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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-4 常闇の世界と吸血姫
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ただ一人の友達

 「リュカの事を傷つけたこと1000倍返しで後悔させてあげる!」

 明日香が緋焔と闢零を重ね合わせるようにして、魔力を流す。

 「今回も全力で行くよ!『再構築リコール夜叉天閃・神薙』!」

 二人の悩ましげな声が頭の中で響いているが、それはもう恒例行事なので仕方がない。二つの剣が淡い光に包まれ、新たな剣を作り出す。

 今、明日香の手にあるのはアリスが刀の姿となった『輝龍刀・七皇』と二人を合わせた剣である『夜叉天閃・神薙』の二本。明日香の最強武器ともいえる二振りだ。

 双刀の鞘に手を置いて、居合いの体勢をとる。吸血鬼は音速にも近づく速度で、明日香との距離を詰めるが、明日香はそれにも動じず、双刀を刹那の速度で振りぬく。

 「御影流『天閃』!」

 明日香は自分の身体を魔法で強化しての、神速の居合い。流石の吸血鬼も音速を超える攻撃は躱すことができないのか、相手が痛みを感じる間もなく体が上下に分断されていた。

 だが、相手に目立ったダメージも見られない。なぜなら、相手の顔は愉快そうに口を歪めていたからだ。

 「なるほど、速いな…だが、この程度では我は倒せない『ニブルヘイム』」

 吸血鬼の手に現れたのは、空気すらも凍てつかせる絶対零度の槍。触れるどころか、掠めるだけでもその温度が明日香の体力と体温を奪っていくだろう。

 (なんかまたヤバそうなの出してるし…炎の次は氷って、緋焔と闢零残念ながらパクられてるわね…他意はないんだろうけど)

 そんなことをため息交じりに考えて薄く笑う。どんな時でも笑えなくなってしまってはいけない。ピンチの状況下であっても絶対に笑ってやる、というのが明日香の数少ない自分の中での決まり事だ。

 「その身を絶対零度に凍てつかせるがいい…!」

 吸血鬼は明日香にも負けずとも劣らない速度で接近し、槍での鋭い突きを繰り出すが、甲高い音と共に弾かれる。

 弾いた明日香の手には何も持っていないように見えたが、それはアリスの剣の姿である『七皇』の特性だ。決して何も持っていないわけではない。

 ただ、吸血鬼の方には明日香がただ手を振るっただけで、槍を弾き返したと捕らえられただろう。

 戦闘では相手よりもアドバンテージをとり続けなければいけない、たとえ見た目が不利に見えていても、最終的なアドバンテージがあれば逆転など取るに足らないことだからだ。

 そういう点においては、明日香の『七皇』は最高の武器といえるだろう。

 「行くよ…『次元断』っ!!」

 明日香が相手には見ることのできない七皇を振るう、刹那吸血鬼を不可視の空間を喰らう斬戟が襲い掛かる。

 音もなく切り裂かれる床を吸血鬼はすんでのところで躱す。この攻撃を躱すとなると、ほとんど超人的な反射神経なのだが、それは今に始まったことではないだろう。

 (あいつには破られたけど…今度は失敗しない!)

 明日香は、位置を少しずつ変え、梓とリュカを巻き込まないような位置取りに変える。

 「御影流『絶華繚乱』!!」

 明日香の神速ともいえる剣閃が数百数千の空間を抉り取る刃を作り出す。

 一発であれば躱すことも可能だろうが、弾幕となってしまえばその難度は跳ね上がり、不可能と言わしめるほどになるだろう。

 「むっ…!」

 だが、それでも吸血鬼はしぶとく紙一重のところで残戟を躱す。

 「──いつまでも明日香だけが相手だと勘違いしないほうがいいわよ?」

 という言葉と、背後からの魔法弾。流石に対応できずにまともに受け、弾かれた衝撃で残戟に当たる。

 「小癪な…っ!」

 吸血鬼の攻撃が梓へと向かうが、その攻撃は透明な壁に阻まれる。

 そして、その壁をまるで弾丸のように圧縮して飛ばす。動きを止められて、体制の崩れた吸血鬼に直撃する。

 先ほどの明日香の『次元断』で右腕を吹き飛ばされ、更に梓の魔法で脇腹をえぐり取られる。出血こそないものの、かなりのダメージは与えているはずだ。その証拠に先ほどまで見せていた余裕の表情はどこかへと消え去っていた。


 (う……?わ、妾は何を……)

