白い天使と純白の悪魔
今回はかなり長めになってしまいました。
実はそこまで本編にかかわってくることは多く(というかほぼ)無いのでまったり(?)お読みください~
とある世界の、王国の城の玉座の前で、一人の少女と、王であろう男が言い合っていた。
「だからぁ、その条件は飲めないって何度言ったらわかるの!?」
その少女は、見た目だけで考えるなら、大体11、2歳と言ったところで、とてもではないが、王に貢献できるような事が出来る事ではない。
「し、しかし翠殿…我が国の軍隊はもはや壊滅寸前…そこで、翠殿の率いていらっしゃる『ギルド』というものに入っている方を一人か、二人わが軍にこの戦争が終わるまで派遣していただければ良いのですが…」
王は、少女に泣きつくような勢いで、縋り付いているが、取りつく島もなく。
「あのねぇ……こっちだって慈善事業でやってあげるわけじゃ無いのよ?それに、私の大切な仲間をホイホイ貸せるわけないでしょう」
「で、ですが!」
「何て言ってもダメ。要件がそれだけなら私は帰るわよ」
翠と、呼ばれた少女は、後ろにいた三人の少女を連れて踵を返すと、玉座の間を出て行った。
一人玉座の間にいる王は、親指を加え、悔しそう───というより恨めしそうにつぶやく。
「おのれ…小娘ばかりだからと調子に乗りおって…その態度、後でたっぷりと後悔するがいいわ!」
呟きは怒声へと変わり、王はフードをかぶった男を呼び出し、ぼそぼそと何かを話す。
──その計画が、結果的に自分の身を滅ぼすとも知らずに。
「あ、ごめんなさい翠。ちょっと、必要なものがあるの思い出したから買ってから帰ってもいいかしら?」
その少女は、長い黒髪をポニーテールにしてまとめ、その瞳は透き通るような琥珀色をしていた。
二人の様子は、仲のいい姉妹の様に見える。
「いいけど……こっちと向こうの時間差分かってる?雪那」
「確か、こっちの一日で向こうの一時間でしたか?」
「そうよ、一週間に一度はぜ~ったいに連絡すること!」
翠は、分かった?と子供に言い聞かせるような言い方だが、雪那も慣れているのか、軽くはいはいと返事をすると。
「それじゃあ、行って来ますね♪」
雪那は嬉しそうに、手を振って街の外へと繰り出していった。
「ほんとに大丈夫かな……」
翠は心配そうに呟いていると、薄紫の髪と鳶色の瞳を持った少女が、呆れたように。
「大丈夫ですよ。っていうか、翠さん心配しすぎですよ…雪那も一応『五神姫』の一人なんですから」
「だからこそだよ?全く…リゼは分かってないんだから…」
翠が、まるでリゼが分かっていないかのような口ぶりだが、少女たちの本当の姿──それは、伝説と言われたギルド『極光の令嬢』だ。
見た目はどうであれ、翠は『極光の令嬢』のリーダーなのだ。
その実力も、折り紙つき──というか、神でさえも翠一人で倒すことができるほど、非常識なまでに強いのだ。
だが、それでもダメなものだってあるのだ。
翠は、極端に一人でいることを嫌うのだ。一人でいればいつの間にかバベルの塔のような建造物が立っている。ということが、あったのだ。
仲間がリゼしかいなかったときは、そのような事も何度かあったのだが、今では仲間もいるためそんな事は起こっていない。
「いや……分かってないのは翠さんでしょう…?雪那って翠さんが思っているよりよっぽど強いですよ?ただ、戦う相手が翠さんだから分からないだけです」
リゼが、苦笑しながら翠に言い返す。
翠はこのギルドの中でも圧倒的に強いのだ。
具体的には『五神姫の四人がまとめて翠に戦いを挑めばようやく互角くらいになるくらいの強さ』といったところだろう。
「そうかも知れないけど~」
やはり、納得がいっていないのか、翠は頬をハムスターのようにふくらませると訓練場の方へ体を向け。
「じゃあ、リゼとストレス発散に勝負!リゼが私に一発でも攻撃入れられたら、なんでも一回私が言うこと聞いてあげる♪」
翠はそう言って、リゼを半ば強引にストレス発散の相手に突き合わせるのだった──
「やっぱり…この辺じゃ聖白鋼は少ないんですかね…もう少し奥の方へ行けばワンチャン…」
雪那がそう呟いている場所は、今、雪那がいる世界でも最難関と言われているダンジョンの中だ。
本人が涼しい顔をしているため、全く分からないがその足元には、魔物に殺されたと思しき冒険者の鎧や剣、果てには骨などが散乱している。
そんなことを悠長に考えている間にも、後ろから巨大な魔物が雪那を襲う。
「あ~!鬱陶しい、邪魔なのよ!黒羽流『五月雨卯月』!」
刹那、雨のような突きが魔物を風穴だらけにしていた。
