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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
EX Episode-3
49/77

貴女の為に

 「今日から貴女の部屋はここよ」

 そう言われて、思い鉄格子を閉められた。それでも、良かった。だって、前よりは良かったから。あのときには戻りたくない、でもここだって変わらない。

 私は何処だって嫌われ者、何処だって忌み子。変わらない事実、変わらない扱い、それが変わることなんてないと思ってた。


 「ねえ、一緒に行かない?色んな世界を見てみようよ!!」

 そう言ってくれる人が来るまでは────


 私の名前?分からない、けどリゼリアっていつからか呼ばれるようになった。最初は識別名みたいな感じで私は受け入れていたけど、段々愛着がわいてきたって感じだった。

 初めの記憶…私の記憶がある頃から、私は奴隷だった。それも労働とか、暗殺用の精鋭を作るためじゃないくて、ただの性奴隷。権利なんてない。人としての扱いさえされないただの性奴隷。

 正直、思い出したくもない記憶だと思う。そもそも、あの時は言葉だってまともに理解できなかったから。そこからどれだけ時間が経ったか分からないけど、どこかの軍の人が助けてくれた。それから私は言葉と、リゼリアって名前を貰った。

 「わ、たし……なに、か…手伝える、こと無いですか?」

 少しでも役に立とうとがんばったけど、軍の人たちは笑って大丈夫、と返してくれた。それから、

 「何かあれば俺たちに言ってくれ、何でも相談に乗るからな」

 そう言ってくれた。

 それからしばらくした後、私は多分くらいの感覚だったけど、そう感じてしまった。だから、私はなんでも相談してくれ、って言った人に相談した。

 「わ、たし…赤、ちゃん…いる、かも…」


 そこから、私は痛い注射と変な薬をたくさん飲まされた。記憶が飛んで、全身を苦痛が襲って、気絶して、また意識が飛んでの繰り返し。

 最後は目の前が真っ赤になって、お世話をしてくれていた軍の人たちは皆真っ赤になって倒れていた。

 その時に、今私を育ててくれている人に助けられた。

 聞いたところによると、私は吸血鬼の捨て子だったらしい。だから、私は飲まされた薬で拒絶反応を起こして、暴走してしまったらしい。

 そこから巡り巡って、今の場所に居るという経緯に至る。

 「はぁ……くだらない…」

 リゼリアは自分の過去を思い返して、そう感想を残した。何一ついい事のない、まるでなんて言葉の必要のない、まごう事なき底辺の過去だった。

 今自分の部屋となっている、冷たい石の部屋。たった一つの窓から、月明かりが覗き込んでいる。だからと言って、何か起こるわけでもないのでリゼリアはさっさと寝ることにした。お世辞にも良いとは言えない古びたベッドに倒れこんで、意識を闇の中に放り投げる。


