たくさんの人、たくさんの……
試験の後、優から二人はSクラスで授業を受けること、と言われた。
Sクラスはこの学園でもトップの実力者が集まるクラスだ。そこには、男もいるのだが、それはまた別の問題だ。
「いや~結構簡単だったね~拍子抜けって言うか、もうちょっと歯ごたえがある方がいいというか……」
「あ、明日香?一応言っておくけど…私たちを基準にしちゃダメだからね?」
梓が珍しいフォローを入れると、明日香は分ってるよ~と笑顔で返した。試験も数時間で終わり、時間はお昼時だ。食堂も開いていることだろうから、体を動かして(?)おなかが減った二人は食堂へ改めて行く事にした。
緋焔達と談笑しながら扉をあけると────
「貴女達が新しい転校生!?」「試験の結果、凄いんだって!?」「ってことはSクラス入りなの!?」「すごーい!!」「ねえねえ、名前教えてよ!!」
途端に人、人、人。そして矢継ぎ早の質問に二人と緋焔たちはたじたじになってしまう。
どうしようとおろおろしてると、一喝するような声が聞こえ、人の波が割れてができる。その真ん中を堂々と歩いてくるのは、長い黒髪と漆黒の瞳が前を見据えた、不遜な態度をとった少女だった。
「貴女方が新しい転入生ですか」
二人は面持ちを硬くしながら頷く。少なくとも、この学園内ではかなりの立場の少女なのだろう。この状況で、誰一人声を上げる者はおらず、明日香たちの会話をじっと聞いている。校長先生の話でさえ、ここまではならないだろう。
「緊張しなくてもいいですよ、私は十都香 五水Sクラス所属ですので、宜しくお願い致しますね」
五水は優雅に一礼する。明日香達も一拍遅れて礼を返す。五水はどうやら明日香達を見に来ただけだったようで、二人に挨拶をすると立ち去って行った。
その後、二人は勿論平和に昼食を食べられるわけもなく、質問攻めにあい精神的に疲弊したまま自室に戻ってきた。
明日香はふらふらのままベッドにダイブしてゴロゴロする。緋焔と闢零は人の姿をとって明日香の服を脱がして、寝間着に着換えさせている。結局、食堂に入ったのがお昼頃だというのに、全ての質問をさばき終わる頃には日がとっぷりと暮れていた。このまま夕食をとっても、また別の生徒たちの餌食になりかねないので、質問攻めで満身創痍の明日香をお姫様抱っこで抱きかかえて、自室に戻ったのだった。
「つ、か、れ、た………」
「明日香大丈夫?あ、その下着脱いだら取っといて、それ私の───」
梓の言葉が言われ切る前に、明日香は近くにあった目覚まし時計を投げつけた。
鈍い音と共に梓にヒット。額をさすりながら梓は文句を言うが、何となく梓の次の言葉を察することができたため、緋焔達もそれをフォローすることはできなかった。
緋焔と闢零は部屋にあった食材で夕食を作り、それを食べた。二人はこれから大丈夫なのか…と少し心配になっていた。これからの学園生活、穏やかにはいかないようだ。
「…きて…ださい!起きて下さい!!」
「ふぇ…?」
朝日が窓の外から射し込み、寝ぼけ眼をこする明日香の意識を緋焔が揺り起こして覚醒させる。闢零はというと、まだ毛布の中で夢の世界を旅しているようだった。
時計を見ると、そこが刺していた時間は8時。授業が始まるのは、8時半。部屋から出て、着替えをして朝食を食堂で食べる暇など一切ない。
「あ!!お姉ちゃん起きて!遅刻しちゃう!!」
明日香の意識が完全に覚醒する。梓は明日香に揺らされながら、未だにまどろんでいる。明日香は一瞬ためらった後、明日香は梓の額に唇を近づけて軽くキスをすると、
「っ!?明日香、おはよう~」
梓は一瞬で覚醒し、明日香に抱きつく。明日香は梓を引き剥がしながら焦った表情で、梓に話しかける。
「お姉ちゃん、もう時間無いから早く用意して!!授業遅れちゃうから!」
そう言われて、ようやく梓は気が付いたのか急いで着替えを始める。服を脱ぎ捨てて制服へ早着替えを終えると、霧香を呼び出す。