瞬時に取り出した槍についた返り血を、振り払うとそそくさと、洞窟の奥の方へと走って行った。
「この辺なら…あるかな~?」
雪那はまるで子供のように手を額に当て、周りを探している。
その様子はとてもかわいらしいのだが、場所が場所だ。正直、どう考えても場違いである。
「…あった!ようやく見つけたわ!これだけ聖白鋼があれば、十分かな?」
雪那は、見つけたことに興奮していたから気づくことが出来なかった。
後ろから、小さな針が飛来していたことに。
もし、雪那が冷静に周りを警戒していたならば。
もし、雪那が辺り一体の魔物を全滅させて居なければ、こんなことにはならなかっただろう。
「痛っ!何、今の?」
雪那が、首筋に触れた瞬間、打ち込まれたものの真の意味を理解する。
(ちょっ、これ毒!?不味い、抵抗が間に合わな──)
雪那の意識はそこで途切れた。
「う~疲れた~!」
訓練場の中でたっぷりとリゼリアと戦った翠は床に倒れこむ。
一方、リゼリアはぜぇぜぇ、と息を荒げながら、息を整えていた。
「み、翠…さん、流石に、この中で、超高位魔法を連続で使われたら、いくら私でも、一人じゃ防げませんよ…」
訓練場の床や壁は、翠が使ったであろう魔法のせいでボロボロだ。
素材は、アダマンタイトと聖白鋼の二つを合わせた、超硬合金に加えて再生能力を付加しているため、この壁や床も一時間もすれば元通りになるが、物理に対して圧倒的な防御力を誇る鉱石と魔法遮断率が最高クラスの二つの石を使った壁と床を砕いたり、傷つけることなどまともな人間では決してできないようなレベルだ。
「あ~そろそろ七時間ね。雪那からの連絡待つついでに装備の手入れでもしてよっと」
よいしょっ、と翠がバネのように跳ね起きると、そのまま訓練場の外へ向かっていった。
「も~誰がここの瓦礫を集めると思ってるんですか…再生つけても、直すのって意外と大変なんですから……」
リゼリアは深い溜息をつくと、風魔法を使って瓦礫を黙々と集め始めたのだった。
一方、部屋に戻って装備の手入れをするといった翠は。
「戦艦2、正規2、潜水1、駆逐1…これなら突破でk───にゃぁぁぁぁ!?また、ワンパン大破したぁ!?」
装備手入れをすっぽかして、提督業をしていた。
声を聞く限り、あまり戦況は良くないらしい。
「うぅ…バケツも資材も足りないよぉ…って、あれ?」
翠は、時計を見るととっくに一時間過ぎているのだ。雪那が何の連絡もなしに報告を遅らせることは、今まで一度たりともなかったのだ。
「どういうこと…?まさかとは思うけど、雪那に何かあったんじゃ……」
翠は、一瞬で魔方陣を完成させると、探知魔法を使う。
『世界探査』
翠の使った魔法は、目的の人間がどこにいるかがわかる魔法だ。もちろん、異世界だろうとお構いなしだ。
「…見つけた。同じ世界ってことは…あの愚王が何かしでかしたのかしら?もしそうなら───」
それ以上は口にしなかった。それはあくまで最悪の場合で、まだそうと決まったわけではない。
翠は、部屋を飛び出すとすぐに、前に行った世界に跳ぼうとする。
「ちょ、ちょっと!翠、どこ行くのよ!?」
様子のおかしい翠を見つけて、黒髪をポニーテールで結った少女が翠を引きとめる。
「ちょうどいいところにいたわ凜。今から、雪那のいる世界に跳んでくってリゼとエルザに伝えといて」
そう言うと、凜の静止の声も聞かず異世界へ飛び立った。
雪那は暗い地下牢で目を覚ます。
毒のせいか、まだうまく喋ることができないようなので、とりあえず周りを見渡すが。
(こ…こ、どこよ…って言うか、何で私がこんな目に……)
体を動かそうとすると、手首のほうからジャラリ、という金属音が聞こえる。
目を向けると、そこには予想通り手錠が嵌められていた、
雪那は力任せに手錠を破壊しようとしたが。
(あ~これ、ダメっぽいわね…魔力封じかかってるし、しかもご丁寧に上限制限の魔法までかかってるし…)
冷静に状況を判断していると、がしゃんと重い扉の開く音がする。
入ってきた男は、お世辞にも美形とは言いがたい姿の男だった。
丸い顔と、太い腹は見ていてまるで豚を連想させるかのようだった。だが、この国の貴族なのだろう、服などの身なりはかなり高級なもので身を包んでいた。それでも、見た目の悪さは変わらないが。
(うわ…ちょっとあれは…私じゃなくても無理でしょ…)
できるだけ顔に出さないようにしていると。男が近づいてきて、雪那の入っている牢の扉を開ける。
「グフフ…このような者を汚さねばならないとは、陛下も罪なお方ですな」
男が放った一言が雪那の背筋を凍らせる。
(な…!?今、あいつ私のこと間接的に犯すって言ったの!?)