 リュカはいまだに節々が痛む体を無理やり起き上がらせようとするが、力が入らない。顔を横に向けると、そこに見えたのは明日香と梓が戦っている姿。

 自分はそれに巻き込まれないような位置取りになっているのだろう。吸血鬼が飛ばす漆黒の魔法弾は梓がこちらに飛んできたものを器用に魔力壁で着弾点を変え、物理攻撃は余波がこちらに来ないように明日香が配慮していなしていた。

 リュカは何もできない自分に腹が立ったが、今は指をくわえて見ることしかできない。だが、それでも何か出来ることはあるはずだと、頭の中で必死に考える。

 (何か…ないのか?妾に出来ることは…)

 そう頭では考えるも、とうの自分の身体はこんな状態だ。動くことはおろか、考えることでさえも痛みに思考を阻害されてしまう。

 今できることと言えば、威力もごく小さい魔法を一発撃てるくらいだ。それで、どう戦況を変えるのかと考える。それが、明日香達の為、そして自分のことを『友達』と呼んでくれた少女の為になると信じて。


 「はあっ……はあっ……なんてしぶとさ…吸血鬼とか以前の問題よ…!」

 梓は魔法を放ちながら、歯噛みする。吸血鬼は右腕が無くなり、脇腹が無くなっていてもしぶとく戦い続けている。しかも、吹き飛んだ脇腹は再生を始めている。

 吸血鬼にしても異常とまでいえる再生力、やはり『夜光の天皇カレイドロード』を名乗るだけあるのだろう。

 接近戦で相手と常に相対している明日香にも徐々に疲れが見え始める。いくら常人とはかけ離れた体力や身体を持っていても、限界というものは存在する。

 長い間一緒に時間を共にしてきた梓にしか分からないくらい小さな差だが、それでも明日香の動きにも少しずつだが隙が見え始めていた。

 (不味いなぁ…このままやり続けてもジリ貧だし、どうにかできないかな……具体的には、体全部を『次元断』で吹っ飛ばしたり)

 ずいぶんと物騒かつ即物的な考えだが、確かに今の状況ではそれが最善手なのかもしれない。

 その考えはもちろん奏那にもアリスにも伝わり、その意見に反対するものはいなかった。もとより、そのつもりだったのかもしれないが。

 (ますたー、一つ考えがあるの)

 アリスが明日香に語りかける。明日香は目の前の敵から一切目を離さず、そして隙を見せることなくアリスと会話をする。

 (何?あるなら何でもいいよ、言ってみて)

 明日香が、そう言うとアリスが、

 (私の能力でますたーの幻影をを一瞬だけ、作って奏那が能力で本物そっくりの気配を作り出す。それと同時に私の力でますたーの姿を消して、零距離で『次元断』を打ち込む……駄目かな?)

 いつからそれを考えていたのかわからないが、少なくとも現段階ではあの馬鹿げた再生力を持つ吸血鬼には最良の手段だろう。何より、今は先ほどとは違い判断力が若干とはいえ落ちており、今ならばそれでも通じるかもしれないというわずかな希望にかけて。


 「お姉ちゃん、二人とも…やるよっ!」

 明日香がそう言って前に飛び出す。吸血鬼のほうもまだ余力を残していたのか、

 「貴様らの好きな用にはさせんっ…!『ヘルヘイム』!」

 そう吼えて呼び出したのは禍々しいほど漆黒に染まった大斧だった。

 その名前に違わず威圧感も相当のものだったが、一目見て分かったことはあの斧自身から発せられるおぞましい瘴気だ。恐らくそれに当てられれ自分達ならばともかく、並みの吸血鬼ですら危うい。

 それを扱えるということは、やはり吸血鬼の王ということなのだろう。

 (アリス、奏那やるよっ!)

 ((はいっ!))

