久しぶりの場所
明日香と梓、そして凜はギルドの遊戯室に集まって音ゲーをしていた。
「今度こそ…勝った………」
「何言ってるの?画面をよく見てから言うことね」
梓がぜぇぜぇと肩で息をしながら、体を休めていると、凜が平然とした顔でそう言ってくる。梓は疲れた身体を上げて、二人のスコア結果を見てみると。
「嘘、でしょ……!?」
そこに映っていた結果は、梓がフルコンボ、凜はパーフェクトフルコンボだった。結果としてはどちらもフルコンボなのだが、圧倒的に凜のパーフェクトフルコンボのほうが難易度が高い。
「そんな…どうして私の作ったこの譜面でそんなのが取れるのよ…」
悔しげにうめく梓。それに、戦友を称えるかのように、凜が肩を叩いて、
「いや、正直かなり危なかったわ、フレームとの戦いだったしね、しかもそれでいて中々いい譜面だったわ…試合に勝って勝負に負けたって感じね」
凜の純粋な賞賛に、梓はふっと笑うと凜と力強い握手を交わす。明日香がその様子を見ていると、扉が開き、マルモが気だるげに歩いてくる。
「楽しんだかしら?こっちは精神がんがん削って次の世界観てきたわよ」
マルモがニッコリ笑顔で3人を威圧している。正直、今何か下手なことを言ったら確実に医務室にお世話になる事になる。
そのため、3人は純粋に感謝を口にする。もちろん誰も医務室のお世話にはなりたくないから。
「それで、次の世界は何処なの?」
「その話なんだけど、次は明日香と梓二人だけで行ってほしいの」
マルモのその言葉に、明日香と梓はどういうことか疑問に思う。今までは基本ギルドに誰かを見張りとしていてもらい、残りの人間が異世界を探索する。というものだったのだが、
「何か、理由があるって事?」
「まぁ、そうね。二人だけで行ったほうがいい所もあるのよ」
マルモはそれだけ言って、異世界の情報は何一つ教えてくれなかった。
「う~ん…でも、マルモがそう言うって事は何かあるって事だし……」
明日香は少し、考えたがやはり何か思うところがあるのだと思い、そこを追求するのは止めた。
「それで、もう行ける様にはなってるの?」
「ええ、今すぐ行ってくれてもいいのだけど…あなた達次第よどうするの?」
マルモのその言葉に明日香は梓に目配せして、どうするか聞く。すると、梓は小さく頷くのが見えた。
それを肯定と受け取り、明日香は。
「分かった。場所、繋げてもらっていい?」
明日香はそう言って、首につけているペンダントをマルモに渡す。
異世界に飛ぶには、その異世界の座標ともいえる場所を入力する事が必要になる。明日香達にはまだそれをする事ができないので、今のところはそれができるマルモか凜にしてもらっているのだ。
情報入力は跳び箱のほうでも鍵のペンダントの方でもいいので、保管している跳び箱よりも今つけているペンダントに情報を入力してもらったのだ。
「ん、できたわよ。それじゃ、ついでに箱も出すわね」
そう言うと、マルモの手のひらに複雑な魔方陣が作り出され、一瞬光ったかと思うと次の瞬間には手の上に跳び箱が乗っていた。
「マルモ、そんなのできたの?」
「ん?特定物質の超次元転移のこと?」
マルモの言っている言葉の意味は全く分からないが、多分そのことだと思い、明日香は頷く。
「この魔法、防御結界も無視できるから使い勝手はいいけど、凄い疲れるから正直いいかどうかって言われると微妙だけど」
魔法の事だけではなく、その感想まで聞けたが明日香には結界も無視できるという一点しか聞いていなかった。
「それじゃあ、私達を異世界に転送させることもできるの?」
「……できるけど、過労死する未来しか見えないからいや」
マルモの嫌そうな顔を見て、無理だということを認識して明日香は梓のペンダントとあわせて鍵を作る。
その鍵をマルモから受け取った跳び箱に差し込む。
「それじゃ、行ってくるね」
「ええ、行ってらっしゃい」
二人を光が包み、異世界へと誘った。
「おっと、今回は普通に着地できたわね…」
梓が少しほっとしながら辺りを見回すが、何の変哲もない住宅街。
特に何かあるというわけでもなさそうだ。強いて言うならば、一番最初にいた自分達の世界に似ている。と言ったところだろうか。
「ん~なんだろ?今回の世界、普通なのかな…とくに変わってるところもないし…」
どうやら、明日香も同じ意見だったらしく、梓は内心で姉妹だなぁ、と嬉しくなっていた。時間的には夕方で、人気はあまりない。
すると、何本か奥の道のほうから、戦闘音のような音が聞こえる。
明日香がそちらへ引き込まれるように動こうとしたので、梓は冷静に明日香を止めに入る。流石に、こう何度もトラブルに巻き込まれてはたまらないし、何より今は二人しかいないのだ。
そんな状態で、異世界での戦闘など利益と危険の天秤がつりあわない。
「明日香、今はこの世界がどんなものかを調べるのがさ───」
先、という前に轟音と共に、となりの家の壁が突き破られ少女が飛んでくる。明日香は冷静に少女の飛んでくる身体を受け止める。
少女の身体は全身傷つけられて、着ている服もぼろぼろになっていた。
見た目は高校生くらい、と言ったところか。黒と赤の制服に、白のラインの入ったプリーツスカート、という出で立ちだった。それが、行き帰りの途中で襲われたのか、それとも、何か戦うことのある仕事で服を着替えるのがめんどくさかったのかは、分からないが。
「って、うわっ!?」
冷静に分析していると、殺意の篭った風が明日香の前を横切る。反射的にその旋風を躱す。そして、その風を梓が魔法で打ち抜こうとすると、弾かれ一瞬だが、動揺する。