雪那は、幼いときのトラウマを無意識に思い出してしまった。
───自分の体に群がる無数の男
───抵抗したくてもできなかった、幼い身体
───有無を言わさず雪那の身体を汚す、男達の──
反射的に、雪那は近づいてきた男を蹴り飛ばそうとした。
「おぉっと、全くおてんばなお嬢さんですね。それでこそ堕としがいがあるというものです…」
正直、こんな豚みたいな男に言われてもちっとも嬉しくない。
「あ、んた…こんな、ことして、どう…なるか、分かって、いるの…!」
ようやく、動くようになった口から、必死に言葉をつむぐが、その男は下卑た笑いを浮かべながら、雪那を見つめ。
「分かってますよぉ~?貴女を落として、私のかわいい奴隷にした後、貴女をダシにしてあの小娘と交渉するつもりなんですから、『黒獅夢槍』またの名を『黄槍の戦姫』の黒羽雪那さん」
雪那はもう一度、恐ろしい感覚を感じた。
この男は───この国の王は全てを分かった上で翠に喧嘩を売るつもりなのだ。
(助けて…翠…)
雪那の思いなどお構いなしに、歯車は廻りだす。
「…着いた、今すぐ王城に行けば何か掴めるかもしれない。向こうで見たのが、八時間半たったとき…一日半…無事でいて、雪那!」
翠はさながら旋風のような速度で、王のいる城へと走り出していた。
その速さは、城下町から数キロは離れているであろう城へたったの数十秒で着かせるほどの早さだ。
「ごめんなさい、そこを通して」
翠は、できるだけ焦りを顔に出さないで、城の中に入り、一直線に王の間に向かう。
扉を開いた先にいた王の顔はまるで、小さな子供が待ちわびていた玩具がようやく届いたような顔だった。
「あんた…雪那に何したの…?」
「何を言っているのか分かりませんな。貴女方の行くところに私達がついていけるはずが無いではないですか」
王は惚けているが、翠には同じ世界にいる仲間の魔力なら、探知することができるのだ。
雪那の魔力は、王の椅子の下、ここは二階で下には大広間がある。
つまり、地下に雪那は幽閉されているのだ。
「惚けないで!私は魔力を探知することができるの、あんたの椅子の真下、この城の地下に雪那がいることは分かっているの!」
翠の言葉に王の眉がわずかに動く。
「だとしても、私たちに分からない魔力では、いささか根拠が足りないのでは?」
「ぐちぐち言い訳を並べるのは真実と同意義よ。そう思うなら、私に大人しく地下牢を見せればいいじゃない」
翠の強い言い方に、王も分かりました、と一言だけ言って翠を地下牢へと案内した。
翠は地下に着くと、すぐさま雪那の魔力を探し始める。
雪那自身であれば、身体を隠すなどしてどうにでも誤魔化せるが、魔力であればそうはいかない。
自分の全感覚を、魔力を探し当てることにのみに集中させる。
雪那の魔力は、確かにここにあるはずなのだが。
(うそ………何処にも、隠れられる場所なんて無いじゃない……)
魔力の反応の先には、何の変哲も無いただの牢獄だった。
「そんな…何処にも、いない………」
絶望する翠とは対照的に王は分かっただろう?と、言った顔で。
「お分かりいただけたら、今日のところは帰っていただいてもよろしいですかな?」
翠は悔しげに顔をゆがめたが、どうにも今は退いたほうがいいと考えたのか。
「……分かった」
そう言って、翠が降りてきた螺旋の石段を登ろうとすると。
「きゃっ!?」
石の隙間から這い出てきた蜘蛛に驚き尻餅をつく。
「おやおや、ご無事ですか?翠殿」
「……大丈夫よ、少し驚いただけ」
そう呟き、石段を登って行った。
翠がいなくなった後の牢獄では、服をすべて脱がされた状態の雪那と、今にも雪那に襲い掛かろうとしている貴族の姿があった。
「何で、翠が気づかなかったの……こんな事って…」
「んふふふ、もう諦めたらどうです?身も心も私のものになったほうが絶対に楽ですよ?」
「そんな三流の悪役が言いそうな台詞に誰がうなずくものですか…!」
