独白なのか、分からないが語る。
「そんな世界でも、護るべき人がいる人は笑ってました。例え、どれだけ自分が辛くても。一人のときは死にたいとばかり思っていましたけど…私には居場所ができた。守りたい場所ができて、仲間ができて、そんな事を考える暇なんて無くなりました。あなた達二人はお互いを守っているんじゃないんですか?もし、片方が片方を守るために死んでしまったら、それは生き残った方にとって、どう感じるか、考えてください」
凜の言葉を聞き終わり、七海は結んでいた口を開く。
「だから、殺さないの?私達を」
「ええ、人の命を絶つ何て事はしたくないんですよ。例え、しなければならない状況でも、生かす事ができる可能性かあるなら、そちらに走ってしまうくらいには」
「随分と甘い事を言うわね。そんな覚悟で、この先やっていけるのかしら」
七海は檻の中から凜を毒づく。凜は否定することができないのか、苦笑して、
「確かに、そうかも知れませんね。でも───」
刹那、凜の腰にホルスター付きの拳銃が現れ、それが自分の額に突きつけられる。あまりの早業に反応する事さえ許されなかった。冷や汗が遅れて顔を撫でるのを感じていると。
「記憶を無くすこと、体の自由を奪う事、それだって『殺す』事では無いんですよ?それを覚えておいてください」
指でくるくると回してガンマンのように銃をホルスターにしまうと、光の檻を解除する。いきなりの出来事に二人は警戒し、凜から距離を置く。何かされるのかと思ったが、凜は笑って。
「あなた達は殺しませんよ。それが、リーダーとの約束ですから。事が終わるまでは動きを制限させてもらいますがね」
それが、余裕だと分かり二人は大人しく、ここでしばらくの間、過ごすことになった。
「七海ちゃんと八重ちゃんどのクラスになったのかな?」
明日香はベッドの上でごろごろと動き回りながら、梓に聞く。二人は七海達が自分たちの屋敷へと襲撃を仕掛けたなど気づくはずもなく、
「う~ん、どうだろ…実力が分かんないから…でも、優の妹みたいだし全く才能が無いわけじゃないでしょ。多分」
梓は他人事のように、にべもなく会話を終わらせて、
「それより明日香の──」
「いや!」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
「どうせ、また変な事だもん。だから、話には付き合わないよ?」
「そんな事無いよ!?それなりに真面目…だと思うよ!?」
梓が言い返すが明日香はまるで信用していない。長年積み重なってできたこの状況に、明日香は慣れているのか、図書室で借りてきた本を寝転んで読んでいる。
だが、今回は何か明日香も思うところがあったのか、梓の話を聞くような体勢になる。それに、梓は喜びを抑えながら話し始める。
「そ、それでね…あ、明日香のノート貸してもらえないかな……?」
「…そんな事?」
珍しく、真面目な会話が出来て少し驚いている明日香は内心驚きながら、ベッドの上から飛び降りて机の上のノートを差し出そうとするが、
「あ、どのノートか聞いてなかった…お姉ちゃん、どのノート?」
「あ、戒律術式の授業の…やつ…結局、あんま分かんなかったから…」
そう言うと、明日香はノートを探し出して梓に渡してやる。満面の笑みで感謝の意を示すと、何故か部屋の外に出て行く。明日香はノートをコピーするのかと思ったが、よく考えればいつも一緒にいて、しかもコピー機もここにあるのだ。
「………ま、ちゃんと帰ってくるなら、いい…かな?」
一抹の不安を覚えながらそう一人の部屋で呟いた。
明日香はその後、する事も無く一人で本を黙々と読んでいたのだが、違和感を覚えた。隣の部屋は八重と七海の部屋のはずだが、それ以外の気配が中でする。感覚を研ぎ澄まし、壁に耳を付けて隣の部屋の様子を探る。魔法で探るのもありなのかもしれないが、それでバレてしまっては元も子もないので、あえて原始的な方法で何が起こっているのかを探ると、
「だれ…?先生でも、七海達でもない……別の人間、でも窓が壊された音は無かったし、不審な音も聞いてない…」
