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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-4 常闇の世界と吸血姫
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言えない思い

 「我に歯向かうのか…ならば、我の力に屈すると良い!矮小なる羽虫どもよ!!」

 吸血鬼がリュカに襲い掛かってくる。少なくとも、リュカは躱しきれない速度だ。とっさの判断で、明日香が緋焔を投げつけて、人の姿に戻す。

 「くぅっ……想像以上にっ……!」

 緋焔が苦しげに吸血鬼の一撃を受け止める。重い音を立てて、緋焔が少し後ろに後ずさってしまう。それほどの重さを持った攻撃、恐らく明日香達なら吹き飛ばされて下手をすれば致命打になっていただろう。

 「耐えただと?ならばこれならどうだ?顕れよ『ベルフェゴール』」

 吸血鬼の声で、紅蓮の炎を纏った悪魔が現れる。しかも相当高い魔力量だ、その悪魔は紅蓮の焔を纏った剣に姿を変える。

 明日香はそれを見て、緋焔達と同じ部類なのかと考えると、

 「あんな下級の眷属武器と一緒にしないでください!」

 緋焔が嫌そうな顔をしながら、明日香に叱責する。そのまま同時に、剣の姿に変えて明日香の手元に戻ってくると、

 (私が本物の力を見せてあげます!今回だけですからね!!)

 瞬間、緋焔の刀身が金色の焔に包まれる。だが、その炎に熱いというような感じはなく、むしろ温めてくれるような、そんな感じがした。

 (『蓮獄焔舞スパーダ・フェルグトリア』!!)

 金色の焔に緋焔が包まれたと同時に、闢零が明日香の手を離れリュカの元へと飛んでいく。リュカには、梓がついているから心配はないはずなのだが、と思っていると、

 (ね、姉さんの…技は、私がいると…邪魔、だから……)

 闢零はそう明日香に伝える。刹那、明日香の周りに数十本もの炎の剣が現れ、明日香の周りを浮遊していた。

 「これ…緋焔が作り出してるの?」

 (はい、これくらい私が本気になればちょろいです)

 やけに嬉しそうな緋焔にちょっと苦笑しながら、明日香は改めて緋焔を握る力を強めて、吸血鬼に相対する。

 「さあ…行くよ!!」


 明日香のほとんど溜めのないような独特の動き方で、一気に吸血鬼との間を詰める。そして焔をまといリーチの伸びた緋焔で吸血鬼を袈裟懸けに切り裂こうとするが、一切の無駄な動きなく吸血鬼に躱されるが、

 「それだけじゃないよっ!いっけぇ!」

 明日香が緋焔を吸血鬼に向けると、数十もの炎の剣が一斉に吸血鬼に向かって襲い掛かった。吸血鬼はそれを何となくだが予見できたのか、特に驚く様子もなく淡々と躱し続けるが、一発、また一発と吸血鬼の身体を掠めていく。それと同時にかすかな違和感を明日香は感じた。

 (どういうこと…?緋焔の作った炎の剣であいつに傷をつけているはずなのに全く相手の力が衰えていく感じがしない……?)

 そう、緋焔の作り出した炎の剣は僅かながらに吸血鬼を倒すための光属性魔法を込めている。だから、致命傷を与えられずとも複数回攻撃を当て続けられれば、多少は力をそぎ落とせるのだが、あの吸血鬼はどれだけ攻撃を当てても一向にその力が落ちる気配がない。

 吸血鬼が光に耐性が聞いた事がない。恐らく何か仕掛けがあるのだろうが、今の明日香では見破ることができない、そう歯噛みしていると、

 (お、お嬢、様…聞こえ、ますか?)

 闢零の声が、頭に響く。

 (聞こえるよ、どうしたの?)

 (あの吸血鬼…少し、おかしいです…魔力の反応が、中に、もう一つあるんです)

 闢零の言葉に明日香の違和感が確信へと変わる。それと、同時に攻略法も自然と浮かび上がっていた。

 (ありがとう、闢零。お陰で何とかなるかもしれない!)

 明日香が次々と炎の剣を吸血鬼へと差し向ける。だが、今回の攻撃はただ闇雲に吸血鬼を狙っている訳ではない。

 「ぬっ…!?」

 吸血鬼が初めて同様を見せ、紅蓮の剣で飛んでくる炎の剣に応戦するが、もう遅い。

 「くらえっ!!」

 明日香の炎の剣が、吸血鬼のもう一つの魔力反応───今は吸血鬼の外、場所ではシャンデリアの若干後ろくらいにある魔力の塊を狙う。

 「うぐおおおおぉぉぉぉぉっっっっっっ!!?」

 その魔力にヒットすると、吸血鬼は苦しみだし、その姿を消す。そして、シャンデリアの付近から落ちてきたのは小さな少女だった。


 「痛っ~~~くっそ…どうして、バレたのよ……」

 「あんたが、今回の犯人?」

 明日香が倒れた少女を見つめながら、詰問する。少女は悔しそうに唸るが、今の明日香の前でおかしな行動などすればタダではすまないことも少女は、明日香の出している雰囲気で理解していた。

