龍を狩る者
「やっと、ここまで着いた~!」
明日香の元気のいい声が平原中に響き渡る。その横には、アリシアと緋焔、闢零だけではなく梓とマルモ、レイラ、霧香と勢揃いだった。
「そうね、ここの時間でだいたい50年分くらいかかったかしら?」
「あ~そんなにかかっていたんだ…」
明日香が気づかなかったと言わんとばかりの態度で話していた。
「まぁ、何にしても60回以内に七天龍のうち六体を倒せたんだから良いんじゃない?」
「そうね、でもここからが本番よ。最後の天龍は次元が違うわ。十分に覚悟するように」
マルモが念入りにと言わんばかりに注意すると、明日香も「分かってるよ~」と軽く返す。
「で、ここからどうやって最後の七天龍の場所に行くのかしら?」
梓が当然といえば当然の質問を聞いてみる。マルモも言うことを完全に忘れていたようで、あ…っという表情をしていた。
「ごめんなさいね。今から教えるから許してちょうだい。まずは倒した龍からもらった6つの珠を『箱』の中から出してくれる?」
「はいはい、出しましたよ~」
明日香は楽しそうに、梓は淡々と『箱』の中から6つの珠を取り出した。
二人の手の中にある色の違う6色の珠を、マルモは「全部あるわね」と確認して、魔方陣の展開し、呪文を詠唱する。
『六の龍より受け取りし、六の珠、この力を受け七となる終の龍へと続く道を拓け』
次の瞬間、明日香達の目の前に巨大な扉が現れた。その扉は、音もなく静かに開き明日香達を中へと誘う。
今まで戦ってきた七天龍とは違うと肌で感じ取ったのか、明日香の体がぶるりとひとりでに震えてしまう。
「…っ、この先に最後の天龍がいるのね…」
「そうよ、覚悟はできてるかしら?この先に入れば最後の龍を倒さない限りもうここには戻ることはできないわ。それでもいい?」
二人はこくんと頷くと、マルモとアリシアは「じゃあ、行くわよ」と門の中へと歩みを進めていった。
「え…何よ、ここ…滅茶苦茶じゃない…」
思わず、梓が呟いてしまった。それも仕方がないというものだろう。
門の中で最初に見た景色は、あたり一帯に隕石が降り注ぎ、足場という足場は小さな岩くらいしかなく、重力がおかしいのかその岩でさえも宙に浮いていた。
「この先に…最後の天龍がいるんだね…」
明日香はそういうと、小さな岩へと飛び移る。梓がそれを見て心配そうにしていると「大丈夫だよ」という余裕そうな明日香の表情が見えて、ほっと息を吐きながら梓達も続いて岩の足場を飛び移りながら進んで行く。
梓も最初は明日香が落ちないかとハラハラしていたが、明日香がピクニック気分で岩を飛び移っていたので、梓も後ろから見守りながら進んで行った。
「あれって…神殿?」
ピョンピョンと明日香が軽々岩を飛んでいく先に見えたものは、この空間には似つかわしくない、真っ白な大理石にも似た岩で作られた神殿があった。
「って、明日香さん!上、上から来ますよ気をつけて下さい!」
警告されて、空の方を向くと明日香目掛けて隕石が降ってきていた。しかも、とても飛んで逃げられるような大きさでは無かった。
明日香は一瞬驚いた表情をしたが、至って冷静に。
「『武装化緋焔、闢零』!」
二人を武器に変えると、立ち止まり剣を構える。明日香の剣術としては珍しい居合いの型だ。
「御影流『夢幻刃』!」
刹那、明日香が剣を振り抜く。
次の瞬間には、明日香へと向かっていた隕石は小さな無数の石のへと姿を変えていた。
「二人とも、ありがと。『解除』」
二人を人の姿に戻し、再び明日香は目の前にある神殿の方向へ岩に飛び乗り進んで行くと、数分とかからず、明日香たちは白い神殿へとたどり着く。
「明日香、梓。ここから先は貴女たち二人でしか進むことはできないの」
「え?それってどういうこと?」
明日香が思わず聞き返してしまう。アリシアは「私が説明します」といって、出来るだけ明日香に分かるように説明を始めた。
