自由行動~梓達の場合~
──梓が「明日香が来る予感がするから行ってくる!」などと言って、唐突にレイラとマルモを置いてどこかへ行った数分後。
「どうしましょう?僕たちもやることも無いし…何かありませんかね、マルモさん?」
「いや…私に言われても困るわよ……ん、そうだ図書館行かない?この世界には魔法もあるし何か学べることがあるかもしれないし」
非常にマルモらしい意見だったが、特に行くことも無かったので、レイラも頷き図書館に向かうことにした。
「あ…そういえば、ここで使うお金とかってどうするんですか?」
レイラがふっ、と思いついた疑問を口に出してみる。マルモなら、異世界を旅しているから何か知っているだろうと思って聞いてみると。
「そういうのは大きな都市とかだと、異世界の通貨交換所があるのよ。ここには無いみたいだけど、多分もっと中央に行ったらあると思うわ」
「そうなんですか…僕、そういう事はまだ疎いので…有り難うございます」
「ま、言ってなかったしね。こういう事ならいつでも質問してくれて構わないわよ?」
マルモは特に気にすることもなく答えてくれたので、レイラは内心でほっとしていた。
そうこう話をしていると、図書館とおぼしき建物が見えてくる。
マルモは楽しげに鼻歌を歌いながら、図書館の中に入っていった。やはり、物凄く本が、というより新しい知識を見ることが好きなのだろう。そんなことを考えながらレイラもマルモの後に続いて、図書館に入っていった。
「意外に広いものなのね……ちょっと驚いたわ」
マルモが図書館の中に入って開口一番に言った言葉がそれだった。
確かに図書館としては広い方だろう。吹き抜けの中央ホール、4階まである大量の本の数々、辺りを見回すと地下に続く階段もあり、かなりの広さである事を物語っていた。
因みにマルモは入った瞬間、司書の人に魔法体系の本の場所をに聞きに行っていた。
「すごいいきいきしてますねマルモさん…」
レイラは苦笑しながら、目を輝かせているマルモを見て、次に膨大な量の本に目を向けて。
「僕は無難に料理本でも探して見ましょうか、世界が違えば何か新しい事が分かるかも知れませんし♪」
そこから、約2時間は経過しただろうか。レイラは机に置いた本を棚に戻しに行く前に軽く伸びをしながら、マルモに話しかける。
「ん~…マルモさんそっちは…って、まだ色々読んでる途中ですか……それなら邪魔する訳にもいきませんし書き置きでもしておきましょうか」
目の前にいる相手に書き置きする、という何とも不思議な状況だが、読書の途中で邪魔をするわけにもいかないので、レイラはマルモの横に紙にメッセージを書いて置いておいた。
『私は充分楽しませてもらいましたので、この辺を散歩させて貰います』
レイラの性格が表れている様な、きっちりとした字の書かれた紙を置いて、レイラは外に出ようと───
「お前ら全員そこを動くなぁ!!」
突然の怒号と、なだれ込む様に入ってきた覆面の集団に阻止された。
「え…何ですか、この人達……」
突然の事に目を丸くしているレイラは、マルモの方を咄嗟に見ると、
「……なんというか…どんな状況でもブレないですね……」
思わず苦笑してしまうほど先程までと全く変わらない形で読書を進めていた。
レイラは取り合えず、このよく分からない状況を打開すべく動こうとしたその時。
今、一番触れてはいけない地雷に踏み込んだ、哀れな犠牲者が出てしまった。
「いつまでも本なんか読んでんじゃねぇ!自分の立場分かってんのか!?」
覆面が、マルモから本を強奪する。
レイラはそれを見て、あ……、と頭に手をおく。
ギルドのメンバーはアリシアと凜に教えられていた。マルモに絶対にしてはいけないことそれは、
読書中に邪魔をされる事。
マルモは本を取り上げた覆面に向かって、魔力光で恐ろしい速さで文字を書いている。
横からこっそり覗いたときに知ったのだが、それがこの国の魔法形式らしい。それをこの極短時間で使えるようになることも十分規格外なのだが、
「五月蝿い、読書の邪魔『吹き飛んで』」
そう短く告げ、魔法を発動すると、覆面の周りの空間が歪み衝撃波が発生し、覆面を吹き飛ばす。飛んだ先には本棚があったのだが、それも計算していたのかもう一つ魔法を発生させて。
「本棚を守って『霊壁』」