 「そう…だよ……」

 「何であんな事したわけ?リュカを狙った理由は?」

 明日香がそう言うと、少女はなぜか押し黙ってしまう。明日香はどうしたのかと思ったが、少し後小さな、耳を済ませなければ聞こえないような小さい声で、

 「…が……ったのよ…」

 「なんて言ったの?」

 明日香には聞こえなかったのかもう一度少女に聞き返すと、少し紅く染まった顔でもう一度、

 「だから、と…だちが、ほし……ったの!」

 「もう一回言ってよ!聞こえないじゃん!!」

 聞こえなかった明日香が若干ご機嫌斜めに、少女はさらに顔を赤くしてう~っ!と唸ると、


 「だから!!友達が欲しかったのよ!!!」


 少女の全てを吐き出すような答えを聞いて、リュカがそっと少女に近づく。少女のほうはビクッと身体を震わせる。

 「……別に、あんなことしなくても良かったのだぞ?」

 リュカの頬はいつの間にか少し赤く染まっていた。小さな手を少女に向けて伸ばすと、少女も恥ずかしそうに手を伸ばそうとした瞬間───

 「……え?」

 少女の体から武骨な手が生えていた。

 何が起きているのかわからないまま血を吐きながら倒れる少女。そして同じく理解のできていないリュカは、

 「な、何が…」

 「我が名に泥を塗るとは…娘としても許すわけにはいかぬ」

 後ろから男の声が聞こえ、その姿が露わになる。その姿は少女が姿を借りていた姿と瓜二つ、というよりは全く同じ姿だった。

 「お、とう……様…?」

 少女の掠れた声が少女の父親だということを全員に知らせた。そして、少女の父親であろう吸血鬼の魔力は、少女の見せた幻影の数倍はあった。どう動けばいいのか分からない状況で、リュカが吸血鬼の男に叫ぶ。

 「なぜ…なぜ!あやつを刺した!そこまでする必要はないだろう!」

 「何をほざいている?自分の名に泥を塗ろうとしたものは例え娘であっても一切の容赦はしない」

 あまりにも淡々としたその答えにリュカは激昂する。

 「貴様…っ!それでも親なのか!?吸血鬼の王『夜光の天皇カレイドロード』として恥はないのか!?」

 そんな言葉にも吸血鬼の王はただ、淡々と答えを告げる。

 「親であるか、ではない。我が娘であろうと名に泥を塗ることは許されない、と言ったはずだが聞こえなかったのか?忌み子の吸血鬼」

 そう吸血鬼の男に吐き捨てられて、リュカは歯噛みする。確かに、リュカはあの吸血鬼に眷属に半ば無理やり眷属にされた。

 だが、それでも、


 「妾はそれでも…後悔はしていない…!それに、こんな妾を友達になってほしいと言ってくれる人だっているのだから!!」

 リュカがよろよろと立ちあがり、もてる全ての力を込めた最大魔法を放とうとする。だが、吸血鬼は避ける仕草すら行わない。リュカの攻撃など他愛も無いと、言わんばかりの不動の姿勢だった。

 それを見て、さらにリュカは魔力を込める。自分の身体の魔力を限界まで使う。それは、魔力が身体の一部として使われている吸血鬼にとっては、自分の身を削り、さらには命をも削りかねない行為だ。

 そうして出来上がったのは特大の漆黒の槍。その大きさは、見るもの全てを萎縮させてしまうような恐ろしい迫力があった。

 「妾の最大の一撃…食らってみろ…っ!!」

 リュカが手を振り下ろすと、槍が吸血鬼にめがけて、音を超える速度で飛び去ってゆく。だが、それを吸血鬼は涼しい顔で手を広げると、魔力が手のひらに集まり、

 「下らん…『ムスペルヘイム』」

 紅蓮の業火、そんな言葉では言い表せないような恐ろしい炎が、槍を包み込んで灼き尽くした。

 「そ…ん、な…バカ、な…」

 「貴様一人の命で倒されるほど私は柔ではない。消えるがいい、忌み子よ」

 そう言い、今度は槍を灼きつくした炎を、リュカのほうへと向ける。自分は死ぬのか?ここで終わりなのか?と初めて死を目の前に感じて、時の流れが遅くなるような感じがした。

 リュカはまるでそれが他人事のように感じられて、それが走馬灯だと気づくのには数秒とかからなかった。

 (なんだ…妾の人生、案外あっさり終わってしまうのだな…あの娘、名前くらい聞いておけばよかったかな………)

 もう、自分は助からない。そう思い込んだその瞬間。

 剣閃が、吸血鬼とリュカの間に割り込む。そして、自分の今考えていたことを必死で後悔した。

 今の自分には、仲間がいた。一人なんかではない。自分だけではできなくても力を合わせれば───

 「よくもやってくれたわね…私達を無視してくれたこともいらっと来るけど、それ以上にリュカを傷つけたことを許さない!」

 リュカとの間に割り込んだのは明日香だった。そして、抱きかかえて運んでくれたのはアリス、そしてすぐに自分の手当てをしようと魔法を発動させている梓。全員が、リュカの為に戦ってくれていた。

 それを見て、リュカの瞳からは自然と雫が零れ落ち小さな声で、

 「………ぁ、あり…がと、う…」

 「別に、気にしなくてもいいよ。今は、ゆっくり休んでて……」

 アリスの声を聞いて不意に眠気に襲われる。恐らく魔法か何かが使われていたのだろうが、今はそれさえも心地良く、抵抗することなく深い闇へと落ちていった。

 そして、眠ったリュカをアリスはそっと床に置くと、明日香の手元へと武器の形となって跳んで行く。


 「吸血鬼の王様だろうとなんだろうと…私の友達を傷つけるのは許さない!!覚悟してもらうわよ」

 激昂した明日香と、後ろにはクールな表情を装った梓。だが、その仮面の奥には怒りの炎が燻っていた。

 「そうね……何にしても痛い目を見てもらうことには変わりないかなぁ……♪」

 恐らく世界中の誰よりも踏んではいけない人の地雷を踏んでしまった吸血鬼と、最強の姉妹との戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

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