25.接敵
アニョウ達はジャングルをこの数日彷徨っていた。
道路に近づくと政府軍が展開していたり、隣の集落も同じ様に政府軍に滅ぼされていた。
その都度、近づくことはせず、迂回してレジスタンスの本部があると噂されている北部へと移動する。
だが、政府軍はジャングルに広く厚く展開していた。
アニョウ達は、首都のある西部方面から展開する政府軍に遮られ、真っ直ぐ北上することができなかった。
その為、北東方向へと流される様にジャングルを歩くことを強制された。
衛星から見れば、ジャングルの中を進んだり戻ったり無駄な曲線を描いていることだろう。
障害が無ければ、レジスタンスの本部があるとされる地域に今頃辿り着いている筈であった。
本部に辿り着けずとも、本部のお膝元であれば、勢力圏内であり政府軍はいないと考えた。そうであれば、アニョウ達は一息入れることができる。
そして、今回の作戦で何が起きたか大局を知ることができるだろう。
それを目的とし、本部があるとされる北部地域を目指していた。
だが、そちらに向かうほど政府軍の数が増え、軍の厚みが増していた。
その為、今では北東どころか、東へと進路を歪まされつつあった。
「先生、この先の橋で軍の検問です。」
ティハの為、小休止をとっている間にリトルが先行偵察をしてきてくれたのだ。
「数は?」
「二個小隊が交代ですね。」
「また、東方向へ進路修正だな。」
アニョウは脳内の地図を広げ、安全そうなルートを即座に割り出す。
「なあ、先生。いっその事、国境超えませんか?私の雇い主のところに行きましょう。」
「そう判断した理由を教えてくれるか?」
「政府軍の展開が今までにない大規模である。これはレジスタンスの殲滅作戦を実施かなっと。となると、一番の激戦地がその本部でしょう。
激戦地に近づいているからこそ、政府軍が増え、私達が北上できない。という考えですね。」
「ふむ、そうなるか。ならば、首都のある西方向も後詰の軍が展開しているか。
行くならば、東か南。東ならば国境を越えれば安全地帯。南ならば、今来た道を戻り、時間を無駄にして包囲される可能性がある。
それに南部に頼れる場所は無い。となると。」
「そう、私の所属組織ならば、受け入れる可能性があります。先生は、以前にスカウトされていますから大丈夫です。
ティハさんは、う~ん。愛人扱いならセーフでしょう。ボスならそれ位、受け入れる度量はあります。」
「これ以上の北行は体力の無駄か…。食料はどうだ?」
「極力、現地調達したので余裕です。」
この現地調達には、自然の恵みと敵兵からの略奪も含まれている。
元の集落で調達した缶詰には、手を付けていない。ジャングルは食料が豊富だ。
簡単な罠で小動物を捕らえ、カエルや蛇をナイフで狩る。果物もあり、肉以外も調達できる。
もっともアニョウ達がジャングルの生活に熟知しているからだ。ジャングルを知らぬ人間ならば、目の前の食料に気づかず、餓死していくことだろう。
「しばらく南東へ移動して大休止を取ろう。丁度、昼飯に良い時間になるだろう。その場で次の行動を考えさせてくれ。」
「先生がそう言うなら、そうしましょう。」
リトルの返答を契機に動き始めた。
アニョウは政府軍の検問に見つからぬ様にティハの手を取り、静かにジャングルを誘導する。
ティハはアニョウに手を引かれるままジャングルの荒れた地面を器用に歩いていく。
地面の凹凸や木の根に足を取られることなく、確かな足取りであった。だが、その足取りに比べ顔面は蒼白であり、血の気は戻っていない。
数日経過してもティハの精神は、現実に帰って来ない。未だに虚ろの世界に囚われていた。
―俺の指示には素直に従い、食事も排泄も睡眠もとる。
だが、走ったり、急に伏せたりはできない。つまり、接敵しても急な回避行動がとれない。如何に敵に遭遇しないかが肝だ。
つまり、足手まといだ。だが、見捨てる気にはなれない。
ここでティハを置いていけば、俺の生存確率は大幅に上がる。
二個小隊の検問ならば、俺とリトルの二人でも、静かに掻い潜ることはできるだろう。
だが、ティハが居れば無理だ。敵の行動に合わせた隠密行動がとれない。
常に伏せる匍匐前進は、ジャングルでは長距離は不可能に近い。
薄着であるため、肌が大きく裂け、運動能力が下がり、後日細菌症に悩まされることになるだろう。