明日香は不審に思いながら聞き耳を立てていると、扉が開く音がする。急いで、部屋の扉を開けて二人の部屋に入っていた犯人を確認しようとした明日香の眼に見えたのは。
「あぇ…?六花?」
思わず、変な声を出してその名前を言った。部屋から出てきたのは緋泉六花だったのだ。知っている人間ではあるが、自分の知っている限りでは、七海たちとの接点は無いはずだ。
「ど、どうしたんですか?明日香さん…顔、怖いですよ?」
「………」
明日香は答えない。無言のまま、緋焔と闢零を腰に構える。
「い、いきなり、なんですか!!?」
「…あなたの服の中、どうして銃器が入ってるの?」
「こ、これは!依頼の帰りだからですよ!だから、服の中に───」
「そんなに、小口径の銃であいつらと戦うの?」
隠していたはずの銃が顔をのぞかせている事に驚き、服を見るとすっぱりと斬られていた。明日香は静かに言葉を続ける。
「それに、貴女は私と話している時、私を見てなかった」
六花はくすりと嗤う。そして、一挙動のうちに銃に弾丸を装填、そのまま三回引き金を引く。
明日香はそれを鞘ではじき返すと、その射線上にあった窓ガラスが音を立てて割れる。その音で他の生徒たち、願わくば梓にこの音が聞こえ、戻ってくる事を望んでいたが。
「無駄ですよ。生徒は皆、五水が別の場所に連れて行ってますからね。梓さんは三姉さんと二姉さんが始末してくれてるでしょう」
六花のすでに終わったと言わんばかりのその言葉に、反射的に反論する。
「お姉ちゃんは、そう簡単にはやられないっ!」
言葉を言い切るとともに抜刀。緋焔と闢零の刃が六花に牙を剥くが、それを紙一重の所で躱し、引き金を三度弾く。明日香は闢零の力で刀身を少しだけ凍らせ、弾丸を滑らせていなす。距離を詰めようとした刹那、いなした時に発生した死角からナイフが飛来する。それを、明日香は緋焔を逆手に持ちかえ弾く。
「やはり、やりますね…一筋縄ではいかないとは思っていましたが」
「当たり前でしょ、誰だと思ってるの?」
明日香が無い胸を反らしながら反論する。それに、同意し六花は苦笑するが、
「ええ、だからそれなりの物を使わせていただきました」
指を六花が鳴らすと、撃った銃弾が炸裂し淡く色づいた煙が辺りを包む。毒ガスの類かと思ったが、緋焔たちが反応しないという事は、毒ガスではない。となると撹乱用の煙幕という所だろう。六花の姿が見えるうちに片をつけようと煙に飛び込むと。
「っ、あっ!?」
煙を吸い込んだ瞬間、全身が熱くなってまともに動けなくなる。六花はかかったと言わんばかりの表情で、倒れ込んだ明日香を見下す。
「特製の媚薬です。下手に動けばすぐにイってしまいますよ?」
明日香はそれを荒い息を吐きながら聞き流す。そんな事は、この煙を吸い込んだ瞬間に勘付いた。今の明日香にとっては喋る事、体を動かす事、果ては息をすることでさえ、絶頂に達しないために意識する必要がある。
「このまま、イかせてあげるのが良心、というやつなんでしょうか?」
六花の意地の悪いを笑みを見上げながら、明日香は打開策を十全に働かない頭で必死に考える。満足に体を動かせない状態で、どう六花から逃げ出し状況を立て直すか。
(奥の手って訳じゃないけど…!)
「…で、『解除緋焔、闢零』…っ!」
明日香は息を吸って、言葉を紡ぐ。身体の奥のせき止めていたものが溢れそうになり、必死にこらえる。
二人の少女が不意に現れ、六花へ一撃を加え壁まで吹き飛ばす。その一撃は壁を砕き、衝撃波によって煙を四散させた。
「大丈夫ですか!?お嬢様!?」
緋焔は焦る声とは裏腹にやさしく明日香を抱きあげる。明日香も苦しい状態ではあるが、緋焔のそれに答え、
「だい、じょば、ないぃ…んっ、いまは、にげる、よ…!」
闢零は六花が来ていない事を緋焔に伝える。
「では、少しだけ我慢して下さいね!」
緋焔は自らの魔力を使って炎を呼び出しそれを推進力に一気に走り去る。闢零もそれに着いていくため、足元に氷を張り、スケートをするように滑っていった。
二人の姿が見えなくなった後、壁の向こうから六花が瓦礫をどかしながら出てくる。
「あらら…逃げられてしまいましたね…ま、良いでしょう。どうせ、すぐに追い付けます」
そう、不敵な笑みとともに呟いた。