「霧香!悪いけど、朝食こっちまで運んできて!お願い!」
「…分かった、待ってて」
霧香はそう言うと一瞬のうちに姿を消す。恐らく本当に朝食を取りに行ってくれたのだろう。二人が制服に着替え終わる頃にちょうど霧香が朝食を持ってきてくれた。
「……サンドイッチ…しかなかった…」
霧香がきっちり自分や緋焔たちの分も含めて人数分持ってきた。梓たちはそれを受け取ると、口にほおばりながら、既に人通りの少なくなった廊下を駆け抜ける。いくら明日香たちでも学園の廊下を全力で走っては学園のほうにどんな被害があるか分からないので、セーブはして走る。
一番奥の他のクラスより少し豪華な装飾がされている表記があった。そこに駆け込む一瞬だけ見えた表記にはちゃんと「Sクラス」と書かれていた。
「よし…間に合った…」
明日香たちは間一髪で教室に滑り込むと優に言われた席を探す。緋焔たちは一旦、武器の姿になってもらい仕舞わせてもらった。
席を見つけて、座った数秒後にチャイムが鳴る。かなりぎりぎりだったのだと改めて気付き、冷や汗をかく。
座ったあとに改めてクラスの面々を見てみると、男女、年齢がごっちゃになっていた。
明日香たちと同じくらいの少女がいれば、となりには老齢の男性がいるというかなり特殊なクラスだった。
実力者しか集まらない分、クラスの中身も少し特殊なのだろう。そう思って席に座っていると、前の扉が開いて、教師と思われる女性が姿を────
(って、優じゃん!!)
思わず、明日香は内心で突っ込みを入れる。優はというと、一瞬横目で明日香たちを見ると口を開く。
「皆さんご存知のとおり、このクラスに転入生が来ました」
来て下さいと言わんばかりの目線で明日香達の方を見る。明日香達はそっと前に出て、
「「………」」
「……自己紹介してください、二人とも」
何も言わなかった二人に、優が自己紹介を求める。二人は互いに顔を見た後、
「…御影明日香、です…よろしく…お願いします」
明日香がまずぺこりと頭を下げる。梓が続いて、
「藤堂、梓…よろしく」
自己紹介を済ます。二人とも随分と淡白に挨拶をしたように見えるが、実は結構な上がり症なのだ。戦闘時などは気分が高揚して、そんなことを考えることなどないのだが、今は自己紹介の場。しかも、目立っているせいか、クラス全員から突き刺さるような視線をプレゼントされる。
明日香は小さく縮こまり、少し身体を震わせている。梓は違和感のないように明日香を守るような立ち位置にずれる。
優はそれに気付くと、二人を元の席に帰す。
「そういう訳ですので、皆さん仲良くやってくださいね」
優はそう言うと、教室から出て行った。
「き、緊張した…お姉ちゃん…」
明日香が深く息を吐いて、机に突っ伏す。梓もそれに同意して明日香の髪を撫でている。あまりに緊張していたせいか、梓のその行動にも明日香はあまり反応しなかった。
時間が経ち、昼休み。授業自体は明日香達が習うようなことは特に無く、むしろ既に知っているようなことばかりだったが、新鮮だったのは他人と授業を受ける、ということだった。
「明日香、お昼食べにいこっか」
梓が明日香を誘うと、明日香は力なくうな垂れたまま頷く。
明日香を起こすと、食堂へ行こうとして席を立つと少女が声をかけてくる。
「あ、あの…よければ昼食…ご一緒できませんか?」
気弱そうな雰囲気の少女、そして後ろに立っていたのは前に梓が一緒に食事を取っていた、
「詩緒?」
「…うん、私も…一緒に、いい?」
詩緒も同じく明日香たちに聞いてきた。ということは、少女は詩緒の友人なのだろう。
明日香は緊張していたが知っている人間の知り合いならと、気が休まったのか小さくだが、それにこくりと頷いた。
食堂に着いたとき、一斉に視線がこちらに向いた。やはり、噂が広まっているのだろう。