「明日香さん達が六体の天龍を倒しててに入れた証の珠は、この空間に入るためと、この神殿の内部に入るための二つの役割を持っているんです」
「で、でもそれならアリシア達も入れるんじゃないの?今も私達とこの空間に居るじゃない」
明日香の正論に梓もその通りね、と言わんばかりの表情だったが。
「残念ながら、この空間に入るだけなら珠を持っている人がいれば何人でも入れるんです。ですが、この神殿に入るときには『一人につき六つの珠を消費しなければ入れない』結界が張られているため入ることは出来ないんです」
アリシアの反撃に明日香も若干納得がいかなかったが、こういうものと仕方ないが割りきり。
「じゃあ、緋焔達はどうすればいいの?私達が入れても緋焔達は入れないよ?」
「それは、心配ないわ。武器は所有者と同じと考えるから、例え所有者よりも後に武器が入ったとしても問題ないのよ」
マルモが問題ないと太鼓判を押してくれたので、明日香が「じゃあ、行きましょう!」と声を上げる。
「二人とも、あまり無茶しないように」
マルモの短いが、初めてとも言える激励に、明日香もアリシア達の方へと向き、笑顔でおまけにブイサインまでつけて。
「もちろん、絶対に勝ってくるからね♪」
「明日香……」
梓が心配そうに明日香に声をかけ、手を掴むと幽かにだが明日香が震えていることが分かった。
「お、お姉ちゃん…私達、勝てるよね…?」
いつもならば、あり得ないような弱気な発言に梓は驚き半分、抱き締めたさ半分位の比率で。
「大丈夫よ。それに私達には秘策があるでしょ♪」
「お嬢様が弱気なんてらしくないですよ。いつもみたいに私達を引っ張り回す位の勢いでないと」
「…そうです…お嬢様は、私達に、無茶ぶりさせる位が、ちょうどいいです…」
緋焔と闢零の応援はかなり微妙なものがあったが、明日香としてはそんな事でも十分に効果があった。
「あはは…そうだね。私はいっつも皆を振り回してたもんね。最後だって、明るく、元気に、可愛く勝ってやるんだから!」
すっかり気分をいつものものへと変えた明日香の後ろを守るように着いていく緋焔と闢零。そして梓とレイラ、霧香は白い廊下を歩き、決戦の場へと向かっていった。
「つ、着いた…廊下長すぎ…」
明日香が憔悴した様子で扉を見つめる。結局あの出来事のあと、ひたすら廊下を歩いていたが着いたのは約1時間ほど無心で歩き続け、ようやくここまでたどり着いたのだ。
「でも、この先に最後の龍がいるわ。さぁ、明日香覚悟はいいわね?帰ったら明日香をはぐはぐさせること良いわね!?」
「それ、死亡フラグ…って言ってもお姉ちゃん私が死ぬまで死にそうに無いのよね……」
「……それだけ、余裕があれば勝てる……」
霧香がボソッと呟くと、明日香と梓はゆっくりと門を開いた。
門の中に見えたのは、崩れた柱、ひび割れた地面、そして―――死に絶えた龍だった。
「どういう…事…?私達以外にこの中には入れないって―――」
梓が驚いていると、明日香が「ヒッ!?」と本気の悲鳴をあげかける。
「明日香、どうし―――」
たの!?という言葉までは続かなかった。
そこにいたのは黒衣を纏った人間なのだろう。その手には赤黒い長刀を持っており、その刀身からは血がポタポタと滴り落ちていた。
何より、明日香達が驚いたことはそれだけではない。上手く言葉では表せないが、自分たち正確には竜に対する恐ろしいまでの憎悪がにじみ出ていた。
それに自分たちの身体が嫌がおうにも反応したのだろう。
この人間は危険だと。
「や、ヤダ…あの人の雰囲気苦手…」
明日香が珍しく全身をビクビクと震わせている。黒衣はその気配に気づいたのか、明日香達の方を見ると。
「……双子の人龍…あれが目標か…」
次の瞬間には、明日香達の目の前に迫っていた。