 基本、リゼリアが部屋の外に出ることは禁じられている。なぜなら、まだリゼリアが力のコントロールを完璧にできているかどうか、定かではないからだ。

 だが、外の景色は一つだけある窓から覗くことができる。と、言っても部屋自体が半分地下に埋まっているような構造なので、殆ど外の景色を眺めることなど出来ないのだが。

 その代わりなのかどうかは分らないが、必要なものがあれば言えば用意はしてくる。

 「今日から日記でも付けてみようかな」

 そう言って、持ってきてもらったものは、簡素な日記帳だった。

 「どうせやる事ないんだしちょっとくらいこういうのがあってもいいよね♪」

 そう言って、部屋、と表現するよりは檻と表現したほうが正しいような部屋で、リゼリアは一人、楽しそうに日記を書き綴った。

 四之月十二日

 初めて日記を書いてみた。どんなふうに書けばいいか分らないけど、どうせ誰も見ないんだからいいよね。


 部屋の中で、リゼリアはつまらなさそうに部屋の中をうろうろ回る。しかも、この日はリゼリアの苦手な医者の来る日だ。

 「あの人嫌い……いまいち意味のわからない質問してくるし、私を変な眼で見てくるし…」

 どうしよ…とベッドの上で転げまわっていると、謝って日記を落してしまう。日付は昨日のものだったが、

 「………え?」

 リゼリアがあり得ないものを見たかのように、否、実際あり得ないものを見たのだ。

 自身の日記には、自分の知らない誰かの言葉が書かれていた。そして、この日記には最初に貰った時以外、誰一人として触らせていない。

 なのに何故、自分以外の誰かの言葉があるのか、そこにはこう書かれてあった。

 『こんにちは、いやこんばんわ、かな?勝手に読んでごめんなさいね』

 ずいぶんと礼儀正しいが、勝手に覗かれたことには少しリゼリアも怒り気味だが謝罪の言葉が書いてあったため、少しは配慮する事にした。

 「やっぱこっちも挨拶とかしたほうが良いかな……?」

 と、若干的外れな心配をしながら、リゼリアは日記に挨拶を書き込む。

 『こんにちは、かな?あなたは一体誰なの?』

 こうして、奇妙な交換日記が始まった。


 交換日記が始まって一ヶ月が過ぎた。何度かリゼリアは日記を返してくれている相手の名前を聞こうとしたが、全て上手くお茶を濁されてしまう。

 それでも、リゼリアは気にしなかった。そこまで頑なに言いたくないのなら無理に聞く必要もないと思ったからだ。

 そして、いつものリゼリアの苦手な医者が来る日が今日なのだが───

 「え?今日は来ないの?」

 いつもなら絶対に連絡が養父母たちに来るはずなのだが、今回に限ってはそれもなく、突然の出来事だった。

 いつもなら、かなり嬉しいイベントなのだが、今回ばかりはそうとも言えなかった。

 (おかしい……あいつはあんなんだけど、医者だし連絡だけは真面目によこしてたから、余計に違和感を感じるわ…)

 リゼリアはそんな違和感を感じながら、代わりの医者の診察を受け一日を過ごした。それが、狂いだした歯車ともわからずに。


 交換日記が始まって四ヶ月が過ぎた。二人ともかなり打ち解けていて、リゼリアは日記を見ることがもはや日課となり、それが毎日の楽しみとなっていたのだが、

 「あれ?今日の日記……なんか、変…」

 リゼリアは開いてもいない日記の中を直感的に感じた。それが思い違いであるということを信じながら、ページを開く。

 もうこの日記も何回か新しいのを貰い、6冊目に突入していた。開くページはもちろん、昨日のページ。

 『ねぇ、貴方はもう見つけてる?』

 いきなりの問いかけに、リゼリアは頭に疑問符を出す。読み続けると、また短く書いてある。

 『部屋の右から3番目、窓から扉に向って2番目の石畳の下』

 何の事かよく分らないが、そこに何かあるのは確かだろう。それに、前も同じような手で色々リゼリアに本やら何やらをくれていたから、今回もそうだと信じ切って、言われた石畳をひっくり返す。

 少女の見た目でもやはり吸血鬼といったところか、その力で軽々と石畳を退けた所にあったのは少し深めの穴。どうやら縦だけでは無く、横にも掘ってあるようで中の全貌はこの部屋の少ない光量では見えなかった。

 それに夜でもないため、夜目を利かせればたちまち強烈な光に視界を奪われてしまう。幸いにも、リゼリアは穴の中に入れそうなので、穴の中に入りその中を確認しようとする。

 「うわっ……やっぱ暗いなぁ、ん?何、この臭い…鉄臭いような…」

 穴の中は眼を凝らせば何とか見えるくらいの視界だったが、その中は鉄臭いような、錆臭いような臭いと、それとは別の強烈な臭いが充満していた。

 「何この臭い……鼻に悪いわね…」

 さらに歩を進めると、何かの黒い影が見える。大きさ的には大人位の大きさか、それが3人分ほど。

 しっかりとそれを見るために、近づいて見てみる。

 「───え」

 そこに居たのは、否、あったのは銀の杭が全身に刺さって赤黒い池を作りだしているリゼリアの養父母、そしてリゼリアの嫌っていた医者だった。


 「な、なに、これ……」

 リゼリアはその光景に思わず尻込みしてしまう。その時、鋭い頭痛が走る。

 一ヶ月前から、こんなことは起こっていた。だが、それはすぐに治っていたし、ここまで酷くはなかった。痛む頭を押さえていると、何処からか声が聞こえる。

 『やっと見つけてくれた』

 「誰…なの……」

 『私は貴女、貴女は私』

 そんな声が聞こえる。それに応じるように、激しくなる頭痛に思わず日記を取り落とす。そして、開かれたページに書かれていたのは、

 『私の名前はアイリスちゃぁんと覚えてよね』

 そこに書かれていたのはリゼリアのスペルをそっくりそのままひっくり返した名前。

 「誰…なの、アイリスって、私、知らない、知らない!!」

 『おかしな事言うのね、貴女は自分が分からないの?』

 そんな声が聞こえる。だが、リゼリアは必死に否定する。自分は自分でしかない、こんな声は知らない。そう考えていても、理性の奥底では、それが自分だと認識していることに腹が立つ。

