本気の喧嘩
この頃更新ペースを戻せている希ガス
「アリア!ランクAのランサーを2、マジシャンを3!」
エメルダの凛とした声が響き、周りに槍を持った人形と、杖を持った人形が現れた。
その人形をエメルダは指先から細い魔力の糸を飛ばして操る。
「そんな人形じゃ、私は倒せないよ!」
突撃する槍人形の槍をいなし、明日香は袈裟懸けに一撃を加える。
さらにそのまま勢いを殺さず、回転して襲い掛かる魔法ともう一体の槍人形を切り裂き、足払いをかけ一体目の槍人形を浮かし、そのまま剣を突き上げ槍人形を貫いた。
「御影流『緋天穿』」
貫かれた槍人形はパン、と軽い音と光と共に消え去った。
剣をヒュンヒュンと振り払い、エメルダに挑戦的に告げる。
「もっと沢山出してみてよ、こんなんじゃ、私楽しめないよ?」
明日香がつまらなさそうにそう口では言っているが、エメルダは意地悪く笑って、
「その割には楽しそうですね~それに、明日香ちゃんにはこれだけで十分です♪」
エメルダのその台詞に明日香はカチン、と来て
「その台詞…いつまで言えるのかしら!」
明日香が、エメルダに再度接近しようとする。エメルダもそれを見越して、人形を操り魔法を発動させる。
明日香に向かって飛んでくる攻撃魔法を次々と緋焔で切り払いながら、エメルダが操る人形を一振りで壊していく。
突き進みながら全ての魔法使いの人形を倒し、エメルダの眼前にまで接近する。
「これで終わりっ!」
明日香が剣を振り上げた瞬間、エメルダはにっこりと笑って、
「ダメよ~『軍師』の前で油断しちゃ♪『体系茨の十字』」
刹那、明日香の身体を白い茨が捕らえる。
明日香は解こうともがくが、その程度の魔法をエメルダが使うはずも無く、完璧に捕まっていた。
「うぅ~何よこれ…こんなのすぐに切って…ふにゃっ!?」
茨を切ろうとした明日香の口から、奇妙な声が漏れる。
「ふっふ~ん♪私のその技って女の子にしか使わない技なんだよね~何でかって言うと~そのうち分かるわよ?」
楽しそうなエメルダの笑顔に、明日香は唇を噛んで、茨から抜け出そうともがいていると。
「ふぁ…なんかヌルヌルしたのが出てきてるぅ…」
棘の部分から、透明な液体が出てきて明日香の服を濡らす。
数秒も経たないうちに、白い煙が立ち始め明日香の服が少しずつ溶け始めていた。
「ひっ、いやぁ!服が、解けてる!?」
明日香が逃げ出すためにさらに激しく動くが、茨が明日香のむき出しになった柔肌に食い込み、血を滴らせる。
目に涙をためて、いやぁ…、と声を漏らす明日香の姿は少女とは思えない蟲惑的な雰囲気をかもし出していた。
「やっぱり、こういうのは女の子に使ったほうが絵が良いよね~」
エメルダは明日香を見ながらそんなことを言って、愉しんでいる。
ちなみに梓は、明日香の様子を見ながらうっとりしていた。
「はぅ~明日香の泣いてる顔も可愛いよ~」
「見て…ないで、助けてよぉ…」
明日香のか細い言葉が梓に届くわけも無く、明日香の服は出てきた液体によってどんどん溶かされていった。
「ね~え?梓ちゃんは明日香ちゃんが好きなんでしょ~?だったら…ふふ、明日香ちゃんを目の前で堕としてあ・げ・る♪」
そう言うと、エメルダは明日香の元へ近づきその唇を奪った。
「ふっ…!?んっ、う、んぅ…ふぁ…」
キスをした後、エメルダが明日香にかけた魔法を解くと、明日香の身体は糸が切れた人形のように、エメルダの身体にもたれかかる。
「ふふ…♪大丈夫?これからもっと凄いことするのに…」
明日香の目はとろんとしていて、その目には光が宿っていなかった。エメルダは明日香を抱きとめて、
「明日香ちゃん♪降参してくれたら続き、してあげるよ?」
「………わ、かった…」
明日香がゆっくりと降参を宣言しようとしている様子を見て、柚姫達はもうだめだと思った。
二人の隣で魔法を唱えている梓の姿が無ければ。
『世界の理を捻じ曲げし歪なる魔の力よ、その力をあるべき地へと還し囚われし者を開放せよ『術式崩壊』』
刹那、明日香を薄青の光が包み込む。すると、明日香の瞳に光が戻り思考も正常なものへと戻る。
「ぅ…?っ!?ちょ、何これ!服破れて…」
正気に戻った明日香は自分の今の状態を確認して驚いていた。エメルダは明日香が正気の戻ったのを見て、梓のほうを向き、
「梓ちゃんが何で出てくるのかな~?今は私と明日香ちゃんが戦っていたのだけれど?」
エメルダの冷徹な声に柚姫達は思わずびくっ、と身体を震わせるが、梓は飄々と答える。
「別に明日香は『私が援護しちゃダメ』なんて一言も言ってないわよ?それに───明日香が他の人に盗られるなんて許せないだけだから」