黒衣は長刀を梓に目掛けて切り下ろそうとする。梓はあまりの出来事に、一瞬反応が遅れる。
(不味っ…)
咄嗟のバックステップで致命傷にはならなかったものの、肩を斬られる。その時に、幽かにだが黒衣の口元が歪んだ。
「お姉ちゃん!大丈夫!?」
「え、ええ……だいじょう、っ!?あっ、ぐ、ああああああああああああっっっっっっっっっっっっ!!?」
突然梓は傷口に熱した棒を入れられたような激痛に襲われる。
それでも、必死に意識を保ち、回復魔法をかけようとする。何があるか分からないと武器の状態にしておいた二人も異常を感じ人間の姿に戻る。
「お嬢様!?どうしま――」
「マスター、大丈夫!?」
レイラは顔を青ざめると、急いで傷口に回復魔法をかけるが。
「どうしてっ!?傷が全然塞がらない!」
レイラが泣きそうな声で回復魔法を使っている。その間も梓は苦しげな声で呻いていて。
黒衣は、梓はもういいと言わんばかりに明日香に向き直す。
「……お姉ちゃんを傷つけた、お姉ちゃんを苦しませた……貴女も同じくらい、傷ついて、苦しんで、死んじゃえ」
明日香はそれからぼそぼそと何かを呟くと、周囲の魔力の流れが明日香を中心に回り始める。
『リミットブレイク』
短く、魔法を唱える。それはその名の通り自分に掛けられた制限を解放すること。
それが意味するものは、今まで使うことの出来なかった封印装備を使えるレベルにまで、肉体のリミッターを解除するのだ。
あまりの魔力に黒衣はたじろぎ、明日香を今攻めるべきか決めあぐねている。
その一瞬が黒衣にとって致命的なミスになってしまった。
「『顕現覇天の龍鎧、仙龍の軽靴』」
明日香が呼び出し、身にまとったのは翠玉のような色の鎧と、薄い青色のブーツだ。
「緋焔、闢零やるわよ『我が剣は二振りであり、一振りとなる。我が声を聞きその姿を真の者とせよ』『顕現夜叉天閃・神薙』」
明日香は、緋焔と闢零を静かに重ね合わせる。すると、重ね合わさった二つの剣は新たな剣となって現れた。
その剣は緋と蒼の鞘に包まれ、緋焔と闢零の二人の力をあわせ持った刀だ。
「『解除奏那』」
明日香は即座に刀を人の姿へと変える。
奏那と呼ばれた新たな剣は透き通るような白い髪と緋と蒼の二つの瞳を持つ少女の姿になった。
「お嬢様、私を人の姿にしては───」
「私はもう一つを使う。奏那は霧香と協力してあいつを30秒──いや、15秒動きを止めて。その間に私はあれを呼び出すから」
明日香は短くそう言うと、霧香に『遠話』で伝える。霧香も了承してくれたようで、奏那の手の中には漆黒の二振りの小太刀が握られていた。
「命令は果たして見せます!」
奏那はそういって飛び出し、黒衣へと向かう。
黒衣のほうは対照的に不機嫌な様子が見て取れた。
奏那は見事なまでの剣さばきで黒衣に襲い掛かるが。
「…あなたは、対象外…興味無い、邪魔だから」
黒衣は、奏那の剣さばきをまるで踊るかのように舞うように躱していく。
奏那個人の感情としてはあまり気分の良いものではないが、今の目的は時間を稼ぐことだ。
『我に応えよ、我は七天を超えることを望みし者、我が声に応え、その七の力を一つにし、顕現せよ『輝龍刀・七皇』』
明日香の周囲に魔力が集まり、新たな剣が作り出された。
だが、その姿はいつになっても見える気配はない、というか剣そのものが姿を消しているのだ。
「全てを断ち切れ御影流『次元断』!」
明日香が剣を振り下ろす──動作をした。
それだけだが、黒衣が反射的にいた位置から飛び退く。その刹那、黒衣がいた場所がまるで元から何も無かったかのように綺麗に削り取られていた。
「…空間を切り取った…」
「何だ、分かるんだ。でも、分かっただけじゃ、攻略はできないよ。御影流『絶華繚乱』」
剣を数十、酢百と剣を縦横無尽に振り下ろす。それだけの動作で、空間を切り裂く斬戟の壁を作り出す。
(お姉ちゃんは大丈夫!?レイラ!)