 「違う、私はこんなことしない!!貴女は偽物!!」

 頭を抑えながら必死に否定する。だが、響く声はそれを嘲笑うように。

 『偽物って…貴女が本物である証拠はあるの?』

 その言葉に、リゼリアは一瞬言葉に詰まる。

 「証拠なんて、私の中から声が聞こえるのだから貴女が偽者ということでしょう!?」

 『そんなの証拠にならないわよ?私が本物で、後から貴女が私の肉体に割り込んできたっていう事だってあるのよ?』

 そして、声は続ける。

 『何より、貴女が本物だという何よりの証拠───あなた自身の記憶はあるの?』

 それに、リゼリアは言葉を詰まらせる。記憶、それはリゼリア自身が要らないといって捨てたもの、そしてその記憶は戻ることはない。そして、それを証明するものは誰一人居ない。

 「っ、それは……!」

 『それに、仮にその記憶があったとしてもその記憶が本当に『あなた』のものとは限らないしね』

 その言葉に動揺が走る。

 「どういうことよ!私の記憶が私のものじゃないって!」

 『だって、言ったでしょう?『私は貴女で、貴女は私』だって』

 そう言われ、その意味を改めて理解する。

 「私の記憶が、貴女の記憶かもしれないって事……?」

 『大正解♪』

 今までの、記憶すべてが偽物で、自分が偽物で、聞こえる声が本物で、そうリゼリアに考えさせるには十分すぎる言葉だった。

 『認めちゃいなよ、貴女は私、私は貴女。辛いことも、皆あたしが引き受けてあげる』

 そんな言葉を呟く。引き受けてくれる、そんな言葉に思わず釣られてしまいそうになったが、

 「ダメ!ダメ……だからっ、この身体は私ので、この思いは私ので────」

 うわ言のように呟くリゼリア。アイリスは、追い討ちをかけるように愉しそうに言葉を囁く。

 『それに、あなたを縛る者はもういないのよ?ここから逃げ出すことも自由』

 「でも、そうでも…っ!私は、ここから出ない!また、こんなことが起きないように、私はずっとここにいる……」

 その言葉の最後には、少し後悔のような色を感じた。だが、その言葉を聞いて、アイリスは。

 『そう、なら私は止めない。言ったけど、私は貴女で貴女は私だから』

 でも、とアイリスは続けて、

 『お客さんくらいはちゃんとお出迎えしたほうがいいんじゃない?』


 アイリスに言われ、しぶしぶリゼリアはその客人を出迎える。

 (って…一人?しかも、私より小さい娘?)