 三人の息がぴったりと合わさる。梓は、明日香達が動くタイミングを見計らって一瞬相手の視界をさえぎるように、魔法を床にぶつけて視界を遮る。

 が、そんな些細な妨害はすぐさま吸血鬼の持つ大斧に振り払われてしまう。それでもいい。一瞬、という時間を稼げたのだから。梓は明日香を信じる。

 吸血鬼が遮られた視界を払った瞬間。目の前にあったのは明日香───の幻影の姿だ。

 だが、吸血鬼は気付かず大斧を幻影に振り下ろし、その幻影を跡形もなく吹き飛ばす。その暴力的な余波が梓やリュカのほうまで伝わってきていたが、そこは問題ではない。

 そして、吸血鬼の背後から気配を感じさせず現れた明日香が、これまでの戦いに決着をつけようとする。

 「これで終わりっ!!」

 明日香の全力を込めた次元断が吸血鬼の身体全体を吹き飛ばす。先ほどの吸血鬼一撃ほどとはいかずとも、十分衝撃波が梓にも伝わってきた。

 そして、最後に立っていたのは────


 「───ッ、はあっ、はぁっ……」

 息を切らしている明日香、そして横でその身体を支えている奏那達だけだった。

 「これで…本当に終わりでいいんだよね…?」

 明日香が肩で息をしながら誰に問いかけるわけでもなく呟く。

 それに奏那が息絶え絶えで同調する。

 「その…はず、です…お嬢様の次元断は確かにあの吸血鬼を吹き飛ばしたはず、です……」

 因みにアリスは電池切れなのか、姿を消していた。

 「やったね、明日香…」

 梓が床にへたり込んで、明日香に勝利宣言をする。確かにあれほどまでの戦闘は今までになかったので、そうなってしまうのも無理はないのかもしれない。

 明日香もつられてへたり込みそうになったが、最後の力を振り絞ってもう一人の少女の下へ駆け寄り、回復魔法をかける。とはいっても、少女も吸血鬼なので刺された傷もかなり回復していたのだが、

 「……ゲホッ!はぁっ…はぁっ……わ、たし……」

 血の混じった堰を吐き出しながら、ゆっくりと起き上がる。梓もへたり込みながらもきちんとリュカに回復魔法はかけていたようで、そちらは既に動けるようになっていた。

 「だ、大丈夫か…?」

 リュカが駆け寄ってきて、心配そうに少女に声をかける。少女のほうは少し不機嫌そうに、

 「大丈夫な、わけ…ないでしょ…!」

 少女はそう言って、よろよろと立ち上がる。そして、リュカを指差して、

 「あと、私の名前はブランよ、覚えておきなさい!」

 無理をしている感じは否めなかったが、リュカは苦笑して「わかったよ」と返した。


 傷がきちんと回復して二人が問題なく動けるようになるまで魔法を数分間かけ続けている間、明日香はふと思った。

 (あれ……?今回ここに来た目的ってなんだっけ……?)

 そう、今の今まで忘れていたので行く前のことを思い出してみる。

 ───確か、次行く世界の事でマルモの何か微妙なヒントを貰って……で、その後追いかけられてるリュカを匿ったり、リスティさんが乱入してきたり…………あれ?やっぱり何が目的だったか思い出せない…───

 と、明日香が内心で首をかしげていると、梓が明日香の思い出せなかった本来の目的を言ってくれる。

 「ねえ、二人とも私達の母親、風城翠の事何か知らないかしら?」

 明日香は口には出さずそれだ!と、心の中ですっきりしていた。そしてリュカとブランの二人は少し考え込むと。

 「名前は分からないが、かなり昔に恐ろしく強い幼女がふらっと現れてどこかの吸血鬼を連れて行った、という話は聞いたことがあるぞ」

 「ええ…それは私も聞いたことがあるわ。でも私が聞いた話だと『連れて行った』って言うよりも『拉致った』って表現に近かったわ」

 その辺の微妙な表現の違いは置いておいて、少なくともこの世界に二人の母親が来ていたのは間違いないようだった。

 ただ、問題は吸血鬼の言う昔の感覚ならば確実に証拠はなくなっている、ということだ。

 「どうするの?お姉ちゃん、一応目的は達成したけど…」

 「まぁ…無いものは無い……からね、仕方ないでしょ?一応無駄足ではなかったんだし」

 二人がどうしよう…と会話をしていると、

 「妾たちもどうするべきか考えないか?」

 リュカのそんな言葉にブランは「ふぇ?」とおかしな声を上げて反応する。

 「いや…『ふぇ?』じゃなくて…おま──ブランの親もいなくなったし二人とも多分身寄りなんていないだろう?だから…その、一緒に暮らさないか?」

 リュカのその言葉にブランは顔を真っ赤にする。

 「ふぇ、ふぇえ!?ちょ、何言ってんの!?そんな──」

 「い、いや妾はブランがいやなら無理にとは言わないが…」

 「い、いいけど!!いきなりそんなこと言うな!びっくりするだろ!!」

 そんな会話を明日香たちはフラフラの身体で聞きながら、意識を闇に手放した。

 最後のほうに二人の焦るような声が聞こえたが、既に限界を超えていた二人にはそれが意識をとどめるものとはなりえなかった。

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