どんな噂かは知らないが。
「…どうする?ご飯」
詩緒が二人に聞いてきた。明日香たちは別段何か決めていたわけでもないため、何でもいいよと詩緒に伝えると、いつの間にか姿を消していた。おそらく、昼食を頼みに言ってくれたのだろうが……
「何か気になっちゃうな…詩緒っていつもああなの?」
明日香は少しの覚悟を込めて、少女に聞くと、少女はくすっと笑って。
「ええ、もうちょっと影、というか存在感を出してもいいと思いますのに…」
「あ、そうなんだ………えっと、その…」
明日香は名前を聞こうとするが、どうしても緊張してうまく口が動かない。あうあう…と口ごもっていると、
「ふふ…名前ですか?私は、緋泉 六花です」
六花の名前を聞いて、明日香が返そうとすると綺麗な指が明日香の唇に触れ、
「貴女と、その…お姉さん?の名前は知ってますよ、明日香さん」
六花は軽く微笑む。明日香はよろしく、と手を伸ばして握手をする。
梓はそれを一歩引いたところでその様子を見守っていると、
「貴女が、御影明日香ですか?」
突然、後ろから話しかけられる。振り向いた先にいたのは、金髪の縦ロールと小説や漫画に出てきそうなまでに完璧なお嬢様だった。
「そう、だけど……」
明日香が怪しい人を見るかのような目で見ると、縦ロールがきっと睨みつける。
「貴女…五水様に気に入られて…決闘ですわ!」
明日香がまったく状況を読めないまま、話が進む。
もう一度明日香は縦ロールと共に体育館に行く。縦ロールの周りにはお供のような生徒も数人いた。どうしよう…とかつ上げの被害にあっているような生徒の心境になっていた。しかも、梓はその時に限ってタイミング悪く梓はトイレに行っていた。それを狙っていたのかは分からないが。
「勝負は一対一ですわ。いくらなんでも、そんな卑怯なマネはしませんので」
縦ロールは態度の割には案外フェアな条件だった───とはいえないが、まあ一対一という状況はだまし討ちなど無し、と考えると随分とまっすぐな性格なんだな、と明日香は思った。
「分かった。でも、ちょっとハンデつけようよ」
縦ロールはそれが明日香のではなく、自分のだと勘違いしたようで。
「ハンデ?魔法の使用禁止、とかですの?」
「ううん、武器の使用禁止、それと自分からの攻撃禁止」
流石にそのハンデは辛いと感じたのか(もちろん縦ロールではないのだが)口を挟む。
「ちょっと、それって───」
「え?勘違いしてない、かな…?貴女じゃなくて、私がだよ?」
それを聞いて、縦ロールは思わず笑い声を上げる。
「な、何を言ってるんですの?私ならともかく、貴女の実力も分からないのにそのようなハンデ設けるとでも?」
「実力も分からないってのは嘘だよね?だって、貴女も私の噂を聞いてるんでしょ?」
明日香の言葉に、縦ロールは一瞬言葉に詰まる。見た目は小さな少女でも多少なりは頭が回ると縦ロール自身が認めたのか、
「…少しは、自分の立場も自覚していらっしゃるようですわね……それだけ分かってるなら、その条件で受けましょう。但し、手加減など一切しませんわよ?」
縦ロールのその言葉に、明日香はくすりと笑う。おそらくこの学園に来てから一番うれしそうな笑いかたで。
「いいよ、手加減なんてしなくても。むしろ殺す気できてくれた方がありがたいわ」
双方が了承して、戦いの火蓋が切って落とされる。
「明日香!!なにやって────」
トイレから帰ってくれば、そこに明日香の姿は無く、その辺の生徒をひっ捕まえて事情を聞いてみると、明日香は縦ロールの生徒とその取り巻きについていったと聞き、昼食も食べず食堂を飛び出した。
体育館と捕まえた生徒から聞いて来てみれば、そこはすでに観客が超満員で人の波を掻き分けて最前列に行くまででもすでに一苦労だった。
「あ、お姉ちゃん」
梓に気付いた明日香がいつもの調子で話しかける。
