表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャングル・ファンブル・オペレーション ~俺はジャングルに全てを…~  作者: しゅう かいどう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/35

35.挫折

さすがの体力自慢のアニョウも疲れた様であった。ほんの数分だが、微睡んでしまった。

全方向に警戒の意識を飛ばす。人が出す音、気配、野獣の接近など数分前と何も変わらない。

危険が迫っていないことに一息つき、安堵をする。

横にいるティハもすやすやと寝息をたて、久しぶりの平らで雨がかからない場所での休息に身を委ねていた。

一方、半殺しにしたリトルは、蘇生処置をした時のままの姿で仰向けに倒れたままであった。

胸元ははだけ、双丘が見えている。

―服装くらいは直してやるべきだったか。―

アニョウが感じたことはそれだけだった。うら若き可愛い少女の痴態を見ても欲情しない。

―やはり、脳に損傷を負っているのだろうか…。何も身体的反応が起きない…。―

普通の男と違う反応にアニョウは戸惑った。

欲情する機会は、何度もあった。一度も生存本能が刺激されることも無く村で生活し、逃避行を続けてきた。


―俺は誰だ。俺は軍人だったのだろうか。訓練の記憶がそう言っている様な気がする。だが、そんな単純なことなのだろうか?何か大切なことが別にあるはずだ。軍人だと言い切る自信は無い。-