雪那は、服を脱がされようとも、たとえ自分がこの男に犯されても、身体があの男のものになっても、絶対に翠が助けに来てくれるから、それまでの我慢と決めたのだ。
「それでは、貴女を堕とすことを始めましょうか」
「やれるものなら…やってみなさいよ…」
雪那は敵意をむき出しにしながら貴族の男にそう言い放った。
城を追い出された翠は、もう一つの作戦を実行しようとしていた。
「考えられないけど…もしも、私の探索魔法を抜けられる術があるならと思って、持ってきたものが正解だったなんてね…」
翠は、セーラー服に似た服の中から、小さな小箱を取り出し裏路地───その中でも特に人の少ない場所へと入って行く。
『起動』
それは、翠の声と共に動き始め、城の地下牢の映像が映し出される。
翠がつけたのは超小型の浮遊式カメラなのだ。凜が作ったのだが、あまりに小さすぎて逆に設置できたかどうか分からず、作るのをやめた失敗作だが、今回はその失敗作が役に立った。
映像は申し分なく、下手な機械よりもよっぽど鮮明に移っている。
その中で見えたものは。
「…………っ!?」
雪那が、貴族らしき男に無理やり抱かれている映像だった。
翠は雪那の過去を知っている。
雪那の姉は妹達を守るために村の男達に自分の身を差し出したこと。
そして、その姉がいなくなったことで、さらにエスカレートした男達によって妹が汚されるのを防ぐために自ら雪那が身代わりになり、毎日のように獣のような男達に抱かれていたこと。
だからこそ、翠は我慢することができなかった。
「……何だ、やっぱり雪那いたじゃん。今すぐ助けてあげるね」
翠の声はひどく冷たく冷酷なものへと変貌していた。
天使のような甘く可愛らしい声から、悪魔のような慈悲なき声に。
「エルザ、今からこっちこれる?」
翠のいつもとは違う声音に、エルザは理由を尋ねる。
「…何するつもり?」
翠は、一息置いて。
「この国をブッ壊す」
エルザは、翠の話を聞いて翠の心境を理解したようで。
「……分かったわ、私は何すればいい?」
「エルザは私の魔法が国の外に被害を出さないように国の周りに結界を張って。それと、国民の避難やってくれる?」
翠が聞いてくるが、エルザはため息をついて。
「……無理って言っても、何か理由つけて絶対やらせるでしょ」
「ふふ、そうだね………ありがと、こんな私に付き合ってくれて」
エルザはもう一度ため息をつきながら。
「何言ってんの……私たちを助けてくれたのは翠でしょ、こんなことでお礼言われても困るわ」
エルザはすぐ行く。と言って通信を絶った。
「それじゃあ、私も始めましょうか『顕現・蒼炎の銀剣』」
翠が呼び出したのは、刀身が深い青色に染まった短剣だ。
翠は短剣を宙に投げると。
『解除アーシェ』
武器の姿から、人の姿へ変わった短剣は青色のショートカットの髪と、紫色の瞳を持った少女だ。
一つ点を上げるとすれば、所有者のほうがどう考えても幼く見えると言ったところだろうか。
「アーシェ、悪いけど付き合ってもらうわね」
「分かりました。マスターの武器として、精一杯のことはやらせていただきます」
翠は、エルザと落ち合い、エルザはすぐさま国の中心へと向かっていった。
彼女の役目は、翠の魔法が国の外へと被害を出さないことだ。
「エルザ、お願いね」
「了解、『顕現・星霊弓月黄泉』」
エルザの呼び出した武器は158はあるエルザの身長をゆうに超える、約2メートルはある大弓だった。
エルザはそれを真上に構えて。
『四十八式・多重円形結界』
エルザの放った矢は最高点で、数十の矢に分裂し、国の外周部に等間隔に落下する。
落ちた部分からは、普通の人間には見えないが国をすっぽりと覆うような特大の結界が張られていた。
いくら、この国が10キロ四方の小さな国と言えども、この結界を作りだすことは用意ではない。
「それじゃ、行って来る」
翠は次の瞬間、一陣の風となって、城へと走っていった。
