言葉では伝わらない事
「…お姉ちゃん始めようよ」
明日香は、梓に対峙する形でそう言う。梓も覚悟を決めて、明日香の目をまっすぐに見据えて。
「……分かった、今度は本当の本気でいかせてもらうわ」
梓は契約武装を纏い、戦闘体制に入る。
「『契約武装雷焔金翅鳥』」
刹那、梓から発せられる雰囲気が一変する。今までの優しい雰囲気とは正反対の、荒々しい、だがその中に静けさを混じらせたそんな雰囲気だった。
そしてその姿は、白雷の鎧と金色の翼に彩られていた。その姿は、エメルダの使役していたアリアを髣髴とさせる。人間からはかけ離れた美しさ、陶磁器のような白い肌、漆黒の瞳と髪の色との対極にある鎧と翼の色。その全てが今居る全員の目を惹きつけていた。無論それは明日香にも例外は無く、梓の姿をまるで天使を見たかのような目で見ていた。
「……っと、私が忘れちゃいけないわね。武装化奏那っと」
明日香は奏那を武器の姿へと変えて、二本の剣を構える。さらに、防具を呼び出す。
『顕現覇天の軽鎧、仙龍の靴』
翠玉色の鎧と靴を身に纏い、明日香も戦闘体制に入る。
「それじゃあ、このコインを上に投げて落ちた瞬間にスタートね」
明日香はそう言うと、握ったコインを天高く弾いた。数秒後、そのコインは重力に引かれて落ちてくる。
残り1メートル、50センチ、20センチ、近づくほどに緊張が加速度的に増し、次の瞬間。
地面にコインが当たり、かつん、という音がした。
『武御雷』
刹那よりも早い一瞬で梓が動く。その動きは明日香でさえも読めず、直撃する。
亜音速で明日香の身体は吹き飛び、轟音と共にビルの壁を貫通して吹き飛んだ。普通であれば生死確認などする必要もないくらいに容赦の無い一撃だったが、明日香たちの身体はそこまでやわな作りではない。
「ぅ…痛った~……あんなのどう避けろってのよ……」
頭をさすりながら、瓦礫に埋もれた身体を起こす。鎧のお陰もあるだろうが、無傷なのは何よりも明日香たち人龍の異常な身体能力の賜物だろう。
「ま、次に当たらなければ問題ないか」
明日香は首をこきこき、と鳴らすと梓の元へと走っていく。
「……浅いか」
梓は小さく呟く。先ほどの梓の武御雷は実際にはただ超高速移動して打ち込んだ掌低なのだが、音速で打ち出せば、それは十分すぎるほどに凶器になる。
明日香の飛んでいった方向を見ながら、明日香が来るのを待っていると、煙がぐにゃりと歪む。
咄嗟の判断で梓は今居た場所から横へと飛ぶ。刹那、まるでスプーンで床を抉ったかのように地面の一部がぽっかりと消えた。
それに音は無く、間違いなく梓があの予兆に気づかなければ、梓も巻き添えに一緒に削られていただろう。
「明日香の、『次元断』…避けれなかったらどうするつもりだったんだろ……?」
梓が首をかしげて悩んでいると、いまだに晴れない煙の向こうから小さなシルエットが剣を振り払いながら歩いてきた。
「あ、やっぱり避けれた?もうちょっと余裕ないときに打ったほうがいいかな~?」
当の本人は、軽い調子で梓に話しかけてくる。打った技が当たれば梓達であっても関係ないような超凶悪な技だったのにも関わらずだ。
まあ、その点においては梓も十分に凶悪だったため特に何か言い返すわけでもないが、
「…次は、もっと強く……っ」
梓がもう一度、恐ろしい速さで明日香に接近する。明日香はそれを予測していたのか、にやり、と笑うと。
「そう来ると思った♪御影流『華蝶楓月・朧月』」
明日香が技名を告げた次の瞬間、梓の頭上に不可視の斬戟が落ちてきた。
梓は超人的な反応で、バックステップを取り距離を置いた。瞬間、床が無残に切り刻まれる。
「……ねえ、明日香さっきのも当たると……マジで死ぬんだけど…」
「いや、お姉ちゃんのも結構やばいからおあいこでしょ?」
「それもそうねっ!」
梓は金色の翼を羽ばたかせ飛び上がると、その美しい羽を宙に撒く。それは、陽の光を反射させて皿に美しさを増していた。
「堕ちなさい『雷焔舞』」
