闇を抜けた先
「───か、──すか!明日香!!」
若干涙声の叫び声が明日香の鼓膜を震わせる。少し痛む身体に活を入れて身体を起こすと、今にも泣き出しそうな梓の姿があった。
「良かった!!目が覚めた!!!」
しかも起き上がった途端に抱きついてくるのだから、まだ傷が治りきっていない明日香にとっては、ありがた迷惑な追い撃ちだったが、
「あ、ありがと…でも…離れて…いたい、から…」
そう言われて気付いたのか、梓は急いで明日香から身体を離して、もう一度「大丈夫?」と聞くあたり梓らしい。
明日香は、少し頬を膨れさせたが不機嫌そうな様子はなく「大丈夫だよっ」と短く答えた。それを聞いて梓も安心したのか大きなため息を一つつくと、
「良かった…あ、明日香それとひとつ報告しておきたいことがあるの」
姉の顔ではなく、ギルドマスターとしての顔をしていたので明日香も真面目にその言葉に答える。
「何?また新しい吸血鬼がリュカたちを襲ってたの?」
「いや……そうじゃないんだけど…」
そういう梓の表情は少し困っていて、なんと言うかうまく言葉で言い表せないようなそんな感じだった。
「あの人…リスティさんの本当の正体が多分だけど分かっちゃったの…」
その声は少し低く、気のせいか梓の顔も少し青ざめて見えた。こんな反応をするのは明日香が見ても初めてだったため、柄にもなく梓の話に緊張する。
「あの人───リュカを眷属にした人、だと思う…それにまだ何か隠してるっぽい。それもアリシア達も一緒に」
アリシア達と一緒に、その言葉が表す事とは即ち───
「リスティさんは私達のお母さんと何かしら関係があるって事?」
その言葉にコクリと首肯する。確かに、思い当たる節はいくつかあったが確証には至らなかったため何も言わなかったが、やはり関係はあったということだろう。
「でも、何でわかったの?そんな素振り私たちに一つも見せなかったじゃん」
「そりゃあ、私たちに感づかせないためでしょうよ。まあ、私がちょこっと裏ワザ使ったけどね♪」
梓はウインクしていたずらっぽく微笑んでみせる。明日香はそれに苦笑で笑い返すと、
「お姉ちゃんって、私が見てないと結構無茶するよね……」
「ま、明日香のためだし…ね?」
何に同情しろというのか、そう振ってくる梓に明日香はジト目と無言で返して無理をしすぎるな、と圧力をかける。
「ちょ…悪かった!無理したのは謝るから!!だからその目は止めて!何かに目覚めそうだから!」
梓はそう言いつつも少し微笑んで、いつものやり取りに安心しているような、そんな雰囲気があった。
二人は言い合ってくすくすと笑いあうと、改めて明日香は今寝ていた場所───恐らくあの吸血鬼の城の一室を見回す。
家具が最低限しか置いていない質素な部屋。だが、それでも何かが住んでいた気配、というものは感じた。
それは、明日香が起きたばかりで感覚が敏感になっているからかもしれない。
「今からリスティさんの所に行って真実を暴きに行くわよ」
「なら、私も混ぜてもらおうかしら♪」
いきなり部屋に新たな声が響き、その方向を振り向くとそこにいたのは紫色のショートカット、そして切れ長の瞳と恐ろしいまでの魔力を有した少女。その姿はまごうこと無きリュカを眷族にしたあの吸血鬼だった。
「あんた…!いや、丁度いいわ!私の裏ワザその2を見せてあげる!」
梓がそういうと、一瞬で結界を作り出す。明日香が見る限り、結界内の者を外に出さないタイプの決壊のようだったが、それ以外に特筆すべき点はないように見えた瞬間。
「っ!?あんた…!私の魔力を遮断してるの……っ!?」
少女が苦虫を噛み潰したような顔で、とんでもないことを梓に向って言ってのける。
魔力の遮断。それは、対象の魔力を完全に把握していなければ出来ないような技だ。しかも、遮断する対象の魔力を把握するには、直接相手の魔力に触れるか、それとも相手に直接触れて魔力を調べる以外に方法はない。
そして、梓は今の今まであの少女の魔法にも触れてないし、直接接触したわけでもない。
なのに、何故あの少女の魔力を遮断できたのか。
そう思っていると、梓は得意げに話してくれる。おそらく事態を理解できていない明日香の為だろう。
「この結界は特定の魔力を持つやつに反応してその魔力を吸い取る特製の結界よ。まあ、結果的には遮断と似た様な効果になるのかしら」
自慢げに梓がそう話すと、少女が忌々しそうに呟く。
「だからといって、あたしとそのリスティって奴が一緒だっていう証拠はなかったはずよ……」
「そうね、普通なら分からないでしょうね。でも私は───魔力の『波動』を見る事が出来るから」
梓が得意げに笑う。対照的に吸血鬼の少女は何を言っているのか分からない様な表情になる。
その反応は一般的には正しかった。なぜなら、魔力の波動は言うなれば指紋にも似たようなものでそう簡単に分かるものでもないし、判別などほとんど不可能に近いのだ。
波動は言った通り、指紋のようなもので魔力のその根源ともいえる部分が波動なのだ。
それをいとも簡単に見抜くともなると、その能力はほとんど反則。チートといっても過言ではない能力だ。それを扱える梓は文字通りの反則に近い能力者だった。
