闇に生きるもの──嫌われし姫君──
三人で露天風呂に入った後、部屋に戻って上せた明日香をリュカが部屋まで担いで歩いてきた。もし梓に任せれば何かリュカが見てはいけない何かを見ることになるような気がしたからだ。
「ぅぅ…はしゃぎ過ぎた…ごめんリュカ…迷惑かけちゃって…」
「ふふ…別に問題ない、これくらい朝飯前だ♪」
リュカはうれしそうに小さな羽根と尻尾をパタパタさせている。リュカ曰く、そのまま羽と尻尾を出しているのは淫魔と同じようで気に食わないらしい。
そういう理由で、魔法で尻尾と羽を隠していたが流石に温泉ではいいと思って戻したところを、明日香たちに見つかって、散々弄られていた。
ついでに言っておくと、尻尾は某エロアニメ寸前ピンク髪の皇女様の出るの深夜アニメの如く尻尾は敏感なので触れてはいけないらしい。
「ね~ぇ、リュカも明日香も一緒に私のベッドで寝てあったまろうよ~」
「「嫌(じゃ)!」」
明日香とリュカの見事なまでのシンクロでの拒絶には流石の梓も堪えたようで、ふぇぇぇん!!と布団をかぶって泣き叫んでいた。
あの後は特に何が起きることもなく平和に一夜を過ごした。もちろんベッドは梓とは別々だった。
朝、と言っても朝日は差さないのでずっと夜なのだが、
「おはよ~……ってずっと夜なんだ…」
明日香が目をごしごしと擦りながら、可愛らしくあくびをしている。梓はまだ夢の世界らしく、明日香とよろしくやっているようだった。
リュカも明日香が起きたことに気付いたようで一緒にのそのそと起き上がってきていた。尻尾と羽は見えるようになっていて、ゆらゆらと力なく揺れていて、ちょっと触ってみたかったがリュカに怒られかねないので、触るのはやめておいた。
とりあえず、横でおかしなことを言っている梓を死なないようにたたき起こして朝食を取りに下に下りる。
念のために緋焔と闢零は武器の姿から、人の姿に変えてリュカを違和感の無い位置から守らせておいた。
「ん、あ、アリシア達おはよー」
「はい、おはようございます……?明日香さん」
常に夜なので確かにアリシアが朝の挨拶をするには、何か違和感があるがまぁ、間違ってはいないだろう。
「アリシア達もご飯食べに来たの?」
「いえ、何かこの周りで怪しい気配を感じたので下に下りて来たのですけど……」
アリシアの言葉に明日香は驚く、何せ自分は気付いていなかったのだから。自分の未熟さに少しふがいなさを感じる。
「…私、気付かなかった…ダメな子、なのかな……?」
「べ、べつにそんなこと無いですよ!あれはかなり気配を消すのがうまかったので対人に慣れていない明日香さんが気がつかないのも無理は無いかもしれませんね」
アリシアが、涙目の明日香をあわててフォローする。だが、涙目の明日香はやはり保護したくなるような魅力があるのだろう。
梓だったら確実にハートを射抜かれていただろうが、アリシアはそんな趣味は無い……はずだ。
「あ、明日香…今、追っ手が来ていると言わなかったか!?」
リュカが顔を青くして、明日香に呟く。しかも体はかすかに震えていて、本気で怯えていることがすぐに分かった。
明日香はリュカの体を優しく抱いていると、体の震えも少しづつ収まってきたようで小さく口を開いて、
「妾が事情があって帰れないことは知っているだろう?今回の追っ手も多分妾がらみだ…」
リュカの言葉に明日香が任せて!と胸をとん、と叩いて自信満々といった様子で言ってみせる。
「私達は結構強いから♪リュカの追っ手になんか負けないよ!」
「あ、うん…そう、だな!明日香たちは妾の追っ手なんかには負けん!きっとそうだ!」
その言葉には若干の強がりが見えたが、それも明日香たちの戦いを見れば無くなるだろう。と、明日香は思っていた。
報告は受けたものの、本来の目的は忘れておらず、その後はきっちり朝食を取っていた。隣の席に座ろうとした梓は明日香が笑顔で床に叩きつけて楽しんでいたとか。
「ま、まだ……首が痛い…」
「我慢してよ、お姉ちゃんなんだから♪」
朝食を取った後、首をさすりながらぶつぶつと呟く梓に、明日香は笑顔で追い打ちをかける。食べながら話し合った結果、今日は情報収集に当てることに決めて、この国を探索することに決めた。
リュカはもちろん、明日香たちと共に行動し身の安全を確保する。
外に出て早々襲われる、なんてことは起きないだろうが、警戒するに越したことは無いのでできるだけリュカを守るような陣形にして移動することにした。
「な、なあ…別に今日だけじゃなくても良いのだぞ…?妾は帰りたいぞ…」
「そのブルーベリー色の鬼が出てきそうな台詞はやめて…ここはマジで出そうだから……」
明日香が苦笑ぎみそう呟いて、歩みを進めていると何処からか視線を感じ立ち止まる。
梓は明日香の変化に気付いたのか、全員に遠話で伝える。と、言ってもアリシアたちは既に気付いているようだったが。