梓の声で、一斉に羽が明日香へと殺到する。明日香も軽やかな身のこなしで、羽を躱す。当たらなかった羽が地面に触れた瞬間、火柱と稲妻を発生させながら拡散した。
「ふぇっ!?」
流石の明日香も驚いたのか、逃げながらその様子を見て焦っていた。しかも、落ちたときに発生する稲妻は性質の悪いことに、周囲に広がるのだ。その広さ着弾点から直径30センチ程度だろう。
だが、その30センチが重要なのだ。それだけでも攻撃範囲が広がれば、相手は着弾点プラス30センチは動かなければ梓の攻撃に当たることになる。
それだけあれば、梓なら動きを予測して次弾を当てる事だって可能だろう。
「ぅ~……御影流『絶風』!」
明日香は軸足で身体を回転させて、羽を吹き飛ばす。明後日の方向へと吹き飛ばされた羽は、一斉に着弾し、爆焔を稲妻を所構わず撒き散らす。
「いっ!?いやぁぁぁぁっっっっっ!!!こっちきたぁぁぁぁぁ!!」
明日香が弾いたため流れ弾が柚姫たちの方へも飛んで行き、必死に逃げていた。明日香は内心で謝りつつも、次の行動に入っていた。
前にエメルダがやっていたような三角跳びの要領で、ビルの壁を駆け上がり、梓の頭上まで一瞬で移動する。
「食らえ!御影流『絶影』!」
明日香の頭上からの踵落とし。咄嗟に翼を前に出し、防御の姿勢をとる。
翼、と言ってもそれは魔力で作った超高温の翼だ。生半可な防具なら触れる前に体ごと溶けてなくなるだろう。だが、自分達の防具はそんな作りではない。
明日香の足は、梓の翼を捉えその翼を折ろうとせめいでいる。梓も翼を破壊されれば機動力が落ちるため、折られるわけには行かないと、明日香は考えての行動だろう。
「…ふふ、明日香。私の武装、これ一つだと思ったの?」
明日香は悪寒を感じとり、距離を置く。
「…見せてあげる、『契約武装時刻む魔装』」
梓の武装が解け、新たな武装が現れる。次の武装は、光を吸い込むような漆黒色をした軽鎧に鉢金という少し古風なイメージだ。
だが、その雰囲気は先ほどの雷焔金翅鳥に勝るとも劣らない。それ相応の力を秘めているのだろう。
「…まだ、『武装化エクスリディア』」
梓が白銀の杖を呼び出し、すぐさま魔法を発動させる。
「撃ち抜け…『アークレイン』!」
杖の先から、数十もの光弾が無差別に明日香に襲い掛かる。明日香もそれを紙一重の部分で躱し続け、光弾の包囲網を突破して、梓に一撃を加えようとした瞬間。
「………させない……っ!」
超高速の明日香の剣閃を捕らえた少女が、梓を守っていた。長い黒髪をポニーテールで結い上げた少女、霧香に明日香の攻撃が止められていた。
「お姉ちゃん、いつの間に…っ」
明日香は神薙を切り上げ、霧香との拮抗状態を破ってバックステップ。霧香もそれに合わせてついてくる。
霧香の一撃一撃はそこまで重くないが、攻撃するタイミングが的確で、確実に明日香の注目を梓から逸らしている。
「~~っ!埒が明かないわ!『解除アリス』!」
明日香の声が響き、今まで聞いたことの無い名前が呼ばれた。恐らく七皇の人の姿の時の名前なのだろう。
霧香の一撃をブロンドの長い髪をした少女が受け止めた。身長は小さく明日香と同じくらい、瞳は澄んだ空色をしていたが、瞳はきちんと開いておらず眠たそうにしていた。
「ますたー、次どうするの?」
アリスのか細いが、鈴のを転がすような綺麗な声が明日香に尋ねる。明日香は即座に現状から導き出す最良の答えを伝える。
「霧香の足止め!可能なら動きも封じて!」
「りょうかいなの。ますたー」
アリスは霧香の動きを最低限の動きで躱し、相手の動きを最大限に利用してカウンターに近い攻撃を使う。
霧香もアリスのようなタイプは目覚めてから会ってないため苦戦を強いられているようだった。
当のアリスはふぁ……、とおおきなあくびをしていたが。
「さあ、私達も負けないようにしなきゃ!御影流『絶影』!」
明日香が一瞬で梓との距離を詰める。梓も応戦して、魔法弾を放つが、
(今っ!)