本棚の前に魔力の壁を発生させて、覆面の激突を防いだ。当然その衝撃をもろに受けた覆面はそのまま昏倒する。
あまりの早業に、誰もが言葉を失い動きが取れなかった。その間にレイラはこっそりと相手の視界に入らないように移動して、ほかにいた人達を避難させていた。
「テメェ!よくもやってくれやがったな…タダで済むと思うなよ!」
数人の覆面は、マルモに突撃していった。レイラはその様子を見てこう思った。
(あの人達…気絶で済んだらいいな…いろいろあると面倒だし…)
この感想も、実際にマルモの地雷を踏まなければできない感想だった。レイラはつい数日前に、マルモの部屋に入ったときに本で足を滑らせて、マルモに持ってきた紅茶を零してしまったのだ。
その後、修羅もかくやという表情で数時間、地獄の避けゲーを強いられた。
あの後に廊下を見渡すと、焦げた跡、凍った跡、切り刻まれた跡など複数の魔法を使った痕跡が廊下中に広がっていたのだ。
もちろん、自動修復のおかげで数十分後には、元の綺麗な壁に戻っていたのだが。
「だから図書館では静かにしなさいよ…『神電・雷孤』!」
マルモが、魔法を発動する。すると、光が集まってゆき一匹の狐の姿へと変わる、その狐はバチバチと稲光を迸らせている。
刹那、狐は覆面達に襲い掛かかる、その速度は文字通り疾風迅雷と呼ぶにふさわしい速度だった。
何が起こったのかも分からないまま、次々と倒れていく覆面達を見て、恐らくリーダーなのであろう男は、撤退命令を出してこの場から逃げるようにしてどこかへ消えた。レイラは今使ったマルモの魔法がどんなものかを考えている。
「マルモさん、今の魔法って擬似生命の核を作って、それを中心に一時的に生命体を作り出す魔法ですよね?」
レイラが考え出した答えをマルモにぶつけると。
「うん、流石にこの世界の魔法形態はまだ慣れてないからそこまで強い個体は生み出せなかったけど」
マルモにとってはそれが普通の答えなのだろうが、レイラは内心で驚いていた。
そもそも魔法は異世界でもある世界と無い世界で分かれる。たとえあったとしても、その形態は全くといっていいほどに違う。例えるなら任○堂とSO○Y位違うものだ。
それをたった数時間本を読んだだけで覚えたというのだ、流石と言うべきか、やはりというべきか、渡ってきた世界と修羅場の数が違うのだろう。
「そんな高等魔法をたったの数時間で使えるようになるなんて、やっぱりマルモさんも凄いですね!」
レイラが賞賛をこめて、そう言うがマルモは謙遜している様子を全く見せず、
「でもね、私のマスターはもっと凄かったから、私だってまだまだなのよ」
レイラはそれを聞いて、戦慄する。マルモでさえも相当な使い手なのに、さらにその上が要るということに衝撃を禁じえなかった。
「そんな人がいるんですね…やっぱり、世界って広いなぁ…」
「そうね、異世界もあるしね」
そう言って、マルモはいたずらっぽく笑って見せた。
二人はあの後、図書館の人に浴びるほどの歓声と感謝を受けて、苦笑いしながら外へ出た。そのときに感謝の気持ちということで、この国で使える通貨をもらっていたので、
「あ、私はさっきの本でちょっと作ってみたいレシピがあったので、食品を調達したいんですけど、手伝ってもらえますか?」
マルモは二つ返事で、「いいよ」と返すと、レイラについて歩いていく。
それほど時間もかからず、数分も歩くと、レイラが立ち止まってここが目的の店だと告げてくる。
「ここのお店、さっき図書館にいた人に聞いたんですけど、異世界の食材とかも扱っていて相当品揃えが良いらしいんです♪」
レイラが嬉しそうにスキップしながら入店するのを見て、マルモもついで入る。
中は空調が利いていて、ひんやりとした空気がマルモを包み込んだ。
レイラはすでに食材をじっと見つめており、その目は一流の料理人にも負けないだろう。
(へぇ…料理はアリシア任せだったからよく分かんなかったけど、かなりいろんな種類があるのね…昔雪那の言ってた『料理は魔法と一緒』って言うのがなんとなく分かった気がするな)
マルモが感慨深くそんなことを思っていると、遠くのほうからレイラがマルモを呼ぶ声が聞こえそちらへ向かう。
「生まれ変わったこのギルド…また、楽しくなりそうね」
マルモは、向かう前にそう小さく呟いた。