梓は最後の言葉に明確な殺意を込めて、言い放つ。エメルダも分かったわよ…とだけ言うと残念そうに明日香の方へと向き直り。
「じゃあ、もう一回始めよっか今度は遊び抜きで、死んじゃっても知らないよ?」
エメルダがぱん、と軽く頬を叩き気合を入れなおす。その瞳にはもう油断は宿っておらず、今度こそ本当に本気だということが伺える。
「ランクSのアークマジシャン15、ヴァルキリー10」
エメルダの声に応えるように、人形が虚空から沸いて現れる。その人形一体一体が今までの人形とは段違いに強い、それが肌に感じられる。
エメルダは極自然に魔力の糸を人形に繋げて操っているが、ここまでの数の人形を操るとなると相当な技量が必要になってくる。
「マジで厳しいんじゃないかしらこれ…」
その言葉とは裏腹に明日香の口は自然に笑みがこぼれていた。
『我に応えよ、我は七天を超えし者、我が声に応え、その七の力を一つにし、我が前に顕現せよ!顕現『輝龍刀・七皇』』
明日香が姿の見えない刀を呼び出す。さらに、明日香はもう一つの切り札を呼び出す。
『我が剣は二振りであり、一振りとなる。我が声を聞きその姿を真の者とせよ!顕現『夜叉天閃・神薙』』
明日香の腰に合った二振りの剣は合わさり、緋色と蒼の二つの色の鞘に包まれた剣へと姿を変えた。
明日香はその二つの剣を構え、獰猛に笑う。
「さぁ、手加減なしの二回戦を始めよ!御影流『熾天風桜花』!」
明日香が双剣を振るうと、空間が歪み斬戟が飛んでくる。
エメルダは、人形を盾に斬戟をやり過ごそうと考えたが、それを無駄だと確信するまで数秒とかからなかった。
明日香の放つ斬戟は人形を切り裂くたび紅蓮の炎を上げ、人形を焼き尽くすため防ぐ方法が人形の魔法しか存在しないのだ。
そして、その魔法はエメルダの魔力を使って発動するため、明日香の今の斬戟のペースが収まるまで受けきっていると、恐らくエメルダの魔力が先に尽きてしまう。
「仕方ないわね…『体系鋼機爆散』!」
エメルダが操る糸から流れる魔力の質が代わったと思った刹那、生き残っていた人形達が大爆発を起こし、その衝撃波と爆炎で明日香を襲う。
明日香も恐ろしいほどの反射神経で、無理やり技を中断させると、明日香は刀身に魔力を込めてその爆炎を切り裂く。
「御影流『絶風』」
水属性の魔力を込めた斬戟は絶対零度となり、爆炎を消し去る。
軸足で回転した勢いをそのまま使って、神薙をエメルダに投げつけた。エメルダは一瞬驚くものの冷静に対処して、投げつけられた神薙を掴もうとしたが。
『解除・奏那』
次の瞬間、剣の姿から人の姿へと形を変えた少女は、エメルダに回転して投げられ勢いの付いた踵落しをお見舞いしようとした。
だが、越えてきた修羅場の数が違うが故にエメルダは超人的な反応で、奏那の踵落しをすんでのところでバックステップを行い躱した。
「っと、危な…流石に今のはびっくりしたわ~だけど、まだまだ♪ランクSアーチャー8グランナイト14」
エメルダは間髪いれず新しい人形を呼び出す。
奏那は素早く明日香の元へと戻る。
「すみません…失敗してしまいました…」
「大丈夫よ、今の奇襲は良かったから。あれは私の読み違い、続きも頼むわよ奏那『武装化』」
奏那はこくんと頷いて、武器の姿へと変わる。瞬間、騎士人形が四体まとめて襲い掛かってくるが、明日香は奏那を鞘に収めて構える。
「四体じゃ私を相手にできないわよ!御影流『妃闢閃』!」
目視ができないほどの高速で神薙を振るう。明日香の一撃は、騎士人形が気づく間もなくその胴体を分けていた。
だが、それが明日香の視界をさえぎった。
騎士人形の消える瞬間に発生するわずかな光も四体も纏めて切り倒せば、一瞬とはいえ視界を遮る程度には発生する。
「っ!しまっ──」
明日香の視界が一瞬だけ塞がれた。だが、その一瞬が戦いを決める一手にもなったのだ。
その刹那にも等しい時間で、弓人形の弓矢と騎士人形が明日香の目の前に迫っていた。
今から奏那達を人の姿に変えても間に合わない。もうだめだと錯覚した瞬間、走馬灯のように時間が遅くなる感覚がした。
(あ………私…もうダメ…かも)
負けを、死を、とまでは行かずとも確実に大怪我はすると覚悟した瞬間。
「明日香は死なせない!!」
人形の攻撃が明日香に当たる瞬間、稲光が明日香の目の前に立ちはだかり、全ての攻撃を打ち払った。
ゆっくりと、明日香が目を開けると、そこには光り輝く電光の鎧と背中に金の翼を生やした梓の姿だった。