明日香が必死でレイラに呼びかける。レイラは応えるが、その声は泣きそうだった。
(明日香さん、助けて!お嬢様の…傷が、どんどん増えていってるの!たぶん、古傷が開いてる!)
明日香が、横目で梓の姿を見ると、全身の傷口が開いているのか、梓の体の周りには赤い水たまりができていた。
「早く、あいつを倒して、治療しないと…」
と、その時黒衣の小さな声が聞こえてくる。
「…でも、たったそれだけ、だから貴女を殺すのには苦労しない『絶無』」
黒衣が初めて長刀を鞘から抜き取る。その刀身は、赤黒く染まっている。黒衣は抜き取った剣で何をするわけでもなく、ただ抜き取ったそれだけで。
「そ…んな…」
明日香の放った斬戟はすべて霧のように消え去っていった。
最強の剣技を打ち破られた明日香は、地面に座り込む。黒衣は静かに近づき、剣を構えて。
「…これで、任務完了…」
心を折られた明日香は動く事が出来ない。明日香の体に、黒衣の剣が吸い込まれそうになる。
その瞬間。
『流星群』
黒衣と明日香達だけしかいないはずの空間に、聴いたことのないの声が響き。
無数の閃光が明日香達の区間に降り注ぐ。だが、明日香と梓たちの近くにだけは、全くと言っていいほど、その閃光が降ってくることはなかった。
黒衣は、長刀を盾のように円状に振り、降り注ぐ閃光を防いでいる。
次に聞こえたのはヒュンという小さな音だ。その刹那、黒衣はいた場所から飛び退く。
瞬間、明日香の斬戟とは比べ物にならない衝撃音とともに、床が抉り取られる。
「この感じ…『藍染の魔女』と『七天の皇女』か…流石に分が悪い」
黒衣が、逃げの体制を取ろうとした瞬間。
「そんなの許すと思って?」
虚空から現れたのは、薄紫の髪を持ち、鳶色の優しい目を持った少女だった。
だが、その少女も、ただならぬオーラを放っている。
「『紫電の紅姫』…ということは、いるんでしょ?『黄槍の戦姫』」
黒衣の声に合わせて、もう一人の少女が姿を現す。美しい長い黒髪と、琥珀色の鋭い瞳を持っている。
「これ以上、やろうとするなら、私たちが相手になるわよ?『殺龍真祖』」
そう、黒髪の少女が威圧的に言うと、『殺龍真祖』──リゲルは何も言わず、姿を溶かしていった。
「エルザ!梓の容体が持たないわ!」
黒髪の少女が、闇の方向に叫ぶと、銀の長髪と気だるげな群青色の瞳を持った少女が歩いてきた。
突然の出来事に、明日香達は驚きっぱなしで、何もできずにいた。
「ごめんなさい。今はまだ貴女達に会うことはできないの。眠っていて」
後ろから声が聞こえ、明日香達は不意な眠気に襲われる。それが、魔法だと気づいたころには、すでに意識は闇へと溶け込んでいた。
「………あ……な、た………た、ち…………」
話すことさえ、今の梓にとっては激痛にも等しいはずなのに、明日香に魔法を使っていることを見て、必死に抵抗しようとしているのだろう。
「大丈夫。私たちは貴女の味方『完全浄化』」
梓の身体を金色の光が包み込む。次に魔法をかけたのは、明日香と同じくらいの背格好をした小さな少女だった。
梓の意識もおぼろげだったため、詳しい容姿はわかることは無かった。
「今だけは、特別よ『聖王の颶風』」
梓の体の聖なる魔力がつつむ。次の瞬間には、梓の体の傷は嘘のように消え去っていった。
「さぁ、今回のやることは終わり。さっさと帰るわよ!やることは山積みなんだからね!」
梓が眠りに落ちる前に聞こえた声は、元気な少女の声だった。