そんな思いにとらわれていると、目の前のリトルの四肢がピクリと痙攣した。

急に咳き込み、肺に残った水を吐き出す。ゲホゲホと何度も何度も繰り返し。肩を強く上下に動かし、懸命に体から大河の泥水を排出しようと頑張る。

介抱すべきかとアニョウは腰をあげかけたが、リトルの血走った眼には殺気が籠っていた。

力強く眦が上がり、アニョウを威嚇する。それを見たアニョウは腰をおろし、周囲警戒に戻った。

―まあ、俺に殺されかけたのだ。警戒して当たり前だな。―

アニョウは、それ以上特に思うことも無く、心は無心だった。

国境まで辿り着いたものの超える手段がない。

政府軍の包囲網は確実に狭まり逃げ道はない。

村人に扮するも溶け込む集落が近くにはない。

つまり、八方塞がりという状態だ。慌てたところで好転することは無い。

―身体を休める良い機会なのだから、身体を休めると同時に心も休め、リフレッシュしてから新たに考えることにしよう。―

それが、アニョウの落ち着きの源であった。


一方、対極的だったのはリトルだった。リトルは起き上がると重い装備を外し、床に這いつくばる。

「そうよ。どこかにメッセージが隠されているのよ。それを見つけるの。考えられるのは、二重床。二重壁。そうね。それだわ。どこかにあるはずよ。」

そんなことを繰り返し繰り返し、ブツブツと口の中で反芻する。何とかアニョウまで聞こえる小さな声だ。

リトルは床に這いつくばり、木の節を押してみたり、穴に指を突っ込み板を外そうと試みる。だが、床はビクともしない。しっかり固定されている。

すぐに次の床板へと向かう。そして同じことを繰り返す。結果も同じであった。

アニョウは一瞬止めようとした。ここは高床式で床下に物を隠すのには向いていない。

また、床も壁も木の板一枚しか使われていない。そして天井は無く、屋根が木々の葉で覆われている簡素なものだ。

意外だったのは、屋根を支える梁とそれを支える柱だけティハの腰ほどある太さであった。

他の柱に使われている細い木では、屋根を支えるには向いていなかったのだろうか。

リトルへ目を戻すとまた、違う板を確認している。どうやら、気が済むまでか、それとも全ての木の板を確認し終えるまで続けるつもりだろうか。

アニョウは、必死の形相で手掛かりを探すリトルが哀れで声をかけることができなかった。


数時間が経過し、日が沈み始めた。雨天ということもあり、日が沈み始める手元が暗くなるのは一瞬のことだった。

リトルは全ての床を探し、壁の三面目を探そうという時に視界を奪われて、初めて動きを止めた。

「ううう、ぐす、どうじで…。ずず。」

リトルは壁に頭をもたれさせ、崩れる様に座り込んだ。四肢に力は無く、血色も悪い。目と鼻からは幾分か水分が零れている。

糸が切れた操り人形が泣いている。

「どうじで、なにもないの…。マズダー、迎えに来てよ…。」

鼻声の小さな声。この数時間で肌の張りは失われた。血色の良かった肌は、土気色をしている。

胸を張った姿勢は見る影もなく、猫背で撫で肩になっている。

アニョウによって前をはだけさせられた服は、床を這いずり回ることにより乱れ、双丘とへそが完全に露出していた。だが、それを隠す仕草も照れる素振りも無い。

哀れな少女な姿だった。


彼女は落胆を知った。

彼女は悲観を知った。

彼女は失望を知った。

彼女は絶望を知った。


彼女は自信を失った。

彼女は覇気を失った。

彼女は自負を失った。

彼女は矜持を失った。


彼女は挫折を覚えた。


リトルの案内で隠し港へ行く。しかし、そこはもぬけの殻だった。埃がかぶり数ヶ月は使われていない。

それはリトルをマスターが裏切る行為であった。

見捨てる行為。手放す行為。

ここで初めて政府軍に包囲され逃げ道がない現実を突きつけられる。

背に河を背負い、大軍を待ち受ける。

北、南、西は政府軍。東は大増水した大河。逃げ道はない。

リトルの身体が震え始める。己の命が危険に晒されていることを生まれて初めて自覚する。

味方に裏切られ、孤立無援となる。頼れるのは、先生と呼んで舐めていたアニョウと精神虚弱になっているティハの二人だけ。

零れ落ちる涙。リトルは自分が泣いていることに気づかない。

床に崩れ落ちていることも理解していない。

正面の肌をアニョウに晒していることすら気づかない。


手に落ちるほの温かい水滴でようやく気付く。自分自身が涙を零していることを。

自覚してからは、涙を流すだけだったのが、号泣へと変わる。

初めての号泣。心から信じていたマスターから捨てられる。この事実に耐えられない。

思わず、頭を掻きむしる。勢いが強かったのか、ストレスによるものか、その指には大量の黒髪が巻き付いた。

それを眼前に持ってくるとリトルはえづいた。胃を裏返しにするかという勢いで吐いた。

わずかな固形物の後は、黄色い胃液だけだ。

そこに少し赤みがさす。食道の一部が胃酸で焼けたのかもしれない。血が混じる。

ようやく、全てを吐き出し、リトルは天井を仰ぎ見、微動だにしなくなった。


「おい、リトル。大丈夫か。」

さすがのアニョウも様子を近くで確認する為、リトルに近づく。

リトルの間合いに入っても、構えをとるどころか、警戒する意思すら見えない。茫然自失状態だった。

アニョウはゆっくりと正面から手を伸ばす。攻撃や防御反応に気を付けていたが、リトルは動かない。

首筋に掌をあて、脈を測る。脈は早くなったり、遅くなったりしている。不整脈だ。

理由は見ればわかる。ストレス以外に考えられない。

心臓が停止しているのであれば、心臓マッサージをすれば良い。

過呼吸に陥っているのであれば、深呼吸をさせればよい。意識的にできない場合は、アニョウが横隔膜を操作しても良い。

しかし、不整脈はどうしようない。要因を根本から取り除かなければならない。

だが、そんな精神科医の様な技術などアニョウが習得しているはずが無い。

アニョウは、はだけた服を直し、肌が見えない様にした。そして、ティハの元へと戻る。

―静かにしているだけ、マシだと考えよう。しかし、挫折をしたことがないのか。このメンタルの弱さは何だ。

戦争をして、人を殺しているんだぞ。こんなに弱いメンタルでは、すぐ精神崩壊するだろうに。

だが、平気で人を撃ち殺し、刺し殺し、殴り殺す。

普通の精神構造ではない。特殊すぎる。人殺しがまるで日常だと言わんばかりじゃないか。

つまり、そういう状況が当たり前の世界で生まれ育ったのか。そして、ボスが全てを決め、それに盲目的に従う。

ただの狩猟犬じゃないか。人間としての育ち方じゃない。狂犬と言ったのも遠からずか。

マフィアめ、えぐい育て方をするじゃないか。

いや、人のことは言えないな。軍人も同じだ。上官の命令に従い、即座に実行する。

同じじゃないか。それが先天的なのか、後天的なのかの違いしかないだろう。―

夜は更けていく。アニョウ達を闇の帳に包みつつ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アニョウって男性機能はいきているのでしょうか? 精神的に生殖欲求が死んでいるのか? 肉体的に生殖機能が死んでいるのか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