(お姉ちゃん…そんな凄い能力持ってたんだ……)
改めて、明日香は梓の、姉の凄さを実感した。吸血鬼の少女はしばらくの間をおいて、諦めたように抵抗を止める。
「何?これで降参って事?」
「そうね…これ以上あがいても遮断されてるんじゃ私、何もできないしね…話せることだけなら話してあげるわ」
あまりにもあっけない幕切れに、少し不信感は抱くが梓が結界を解かない限り、この状態は続く。向こうが大人しく手を引いている以上、今のところは少女の動きに警戒するだけでいいだろう。
「……それじゃあ、話してもらおうかしら。まず、貴方はリスティさんの裏人格、またはそれに近しい何か、その認識で合ってる?」
「ええ、そうよ。私はリスティの裏人格。だけどちゃあんとアイリスって名前があるのよ?だから次からはそう呼んでほしいわね」
吸血鬼の少女───アイリスはくすくすと笑いながら、梓にそう語りかける。梓は少しむっとした表情を作ると、
「私の推測は合ってたって訳ね…それと…アイリス」
「何かしら?」
アイリスは楽しそうに笑う。対照的に梓はそこまで楽しくなさそうだったが、そのあたりは今は関係ない。
「どうして、大人しく捕まったの?」
梓が少しためを入れて質問する。アイリスはその質問に変わらない楽しそうな笑みで答える。
「だって、こんなの普通に抜けられるし、ね♪」
そう言った瞬間、明日香は身構えアイリスを押さえつけようとしたが、
「遅いよ、明日香ちゃん」
身体強化の魔法をかけた明日香の動きを見切っただけでなく、明日香の捕縛を躱すとさらにマウントポジションで、明日香の身体を押さえつけていた。
「えっ……!?」
何が起こっているのか理解できていない明日香にアイリスは、
「駄目よ、相手が魔力を遮断されてるからって油断しちゃ。まだまだ明日香ちゃんより強い人なんてたくさんいるんだからね?」
そうアイリスは言うが、身体強化を施した今の明日香であればアリシアの反応速度すらも凌駕する。つまるところ明日香は条件付きではあるものの、ギルド内で近接戦闘では敵なしなのだ。それすらも魔法の強化なしで、たやすく明日香を押さえつけそれもその動きを完璧に封じている。
「ま、私が昔勢いでやっちゃったあの娘の眷族化は解いておくわ」
アイリスはそう言って、明日香の身体の上から退くと去り際に、
「あ、あと私よりもリスティの方が強いからね」
と、言い残して去って行った。
「なあ、ブラン?どうしてこんな所に家を新しく建てる必要があるんだ?あそこでも別に問題ないだろう?」
リュカが、不満げに口を尖らせながらブランに言っている。
今二人が居る場所は、リュカに薦められた宿の近くの森の中だ。その森には常に霧が立ち込めていて、一寸先も見えないことが普通とまで言われるほどの森だ。
「あそこに住んでいたらいずれ別の吸血鬼たちが私たちを狙いに来るわ。しかも私のお父様、が居なくなった分余計に分別をわきまえないたちの悪いやつらがね」
ブランは吐き捨てるように言う。それに、リュカはなるほど…と、感心していてブランは本当に大丈夫なのかと、少し不安になったがいざとなったら大丈夫だろう。
自分は確かにその目でリュカが自分を命を賭けてまでも守ってくれていたのを見ていたのだから。
「そういうことだからこの辺に新しく家を作るのよ。この辺はいつも深い霧が視界を遮るから相手に気づかれる前にこっちが先に気づいて対策も打てるしね」
ブランが少し得意げにそう話すと、
「やっぱりブランは凄いな…」
「な、何よ…いきなり……」
少し照れながら答えるブランに、リュカは「なんでもないっ!」と言って背中に抱きついた。いきなりされたことに戸惑いを覚えながらも、ブランも悪い気はしなかったので大人しく抱きつかれていると、
「二人で何をやっているんですか?」
と、いきなり声が聞こえた。リュカの抱きつきのおかげで少し警戒心が鈍っていたのか、ほかの者の気配に気づくことができなかった。
リュカもブランから離れ、声の主と相対する姿勢をとる。
すると、ぼやけていた姿がはっきりと見え始め、そこにいたのはアリシア達と行動を共にしていたリスティの姿だった。
「なんだ、リスティか…驚かせないでよ」
リュカはほっとため息をついて言う。リスティも、同じく驚かせてしまったことに申し訳なく思って「こちらこそごめんなさいね」と、かわいらしくウインクして言っていた。
「それで、なんでリスティはここに来たの?アリシア達はいいのか?」
「いいのよ、それに今私が用事があるのはリュカ、あなたなんだから」
リスティ、否リゼリアはそう言って優しく微笑むと、リュカの額に口づけをする。何が起きているのか理解できていないブランとリュカをさし置いて、リゼリアはその口付けに眷属解除の特殊な魔法を込める。
すると、周りの霧が淡く輝きだし、リュカの周りに魔力が集まってくる。その光景は神秘的で、ブランはその光景に自然と見惚れてしまっていた。
「これで良し、それじゃ私はこれで失礼するわ───二人でお幸せにね♪」
リゼリアは最後に二人にそんな爆弾を投げつけてどこかへと飛び去って行った。二人はそんな言葉に顔を赤らめた後、嬉しそうに笑いあう。
今までの事は全て無かったかのように。