刹那、明日香の姿が一瞬で消える。否、正確には梓の死角に入る。絶影は、相手の死角に入り相手が動揺した瞬間を狙う技だ。
どれだけ達人級の腕前が合っても、目の前の敵が一瞬で消えれば極一瞬なれど動揺することは避けられない。その針の穴のような一瞬を狙う技、それが絶影だ。
「…っ!でも…それだけじゃ、私には、勝てない!『氷獄壁』!」
咄嗟に唱えたのは、水属性の魔力を圧縮し自分の周り全方位に氷壁を作り出す魔法だ。確かに、これなら死角であるなし関係なく守れるので、咄嗟の判断といえどもかなり有用な手だろう。
だが、明日香はそのさらに上を行った。
「お姉ちゃんならそうすると思った、だから武装化アリス!」
今まで、霧香と戦闘を行っていたアリスを剣の姿へと戻して、再び二刀流の状態になる。
そして、明日香はエメルダとの戦いで見せたあの技を使う。
「御影流『熾天風桜花』!」
空間を切り裂き全てを焼き尽くす斬戟が梓を襲う。しかも、今は氷獄壁を使っているので、自分に逃げ場は無い。
そして、次の瞬間氷壁の中で爆炎が吹き上がり、魔力で作り上げた氷を一瞬で溶かす。それだけでは飽き足らず、そのまま炎は空をうねる様にして舞い上がり、消えていった。
氷が一気に蒸発したことにより、辺りが白い煙に包まれるが、流石の梓でも今のを受けてただで済むとは思えない。
「だ、だいじょうぶ…かな?」
いくら明日香が梓の行動に好意を持っていなくとも姉は姉だ。やりすぎたりしたら心配もする、勝負の途中のため、近づいて確認。何てことはしないが、梓の魔力を見つけることくらいはできる。それに、その時の魔力の量で見知っている人間ならばコンディションだって見抜くこともできる。
目を凝らして、梓の魔力を見る。すると、魔力の反応はあった。だが、その魔力は今までのものから随分と落ち込んでいた。
だからと言って、油断はせず神薙を構え、七皇は人の姿、つまりアリスの状態で梓へと近づく。
「お、お姉ちゃん大丈夫~?」
明日香の技のお陰で舗装された道路が一部融けていたが、気にせず進んで呼びかけている。
だが、そこに返事は無く静寂が広がるだけだった。
明日香は焦りを覚えながら、梓の元へと近づく。
「く……ぅ、ぁ……」
梓は、攻撃をまともに受け地面にうずくまっていた。聞こえた明日香の声にも反応できないほどに。
武装は解け、熱によって髪は縮れてしまい、白く細い足からは血が滴っていた。
意識はぼんやりとして、今にも途切れそうだ。だが、梓はぼろぼろの身体に活を入れて無理やり立ち上がる。
(私は…臆病なんかじゃ、ない…!)
横で霧香とレイラの声が聞こえるが、何を言っているかは聞き取れない。耳にもダメージがあったのだろう、自分で軽い回復魔法をかけ、レイラを杖の姿に変えると明日香の魔力がある方向へと向かう。
「げほっげほっ!」
「ますたー大丈夫?」
アリスに心配されて、明日香は大丈夫よ、と平気そうに返すがそろそろ限界が来ているらしい。エメルダとの戦いの直後に梓との戦いだ、身体にがたが来ていても仕方が無い。
(私は、もうお姉ちゃんに守られるだけじゃない!)