 客間にいたのはリゼリアよりも小さい少女。しかも、この家は防犯のためとか言って、かなり凶悪な魔物たちを庭に放っていたはずだ。

 それを越えてきたということは、相当な実力を持っていそうだが、

 「ねぇ、貴女は私がどんな風に見える?」

 いきなり、少女はそんなことを聞いてきた。リゼリアはその意味がいまいち分からなかったが、素直に。

 「小さな、普通の女の子、かな」

 その言葉お聞いて、少女はリゼリアに抱きついてきた。

 「やっぱり!間違ってなかった!!私、翠!ねえ、一緒に冒険しに行こうよ!色んな世界を見てみようよ!」

 「ふぇっ!?い、いきなり何!?そんな事言われても……」

 リゼリアは少女──翠を引き剥がして、その言葉の意味を問う。

 「それに、間違ってなかったって、冒険って何!?」

 翠は、ちょっと走りすぎたといった感じで、咳払いをして改めて説明する。

 「えっと、ごめんなさい…ちょっと、興奮しちゃって…私が普通の人間、なんて言ってくれる人に会うの初めてで…私は風城翠ですっ」

 その言葉に少し不自然さを感じた。

 「初めて…?」

 「うん……私、普通じゃないって言うのは、何となく分かるでしょ…?」

 リゼリアは翠の言葉に同調する。確かに、常人ならばこの家に来る前に確実に骨になっていただろう。それに、翠には目立った傷一つ無い。

 「ええ…でも、どこが普通じゃないの…?」

 リゼリアは翠の言う『普通じゃない』が気になって、聞いてみた。

 「私…分かってると思うけど、異常なまでに強いの…前の世界、私の生まれた世界で呼ばれた名前が『 神害の少女パラノイア』だったっけ」

 「なに、その名前…」

 リゼリアが名前に衝撃を受けていると、翠は笑ってその名前について答える。

 「何って、私が世界そのものに影響を与えちゃうから、さっさと死んじゃえ、とかそんな風に考えてつけた名前じゃない?」 

 「そんな風にって……!!それで───」

 リゼリアは言葉を続けようとしたが、翠がそれを遮って、

 「大丈夫、な訳ないよ……だから、私はその世界から逃げてきた」

 その表情から読み取れるのは、悲しみとなぜこうなったのかという疑問と、後悔だった。

 「それで、なんで私なわけ?別の人でも良かったんじゃないの?」

 「それは……私を本当の事を知って普通に対応してくれる人なんていないから…」

 弱気な翠の言葉に、リゼリアがたたみ掛けるように言葉をかける。

 「だから、私みたいなのを探してたって事?それは、同情してもらうため?」

 「ち、違うよ!ただ、私は…そんな娘達と一緒に過ごせる場所が作りたかったの!」

 「そう、でも私は行かない。だって──」

 「また人を傷つけちゃうから?」

 リゼリアの思っていた事をぴたりと言い当てる。リゼリアは苦い表情をしてから、それに肯定する。もう知らない間に、親しい者や親しくなった者が死ぬのが嫌なのだ。

 「大丈夫だよ、私は、死なない。絶対」

 「っ!どうして、そんなことが言いきれるのよ!そんな保証どこにもないじゃない!」

 翠の言葉に思わず、強く当たってしまう。しまった、と思う時にはもう遅い。言った言葉を訂正するにも、リゼリアにはそんな勇気はなかった。どうしようと内心おどおどしていると、翠は口を開く。

 「私は、誰よりも強くなって、皆を守って見せるから。リゼリア達みたいな子も、ほかの人たちも、普通の人も、皆がハッピーエンドを迎えられる世界を作って、そこを守るために」

 リゼリアはその言葉を聞いて、翠は馬鹿なのではないかと、思ってしまった。

 強くなるのはわかる。そして、その力でリゼリア達のような境遇の子供を守るのもわかる。だが、どうして、普通の境遇の者まで守るのか、そいつらこそが、自分たちを迫害し、痛めつけ、忌み嫌ってきたというのに、

 「私が馬鹿だって思った?そうだよね…私も、考えた時はそう思ったもん…でも、考えてみて。もしも、私がリゼリア達みたいな子を皆守ったとして、その子たちが、今度は私たちを迫害してきた人たちに復讐したら、どうするの?それこそ、終わらないでしょう?」

 確かにその通りだった。終わらない連鎖を想像して、ぞっとする。

 翠は優しく続ける。

 「だから、私は皆を守る。貴女も、貴女の中の娘も」

 「えっ!?分かって、たの…!?」

 リゼリアが驚いていると、翠は気付いていないとでも?とでも言いそうな表情で、

 「うん、初めて会った時からなんとなくリゼちゃんの中になんか別の子が入ってるなぁって思ったし」

 リゼリアはそのなんとなくで当てられたことに驚いた。そして、少し思った。

 この子なら、いやこの人なら私を止めてくれるかもしれない。

 「……ほんとに貴女は、死なない?」

 リゼリアの祈るような言葉に、翠は至極真面目な口調で、

 「死なない。私が、皆を救うまでは」

 「………そっか、分かった。────信じる、翠を」

 リゼリアの言葉に、翠はぱっと顔を輝かせる。

 「本当!?ありがとっ!!これからよろしくね、二人とも!!」

 リゼリアは嬉しそうな翠に、くすっと笑って、

 「うん…よろしく、翠」

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