「……その程度の扉で、私を止められるとでも思っているのかしら?」
翠が見上げるのは、黒い鋼鉄の扉だ。厚さは数十センチはあるが、翠は意にも介さず。
「頼むわよ、アーシェ。『武装化』」
青色の短剣に姿を変えると、扉に向かって風を切るような速度で剣を十字に振るうと。
重く地を震わせるような音と共に鋼鉄の扉が切り落とされた。
「な、何者だ!?」
数人の見張りの兵士が思わず二度見するほどの驚きを見せているが、翠は冷たい声で。
「死にたくなければ、そこを退きなさい」
「な………そんなことできるわ───」
兵士の返答はそこまでだった。
翠は、刹那の間に剣を振るい、兵士の首をはねていた。
「……馬鹿な人たち」
その頃、最上階の王の間では。
「ええい、どういうことだ!地下牢に魔導石を埋め込んでおけば気付かれないと申したではないか!」
王が声を荒げて、フードをかぶった男を非難していた最中だった。
「私は、王の言ったとおり『あの小娘が牢を探しても見つからないようにしろ』と言う命令を遂行したまでですが」
「ならばなぜこんなことになるのだ!」
頭に血が上っている王は気がつかない。
自分が言ったのはあの小娘『が』と言ったのだ。すなわち、翠が探さなければ見つかってしまう、と言うことだ。
次の瞬間、王の間の扉が轟音と共に破られる。
「如何な夜をお過ごしでしょうか?クソ野郎ども♪」
翠の恐ろしいほどに作られた笑顔に、王と側近、その他いた兵士達が戦慄する。
「きっ貴様!どうやってここに入ってきた!?」
驚く王を歯牙にもかけず、翠は簡単な作業をするような口調で。
「鉄の扉ブチ破って中の人みんな倒してきたんだけど?」
王は脂汗を垂らしながら、できるだけ平静を保ち応えようとする。
「さ、左様ですか…今宵はどの様なご用件で…?」
翠は一瞬目を細めると、短剣───アーシェを人の姿へと変える。
「そんな事も分からないんですか?この脳の足りない愚民ども」
突然放たれたアーシェの暴言に王は、顔を真っ赤にして激昂する。
「な………!何だその口は!?私はこの国の王だぞ!?」
だが、アーシェは黙ることなく続きを述べる。
「だからどうしたのよ?───人の仲間を勝手に拉致った挙句、こっちとの交渉のカードにしようとしたゴミ野郎が何をほざいているんでしょう?」
核心を突かれた王は、大声を上げ、兵士達を呼び寄せる。
瞬く間に数十人もの兵士達が現れるが。翠はまったく気にすることもなく、アーシェに伝える。
「五章節と30秒。それだけあればこの国をトばせる」
何を言っているのかさっぱり理解できない王とは対照的にアーシェはコクリ、とうなずき兵の前に立ちはだかり、スカートの中に仕込んであった鉄扇を抜き取る。
「マスターの命令ですので、少しの間───といっても、私に押さえられたらあなた達全員死んでしまいますから……そうだ、逃げたい人は素直に逃げてください♪私はそういう人には危害を加えませんので」
アーシェのあまりにもふざけた言い方に兵士達は逆上して襲い掛かってくる。
その様子を見て、つまらないものを見たかのような表情でため息を一つつくと。
「残念ですね…『神楽舞・桜花閃々』」
アーシェの姿がぶれた刹那、兵士達はそろって床に倒れ付していた。
必死にもがくがどれだけ足掻いても起き上がれそうに無い。
「無駄ですよ。私の『神楽舞』には一つ一つに違った魔法効果が仕込まれていますから、熟練の魔法使いでもなかなか解けませんよ───特にあなた達のような魔法を使えないものではね」
「アーシェ、ありがと。そのまま地下牢にいって、雪那を助けてきて。雪那を酷い目に合わせたやつは───殺しなさい」
翠の慈悲なき言葉にも、アーシェは眉をピクリとも動かさず「了解」と一言だけ言うと、地下の牢へと向かっていった。
「それじゃあ…もういいかな?」
そう言うと、翠は詠唱を始める。
『Speriamo rovina』