俺の本能は、ここでティハを見殺しにしろと告げる。
だが、俺の理性が、命の恩人を守れと告げる。
ティハをどうすべきなのだ。次の休憩地点に着くまでに答えが出せれば…。-
アニョウは、ティハの手を引きながらジャングルの中を歩く。歩く間、考えることはティハの処遇ばかりだった。
ティハを連れていくか、見捨てるか。
この二択だった。
己の生存を最優先するのであれば、一人身が確実である。見つかりにくく、食料の確保も容易だ。
ティハを連れていく場合、リトルの協力が必須となる。ティハの介護をしている間の周辺警戒や食料の調達を任せなければならない。
それは、リトルを敵の前面に押し出す行為であり、危険なことであった。それを文句も言わずリトルは淡々とこなしていた。
ジャングルで基盤を作り、生活するのであれば、その選択肢も有りだろう。
だが、政府軍はレジスタンス狩りを展開している。ジャングルの一ヶ所に留まることはできなかった。
アニョウは堂々巡りの思考を続けているが、周囲への警戒も怠ってはいなかった。
足を止め、その場でしゃがみ込む。ティハの手を下に引くとゆっくりとしゃがみ込んだ。
リトルも即座にアニョウの動きに即座に追随する。
AK-47の安全装置を解除し、一時方向へと銃口を構える。
リトルもアニョウとほぼ同時に敵の気配を察したのだ。
敵の数は四人。一個分隊だ。それ以外の敵の気配は無い。
耳を澄ますが敵の声は小さく、何を話しているか迄は聞き取れない。
ならば、小さな声であれば敵に聞こえることはないだろう。
「敵一時方向に四つ。他に発見できず。どうか。」
アニョウは虫の鳴き声にかき消されそうな程、小さな声でリトルに話しかける。
「同意。対応は?」
リトルも同じ様にか細い声で話す。
「離れるのなら見逃す。接近は排除だ。どうか?」
「同意。作戦は?」
「接近の場合、二百メートル先で十字砲火を形成。先制攻撃。一人か二人削る。その後、南東へ移動し背後に回り、さらに削る。可能か?」
「可能。一人残し、情報を収集する。」
「了解。待機。」
「待機、了解。」
短く小さい言葉を交わす。
そのまま、三人は身動き一つせず、敵の動きを探り続ける。意外にもティハは隠密行動を取る時は、身動き一つとらず、物音一つたてない。
ただ、アニョウがその場から離れようとするとゆっくりとした動きでついていこうとする。
ゆえに十字砲火を形成する場合、リトルが目標地点へ移動することになる。危険な行動を任せることになるのだが、不平は出なかった。
敵は獣道をゆっくりとのんびりと縦列で歩く。周辺を警戒する素振りは一切感じられなかった。
卑猥な会話を楽しみ、時折笑い声を上げている。
あの集落の女は良かった。夫の前でするのは最高だ。などと互いの遊戯の内容を自慢しあっている。
人間の悪性を顕現したかの存在だった。
敵はこちらに近づく獣道を進む様だった。
リトルは頷くと藪の中へと消えていった。葉や蔓が揺れることもなく、葉が擦れる音すらしない。完璧な隠形だった。
アニョウも伏射姿勢をとり、AK-47の安全装置を外す。
ティハは近くの木々の中で大人しく身を潜めている。
運が良ければ、木々に阻まれ銃弾から守られるだろう。それ以上の防御をアニョウは望んでいない。
―運良く生き残れば、連れていく。死ねばさらばだ。今は敵に集中する。-
アニョウは戦闘へと重きを置く。完全に戦闘に没入することは無い。
周囲の変化も重要なことだ。敵は政府軍だけではない。大蛇や虎などの猛獣も存在している。
人間よりも恐ろしい存在だ。こちらと遭遇する方が危険だった。
蛇は頭上より襲い掛かり、虎は一撃必殺の喉狙いで襲い掛かる。どちらも不意打ちだ。人間が感知できる可能性は低い。
その点、人間は目の前の敵の様に音を出す。猛獣は基本的に音を出す人間を避ける傾向があるからだ。
長年の人間との付き合いから子々孫々に人間の危険性が伝わったのであろう。
人は危害を一度加えると徹底的に排除に動く。そして、何よりも旨くない。雑食性の動物にあることで雑味が強いのだ。
無論、飢えている時は関係ない。飢えをしのげれば良いのだ。その点、乳児は最高の食事だった。食事は母乳だけであり、骨も筋肉も柔らかい。
骨ごと喰らうも、丸呑みするのにも都合が良かった。
ゆえに戦闘だけに傾注するわけにはいかない。
ここはジャングル。自然は恵みでもあり、敵なのだ。