ぼろぼろの身体で、明日香は梓との戦いを続ける。
「負けられないの…認めてもらうには、勝つしかないから……」
明日香はそううわ言のように呟いた。奏那は剣の中からだが、明日香の体がどうなっているのか位は把握できていた。それはアリスも然りだが、明日香の強い意志の前には言葉にできなかった。
二人ともが満身創痍の状態で邂逅する。
「まだ、勝負は終わってない…でしょ?」
「ええ…私は負けないんだから……」
気力を振り絞っての突進。だが、二人の足取りは危なっかしい。霧香とアリスは二人のことを見守ることしかできなかった。
二人が不安げに見ていると、突然二人の人影が明日香たちに割り込む。
「そろそろ───」
「いい加減にしなさいよ?」
そう言って放たれたのはアリシアとマルモの手刀だった。すでに満身創痍の二人にはそれだけでも十分で、同時に地面に倒れ付した。
「う……あれ…私達……?」
目を覚ました明日香が最初に見たものはシルクの天蓋だった。ゆっくりと起き上がると、エメルダと梓との戦いで傷ついた体が悲鳴を上げた。
痛みを噛み殺しながら、ベッドから降りて部屋を見渡すとあらゆる部分に職人の手が加わっていて、いかにも高級そうな雰囲気を漂わせる部屋だった。
どうやら自分のほかには誰も居ないようで、重厚そうな扉を開け外に出ようとすると。
「あ~す~か~!!!」
いつもの如く(?)梓が飛んできた。今の明日香は傷がまだ治っていないためあまり激しく動けず、やられる…、と思った瞬間、
「ますたーは私が守るの」
そう言って、アリスが梓を投げ飛ばした。だが、今の今までアリスの姿はどこにも見えなかったはずだ。
「あれ?アリス、何でここに…というか、何でいるの?」
明日香が初めてアリスを呼び出したときにはアリスは出てこなかったため、明日香は自分が力不足ででなかったのだと考え今まで七皇を使うのをよほどのことが無い限り封印してきたのだが、今アリスは目の前で梓を投げ飛ばしているのを見て、明日香はたずねる。
「一番初めに呼んだとき私の声に応えてくれなかったのってどうしてなの?アリス」
すると、アリスは眠そうな瞳で明日香に応えてくれる。
「私はますたーが弱いとは思ってなかったけど……あのときは眠かったの。だから、応えられなかったの」
あまりにも意外すぎる理由で、明日香はえぇ……、と反応に困ってしまう。
いくらなんでも武器がマスターの指示を「眠いから」という理由で断るなど普通はありえないだろう、流石の明日香もその返しには驚いていた。
因みに投げられて明日香が寝ていた部屋に投げ込まれた梓は、ベッドの上で明日香の匂いを嗅いでもんどりうっていた。
「……マスター、また明日香さんの部屋に入ってる……」
霧香がアリスに投げられた梓を見に来てぼそりと呟く。明日香はそれを耳聡く聞きつけ、
「ねえ、霧香ちゃん?お姉ちゃん、私の部屋に前も入ってきてたの?」
「……うん、二日前にも入ろうとして……アリスにやられてた……」
「二日前!?私何日寝てたの!?」
「ふぇっ!?お、お嬢様…起きてたのですか!?」
なにやら後ろから驚く声が聞こえると思って振り向くと、そこには闢零の姿があった。
その表情はいつもの二割増し位でおろおろしていたがそれも今は久しぶりに見える。
「ふふ…♪何か、こんなのも久しぶりに見えるな」
「当たり前です、お嬢様は一週間寝っぱなしだったんですよ?」
横から聞こえたもう一つの声、緋焔の言葉を聞いて納得する。一週間も寝ていれば確かに意識せずとも、久しぶりという感覚も起きるだろう。
「そっか、私そんなに寝てたんだね…ゴメンね、心配かけて」
「だ、大丈夫、です……!お嬢様を、守るのが私達の役目ですから…!」
自分を守る。その言葉に一瞬ちくりとした胸の痛みを覚えたが、明日香は二人の頭を背伸びしてなでる。
「もう…二人とも、ありがとっ♪」
その後、明日香は投げ飛ばされた梓の元へと行き、
「お姉ちゃん……ごめんなさい!」
深々と頭を下げる、梓は何が起こったのか分からないような顔で明日香を見て、
「ふぇ?あ、明日香どうしたの……?」
「だ、だってお姉ちゃんに臆病って言ったの、謝らなくちゃって、おもって、だから、お、ねぇ、ちゃんにぃ、あやま、ろうと、おもっ、てぇ……」
言葉の途中から、明日香の声には嗚咽が混じってその顔からは透明な雫が零れ落ちていた。
梓は投げ飛ばされた状態から起き上がり、明日香の言葉を静かに聞いていた。そして、明日香を抱きとめて、
「私こそ、ごめんなさい。明日香は、もう私が守らなくても、良い位強かったんだね…分かって、あげられなくて、ごめんね……」
梓も涙こそ流さなかったものの、その身体は震えていて、明日香もごめんなさい…、と繰り返し謝っていた。梓も結局は堪えきれず、大粒の涙を零して泣いていた。
ひとしきり泣いて明日香達も落ち着いたようで、明日香にいたっては起きたばかりだというのに泣きつかれて、また眠ってしまっている。
「また、明日香寝ちゃったか…」
梓は、明日香をベッドにそっと置いて部屋を去ろうとした。その時に、恐らくは寝言なのだろうが、
「お姉……ちゃん……だい…好き…」
そんな風に聞こえて、明日香のほうを振り向くとやはりすぅすぅ、と小さな寝息を立てているだけだった。
梓は苦笑して、今度こそ部屋を去る。
そして、部屋の中に明日香だけが居る状態となると、明日香はむくりと起き上がって、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
後一、二話でこの章も終わる気がするのでよろしくお願いしますm(_ _)m