その言葉は今までに聞いたことのないような単語だった。
『Speriamo che la fine』
その透き通るような声から考えられないようなおぞましい雰囲気が伝わってくる。
『Il suo quello che Contrassegna la fine』
詠唱が三小節目に入ると、空間が軋むような音が響き始める。
『Luce Womotte di purificazione e la sua distruzione』
あまりの光景に、兵たちは自分たちが捕えられている事すらも忘れ、見入ってしまう。何よりも、詠唱する翠の姿が美しかったのだ。
『Il ritorno a zero e il nulla tutto』
最後の五小説目が詠唱される。
翠は、詠み終えると、王のほうへと向き。
「これで、発動準備は完了したわ。私が魔法の発動句を言うだけでこの国は一瞬で吹き飛ぶわ」
「そ、そんなものハッタリだろう!?そんな事出来るわけがない!大体私は知ってるんだ、貴様たちが魔力の量が少ない世界では、魔法を発動することができないことを!」
王が、鬼の首を取ったかのように自慢げに言い放つが。
「……そっか、言ってなかったね。───まあ言う気もなかったけど、そのシステムには抜け道があるのよ」
それだけで、王が絶望するには十分だった。少なくとも、今の状況で魔法が使えないなんてハッタリを翠が言うわけがない。
───なぜなら、翠は仲間のためならば、仲間を傷つけた者だけであれば、平然と人を殺す事が出来るのだ。
「マスター、雪那様を無事救出しました。ついでに、同じ牢で醜く喚いていた豚のような生き物は殺してしまいましたが、宜しかったでしょうか」
アーシェが、雪那を抱えて翠の元へ歩いてきた。
「ありがと。さて、エルザの作業も終わったかしら?」
翠は、遠話でエルザに聞いているようだった。アーシェは今はぐっすりと眠っている雪那を見つめて。
(すみません…私達が気づけなかったばかりに…)
アーシェは心の中で、雪那に謝罪した。今はそんな事を言っている状態でもない。
「さあ、終わりの時間よ」
翠は、最後の言葉を言おうとする。
「ま、待ってくれ!謝罪ならばいくらでもする!だから、頼む!殺さないでくれ!」
「……じゃあ、質問。───今の私は何に見える?」
翠の質問に、王は震えながら答える。
「………悪魔だ……」
その答えに、翠は悲しく笑いながら。
「───やっぱり、あなたも同じ答えなんだね」
そして次の瞬間。
『天地開闢』
刹那、すべてが白く染まる。
その光はどこまでも白く、すべてを塗り替え書き換えるような強烈な光だった。
永遠とも取れるような一瞬の後には何も残らなかった。
翠の言った通りに、国一つが本当に消し飛んだのだ。
「……これでお終い。もうここに来ることも無いわね」
隣では、アーシェが寂しそうな表情で。
「……マスターは悪魔なんかじゃありません。誇り高き、私たちのギルドのリーダーです」
「ありがとね、アーシェ………なんか私、この頃皆に慰められてばっかだな…」
「それでも、私たちのリーダーで大切な仲間です」
そう言われ、翠はくすっと笑い、もう一度お礼を言おうとすると。
「……翠さんは……私を救って、くれた……だから…そんなに、思い、つめないで…」
「雪那!起きて大丈夫なの!?…………それと、ごめんね……早く気付いてあげられなくて」
翠の目から、雫が零れ落ちる。
雪那はか弱く笑いながら。
「私…汚れちゃった、よ……?それでも、いいの…?」
「何言ってんの、雪那は私の大切な仲間だよ…もう、絶対に誰にも傷つけさせないから……!」
翠は、強くそう言うと堰を切ったかのように、三人の前で泣いていた。
過去編……この作品で一番文章量が多いのだが……(汗
次からは本編に戻ります。できるだけ頑張ります!
ご意見、ご感想あればお願いします!
その他誤字脱字あればご報告お願いしますm(__)m