「ちょっと…ブルーベリーのはんぺんとかやめてよね……あいつ慣れるまで相当ダルかったんだから……」
明日香が違う別のゲームを話しているが、今はそんな暇は無い。周りからの視線の先が何処から来ているのかを探し当て、短刀を投げつける。
そこから飛び立ったのは数匹の蝙蝠だった。明日香は、気のせいかと思ってほっと一息ついたのもつかの間、リュカの体から力が抜けて地面に倒れる。全員はそれを敵襲だと察知し戦闘体制に入るが、
「一体何処からそんなことができるのよ…さっきの蝙蝠もどっか行ったし…霧も深くなってきたし……」
「それよ!明日香!吹き荒べ!『空圧弾』!」
梓が風の弾丸を飛ばすと同時に拡散させて暴風を発生させる。すると、霧が晴れるだけではなくその霧が集まり始め、人の形を作り始める。
「私達の霧化を見破るとは…異界人の割になかなかできますね」
現れたのは壮年の男性と執事と思しき複数人の男性達。いずれも吸血鬼でしかもかなり腕が立つ雰囲気が伝わってくる。
明日香にとってはむしろ嬉しいことなのだろうが、今はリュカを守ることが最優先事項なのであまり全力での戦いはできない。元より周りに仲間がいるため全力は出さないのだが。
「『武装化緋焔』!闢零はそのままリュカを守って!」
明日香の鋭い命令に緋焔も闢零も即座に対応する。
吸血鬼の執事達はリュカを奪おうと、さまざまな方向から襲い掛かってくるが、明日香たちと執事達では力の差があり、なかなか攻め落とせないでいる様子だった。
リュカを介抱して動けるようになったのか、闢零が報告してくれる。
「皆!ちょっと離れて!行くよお姉ちゃん!」
明日香の合図に梓がすぐに反応。明日香の横に並ぶような配置になって、
「「『煌天撃』!!!」」
二人の魔法が発動し、光り輝く剣が雨霰と降り注ぐ。吸血鬼である以上、光というものが天敵であることには違いない。
剣の攻撃を受けた吸血鬼たちは皆同じように、苦しみ霧の姿となってどこかに消えていった。攻撃を躱しきれたのはリーダー格の執事ただ一人だったようで、周りの惨状を見て軽くため息を一つつくと、
「仕方ありませんね…この場はいったん退散させていただきますか…それでは、またお会いしましょうわが姫よ」
そう薄く微笑んで、霧になり明けない夜の闇の中に消えていった。
リュカのことを知っているようなので、リュカも相手のことを知っているのかと思って、できるだけやさしく聞いてみると、
「あいつは…いつも妾を付け狙ってる性質の悪いやつらの一派だ…隙あらばとしつこく襲ってくるのだ」
リュカが体を震わせて、鳥肌を立てながら説明してくれるところを見て、本気で嫌がってくれるのが見て分かった。
「とりあえずあいつはしつこいのね…って言うか、リュカは霧化使えないの?吸血鬼なら大体使えるはずの能力だと思うんだけど……」
「わ、妾は吸血姫だ!そんなしょぼい能力使うわけ無いだろう!」
リュカが必死でそんなことを言っているということは、おそらく霧化は使えないのだろう。だが、そんなことをストレートに言ってしまっては傷つくことはプライドの高いリュカのことだ、傷つくのは目に見えて明らかだろう。
「ま、まあ使える使えないは人それぞれだしね………?」
梓の苦笑に、リュカが「絶対使えないと思ってるー!!」と若干涙ぐんだ怒りの言葉と共に梓にぽかぽかと叩きにかかっていた。
アリシアたちはその光景を見ていつもの明日香と梓みたいと思いつつ見ていたら、明日香にすごい目で見られて、同じような状況が作り出されてしまっていた。
一通り、やり取りが行われてすっきりした後改めて、町に向かって歩き出した。リュカの勧めた宿が町から少し遠い場所だったので、若干不便に思えたがリュカが選んでくれた宿だし、文句は言わないでおこうという結論が、明日香と梓の中で決定されていた。アリシアたちは特に気にしていないようだったし、まあ問題ないだろう。
町について、明日香たちは宿と同じ三つの班に分かれて、情報収集を開始する。
「それじゃ、四時間後あの宿屋ね~」
明日香はそう言って、ばらばらになって各自の情報集めに散っていった。梓に襲われる危険は、リュカも増えたことにより二分の一に減って、少し安心している。
「あ~す~か♪リュカたんも一緒にお出かけ、でーとなんだよ♪」
梓の言葉に二人でそろってドン引きしていた。
その後は、二人の巧みな言葉攻めで梓を満足(?)させた後、情報収集をしようとしたが、梓がちっとも働かなかったためあまり期待した情報は回収できなかった。アリシア達は流石というべきか、きっちりと情報を収集していたが、柚姫たちは以外にもあまり情報が集められていなかった。なぜかと理由を聞いたら、意外と食べ物が美味しくてつい、食べ歩きしてしまったとか。
「えっと…今回の情報収集、ひどすぎ…今度こそまじめにやること!じゃないと皆病院送りなんだから~!!!」
そんな明日香の叫びが宿屋中に響き渡った。