「あ、じゃないわよ!!何でこんなことになってるのよ!?」
「ん~?分かんないけど…多分、すぐ終わるから」
明日香は変わらない調子でそう言うと、後ろの縦ロールが挑戦的に言ってくる。
「本当にすぐ終わればいいですけどねっ!!」
縦ロールが自分のレイピアを抜き、距離をつめる。その隙のなさは一流と言っても差し支えないだろうが、明日香たちとは比べ物にならない。
「ほいっと」
明日香は縦ロールの繰り出す鋭い突きを明日香は紙一重で、だが涼しい顔で避け続ける。縦ロールはそれが気に入らないのか、歯を食いしばると魔法(この世界ではどういうのか分からないが)を唱える。
「空よ、その冷たき息吹を灼熱へと代え、我が目の前の敵を焼き払え『エクスプロード・エンチャント』!!」
すると、レイピアの周りの空気が揺らぎ始める。その魔法がどのような物かは分からないが、『エンチャント』というくらいならば、何かしらの効果付加なのだろう。と考え、その剣筋に注意する。
「ここからは一味違いますわよ!!」
レイピアの一閃を今度もまた紙一重のところで避けようとしたが、何か危険を感じ咄嗟に大きく躱す。
すると、その突きが通った場所が破裂音と共に衝撃波を生み出した。あれが縦ロールが使った魔法の効果なのだろう、と理解すると明日香の行動は早かった。
「んじゃ、こうで良いよね!」
明日香は繰り出される剣閃を掻い潜ると、縦ロールの足を払い、体制を崩す。縦ロールは咄嗟に体勢を立て直そうとしたが、明日香はそれよりも早く手刀を縦ロールの首に当てる。
「チェックメイト、かな?」
明日香が少し残念そうにそう聞くと、縦ロールはにやりと笑う。
「まだ…終わりませんわよ……っ『メイルシュトロム』!!」
縦ロールが魔法を発動した瞬間、明日香は自分の勘に従って後ろに飛び退く。刹那、明日香のいた場所に、薄青色の槍が二本交差して通り過ぎていった。
そのまま距離を置いても、その二本の槍は執拗に明日香を追尾する。その魔法を使われ、明日香は楽しそうに笑う。
「すごい…!もっと、もっと!私と遊ぼうよ♪」
明日香は小さな子供のように無邪気に笑い、その槍と縦ロールの剣戟を全て躱す。その光景は、周りから見れば異様なものだろう。
少女が笑いながら槍と剣戟を躱し、そのスリルを愉しむといったかなり猟奇的な光景だ。
「特別に見せてあげる♪『紅蓮の煌撃』!」
明日香の足に紅蓮の焔が宿り、強烈な一撃を叩き込む。
「防御、ですわっ!!」
縦ロールは二本の槍を交差させて守りを固めるが、それすら突き破り蹴りを叩き込む。恐ろしい勢いで、縦ロールは壁に向かって飛んで行く。
明日香は縦ロールよりも速く明日香は走り、縦ロールを抱きかかえる。もちろんその程度では衝撃を殺すことはできず、明日香がクッションとなるようにして壁に激突する。周りの生徒達は驚いていたが、梓だけがその様子を静観していた。
「……っ、なっ!?あ、貴女…!?」
縦ロールが衝撃から立ち直ったときに見たものは明日香が自らを庇うようにして倒れている姿だった。 縦ロールが身体をこわばらせながら、倒れている明日香に声をかけると。
「…うにゅ…やっぱ、痛い…もっと加減すればよかった…」
自らの攻撃に悪態をつきながら、明日香は何事もなかったかのように起き上がる。
「だ、大丈夫ですの…?」
思わず縦ロールがそう聞いてしまうくらいの一撃の衝撃を受けた明日香は、にっこり笑って、
「だいじょうぶだよっ♪鍛え方が違うから♪」
ちょっと、期待した答えとは違ったが、無事であることに変わりないことを理解し、縦ロールは一つため息をついた後、
「私の、負けですわ…」
そう言った。悔しそうな表情はなく、むしろ清々しささえ感じられた。
明日香はその言葉を受け取ると、縦ロールにそっと手を差し伸べ、
「それじゃ、終わったことだし…お昼ご飯でも食べよっか?」
と、無邪気な笑顔でそういった。