「……だれ、あんた達…じゃま、どいてよ」
風はその勢いを緩めると、緋袴を穿いた少女、詰まるところの巫女だった。
だが、巫女にしては似つかわしくない大鎌を手に持っていた。恐らく、この傷跡もあの鎌のものだろう。
生気の感じられない、吸い込まれるような漆黒の瞳と端正な顔立ちに明日香は一瞬心を奪われるが、その一言に正気に戻る。
「残念だけど、貴女がこの子を傷つけた理由を教えてくれるまでは退くわけには行かないよ」
明日香が少女を守りながら、そう言う。正直、絵的には明日香のほうが小さいので少しおかしな感じもするが仕方ないだろう。
少女は、気だるげに目を細めると、
「…めんどいなぁ、関係ない人や殺るなら、二姉に聞かないといけないから…もういいや」
そう言うと、少女はまた風のようになりその場から去っていった。
「とりあえず、どこか行きましょう。こんな所で留まっていてもあれだし」
梓の言葉に同意して、明日香達は休める場所を探した。
「ぅ…っ!!こ、こは…?」
少女が目を覚ますと、そこには二人の少女が仲良く寄り添って眠っていた。自分には毛布がかけられていて、その二人に助けられたと分かるまで。数十秒要した。
「この子達に、助け、られたの…?」
不思議そうに眺めていると、背の小さいほうの少女、明日香がうにゅ…と目をこすり意識を覚醒させる。
「お、おはよう…?」
明日香は、自分達がつれてきた少女が目を覚まして、いることに気付き梓を叩き起こす。梓はいきなり起こされて、何事かと回りを警戒して鈍い音をたてて机にぶつかった。
「っ~~~!!」
「……お姉ちゃん、バカ?」
明日香の冷静な一言に梓の心はたたき折られた。狭い空間で項垂れてもらっても困るので、仕方ないから明日香は梓を椅子代わりにして、乗って眼を覚ました少女に話す。
「えっと、名前教えてくれるとありがたいかな、なんて」
明日香は少し不安そうに話しかける。少女は二人に助けてもらったと理解しているので、自分の名を明かす。
「華陽、聖樹 花陽助けてもらって、ありがとう。感謝するわ」
「どういたしまして♪私は御影明日香、この椅子になってるのはお姉ちゃんの藤堂梓。よろしくね」
姉を椅子代わりにする妹とはどういうことなのか、と考えつつ。華陽に伸ばされた手をとり、握手をする。
そして、明日香は気になった事を聞いてみる。といっても、一つや二つなんて量ではないのだが、
「えっと、花陽でいいかな?私も明日香でいいから」
まずは名前だ。下手な呼び方で相手を怒らせてもいけないという、明日香の心境が読める。花陽はべつに構わないといった風にこくりと頷く。
その答えを見て、明日香は話を切り出す。
「じゃあ、花陽。まず聞きたいんだけど───」
「あいつは、私たち法魔師を狙った暗殺者よ」
花陽はまるで明日香の次の言葉がわかるかのように、質問を聞く前に答えを返す。
暗殺者、という割にはあの服装とはどういうことなのか、など更に疑問が湧いてきたが、とりあえず一つ一つ聞いていくべきだろう、と明日香は考えた。
「じゃあ、法魔師ってのは?」
「私たちの世界は聖玉がバランスを司っているの。それを破壊や汚染しようとする、呪獣を斃すのが私たち法魔師の仕事。異世界から来たんでしょう?あなた達、魔力でわかるわ」
花陽の最後の一言で一瞬焦ったが、とくに敵意があるようでもないので明日香はただ分かったことだけは警戒して、話を続けた。
「それじゃ、何でその聖玉を守る法魔師を殺そうとしてるの?自分達の世界を壊すなんて事────」
「おかしい?でもね、人間なんてそんなものよ。長い時間をかけて作り上げた自然をたったの数年、数十年で使い果たす。そして、足りなくなれば他の土地から奪い取って自分だけは生き延びようとする……人間なんて、所詮そんなものよ」
その言葉に聞いていた二人は反論する事ができなかった。あまりにも的を射ていたその言葉には反論の余地など入る隙すら存在しなかった。
「でも、貴女は人間で、その人間のために聖玉を守ってるんでしょう……?」
明日香の言葉に、花陽は一拍遅れて、首を振る。
「違うわ。私…いえ、私達法魔師は呪獣を斃すために自分たちの身体に細工がしてあるの。だから、私達は人間じゃない」
その言葉を聞いて、明日香はある少女を思い出した。自らを偽物だと分かってしまったがために、違う道へと進んでしまった少女。
だが、そのことは花陽が知ることではない。
「人間か、そうじゃないかは、貴女の決めることじゃない。本当の意味でそうなのかは、見た人が決めることよ」
明日香はそれだけ言うと、今度は花陽が聞いてくる。
「それで、貴方達はいつまで居るつもりなの?」
「ん~っと、情報集めるまでだけど…多分今回は相当時間がかかる気がするなぁ……」
明日香がそうつぶやくと、花陽が提案をしてくる。
「それじゃあ、私たちの学校に入った方がいいわ。実力主義だからすぐに上に上がれるし、何より貴方達みたいな上位の法魔師にも匹敵する人たちがそのへんを歩いているなんて言われた時には、いろいろ面倒事が起きそうだし……どう?」
明日香はそれを聞いて、ようやくマルモが自分と梓二人だけで行け、という理由がわかった気がした。
確かに、学校は異世界を旅するようになってからは縁遠くなった。明日香達にも、そちらの方が良い影響があるだろうとの、マルモの考えなのだろう。だから、明日香は。
「わかった、よろしくね!」
最高の笑顔で、その提案を呑んだ。