明日香は梓のこんな姿など見たことも無かった。それに、梓の表情もいつもの必死ではあるがどこか余裕のある表情ではなく、本当に心配している時の表情だった。明日香は梓の姿を見て、小さく呟く。
「お姉ちゃん…その姿…」
「これ…『契約武装』、明日香を守るために…手に入れたの。大丈夫?」
契約武装を纏っている梓の口調はいつもとは違っていた。落ち着いてはいるがどことなく明日香の事を心配しているようで、明日香は大丈夫と笑って見せると、梓も契約武装を解く。
すると、電光の鎧も消えさきほどの姿に戻る。
「お姉ちゃん、さっきの装備『契約武装』って言ったよね?」
「っ、ええ…」
「じゃあ、私との模擬戦をやったときもそれ、使えたよね?どうして使わなかったの?」
明日香の攻め立てるような口調に、梓はぅぅ…、と萎縮する。
二人が模擬戦をやるときはどっちも全力で戦うという取り決めだった。明日香はその約束を守り、戦うときは全力、つまり今、明日香の使っている神薙と七皇を使って戦っていた。
対する梓は、レイラの真の姿である『ニルヴァーナ』と武器状態の霧香『夜天・刻風』の二つを使って戦っていたが、今梓が使った契約武装は一度も見たことが無い。
それに、契約武装は呼び出すときに、契約したものに魔力を送り呼び出すというプロセスでできているので、梓のような大量の魔力を持っている人間からすると、特にデメリットも無いようなかなり好条件の作りになっているのだ。
しかも、先ほどの契約武装はかなり強力なものだ。明日香の感覚だが、恐らくあれを使えば、自分の速さにだってついていけるだろう。
「わ、私は…もしあれを使って明日香にケガさせちゃいけないと思って……」
「……それ、本気で言ってるの?」
明日香の声が今まで異常に厳しく、鋭くなる。姉の梓でさえも明日香の声に少し後ずさりして、応える。
「だって…あの時、私は明日香を死なせかけたんだよ!?あの時の事を私は思い出したくないの!自分で再現したくないの!」
梓の声は若干ヒステリック気味になって声色も少し高くなっていた。
あの時。というのは、明日香と梓が始めて異世界人と会った日。すなわち、あの二人の傭兵と戦ったときだ。
確かにあの時は梓を守って、明日香が少年の剣を受けたが、あれは明日香が梓を守るためにしたことで、決して梓のせいではない。
だが、本人はそうは思っておらず、自分のせいで明日香が傷ついてしまったと思っているらしい。
「この……っ、バカ姉!」
明日香のその言葉に、梓は口をぽかんと開く。
明日香は嫌いなどの類の言葉は梓に平気で言うが、今のような言葉は一度も聞いたことが無かったため、梓は驚いていたのだ。
「ば…バカって何よ!」
「バカはバカよ!お姉ちゃんはあの時の事自分のせいにしてるけど、私はあの時今だから言うけどお姉ちゃんを見捨てることだってできたんだよ?」
そう言われて、梓は声を詰まらせる。確かに、あの状況で理性的な動きをするならば、身動きの取れない梓を見捨てて敵を倒しに行っただろう。
「私は……私は!お姉ちゃんが大切だから!好きだから!助けに行ったの!お姉ちゃんなら何とかしてくれるって信じてたから、助けに行ったの!」
信じてた。その言葉が梓の胸に突き刺さる。明日香は自分を信じて模擬戦のときも全力の武器で戦ってきていたのに、自分は明日香を傷つけたくないがために明日香との約束を守らず手加減をして戦っていた。
「それなのに…お姉ちゃんは、戦ってるときも全力じゃなかった!私を守るためなのかもしれないけど、そんなのただお姉ちゃんが臆病なだけだよ!!」
後半の明日香の言葉は涙と嗚咽が混じって叫び気味になっていた。
だからこそ、梓の心を揺らした。
(私が…臆病だったから明日香を信じ切れていなかった……?)
梓は自分は明日香を守るためにやって来た。それが明日香のためになると、明日香を守るためになると、信じていたのにそれが明日香を傷つけていた。
そう気づいてしまった。
「……じゃあ、………じゃあ!私はどうしたら良いか教えてよ!明日香!」
知らず知らずのうちに、梓の頬にも一粒の雫が伝っていた。
明日香はそれに答える。
「もう一度、今度は全力で戦って。じゃないと本気で一生お姉ちゃんを許さない」
その声には微塵も冗談の色は混じっていなかった。
梓は涙を服の袖で強引にふき取ると、
「分かったわ…明日香、容赦しないから」
その横で一人の少女がぼそりと呟く。
「………もしかして、私後半空気?一応重要な役のはずなんだけど~………」
とエメルダは誰に聞こえるわけでもなく呟いていた。
注意!次から喧嘩します




